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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第49話 Graveyard Orbit――墓場軌道―― その四

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 莉美がその膨大な魔力を全開にして魔力障壁バリアを発現させる。

 始めは大きく、全体を覆うような障壁が出現する。
 しばらくするとそれが徐々に収縮を始め、異世界への転移ゲートを中心にしてどんどん小さくなっていく。
 縮むほどに壁が厚くなり、強固になる仕組みのようだった。

 リンクスや白音たちが異世界への転移を選択した場合、転移ゲートを通過した上でその後に決して破られない強固な防壁を築く必要がある。
 そのための方策としてそらと一恵が設計したものだった。


「白音ちゃん、おっけーよ。リーパー解いて大丈夫。みんなもありがとう。お疲れ様」

 一恵の言葉にみんなほっと、力を抜く。
 しかし何をやったのかをちゃんと理解しているのは、そらと一恵だけだろう。

「はぁはぁはぁ…………。か、荷担しといてアレなんだけど、一体何したの?…………」

 いつきを体の支えにしてもたれかかったまま、白音は一緒にぺたんと地面に座り込む。
 上気した顔で汗をかいている白音に、そらが説明してくれる。


「異世界転移ゲートに、魔力障壁バリアと同時にセキュリティを設けさせてもらったの。私たちが異世界へ行くことを決めた場合、このゲートを守り切るのに、その、少し不安がのこるから」

 そらが申し訳なさそうに橘香の方を見る。
 橘香が首を縦に振ってうんうん、と同意を示してくれる。

「莉美ちゃんのゲートは今はまだ閉じて無くて出入りもできるんだけど、だんだん小さくなっていって最後に完全に密閉された小さなドームになる。そうなると魔法も含めて力による破壊はほぼ不可能になる。壊れる時は多分地球がどうにかなる時だから」

 相変わらずそらは、さらっと怖いことを言う。

「でも、マジックキャンセラーみたいなのがいたらという不安がどうしてものこるから、もうひとつバックアップを付けさせてもらったの」

 白音はその言葉に、より一層不穏なニュアンスを感じた。

 そらと一恵の説明によれば、事前に少々時間をかけて地球の静止衛星軌道の外側、いわゆる墓場軌道上と月周回軌道上に次元レンズを複数敷設してあるらしい。
 幾夜か、そらと一恵が深夜のデートに出かけていたのを白音は知っている。
 たまに莉美も誘われていた。
 何をしてるのかと思いきや…………。
 なるほどそんな仕掛けをしていたのか。
 ようやく白音が気になっていた謎が解けた。

 破天砲ローグキャノンは、このレンズに曲げられてぐるぐると地球と月を周回する。
 そして複雑な図形を描いてきっかり一年後、正確にこの扉を直撃するように計算されている。
 膨大なエネルギー量を持つ破天砲ローグキャノンだが、この魔力障壁バリアはその衝突に耐えうるという。
 そしてこの障壁以外に同等の耐久力を持つものはおよそ考えられないらしい。
 最強の矛と盾だが、盾の方がちょっと上の計算だ。

 だから魔力障壁をこじ開けてゲートを通過しようという試みは、よした方がいい。
 そういうことらしい。
 破天砲ローグキャノンの持っているエネルギー量を試算してみれば、誰もがすぐに諦めるはずだとそらは言う。
 そのエネルギーの奔流が還ってきた時に障壁が無傷でのこっていなければどうなるか、簡単に想像がつく。

 なんてことはない。
 誰も何もしなければ、何も問題はないのだ。
 いささか傲慢なやり方と思えたが、このゲートを放置することでもたらされるかもしれない巨大な影響――最終的にはふたつの世界の崩壊――を考えると、このくらいの保障が必要と思えた。

 もちろんさすがにそらも、初めからそこまで正確に事態を予期していたわけではない。
 しかしこの仕組みは、何か使える時があるかも知れないと考えて準備していたものらしい。
 異世界への転移ゲートの存在が示唆されてから後は、この仕組みを保険として使うことを念頭に置いて計画をブラッシュアップしてきたものだ。

