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第二部 魔法少女は、ふたつの世界を天秤にかける

第2話 3キログラムの引きこもり その二

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 付近に仲間たちがいれば気づいてくれるように、白音は定期的に大きな魔力エーテル波を放出していた。
 その『魔力ののろし』をできるだけ強力にするために、白音は二重増幅強化ダブルハウリングリーパーを使う。


「じゃあ、行くね。二重増幅強化ダブルハウリングリーパー!!」

 だがその瞬間、スライムが悲鳴を上げた。

「ビヤャャャャャャ!!」

 スライムが巨大な魔力に当てられて痙攣していた。

「え……、あれ?」

 白音の魔法を最も間近で感じ続けてきて慣れているはずなのに、この反応はなんだろうか……。
 考えて白音はハッとした。
『黙リーパー』という言葉を想い出す。

 よく莉美が言っていた事なのだが、黙って急にリーパーで能力を強化されると、突然自分の能力が跳ね上がってびっくりするらしいのだ。
 今まではそもそもこのスライムの存在自体白音は知らなかったのだから、リーパーで強化したことは無い。
 そして今は……。今は本当に何も意識せずにリーパーの魔法を投射キャストしてしまっていた。

 リーパーはどうやら白音が『仲間』だと思っているものに効果を発揮するらしく、だからはっきりと意識せずにやると、『白音の気持ち』を素直に反映した効果範囲になってしまう。
 今はしっかりとこの子にもリーパーが効果を発揮していた。

 白音は、多分この子は初めての『黙リーパー』にびっくりしているんだろうと思った。
 スライムは『魔物』に分類されている魔力を持った生物だ。
 それに少なくともこの子は『異世界事案』として現世にやって来たのだから、それに耐えるだけの魔核を持っているばずだ。
 その魔核がリーパーで強化されて、魔法力が大幅に上昇しているのだろう。
 びっくりするだけで悪いものではない……と白音は思う。


 スライムの痙攣が激しくなり、だんだん形状が維持できなくなってきたようで大きくうねり始めた。
 一瞬一瞬で様々な形状を取り、体色も七色の変化を見せる。
 綺麗なのだが、さすがに白音もちょっと心配になってきた。
 白音がリーパーを止めようとした最後の一瞬、スライムは多分人間の女の子の姿を取った。
 そして表面張力を無くしたかのように、べちゃああっと液状化して地面に拡がってしまった。

「ちょ、ごめ。ごめんね。大丈夫?」

 白音は自分の魔法を信じていたのだが、ただの水たまりのようになってしまったスライムを見てさすがに心配になった。
 すると、水たまりの一部がずずず、と持ち上がり、またずるむけの頭部が形成された。

「ヘーキ。ビックリスル。気持チイイ」

 気持ち良かったらしい。
 白音もほっとした。
 ふと気になって、白音は徐々に人の形を取り戻していくスライムの顔に手を触れ、先程一瞬見えた女の子の形と比較してみる。

「ンン? ドシタノ?」

 リーパーは、決してありもしない虚構を作り出したりはしない。
 様々な能力を強化することによって、いずれ至るであろう道、ほんの少し先の未来を見せてくれるのだ。
 もしかしたらこの子が歩みを止めなければ、あんな風になるのかもしれない。

(この子、女の子だったんだ…………)


 それともうひとつ、魔力ののろしと共にやっておくべき事がある。
 白音はその翼を使い、一度上空から周囲を確認しておきたいと考えていた。
 地上からは分からなくとも空高くからなら、もしかしたら町などが見つかるかもしれない。
 ただ事前の情報で、こちらでは魔族は人族との戦いに破れ、既に滅ぼされたと聞いている。
 翼を生やして空を飛ぶ姿は、あまり人に見られない方が良いだろう。
 ひとまず目撃者のいなさそうなこの場所で一度だけ、慎重に飛んでみることにする。


「ちょっと空から周りを見ておこうと思うんだけど、一緒に来る?」

 今までの経験だと、白音がこんなことを言えば、みんな先を争って白音に乗っかろうとする。
 しかしスライムは意外なことに、と言うべきだろうか、首を横に振った。

「寒イ。凍ル」

 真冬にミニスカートで高速飛行など、魔法少女にしかできない芸当なのだと白音は今更ながらに思い知る。
 この子は白音の視覚を通してその飛行を見ていただろう。
 そしてそれが自分にとっては過酷な状況になると知っているのだ。

 白音は、自分も莉美のように魔力障壁バリアを自在に操れれば良かったのにと申し訳なく思う。
 莉美の魔力障壁バリアは変態が過ぎて、もはや固有魔法ユニークと呼べる域に達している。
 変幻自在のあのバリアなら、スライムを寒さから守ってやることも簡単だったろう。

