165 / 177
第二部 魔法少女は、ふたつの世界を天秤にかける
第3話 スライムの見た夢(ねがい) その一
しおりを挟む
生命に乏しい、茫漠とした荒野で、白音は隊商と行き合った。
遮るものとて何も無い真っ平らな大地の上で、少し距離をおいて対峙している。
南中を少し過ぎた太陽は少しも暖かくなかったが、お互いの顔はしっかりと見える。
ここは治安の行き届いた現代日本とは違う。
見知らぬ他人は、まず自分にとって有害か、否か。その見極めが最優先だった。
もちろんそれは相手のキャラバンにとっても同じだろう。
白音は敵意のないサインとして、両の手のひらを開いて相手に見せた。
しかし白音は今、黎鳳女学院の制服を着ている。
魔法少女のコスチュームよりはましかもしれないが、異世界の果てのようなこの場所で、現世のセーラー服を着ているのはどう考えても不審だろう。
キャラバンの護衛兵と思しき馬上の戦士が3名進み出ると、少しの間じろじろと白音の服装を値踏みするように見ていた。
白音も同じようにしていたからお互い様なのだが、やがて戦士たちは白音に向かって笑顔を見せた。
「こんにちは。日本の方ですよね?」
彼らが使ったのは、流暢な日本語だった。
「異世界に召喚された、というのは意味が分かりますか? それとも気がついたらこんな荒れ地の真っ只中にいて、混乱しておられますか?」
いきなりの日本語だったので少し驚いたが、その口調からはかなり深く事情を知っていることが窺える。
そしてやはり、彼ら自身も召喚英雄なのだろう。
日に焼け、砂埃にまみれてはいるが、なるほど日本人と言われればそのような顔立ちをしている。
一方、白音の方は明らかに現世から持ち込んだと思われる制服に身を包み、それも綺麗にクリーニングされている。
今し方召喚されたばかりの日本人、と判断されているのだろう。
白音たちの場合は召喚事故と言うよりは転移事故なのだが、概ねそのような解釈で間違ってはいない。
キャラバン隊は20代くらいの若い男性ばかりで構成されているらしい。
後方で馬車の横に控えている者たちは顔立ちまでは分からない。
しかし彼らからも魔力が感じられる。
おそらくは全員が召喚英雄で、戦闘の心得を持っているのだろう。
ただ、と白音は思った。魔力の強さ、身のこなしなどから判断してあまり強そうではなかった。
白音が知っている召喚英雄たちは皆本当に強かった。
それらと比べると雲泥の差であろう。
白音は「一瞬で全員叩き伏せることができそうだな」と、とんでもなく失礼な値踏みをした。
多分前世の経験から、『召喚英雄=敵』と刷り込まれているのだろう。
そんなことを言えばチーム白音だって召喚英雄とほぼ同質の存在なのだが、白音は前世の故郷であるこの地を踏み、少し気持ちが過去に舞い戻っているのかもしれない。
えらく物騒な郷愁ではある。
「召喚……ですか?」
自分がどういう立場を取り繕えば良いのか少し迷ったので、白音は日本語を使って少し曖昧に返答をした。
「異世界召喚というのは分かりますか? 多分あなたはそれでこの世界へ、日本がある世界とは別の異世界へと喚ばれてきたんです」
男の説明は簡潔で分かりやすかった。
手慣れているのだろう。
これまでにも同じ境遇の日本人と幾度も出会ってきた事を窺わせる。
「異世界召喚って、あの?」
「そうです、その異世界召喚です」
やはり口ぶりからして、それはさほど珍しい現象ではないらしかった。
白音は、『異世界召喚という概念は知っているが、まさか自分がそんな目に遭うとは思っていなかった』、という体を取り繕う事に決めた。
早々にみんなと合流するためには、あまり目立ったり不審に思われたりはしたくない。
日本人がいて、日本語が通じるらしいことが分かったのは朗報だろう。
魔族訛りがばれることを恐れずに情報収集ができる。
白音がこの世界の人族の言葉を喋ればどうしても魔族語訛りになるが、一方で日本語を喋る分には普通に母語として使いこなせてしまう。
理屈はよく分からないが、もうそういうものだと思うしかないだろう。
何しろそんな特殊な状況に置かれたのは、白音くらいのものなのだから。
「驚きましたよ、昨日突然強烈な魔力を感じましたから。異世界召喚だろうとは思ったのですが、どんな化け物が現れたのかと思いました。今ベースキャンプではその噂で持ちきりですよ。それがこんな可愛らしいお嬢さんだったとは」
