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第二部 魔法少女は、ふたつの世界を天秤にかける

第1話 異世界の魔法少女 その三

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 謎の不定形生物が焼いてくれたランドルメアの肉に白音が味付けをし、ふたりで食べた。
 この生物に敵意はないようだった。片言だが言語を解し、何故か日本語を操る。
 白音はこの不思議な生物に興味を抱いてしまっていた。


 温かい食事を摂り、人心地がついて、白音の体調はすっかり元通りになってしまった。
 ランドルメアにやられた傷はたいしたことがなかったらしい。
 魔法少女の並外れた回復力ですっかり癒えてしまっている。
 謎の吐き気ももうない。

 白音は『それ』に色々と質問をしてみた。

「あなた、一体なんなの?」
「ワタシ、すらイム?」

 疑問形で返されても困るが、なるほどスライムと言われればそうなのかもしれない。
 しかしそう言われると逆に湧いてくる疑問もある。

「スライムって……、もっと低知性で捕食本能しかないような化け物なんじゃあ…………?」

 見るからに『それ』がしょげた。
 表情がなくても伝わってくる。

「あっ、あっ、ごめんね。ちょっと理解がついて行けてなくて。あなたは他のスライムとは違うのよね? もっとあなたのこと聞かせてくれる? ちゃんと知りたい」


『それ』がこれまでの経緯を、片言だったが時間をかけて語ってくれた。

 どうやら時を経て知能が徐々に発達していったものらしい。
 始めは抽象的でぼんやりとした記憶だったものが、現在に近づくにつれてはっきりとしてくる。
 最近の出来事は、本人の感情的な見解や分析も付け加わるようになってきている。

『それ』が生まれたのがどのくらい前のことなのかは、『それ』自身にもよく分からなかった。
 とにかくはっきりと分かることは、生まれた時から自分だけが他のスライムとは違っていたこと。
 幼いながらも自我を持ち、見た目も明らかに違っていた。
 そのため周囲のスライムからは仲間ではなく、獲物として認識されてしまうようで、ずっと必死で逃げ回る毎日だった。

 そしてある時、捕食者であるスライムたちに追い回されるうち、『異世界事案』に巻き込まれて現世へと飛ばされてきてしまったらしい。

 現世へ来てもなお、共に飛ばされてきたスライムに追い回されたが、『それ』には特技があった。
 捕食者たちから逃げ回るうちに身につけたのだが、他の生物の体内に入り込んで隠れることができた。
 隠れていれば、その宿主たる生物が勝手にスライムたちを追い払うなり、逃げるなりしてくれるというわけだ。

 現世でも隠れられそうな人間を見つけて体内への侵入を試みたのだが、その人間から思わぬ抵抗に遭って手間取ってしまった。
 その間にスライムたちに見つかり、人間共々食べられそうになっていた。
 そこへ白音が颯爽と現れて魔法少女へと変身し、救ってくれたのだという。

「へ? わたし? あなたを助けたの? そんなの知らないわよ?」
「助ケタ、ワタシ。中ニ入ル、クレた」
「は、入る…………、入ったの? ……あ、スライム!! …………え?」
「ン?」

 白音は『それ』の言葉をつぎはぎしてなんとか理解しようとしていた。
 そして今、すべてのピースがつなぎ合わされて謎が氷解した。

 白音が初めて魔法少女に変身した時のことだ。
 あの時、確かに最初のスライムは女性の口から体内へ入ろうとしていたと思う。
 食べるのが目的なら、それは奇妙な行為だ。
 サディスティックに獲物をいたぶるためならいざ知らず、捕食本能に突き動かされての行動だとしたら矛盾が過ぎる。
 何故わざわざ内側から食べなければならないのか。

 そして標的を変え、そのスライムは白音の口から体内へと入ってきた。
 あの時白音は初めて魔法少女へと変身し、大量のスライムの撃退に成功している。
 だが口から入った分はどこから出て行ったのだろう…………。
 今まで考えたこともなかった。