「ごめんね。じゃあちょっと上から見てくるね。待ってて」
「ハーイ」

 白音はスマホを手にして舞い上がった。
 ついでに上空から周囲の景色を撮影しておくつもりだった。
 こうしておけば後から位置関係の把握に役立つはずだ。

 まずは一枚、手を振って見送るスライムを上から撮影してみる。
 なかなか良い感じに撮れたと思うが、現世に持ち帰ったらこれは確実に『心霊写真』と言われる奴だ。
 白音はスライムが『凍る』という事実にも実はこっそり興味をそそられていたが、そんな邪念を振り払うようにして大空へと顔を向ける。



 久しぶりの異世界の空だった。
 ゾアヴァイル血まみれの薔薇とあだ名されていた前世なら、白銀の翼を煌めかせたこの姿を見ただけで皆恐怖し、震え上がった。
 味方が震え上がるのはちょっとどうにかして欲しかったが、敵ならば死を覚悟するような光景だったことだろう。
 そして今の白音は、桜の色を得てさらに強くなった。
 あの頃よりも多くのものに手を届かせることができるのだ。

 白音は写真を撮りながら、慎重に高度を上げていった。
 しかし100メートルも行かないうちに慌てて上昇を止める。
 朝日の昇る方、まだ遠方に何かがいることに気がついた。
 逆光になっていて少し見にくいが、目を凝らせば隊商キャラバンの一団のように見える。
 距離は多分数十キロメートルというところだろう。

 こちらに向かって行進しているため、このまま飛んでいれば見つかる可能性が高い。
 それは、ようやく見つけた手がかりである。
 接触しない手はない。
 しかし少なくともファーストコンタクトは翼を生やして空から挨拶するよりも、人族として穏便に進めた方が上手くいくだろう。
 白音はそっと地上へと降りた。

「オカエリー」
「ただいま」

 そう言って元気よく迎えてくれたが、スライムは食べきれなくてのこっていたランドルメアの肉を、丸呑みにしているところだった。
 白音は一瞬、早く帰りすぎて見てはいけないものを見てしまったのかと思った。

 巨大化して次々と大きな肉の塊を呑み込んでいく迫力に白音はちょっと驚いたが、それはそれで良かったと思った。
 さすがに全部は持ち運べない。
 動物の命を奪ってしまったのに、無駄にせざるを得ないことを心苦しく思っていたのだ。


「生でも平気なの?」
「違ウ!!」

 何故だかスライムが猛抗議した。
 生で食べると思われたのは心外だったらしい。
 そして先程取り込んだかたまり肉をいくつか、目の前に出してみせる。
 まったく消化されている様子はなかった。

「あっ! 運ぼうとしてたのね?」
「モッタイナイ」

 巨牛よりも大きくぷくーっと丸く膨れ上がっているスライムが頷いて肯定した。
 白音の中にずっと居て、多分白音イズムとでも言えばいいのか、そんな共通の価値観のようなものが心の中に継承されているみたいだった。
 仮にどこかで魔物が知的に進化したとして、「モッタイナイ」はそうそう出てくる言葉ではないだろう。

「でも、大きさとか大変じゃない? 重たくない?」
「問題ナイ」

 ふたりが韻を踏んで下手なラップみたいなやり取りをしていると、見る間にスライムが縮んでいつもの大きさになってみせた。
 大きくなって取り込んでから、小さくなれば本当に何の問題も無いらしかった。
 中の物も一緒に縮むらしい。
 理屈はよく分からないが、そこは魔法と言うしかないだろう。
 魔法に現代物理は通用しない。
 質量やエネルギーが保存されないのは白音も身に染みてよく知っている。
 魔法少女たちだって変身すれば、着ている服やリュックはどこかへ消えてしまう。

「そのままじゃ腐らない?」

 白音が至極真っ当な疑問を口にする。
 大きさは変化できても、胎内に収まっていることに変わりあるまい。
 それにこの子にはちゃんと人肌の体温がある。
 それはひと晩その中でぬくぬくとしていた白音はよく知っている。
 白音は腐らないが、生肉が長時間ぬくぬくとしているのはまずいように思える。

 スライムは少しの間考えたが、その答えはやはり、

「腐ル」

だった。
 スライムはクールな黒い猫の運び屋とは違う。
 さすがにそんなに便利にはいかないらしい。

「じゃあ冷やしてみよっか?」

 白音の基礎魔法プライマルで肉を凍結してしまえば、少しは日持ちするだろう。

「オナカ、冷エる……イヤ」

 まあそれはそうかと白音も思う。
 この子がおなかを壊したら、中身が全部出て干からびてしまうんじゃないだろうか。
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