ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】

音無やんぐ

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第二部 魔法少女は、ふたつの世界を天秤にかける

第2話 3キログラムの引きこもり その一

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 白音は夜中に焚き火が消えて、寒くなってきたのは覚えている。それでリュックからブランケットを出してきて、それにくるまって寝たはずだった。
 白音たちのリュックは現世で魔法少女たちを支援してくれている組織、『魔法少女ギルド』が用意したものである。
 想定外の事態にも対応できるようリュックには野営用の装備も入っているのだが、ブランケットの手触りが思いの外良かった。それで白音は、『魔法少女ギルド』と共に自分たちを支えてくれているスポンサー企業である『ブルーム』の社長、蔵間誠太郎の顔を思い浮かべて感謝しながら眠りについた。

 そして翌朝目が覚めると、白音はスライムに呑み込まれていた。

「ひいぃぃっ!!」

 白音は、逆巻京香さかまききょうかに「可愛い」と評された悲鳴をまた上げてしまった。早朝の荒野に綺麗な音色の悲鳴が響き渡る
 その体は、全身をスライムにすっぽりと包み込まれていた。顔だけが辛うじて外に出ている。誰かが見たら、普通はスライムに丸呑みにされている途中だと思うだろう。
 ただ、見た目は間違いなくスライムに呑み込まれているのだが、触り心地は昨晩気持ちいいと思ったあのブランケットだった。だからこんな状態になっていても、大変心地よく寝ていられたのだ。

「オハヨウ」

 白音に覆い被さっているスライムの一部分がずずずと盛り上がり、例の皮膚をいだ頭部のような物が形成される。そして爽やかに挨拶された。
 有り体に言って怖い。

 昨晩白音が寒そうにしているのを見て、暖めようと気を遣ってくれたらしかった。朝食にされているのではなくて良かった。
 どうやらこの子は、かなり自由に体の大きさや質感をコントロールできるらしかった。目を瞑って触ってみれば、それはどう考えても毛布にくるまって寝ているだけだと感じられる。
 通常のスライムは、せいぜい形を自由に変えることくらいしかできなかったはずだ。この子だけの固有の魔法ユニークなんだろうと思える。もしかしたら、いろんな物の質感を再現できるのかもしれない。

「お、おはよう。朝ご飯にしましょうか」
「ハイ!」

 荒野のお天気事情など白音には知る由も無かったが、今は現世での真冬に相当するような気温だと思う。魔法少女としての環境適応力のおかげで寒さが身に染みるというようなことは無いが、それでもこのブランケットはとても暖かくて気持ちが良い。
 白音は何とかその名残惜しい寝心地の胎内から這い出すと、朝食の準備に取りかかることにした。

 起伏の少ない見渡す限りの荒れ地に、遠くの方の景色が少しぼやけて、うっすらともやがかかっている。明け方に急激に気温が下がったせいだろう。やはり空気は多少の湿気を含んでいるらしい。僅かばかりとは言え、それがこの辺りの植物を育んでいるみたいだった。
 あまり意識はしていなかったが、多分時間帯も現世の日本と似たようなものらしい。まだ動いているスマホの時計が朝七時を指している。

 食材はもちろん夕べののこりだ。選択肢などない。
 白音が分厚いステーキ肉を切り分けていると、何も言わずともスライムが燃料用に新しい灌木を集めてきてくれた。白音が礼を言うとその子は、

「ウフッ」

と言って多分はにかんだ。
 外での活動に慣れてきたのか、動きも随分スムーズになってきていると思う。皮膚さえズルむけていなければ、もう普通の人間が歩いているように見える。

 白音が魔法で枯れ枝に火を点してスキレットをかけると、スライムはやや遠巻きにしてそれを見学し始めた。
 昨日の火傷に懲りたのかもしれない、火を通す作業に手を出す気は無いようだった。その体をふよふよと、リズミカルに左右に揺らして待っている。
 しかし楽しみにしてくれているところ悪いのだが、今朝のステーキは調味料無しだ。できるだけ節約しておいた方がいいだろう。みんなと出会えた時に、食料を分け合う必要もある。

 ふたり並んで銀色のキャンプ用断熱シートの上に座り、白音が焼き上がったステーキを取り分けてやる。昨日の様子から、この子はややレアな焼き加減を好むらしいと分かっている。
 白音はすぐに食べ始めたが、スライムはわくわくとした様子で少し待っていた。
 やはり熱い物が苦手らしい。多分ステーキを冷ましているのだろう。白音のいた若葉学園にもそういう猫舌の子供がいたから、気持ちは分かる。