「いやいやいやいや。でもでも、あなたそんなに大きいじゃない。いくらなんでも全部入りきらないでしょ」
「小サイ、ナル」

 それがこのスライムの特技ということらしい。
 身体の大きさを自在に変えることができて、それで生物の体内にまで侵入できるのだ。

「ん?」

 白音が何かに気づいて首を傾げた。
 その様子に、『それ』は何故か不穏なものを感じてブルブルっと身震いをする。

「体の中にいる時って、どのくらいの大きさなの?」
「コレ」

 そう言って『それ』はソフトボールくらいの大きさにまで縮んで見せた。

「それって…………、重さ3キロくらいよね…………」
「ン?」
「やっぱり………………あんただったのね」

『それ』が元の大きさに戻った。
 表情がないが首を傾げる。
 白音の言いたいことがよく分からない。

「わたし、必死でダイエットしたのよ。なんでか3キロ増えて、どうしてもそこから変わらなくなって、ずっと困ってたのよ…………。あんたのせいだったのね」
「??」

 何故白音が怒っているのか、自分の何が悪いのか、『それ』にはまったく分からない様子だった。

「あー…………。いいわ。これで美味しく食べられるんだし。お肉、おかわりしましょ?」
「ハイ!」


 パチパチと、焚き火にくべられた灌木の爆ぜる音が続いている。
 そういえばこの枯れ木も、白音が気を失っている間に『それ』が集めてきてくれた物なのだろう。
 朝まで燃料がもつように半分ほど、白音が基礎魔法プライマル――魔力を持つ者ならば誰にでも扱える簡単な魔法――で炎を灯して肩代わりをしてやる。

『それ』は白音のことを「体内に匿い、天敵を一掃してくれた恩人」だと感じているらしかった。
 そして白音の体内は温かな魔力と落ち着いたうねうねに包まれていたので居心地がよく、住処にすることにしたのだという。
『落ち着いたうねうね』というのは少し意味が分からず解釈しにくかったのだが、多分感情の起伏のようなことだろうと白音は理解した。

 こうやって話すうちに、不思議と『それ』の気持ちが分かるような気がしてきた。
 相変わらず表情――どころか顔そのもの――がないのになんとなく考えていることが分かる。


『それ』によれば白音が時々大きな傷を負うことがあったので、中から一生懸命治療を手伝ってくれていたらしい。
 そしてその頃から、白音の感覚器官を通じて外部の様子を知ることが出来るようになり、言葉も理解出来るようになっていったのだという。

 これは白音による推測の域を出ないのだが、白音の体内で膨大な魔力にさらされ続け、また宿主を守ることに必死で力を使ううちに、もう一段階の成長、進化をしたのではないだろうか。
 莉美から大量に魔力をもらったこともはっきりと覚えており、『それ』は感謝をしていると言った。
 やはり魔力を糧として成長を続けていたのだろう。

 やがて『それ』は自我を持ち、他者を理解し、世界というものを知覚した。
 そして今、現世から異世界へ、自分の故郷へと帰ってきたことを感じ取り、お礼が言いたくて外に出てきたのだった。

「アリガトウ」

『それ』は白音に向かってぺこりと頭を下げた。
 出てきたタイミングが悪すぎて危うく白音は死にかけたのだが、『それ』はきっと少しずつ成長しつつある幼児のようなものなのだろう。
 素直に感謝を受けておこうと白音は思った。

「ところであなたのその色、血の色みたいでちょっとおどろおどろしいわね」

 申し訳ないけれど、その色のせいで白音はかなり怖気を震った。
 いきなり出くわすと、飛び上がるほど怖い。
 本来のスライムは透明に近いブルーだったはずだ。

『それ』は手を止め、しばらく自分の身体を見つめる。そして首を傾げた。

「ワタシ、昔、緑色。今、ピンク?」

『それ』が言うには自我に目覚めた時から体色は緑色だったという。
 わざわざ目立って他と違うから、襲ってくれと言っているようなものだったろう。
 かわいそうに、と白音は思う。

