ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】

音無やんぐ

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第二部 魔法少女は、ふたつの世界を天秤にかける

第3話 スライムの見た夢(ねがい) その四

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 スライムが白音の力を奪っていたらしい魔道具を見つけてきてくれた。
 それは、白音の髪の毛を媒介とした術式らしかった。
 しかしその止め方が分からずに困っていると、スライムがいきなりパクッと白音の髪の毛を食べた。


「あっ、ちょ。何して…………」

 しかしそうすると、嘘のように白音の力が戻ってきた。
 白音を無力化している術式が消滅していた。

「食べちゃった」

 そう言って少女がにこっと笑う。
 術式が放っていた魔力、エネルギーをすべて吸収してしまったらしい。

「わたしの髪の毛ごと、食べたのねぇ…………」
「大事なものだった?」
「いえ…………。どうせすぐ生えるから、それはいいんだけど」

 多分スライムの姿で髪の毛をじわあぁぁぁっと溶かされても、さほど変ではないのだろう。
 少女の姿でそういうことをするのに、違和感を感じただけなのだ。

 それにしても彼女(?)は、先程と打って変わって会話がしっかりできるようになっている。
 頼んだこともちゃんと内容を理解して、自分で方法を考えて解決してくれた。
 姿だけではなく、明らかに知性がもう一段進化している。

 ………………そして再び白音に近づいて、口から中に入ろうとする。

「やっぱりか…………。あが、あが……。いや、待って、もう大丈夫。大分楽になったから。魔力さえ戻れば、このくらいの傷なら放っておけばすぐ治るから」
「そう…………」

 なんでかスライムが、ちょっと残念そうにして身を引く。

「あなたこそ怪我は大丈夫なの?」

 リックのビームに何度も焼かれて酷い事になっていたと思う。
 だいぶ蒸発して体積が減っているのではないだろうか…………。

「平気。こんなのあんパン食べれば元に戻る」
「いや、莉美じゃあるまいし!」

 思わず白音がツッコんだ。



 さて、このホラー映画のような惨劇に見舞われたキャラバン隊の死体をどうしようかと、白音が男たちの方を見た。
 しかし驚いたことに、彼らから微かに魔力を感じる。
 男たちは全員ギリギリの状態で生かされており、死んだ者はひとりもいなかった。

「魔核がある人、このくらいじゃ死なない。少ししたら目を覚ますと思う」

 どうやらこの子は、あの状況で手加減をしていたらしい。

「あなた本気で殺すつもりに見えたけど、よく思いとどまったわね?」

 それに対するスライムの返事は、

「夕食が美味しかったから」

だった。
 やっぱり白音と同じく、ご飯を食べさせてもらえたことには感謝していたらしい。
 ただしその口ぶりからすると、もし夕食がまずかったら彼らは今頃死んでいたのかもしれない。


「ああ、それと…………。あなた、服なんとかならないの?」

 真冬である。少女である。一糸纏わぬ素っ裸である。
 彼女は小首を傾げた。
 何が問題なのか分からないらしい。

「いや、あのね。あなた今まで見た人で服着ないで歩いてる人、いなかったでしょ?」


 そう言われてスライムは突然変身した。
 素っ裸が魔法少女としてのコスチュームだったのか、それとも今変身したのがコスチュームなのか。
 はたまたそのコスチュームは、スライムの能力としての擬態なのか。
 もうどれがどれなのか白音には分からない。

 が、ともあれ桜色のコスチュームを纏った魔法少女に変身した。
 デザインはチーム白音の魔法少女たちから影響を受けたと思われるが、色はきっと白音の魔力下で育った影響が大きいのだろう。



「やっぱりあなた魔法少女になったのよね? ずっと裸でいるからだんだん確信が持てなくなってたんだけど」

 白音は先ほど、ペンダントの石をスライムが取り込んでいた事を思い出した。

「さっきあなたが取り込んでたのって、やっぱり星石だったの?」
「これ?」

 スライムがそう言うと、右目の奥に星石が移動してきたのが見えた。
 白音の方に顔を寄せて、よく見えるように覗かせてくれる。
 スライムにしかできない芸当だ。

「…………確かに本物の星石みたいね。英雄核になってる」


 白音を呼ぶ星石ではなかったから気づかなかったのか、休眠していたのか。
 なんにせよ初めから星石だったのだから、やはりそれはペンダントを作った莉美の仕業だろう。
 貴重な本物の星石を、勝手にペンダントに取り付けている莉美の姿が容易に想像できる。
 ちょうど似た感じの桜色の星石だったから使ったのだろう。