目立たずに情報を集めようという白音の目論見は、既に儚くも失敗に終わっていたらしい。
彼らは白音の強力な魔力波をベースキャンプで感知し、その化け物じみた主を探してここへやって来たのだ。
「勇気を出して探しに来て良かったですよ。時折こうやってとんでもないところに喚び出されて、ひどい目に遭う方がいます。お困りだったでしょう。私たちがキャンプまで送りますよ」
代表して話しているこの男性が一番魔力量も多く、場慣れしている感じがする。
多分リーダーなのだろう。
『可愛らしいお嬢さん』と言われた事が軽く引っかかったのだが、それはそれとして白音は彼らの厚意を受ける事にした。
この世界でも日本語が通じるのであれば佳奈たちが困る事もないだろうし、一度人の多い所に行った方が足取りが掴めるかもしれない。
◇
白音は丁重にエスコートされて馬車に乗せてもらった。
馬車自体は平坦な道でもガタガタとよく揺れるありふれたものだ。
しかし白音は板張りの荷台の上に厚手の毛布を敷いてもらい、かなりの厚遇を受けた。
水や食料も十分な量が用意されている。
彼らは本当に召喚英雄の捜索、救助だけが目的だったらしく、荷室には商材となるような積荷はまったく載せられていない。食料や野営用の装備だけが準備されていた。
リーダーと思しき男性はリックと名乗った。
本名は田中なのだが、こちらではその方が通りが良いから通称として使っているのだそうだ。
白音も名前を問われて一瞬、
(ホワイトリリーと名乗った方がいいのかしら)
と考えたのだが、考えただけで顔から火が出そうなほど恥ずかしかった。
なので普通に、
「名字川白音です」
と本名を名乗っておいた。
リックはわざわざ馬車の御者を買って出て、道すがら色々な話を聞かせてくれた。
やはりこのキャラバンは全員が召喚英雄、すなわち日本人ということだった。
まともに召喚儀式が成功すればそれこそ英雄的扱いをされ、召喚した組織の戦力として騎士なりなんなりに取り立てられるのが普通だろう。
しかし召喚事故でどことも知れぬ場所に、誰が喚んだとも分からない状態でやって来ると、はぐれ者になるしかない。
後ろ盾も、庇護者もいないはぐれ者たちは自然と助け合い、自衛のために身を寄せ合う。
そして英雄核から授かった魔法の力を唯一の武器として、どうにかこの見知らぬ世界で生き抜いていくしかないのだそうだ。
リックははぐれ者の召喚者たちをまとめて一団を結成し、傭兵稼業のような事をしているらしかった。
そして今向かっているベースキャンプには、そんなはぐれ者たちの集団がいくつか存在し、村邑のようなものが形作られているらしい。
「日本人町というか、難民キャンプというか、だいたいそんなようなものだよ」
リックの話を聞いて、白音はなるほどと思った。
こうやって救いの手を差し伸べてもらえた事はもちろん大変有り難いのだが、これは多分リクルートも兼ねているのだろう。
有能な能力者を発見して仲間に加えられたら、団の力を大きく増す事ができる。
「ああ……。団への勧誘もされているんですか?」
「ま、まあそうなるね」
リックも白音の言わんとしている事を察したようだった。
困っている人の足下を見る、というとちょっと言い過ぎだろうが、それなりの見返りを期待するのは当然の事だと白音も思う。
魔核持ちの人間はそれだけ強力な存在なのだ。
魔法少女に成り立ての頃、『魔法少女ギルド』が真っ先に援助の手を差し伸べてくれた事を想い出す。
彼らだって、「仲間になって欲しい」という下心があったはずだ。
「この辺りははぐれ者の召喚者が現れる確率がかなり高いんだ。もちろん人命救助が一番なんだけど、慈善事業だけでは我々も食べてはいけないしね」
そう言ってリックは苦笑いした。
この荒野にはぐれ召喚者が現れるのを狙っている、言い方は悪いがそんな集団がベースキャンプにはいくつもあるのだろう。
だとすればそこへ行けば、いなくなってしまった白音の仲間たちの情報も手に入るかもしれない。
「ベースキャンプへは明日着けると思うよ。飛行能力のある召喚者ならあっという間なんだけどね」
多分ジョークを言っているらしいリックに白音は笑って応じたが、「ハハハ」と少し乾いた笑いになってしまった。
自分の銀翼と馬の歩みを比べれば、確かにそうだろうなと白音も思う。