 スライムが焦れた様子で、肉の端をちょんと突っついて温度を確かめる。そしておもむろに丸ごと口のところから肉を取り込み始めた。昨日と同じくじわぁぁぁっと分解されていくのがよく見える。白音は思わず食事の手を止めて見入っていた。何度見ても興味深い。

「…………、オイシイ、ネ?」

 白音の方を見てスライムが小首を傾げる。なんだか妙な間があったと思う。
 白音だってこの調味料なしのステーキは、とても美味しいとは思えない。この液体成分過多な生き物は、空気というものを読んでくれているのだろう。
 白音はすぐ隣に居るスライムの頭をそっと撫でてみた。

「ン?」

 そう言いながら、スライムの方も白音の方へと肩を寄せる。
 手にはひんやり、しっとりとした感触が伝わってきたが、粘つくようなことはいらしい。撫でたところから静かに波紋が広がっていくのが見える。
 白音はもはや、見てくれなど気にならなくなっていた。

 朝食の後片付けはスライムが率先してやってくれた。調理した事へのお礼のつもりなのだろう。
 スライムの生態はよく知らないのだが、この子は人間とほとんど変わらないものを食べるらしい。だから食器を体内に取り込んでしばらくすると、消化できる物だけがすべて消化されて食器が綺麗になっていた。
 白音は自分の食べかすを食べさせてしまっているみたいで気が引けたのだが、スライムは白音の物なら気にしない、と言ってくれた。
 ということは、他の人の物はやっぱり嫌なのだろう。持っている感情や感覚は自分たちとそう変わらないように思える。あまり構えて特別に考えなくともいいのかもしれない。
 白音はチームで食べたカレーの夜を想い出していた。あの時も「白音は休んでいろ」と言って、後片付けはみんながやってくれた。チーム白音の仲間たちとこの子と、何ら違うところなど無いのだと、不器用ながら一生懸命に働くスライムの姿を見て白音はそう思った。
 ま、ちょっと木製の食器は消化してしまうのだろうかとか、いらないことをつい考えてしまうのはよしておいた方がいいだろう。

 白音が荷物をまとめながら今後の行動方針を検討していると、スライムがおずおずと尋ねてきた。

「一緒、行ク。イイ?」

 白音は一瞬何のことか分からなかったが、どうやらこの子は「ここでお別れになるかもしれない」ということを心配しているらしかった。
 そう言われると、確かに人族と魔物である。出会えば普通は敵対するのだろう。一緒に行動する理由がなかった。
 しかし白音にとってはまったくの寝耳に水だった。むしろそう問われて初めて、そんな考え方もあるのかと思ったくらいだ。
 元来白音は、あまり独りきりにされたという経験がない。いつも周囲に賑やかに家族や友人たちがいて、それが当たり前になっている。なので正直なところ、荒野の真っ只中に孤独に放り出されてちょっと参っていた。
 あまり認めたくはないのだが、今独りにされると困るのはむしろ白音の方であろう。

 そして白音はスライムのその不安げな様子を見て、外に出てきたのはこの子にとって、それこそ命を懸けるような一大決心だったのではないか、ということに思い至った。
 化け物として追われるかもしれないと分かっていて、それでもお礼が言いたくて、ここに自分がいることを知らせたくて、出てきたのだ。
 白音は「もちろんいいわよ」と言いかけて少し考えた。そして心細くしているのだろうその子に、両手を差し出して手招きした。

「わたしと一緒に行こ」
「ハイッ!!」

 突進してきたスライムに呑み込まれて、白音はしばらくもみくちゃにされた。危うく朝から荒野で溺死するところだった。



 あまり痩せた土地には生息しないランドルメアがいたことから考えて、今いる場所は意外と人里に近いのかもしれない。そう判断して白音たちは移動を開始することにした。
 白音には翼がある。そして今は未知の土地にいるが、多少なりともこの世界に土地勘もある。みんなの中では自分が一番機動力があるだろう。こちらから積極的に動いて情報収集をすべきだと考えた。

 そして出立の前に、一応昨日と同じ事をやっておくことにした。魔力波を放出してのろしを上げるのだ。誰かが感じ取ってくれる望みは薄いかもしれないが、打てる手は全部打っておきたい。

「ちょっと離れててくれる?」
「ドシタノ?」
「今から魔力を高めて周りに放出するから、びっくりしないでね」
「昨日、スル。同ジ。知ッテル」

 体の中にいた時から感じていたらしい。ならばそんなに驚かせる心配は無いかと白音は思った。何しろ白音が初めて魔法少女になった時からずっと体の中に居たのである。魔法少女としての白音を一番よく知っているのはこの子だろう。

「じゃあ、行くね。二重増幅強化ダブルハウリングリーパー!!」

 だがその時、スライムが悲鳴を上げた。

「ビヤャャャャャャ!!」
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