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第二部 魔法少女は、ふたつの世界を天秤にかける

第2話 3キログラムの引きこもり その三

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 スライムがランドルメアの肉を胎内に収めた。
 そのままでは日持ちしそうになかったので、白音は基礎魔法プライマルで冷やしてみようかと提案した。
 しかしそれではスライムのおなかが冷えてしまうらしく、嫌がった。

「オナカ、冷エる……イヤ」

 まあそれはそうかと白音も思う。
 この子がおなかを壊したら、中身が全部出て干からびてしまうんじゃないだろうか。

「あ!」
「ン?」
「あなたこれ、再現できない?」

 そう言って白音が、地面に敷いていた断熱用のアルミシートを指した。発泡性のウレタン素材にアルミが貼り合わせある物だ。

「デキル。思ウ」
「これを分厚くして体の中に作って、それで包めば熱は伝わらないし、冷えたまましばらくもちそう」

 もう一度スライムに大きくなってもらって、実際に試してみる。
 あれやこれやと調整を加えると、体内に断熱材製の氷冷蔵庫が完成した。
 体への影響も特には無いようだった。
 あとは白音が魔法で定期的に冷やし直せば機能するだろう。
 スライムも首を伸ばして興味深げに自分の体の中を覗き込んでいる。
 解決できた。

 白音は、言えばなんでも解決してくれた頼りになる仲間、一恵のことを想い出す。
 自分も少しは彼女のように逞しくなれただろうか。
 みんなに再会できたら、この子を紹介して、ステーキをごちそうして、それからこの事をちょっとくらい自慢してもいいよね、と白音は思う。
 スライムの方もたゆん、と体を波打たせて自慢げにその収納力を見せつける。


「ああ、それと良いニュースよ」

 白音は上空で見つけたものの事をスライムに報告した。
 ようやくこの世界で見つけた、コミュニケーションの取れそうな相手だった。
 接触すれば何か情報が得られるだろう。少しは状況が好転するかもしれない。

 しかしそれを聞いた途端スライムは縮み上がった。
 今し方までキングサイズの巨体を揺らしていたのに、あっという間に元の大きさに戻ってしまう。

 スライムにとって他者は敵でしかない。
 外の世界は敵だらけで、それを避けて白音の体の中にずっと引きこもっていたのだろうから、気持ちは分かる。
 しかしこの荒野では、ずっと引きこもり生活というわけにもいくまい。

 スライムは、今にもその見知らぬ怖い人たちがやってくるのではないかと、落ち着かなげに辺りをキョロキョロと見回している。

「大丈夫、もう少し時間があると思うわ。」
「ワガッダ」

 何故だか急に言葉に濁点が増えたように聞こえる。
 泣いているのかもしれない。

「中ニ入レデ」

 やっぱりこの子は引きこもるつもりらしかった。

「いやいや、入らなくても……。小さくなってわたしの懐にいれば平気でしょ?」

 スライムが体を細くして、白音の口元を見つめている。

「だ、だめよ。苦しいんだから、あれ。あなたが通過する間、ずっと息が出来ないから死ぬほど苦しいのよ。だめよ」

 しかしスライムは、穴があったら入りたい、という勢いの人見知りを見せる。

「アナ?」

 そう言ってスライムの視線が、白音の口元からすーっと下方へ落ちて、白音のお尻を見つめる。

「ひっ!」

 白音は現世からこちらの世界へと開く扉を探さなければいけないのに、それでは未知の世界への扉が開きかねない。
 白音はまだ見ぬ世界に貞操の危機を覚え、慌ててお尻を押さえた。

「だめだめだめ、そこはだめっ! 絶対にだめ!! …………もう、分かったわよ。……ちゃんと入り口から入って。ただしできるだけ細くなって、時間かけないでね」


 白音は地面に座り込み、安定な姿勢を取ってからスライムを招き寄せる。
 スライムは体をぐっと縮め、そして細長く変形してくれる。
 しかしそれでも目の前に近づいてくるとすこし緊張する。
 何しろ白音はこれで二度ほど死にそうな目に遭っている。

 まだ経験は無いが、胃カメラを飲む時ってこんな感じなんだろうかと白音は思った。
 できるだけ脱力して、あごを上げた方が喉が開いて入りやすいはずだ
 目を瞑ってあごをくいっと持ち上げると、スライムのひんやりとした感触が唇に触れる。

「んっ、んっ、んんっ…………、んっ! んっ?!」

 にゅるにゅると喉の中をスライムが滑り入って来る感触が分かる。
 時折苦しくなって嘔吐えずき、手足が地面を引っ掻くようにする。
 しかしそれでも初めての時よりは幾分かましだった。
 スライムの方でも少し手慣れたようで、苦しくないように工夫してくれているのだろう。

(いや、慣れたくはないんだけどね……)

 やがてスライムが一番奥まで到達すると、喉の圧迫感がなくなって少し楽になってきた。
 白音はようやく肩の力を抜く。

 しかし…………。
 これはなんだかエッチな感じになっていないだろうかと、白音はふと思った。
 胃カメラもみんなこんな感じなのだろうか。

「それは困る!!」

 誰もいないのに白音は独りで抗議した。
 胃カメラを飲むたびにこんな風に乱れたくはない。

「むぅ………………」

 すると目の前に、急に黒く太いミミズのような物が現れて、

[?]