「えと、せっかく変身してくれたところ悪いんだけど、さすがにちょっと、その、ピンク色は目立ちすぎるんだけど…………」

 言っていて白音は、ちょっと自分が悲しくなってきた。
 いやいやピンク色は好きな色なんだけどね、と心の中で言い訳をしている。

「じゃあこっちは?」
「!?」

 少女がコスチュームの色を桜から緑に変えて見せた。
 普通はそんなこと簡単にはできない。
 少なくとも白音にはできない芸当だったので驚いた。
 幻覚でごまかすのでもない限り、魔法少女のコスチュームは本人の持つ魔力色に依存しているものだからだ。



 ただ、元々は緑色のスライムだったと言っていたから、もしかしたらこちらが本来の魔力色なのかもしれない。
 分からないことが多すぎて、もう推測もいい加減になってきている。
 いろいろ質問してみて、どうやら魔法少女としてのコスチュームは桜色か緑色、変身を解くと素っ裸になるらしい、ということだけはなんとか理解できた。

 しかし多分、変身してもしなくても、魔法少女としての力は引き出せているように思える。
 そもそも魔核を持って生まれた魔物だったのだから当然と言えば当然だろう。
 リックたちとの戦いの時も、素っ裸のままで相手を圧倒していた。

「でも変身した方がアガるよ?」

 変身した方がより力を引き出せると、スライムとしては言いたいらしい。
 ただ、その言い方だと気分の問題のようにも受け取れる。
 時々言葉遣いが莉美みたいになるので、白音は笑いそうになる。

「じゃあさ、その人間の姿はあなたの魔法で変身してるの?」

 そう聞いてはみたものの、白音にはなんとなくそうじゃないような気がしていた。
 スライムから人間になったのは、単なる変身ではないように感じている。
 短い時間だが一緒に行動していて、白音にはスライムの気持ちが良く分かるようになっていた。
 そして星石は多分、そういう『本当のねがい』というものを理解してくれている奴らなのだ。

 実際、ヒトの姿とスライムと、どちらが本来の姿なのか、という疑問にスライムは上手く答えられなかった。

「どちらも本当の自分」

のような気がする、らしい。
 白音は、なるほどそう来たかと、思った。
 そしてこの子を選んでくれた星石に想いを馳せ、感謝を捧げた。
 スライムが楽しそうに笑っている。それがすべてだった。


「それと…………あとはこれよね」

 スライムが取ってきてくれた銀の香炉を調べてみる。

「何とかする方法を見つけておかないとダメね。そらちゃんがいてくれたら助かるのに…………。いやそれより、こんなもの使われたら、みんなだって心配ね」

 白音の前世の頃に開発された秘術――魔族が召喚英雄を無力化するために編み出した儀式魔術――をベースにしているのは、間違いなさそうだった。

 しかし現世の人間と異世界の魔族との間に生まれた白音は、魔力の源たる『魔核』がふたつあった。
 ひとつは召喚英雄だった母譲りの『英雄核』、ひとつは魔族であった父親譲りの『魔核』。
 そして戦いに敗れて魔核は砕かれ、魂は現世に転生した。
 しかし、それでも再び白音はふたつの力に呼ばれ、魔法少女、魔族、どちらの力にも目覚めている。
 にもかかわらず銀の香炉は白音の力を完全に封じ込めていた。
 リンクスが使っていたものより格段に進化して汎用性が増しているように感じる。

 色々考えるべき事が多すぎた。
 そらや一恵の意見を聞いてみたい。

 白音がそんな風に思っていたら、間近でスライムがじっとその顔を見つめていた。
 白音自身に似ていなくもない。莉美の面影もあると言えばある。
 ふたりの間にできた子供だと言ったら、みんな信じかねないような雰囲気を持っている。
 もちろんスライムに元々顔はない。
 その面立ちはいったいどこから来たのだろうか。


「みんなに会いたい?」

 不意にスライムがそう尋ねてきた。

 多分みんなの事を想い出して、少し寂しいと思っていたのが伝わったのだろう。
 白音のことを心配しているのだ。

「え、ええ。……頼りになる仲間だものね」

 白音が変に強がる事をせず、素直にそう応えると、スライムは白音の手を取った。

「わたしもみんなに会いたい。ちょっと寂しい」

 あ、そうなんだ。と白音は気づいた。

 彼女は白音の視覚を通してみんなのことを見て、感じて、そして親近感を持ってくれているのだ。
 やはりこのスライムは、自分たちと同じような感情を持っているように見える。
 ちょっと理解しにくい存在ではあるのだけれど、もしそうならついこの間物心がついて、今やっとコミュニケーションが取れるようになったばかりの幼児のようなものだろう。
 そしてずっと傍にいて賑やかにしていた人たちが、今は白音ひとりしかいないのだ。


「あなたの…………」
「ん?」
「あなたの名前を付けなきゃね」

 少女はとても嬉しそうに、幸せそうに頷いた。
 全身にさざ波が立っているのが分かる。
 人の姿でそれをやると、輪郭がぶるぶるとぶれているみたいで面白い。
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