 それが今や、人間からも目の敵にされそうな色になってしまっている。
 白音の前世の知識によれば、スライムは食べた餌で色が変わることがあるらしい。
 とすると白音の体内で、白音が与える養分や魔力を餌にして育ったことで色が変わった可能性がある。
 当初、自分は白の魔法少女だと言い張っていた白音にも、もうさすがに自分がピンクの魔力色エーテルカラーを持っているという自覚はある。

「あー、その色。わたしのせいかもしれない…………」
「同ジ!!」

『それ』は嬉しそうに両腕を上げて万歳した。
 他のスライムから目立ってしまうことよりも、白音と同じ色であることの方が嬉しいみたいだった。

 白音は新しく焼けた肉に即席香辛料を振りかけ、フーフーしてから渡してやる。

「アリガト! 愛シテルー!!」

 佳奈や莉美がよく言っていた奴だ。
 白音の耳を通して聞いて覚えたのだろう。
 その不意打ちに、白音は少し言葉に詰まった。

「………………。それと、あのね」
「ン?」
「もしかして彩子さいこに切り刻まれた時とか、佳奈と喧嘩した時とか、中から治療してくれてた?」

 白音の回復力は、他の魔法少女と比べても異常だった。
 普通なら死んでいるような状況から何度も生還している。
 この子が体の中から支えてくれていたのだとしたら、つじつまが合う。

 身振り手振りを交えながら一生懸命説明してくれたことを解釈していくと、治癒系の魔法とかそういうことではないようだった。
 医療知識はないものの、それなりに長い間他の生物の体内に隠れ住んでいただけあって、どうすれば宿主の手助けをできるのか、それを熟知していた。

 重要な器官が破壊されないよう守ったり、傷ついた血管や臓器の穴を一時的に塞いだりしてくれていたらしい。
 彩子にやられた時などは、体内で襲い来る切断髪ギロチンから魔核を守って逃げ回っていたという。
 自分もズタズタにされてさすがに死ぬかと思ったそうだ。
 まごう事なき命の恩人だった。
 この子がいなければ白音は死んでいただろう。
 白音も深々と頭を下げて、ありがとう、本当にありがとうと言った。


 気がつけば、辺りはすっかり暗くなってしまっていた。
 夜空には多くの星々がこぼれ落ちてきそうな程に美しく瞬き、そして大きな月がふたつ輝いている。

 白音はやはりここは異世界だと、デイジーの故郷だと確信した。
 見慣れたふたつの美しい月。
 ひとつの月は、現世のものとは違って随分大きい。
 そしてその隣に少し小ぶりの月がもうひとつある。
 小ぶりとは言っても現世の月ほどの大きさがありそうに思える。
 今はふたつとも細く欠けて、三日月になっている。

 懐かしい月だった。デイジーの記憶がそう教えてくれる。
 月も、星座も、その静寂も、何もかもが見慣れた夜だった。
 やはりここは本当に白音の故郷なのだ。

 あの月のことを、この世界のことを知っているのは自分とリンクスだけなんだと白音は改めて思った。
 見知らぬ世界で初めての夜を迎え、みんな不安なのではないだろうか。
 他のみんながせめてリンクスと共にいてくれれば安心なのだが。

 白音は闇の向こう、天空へと腕を伸ばした。
 さくらめのうの腕輪がふたつの月光に映えて美しく輝く。
 誕生日の夜にリンクスからもらったものだ。
 白音は我知らず自分の首筋にそっと手を伸ばす。
 あの夜のことを思い出して、また勝手に恥ずかしくなった。



 ひとりで照れている白音を見て、その子がまた首を傾げた。

「キレイ、輪。恥ズカシイ??」

 そう言われてつい、白音はムキっと睨んでしまった。

「…………ゴメンナサイ。怒ル、シナイデ」

 ぷるぷると体表を震わせて怯えている。

 白音はみんな――特にあの黄色いの――に冷やかされ慣れていて、つい反射的にそうしてしまった。この子が白音の魔力による刺すようなツッコミに平気でいられるわけがない。

「ああ、ごめ……、ごめんね。悪いのは全部莉美なのよ」
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