遮るものとて何も無い真っ平らな大地の上で、少し距離をおいて対峙している。
南中を少し過ぎた太陽は少しも暖かくなかったが、お互いの顔はしっかりと見える。
ここは治安の行き届いた現代日本とは違う。
見知らぬ他人は、まず自分にとって有害か、否か。その見極めが最優先だった。
もちろんそれは相手のキャラバンにとっても同じだろう。
白音は敵意のないサインとして、両の手のひらを開いて相手に見せた。
しかし白音は今、黎鳳女学院の制服を着ている。
魔法少女のコスチュームよりはましかもしれないが、異世界の果てのようなこの場所で、現世のセーラー服を着ているのはどう考えても不審だろう。
キャラバンの護衛兵と思しき馬上の戦士が3名進み出ると、少しの間じろじろと白音の服装を値踏みするように見ていた。
白音も同じようにしていたからお互い様なのだが、やがて戦士たちは白音に向かって笑顔を見せた。
「こんにちは。日本の方ですよね?」
彼らが使ったのは、流暢な日本語だった。
「異世界に召喚された、というのは意味が分かりますか? それとも気がついたらこんな荒れ地の真っ只中にいて、混乱しておられますか?」
いきなりの日本語だったので少し驚いたが、その口調からはかなり深く事情を知っていることが窺える。
そしてやはり、彼ら自身も召喚英雄なのだろう。
日に焼け、砂埃にまみれてはいるが、なるほど日本人と言われればそのような顔立ちをしている。
一方、白音の方は明らかに現世から持ち込んだと思われる制服に身を包み、それも綺麗にクリーニングされている。
今し方召喚されたばかりの日本人、と判断されているのだろう。
白音たちの場合は召喚事故と言うよりは転移事故なのだが、概ねそのような解釈で間違ってはいない。
キャラバン隊は20代くらいの若い男性ばかりで構成されているらしい。
後方で馬車の横に控えている者たちは顔立ちまでは分からない。
しかし彼らからも魔力が感じられる。
おそらくは全員が召喚英雄で、戦闘の心得を持っているのだろう。
ただ、と白音は思った。魔力の強さ、身のこなしなどから判断してあまり強そうではなかった。
白音が知っている召喚英雄たちは皆本当に強かった。
それらと比べると雲泥の差であろう。
白音は「一瞬で全員叩き伏せることができそうだな」と、とんでもなく失礼な値踏みをした。
多分前世の経験から、『召喚英雄=敵』と刷り込まれているのだろう。
そんなことを言えばチーム白音だって召喚英雄とほぼ同質の存在なのだが、白音は前世の故郷であるこの地を踏み、少し気持ちが過去に舞い戻っているのかもしれない。
えらく物騒な郷愁ではある。
「召喚……ですか?」
自分がどういう立場を取り繕えば良いのか少し迷ったので、白音は日本語を使って少し曖昧に返答をした。
「異世界召喚というのは分かりますか? 多分あなたはそれでこの世界へ、日本がある世界とは別の異世界へと喚ばれてきたんです」
男の説明は簡潔で分かりやすかった。
手慣れているのだろう。
これまでにも同じ境遇の日本人と幾度も出会ってきた事を窺わせる。
「異世界召喚って、あの?」
「そうです、その異世界召喚です」
やはり口ぶりからして、それはさほど珍しい現象ではないらしかった。
白音は、『異世界召喚という概念は知っているが、まさか自分がそんな目に遭うとは思っていなかった』、という体を取り繕う事に決めた。
早々にみんなと合流するためには、あまり目立ったり不審に思われたりはしたくない。
日本人がいて、日本語が通じるらしいことが分かったのは朗報だろう。
魔族訛りがばれることを恐れずに情報収集ができる。
白音がこの世界の人族の言葉を喋ればどうしても魔族語訛りになるが、一方で日本語を喋る分には普通に母語として使いこなせてしまう。
理屈はよく分からないが、もうそういうものだと思うしかないだろう。
何しろそんな特殊な状況に置かれたのは、白音くらいのものなのだから。
「驚きましたよ、昨日突然強烈な魔力を感じましたから。異世界召喚だろうとは思ったのですが、どんな化け物が現れたのかと思いました。今ベースキャンプではその噂で持ちきりですよ。それがこんな可愛らしいお嬢さんだったとは」
目立たずに情報を集めようという白音の目論見は、既に儚くも失敗に終わっていたらしい。
彼らは白音の強力な魔力波をベースキャンプで感知し、その化け物じみた主を探してここへやって来たのだ。