 魔法少女たちの成長に『白音補正』がかかったため、当初予測していたものよりは随分な高威力となった。
 そのためゲート使用に対する抑止力としては、より一層強烈な存在感を示すだろう。

 ちなみに、とそらが付け足す。
 一年の期間限定だが、墓場軌道は火葬軌道と化す。
 静止衛星軌道上のスペースデブリは、火葬軌道に誘導さえすれば灰燼に帰すだろう。
 軌道の詳細もすべて演算済みで、ブルームから政府へ提出される手筈になっている。
 少なくとも現在のところは、何かを邪魔するような軌道は取らないよう計算し尽くされている。

 また、真空中へ出れば反応するものがなくなって破天砲ローグキャノンは光を放出しない。
 事実上観測不能なので、このことをどう使うかは政府が決めてくれればいいと考えている。
 社会貢献と言うにはいささかおこがましいが、あんパン一個のコストで深刻な社会問題と化しているスペースデブリを一掃できるのは、およそチーム白音くらいのものであろう。


 このことは政府に周知されなければ、セキュリティとしての意味を持たないだろう。
 だから蔵間を通じて異世界対策部隊の隊長、柴崎三佐にも聞いてもらっていた。
 そして当然ながら、柴崎は激高した。

「千載一遇の国益を得るチャンスをなんだと思っているのか!!」


 やはりそれが国家としての本音だろう。
 それを真っ先に言える柴崎もやはり国防の徒なのだ。
 優秀な指揮官だと言える。
 そしてだからこそ魔法少女たちとは相容れることはない。

 人間は競争心がある限り、握ったものを手放すことはできない生き物なのだろう。
 蔵間が何か言っているようだが、一定の理解は示しつつもやはり、せめて何らかの形で資源なり技術なりを入手しておくべきではないかと柴崎は食い下がっている。


「最初に言ったように確かに僕はブルームを代表しているけれど、ここで君と何か合意したとして、彼女たちの心が変わることはないと思うよ? もちろん僕が彼女たちの最大の理解者でいたいという気持ちも、終生変わることはないんだけどね」

 蔵間の元に戻ってきた橘香が、装弾済みの対戦車グレネードランチャーを両手に一基ずつ、二基持っている。 白音たちはこれを凛桜が使っているのは見たことがあるが、橘香が持っているところは初めて見た。
 しかも二基である。

 蔵間を見つめて、優しく細められた瞳が逆に怖い。

「し、しかし……」

 柴崎は戦闘服の下に、再び冷や汗がだらだらと流れていくのを感じた。
 その時、外事特課の宮内課長補佐も蔵間の傍までやって来た。
 柴崎の怒鳴る声が聞こえたのだろう。

 宮内はエレスケたちと共に救出されている。
 囚われていた自衛隊の船から、一恵が転移によって脱出させてきたのだ。
 その後は負傷した魔法少女たちと一緒に、邪魔にならないよう魔力障壁の内側に退避していた。

 軟禁しておいて何を今更という感じなのだが、柴崎はこの宮内なら国益確保の重要性を分かってくれるのではないかと考えた。

「宮内さん、あなただって政府側の人間のはずだ。今この国が置かれている状況は…………」
「申し訳ない。柴崎三佐」

 宮内は謝罪の形で柴崎の口を塞いだ。

「あまり褒められた言い回しではないのを承知で言いますが、公人としてはダメですけど、私人としてはこれでいいんだと私は思っています。政府がこのゲートを利用したとして、最大限うまくいって異世界を植民地化してしまうでしょう。そして最悪、いや最低の場合を想定するなら、いずれ諸外国の圧力に負けてなし崩しにゲートを好き放題に使われ、出し抜かれて利用し尽くされる未来が目に浮かびます。軍事強国が異世界を蹂躙することになるでしょう。そうしたら、向こうの世界の人の権利が踏みにじられるか、戦争か、しかないと思います。チーム白音が作ってくれたこの防壁はふたつの世界どちらをも、守っているんだと、そう思います」

 柴崎にはもはや、黙って見ている以外の選択肢は無かった。
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