という形になった。

 いきなりで少し驚いたが、どうやら瞳の中でスライムが細く体を伸ばして網膜に影を落としているらしい。
 これで筆談ができそうだった。

「あ、いえ……。気にしないで。胃カメラね。事前に練習できて良かったわ」

 瞳の中にアスキーアートのような笑顔のマークが現れた。
 返事なのだろう。
 器用なことができるものだと白音は感心する。

「ふふ」

 これは筆談というか、記号通信になりそうだった。
 そういえばこの子はどのくらい文字を知っているのだろうか…………。

 しかし体の中で何がどうなってスライムの影が目に映るのか、詳しく想像するとやっぱり怖いのでそれは気にしないことにする。



 日が高くなり、気温が上がるにつれてもやが晴れ始めた。
 地平線がはっきりとしてくる。
 どこかで見聞きした知識によれば、この状態だと確か4、5キロメートルくらいは見渡せたはずだ。

 白音は、荷物をまとめてひとりで歩き始めた。
 先程飛び上がってみた時も、見渡す限りは何の変化もないこの荒野が続いていた。
 ただただ広いだけのこの大地ですれ違わないよう、白音の方からも隊商キャラバンへと向かうことにする。


 白音は徐々に、うっすらとした魔力を感じ始めていた。
 その他に何も無い大地だったから、多分キャラバンの中に魔法を扱える者がいるのだろう。
 見失うことがなさそうで安心だが、反面少し警戒が必要かもしれない。

 白音は魔法少女の変身を解いた。
 根来衆ねくるしゅうとの決戦へと臨む際に着ていた、黎鳳女学院のセーラー服姿になる。
 どちらの格好もこの世界にはそぐわないが、相手が魔法を使えるなら魔力は低く抑えておいた方が警戒されずにすむだろう。
 いきなり裸足で逃げ出されても困るというものだ。

 白音はちょっと練習がてら、この世界の言葉で独り言を言ってみた。
 前世の記憶で言語は理解している。
 しかし実際に声に出してみるのは初めてのことだ。
 スライムの方は、どうやらこの世界の言語は理解できないらしく、白音の独り言に対して視界に『?』がいっぱい出てくる。

「わたし、牛一頭分の体重、増えてないよねって言ったのよ」

 白音は自分のおなかをさすりながらそう説明してやった。
 スライムは今、いったいどの辺りにいるのだろうか。
 少しすると、視界に文字が現れた。

[3キロ]
「…………。ええ、ええ。そうよね。よく知ってる」


 スマホの時計が正午を少し過ぎて太陽が傾き始めた頃、今朝上空から見つけたキャラバン隊がようやく姿を現した。
 地平線の彼方に、点々とした黒いシミのようなものが現れて徐々に数が増え、大きくなっていく。
 少しするとなんとか遠目に、二頭立ての幌付き荷馬車が一台と、武装した戦士が騎乗している姿が10人ほど見て取れるようになった。
 この荒野には障害物が少なく、道路がなくとも馬車で旅ができるくらい真っ平らな地面が延々と続いている。
 そのためキャラバンは何かに遮られることなく、ほぼ真っ直ぐにこちらへと向かってくる。

 しかし白音の前世の記憶に照らし合わせてみれば、その隊商キャラバンは、随分厳重な編成だと思えた。
 どこからどこへ何を運ぶのか、白音は事情を知らない。
 しかしある程度の大きさがあるとは言え、たった一台の荷馬車にかなりの数の護衛。
 何か利益率の高い商品を運んでおり、戦闘になる可能性が高いため多くの護衛を付けている。
 そんな印象だった。

 白音が相手を警戒し、できる限り多くの情報を得ようとしているのと同様に、キャラバンの方でも白音を認めると、その行進速度を緩めたようだった。
 ゆっくりと、おそらくはこちらを観察しながら近づいてくる。
 そして彼我の距離が100メートルほどになったところで、両者は歩みを止めた。


 荷馬車を後方に置いて、騎乗の戦士が三人進み出てくる。
 彼らは笑顔を見せていたが、白音はやはり警戒をされているなと感じた。
 しかしそれは無理もない。
 この異世界荒野のど真ん中に、セーラー服の女子高生がひとり旅をしていたら、魔族の近衛隊長を務めていた前世の自分でも、それは職質案件である。

 戦士たちは多分人族だった。
 本来魔法を使えないはずの人族から魔力を感じるということは、彼らは特殊な魔術儀式をもって召喚された『召喚英雄』なのかもしれない。
 使い込まれたなめし革の鎧を着込み、背には片手でも両手でも使える剣バスタードソードを担いでいる。
 長柄の武器を持っていないことから、おそらく騎乗戦闘はしないのだろう。
 馬も戦闘用に調教されているようには到底見えない。

「……こんにちは」

 白音はわざと聞こえないような小さな声で挨拶して、頭を下げた。
 白音はこちらの世界の人族の言葉も操れるのだが、しっかりと魔族語訛りになってしまっている。
 あまり喋ると正体を勘ぐられるかもしれない。

 魔族が人族に滅ぼされたと聞いている異世界で、白音が魔族の力を持っていることを知られるのはまずいだろう。
 上手く日本語訛りに聞こえるように誤魔化せれば、せめてこちらも『召喚英雄』だと勘違いしてくれるかもしれない。
 そう思って道中ずっと練習していたのだが、前世と今世で習得した言語を、そういう風に切り替えられるものではないらしい。

 パワハラ体質の体育会系部活でもあるまいに、挨拶の仕方ひとつで殴りかかられてはたまらない。
 そう思って白音はかなり慎重に挨拶してみたのだが、しかしそんな心配はどうやら杞憂に終わる。

「こんにちは。日本の方ですよね?」

 キャラバン隊の戦士が話しかけてきたその言葉は、流暢な日本語だった。
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