「勇気を出して探しに来て良かったですよ。時折こうやってとんでもないところに喚び出されて、ひどい目に遭う方がいます。お困りだったでしょう。私たちがキャンプまで送りますよ」
代表して話しているこの男性が一番魔力量も多く、場慣れしている感じがする。
多分リーダーなのだろう。
『可愛らしいお嬢さん』と言われた事が軽く引っかかったのだが、それはそれとして白音は彼らの厚意を受ける事にした。
この世界でも日本語が通じるのであれば佳奈たちが困る事もないだろうし、一度人の多い所に行った方が足取りが掴めるかもしれない。
◇
白音は丁重にエスコートされて馬車に乗せてもらった。
馬車自体は平坦な道でもガタガタとよく揺れるありふれたものだ。
しかし白音は板張りの荷台の上に厚手の毛布を敷いてもらい、かなりの厚遇を受けた。
水や食料も十分な量が用意されている。
彼らは本当に召喚英雄の捜索、救助だけが目的だったらしく、荷室には商材となるような積荷はまったく載せられていない。食料や野営用の装備だけが準備されていた。
リーダーと思しき男性はリックと名乗った。
本名は田中なのだが、こちらではその方が通りが良いから通称として使っているのだそうだ。
白音も名前を問われて一瞬、
(ホワイトリリーと名乗った方がいいのかしら)
と考えたのだが、考えただけで顔から火が出そうなほど恥ずかしかった。
なので普通に、
「名字川白音です」
と本名を名乗っておいた。
リックはわざわざ馬車の御者を買って出て、道すがら色々な話を聞かせてくれた。
やはりこのキャラバンは全員が召喚英雄、すなわち日本人ということだった。
まともに召喚儀式が成功すればそれこそ英雄的扱いをされ、召喚した組織の戦力として騎士なりなんなりに取り立てられるのが普通だろう。
しかし召喚事故でどことも知れぬ場所に、誰が喚んだとも分からない状態でやって来ると、はぐれ者になるしかない。
後ろ盾も、庇護者もいないはぐれ者たちは自然と助け合い、自衛のために身を寄せ合う。
そして英雄核から授かった魔法の力を唯一の武器として、どうにかこの見知らぬ世界で生き抜いていくしかないのだそうだ。
リックははぐれ者の召喚者たちをまとめて一団を結成し、傭兵稼業のような事をしているらしかった。
そして今向かっているベースキャンプには、そんなはぐれ者たちの集団がいくつか存在し、村邑のようなものが形作られているらしい。
「日本人町というか、難民キャンプというか、だいたいそんなようなものだよ」
リックの話を聞いて、白音はなるほどと思った。
こうやって救いの手を差し伸べてもらえた事はもちろん大変有り難いのだが、これは多分リクルートも兼ねているのだろう。
有能な能力者を発見して仲間に加えられたら、団の力を大きく増す事ができる。
「ああ……。団への勧誘もされているんですか?」
「ま、まあそうなるね」
リックも白音の言わんとしている事を察したようだった。
困っている人の足下を見る、というとちょっと言い過ぎだろうが、それなりの見返りを期待するのは当然の事だと白音も思う。
魔核持ちの人間はそれだけ強力な存在なのだ。
魔法少女に成り立ての頃、『魔法少女ギルド』が真っ先に援助の手を差し伸べてくれた事を想い出す。
彼らだって、「仲間になって欲しい」という下心があったはずだ。
「この辺りははぐれ者の召喚者が現れる確率がかなり高いんだ。もちろん人命救助が一番なんだけど、慈善事業だけでは我々も食べてはいけないしね」
そう言ってリックは苦笑いした。
この荒野にはぐれ召喚者が現れるのを狙っている、言い方は悪いがそんな集団がベースキャンプにはいくつもあるのだろう。
だとすればそこへ行けば、いなくなってしまった白音の仲間たちの情報も手に入るかもしれない。
「ベースキャンプへは明日着けると思うよ。飛行能力のある召喚者ならあっという間なんだけどね」
多分ジョークを言っているらしいリックに白音は笑って応じたが、「ハハハ」と少し乾いた笑いになってしまった。
自分の銀翼と馬の歩みを比べれば、確かにそうだろうなと白音も思う。
応援ありがとうございます!
10
お気に入りに追加
119
1 / 4
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる