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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る
第49話 Graveyard Orbit――墓場軌道―― その一
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何事も勢いというものは大事であろう。
大事ではあろうが、本当にそれで良かったのかと後で悩むこともある。
佳奈、莉美、一恵はともかく、いやともかくということもないのだが、そらを異世界へ連れて行ってしまって本当にいいのだろうかと白音は悩んでいた。
前にも同じようなことで悩んでいた気がするが、やはりそらはまだ十三歳なのである。
彼女の両親はなんと言うだろうか。
「私の両親はね、時間も空間も、私の心の赴くままに探求して欲しいって考えて、それで宇宙って名付けてくれたの。お父さんは宇宙物理学者、ママは天文学者なのは話したよね。自分たちの見果てぬ夢を、私に託してくれてるの」
そらが白音の考えを察したのか、それともマインドリンクで心の声が漏れていたのか、思いの丈を語ってくれた。
「人によってはそんなことされても重荷に感じるかも知れない。けど、私は真理の探究が好き。このきらきらネーム以外は、両親がくれたものすべてに感謝してる。だから旅立つって決めた時も『ちょっと早いとは思うけど』とだけ言って賛成してくれたの」
白音は「おや?」と思った。
いつから旅立つと決めていたのだろうか。
そしてよくよく聞いてみれば、佳奈も莉美も同じようなことだったらしい。
ずっと「いつかどこかへ行ってしまう」と、ふたりの親たちは感じていたのだそうだ。
まだ早いとは思うけれどもし今止めたら、次の機会がやって来た時に、今度はひとりでふらりとどこかへ行ってしまうかも知れない。
そう感じるのだそうだ。
白音が一緒に行ってくれる方が安心できるのだという。
なるほど、それでずっと謎の信頼を寄せられていたのかと、白音は少し理解できた。
自分たちの子供が『制御不能』だと、みんなよくよく分かっているのだ。
三人とも、両親と旅立ちの挨拶は既に済ませているらしい。
そして当然、一恵も初めから一緒に行く気満々だった。
むしろ、置いていくと言ったら何をするか分からないだろう。
いやもちろん、一緒に来て欲しいのだけれど。
そこまで考えてもう一度、白音は「おや?」と思った。
置いて行かれてるの、自分の方じゃないかなと白音は思った。
お母さんに挨拶できていないのは自分だけだ。
◇
そんなチーム白音たちのやり取りを、少し離れたところで見ている者があった。
橙色のアイドルコスチュームを身に纏った魔法少女、火浦いつきである。
チーム白音は、魔法少女ギルドのトップであるギルドマスターや鬼軍曹たちと対等に、そして親密にやり取りしている。
そんな姿を見ていると、やはり遠い存在なんだと改めて感じる。
「ちょっと、聞いてる? いつきは怪我とかしてない?」
アイドル魔法少女チーム『エレメントスケイプ』のリーダー、緑色コスチュームの土屋千咲に聞かれていつきははっと我に返った。
千咲はアイドル活動はそろそろ引退かなと言っていたのだが、こうして大ごとが起こるとしっかりリーダーとして一緒に戦ってくれる。
「あ、うん。大丈夫っす。ちびそらちゃんも大活躍っすね」
「おーー」
ちびそらは、いつきが肩から提げたポシェットに収まって手を振っている。
随分この場所が気に入ったようだ。
エレスケたちもちびそらも、戦闘力は低い。
戦場にあって非常に有用な能力を持っているのだが、戦闘に巻き込まれてしまうと弱点になりかねないので、いつも慎重に立ち回る必要がある。
青色コスチュームのアイドル魔法少女、水尾紗那がちびそらの頭を撫でる。
人差し指で撫でるとちょうどいいサイズ感だ。
「白音さんたち、異世界に行っちゃうみたいね。なんというか…………すごいよね」
「…………。ほんとにそっすね……」
「鬼軍曹たちとお別れの挨拶ってとこかな?」
「そう……なんすね」
「いつきちゃんもご挨拶、してきたら? いろいろよくしてもらってたでしょ?」
「え、あ、その……」
こんな風にはっきりしない、優柔不断ないつきは珍しい。
「あれ、でもちびそらちゃん、こんなところにいていいの?」
当然ちびそらは白音たちと一緒に行くものだと紗那は思っていたが、何故か不敵な笑いだけ浮かべて慌てる様子もない。
やっぱり噂どおり謎生物だわぁと紗那は思う。
「もう…………」
そう言ってエレメントスケイプのメインボーカル、白色のアイドル魔法少女風見詩緒がいつきの襟首を掴んで白音の下へと連れて行く。
「白音さん、いつきが一緒に行きたいんですって」
「え? え?…………」
ぽいと放り出されたいつきは、チーム白音の五人の視線が集まるのを感じて、珍しくその真っ直ぐな視線を逸らした。
ちょっと体が縮こまる。
白音たちは多分戦闘に参加した魔法少女たちの中でも一番の重傷だったはずだが、既にある程度の回復を見せている。
それはやはり、同じく魔法少女であるいつきの目から見ても驚異的に映った
「ほんとに? 一緒に、異世界へ?」
白音が真剣な顔をしていつきに問いただす。
いつもと違ってちょっと雰囲気が怖い。
逸らしたままだったいつきの視線を真正面から捉えようとして、頬を両手で挟み込む。
「いひゃっ、そにょっ…………」
「迷ってるなら、よした方がいいよ? あっちにはスマホもカフェもない。戦争や犯罪だらけ、そんな世界よ?」
少しきつめにそう言う。
白音はちらりといつきのポシェットに収まったままのちびそらを見る。
目が合うとちびそらは「フフン」と笑った。
なんでだ…………。
そういえばポシェットに収まったまま動く気配がない。
こっちにのこる気でいるとはちょっと考えられないから、ということはそこにいれば一緒に異世界に行けることになる、と予測しているのではないだろうか。
「いひぇ、僕が迷ってたにょはしょこじゃないしゅ。ご一緒しゅたいんしゅけど、姐しゃんたちのお邪魔じゃないきゃと……しょれに莉美の姐しゃんにゅは……いろいろちょ、そにょ…………」
莉美がぱっと笑顔をはじけさせる。
「今更なに言ってんの。全然邪魔じゃないよっ!」
莉美も一緒になって、無抵抗ないつきの鼻をつまんでみる。
「あたしちょっとだけだったけど、アイドルできたの本当に楽しかったんだよね」
いつきが「ふがっ」と返事をしたので、手を離して、目も綾な黄金色のスカートを翻し、その場でターンしてポーズを決める。
「あっちで一緒にまたアイドルやんない?」
「莉美姐しゃん…………僕たちゅしゅどいことしたにょに…………」。
さすがにちゃんと喋らせてやんなよ、と佳奈が白音を小突く。
「ほんとにごめんなさいっす!!」
「んーーー、んーー? うん、気にしてないよ、あたし」
筋金入りの『気にしない人』莉美は、正直なところいつきがなんでそこまで気にしているのかがむしろよく分からない。
「この前一回謝ってくれたよね?」で終わった話だ。
莉美がいつきに新しいユニット名の案を出している。さすがに早すぎると思う。
「おい、白音」
佳奈が、いつもコスチュームのどこにしまっているのだろうかと不思議だったのだが、ごそごそとハンカチを取り出すと白音に差し出す。
「もう顔に傷、無くなってきただろ? 綺麗にして、録画してもらえば?」
先ほどの、コスプレ少女たちの持っているスマホを指さしている。
「敬子先生に挨拶しときたいだろ?」
大事ではあろうが、本当にそれで良かったのかと後で悩むこともある。
佳奈、莉美、一恵はともかく、いやともかくということもないのだが、そらを異世界へ連れて行ってしまって本当にいいのだろうかと白音は悩んでいた。
前にも同じようなことで悩んでいた気がするが、やはりそらはまだ十三歳なのである。
彼女の両親はなんと言うだろうか。
「私の両親はね、時間も空間も、私の心の赴くままに探求して欲しいって考えて、それで宇宙って名付けてくれたの。お父さんは宇宙物理学者、ママは天文学者なのは話したよね。自分たちの見果てぬ夢を、私に託してくれてるの」
そらが白音の考えを察したのか、それともマインドリンクで心の声が漏れていたのか、思いの丈を語ってくれた。
「人によってはそんなことされても重荷に感じるかも知れない。けど、私は真理の探究が好き。このきらきらネーム以外は、両親がくれたものすべてに感謝してる。だから旅立つって決めた時も『ちょっと早いとは思うけど』とだけ言って賛成してくれたの」
白音は「おや?」と思った。
いつから旅立つと決めていたのだろうか。
そしてよくよく聞いてみれば、佳奈も莉美も同じようなことだったらしい。
ずっと「いつかどこかへ行ってしまう」と、ふたりの親たちは感じていたのだそうだ。
まだ早いとは思うけれどもし今止めたら、次の機会がやって来た時に、今度はひとりでふらりとどこかへ行ってしまうかも知れない。
そう感じるのだそうだ。
白音が一緒に行ってくれる方が安心できるのだという。
なるほど、それでずっと謎の信頼を寄せられていたのかと、白音は少し理解できた。
自分たちの子供が『制御不能』だと、みんなよくよく分かっているのだ。
三人とも、両親と旅立ちの挨拶は既に済ませているらしい。
そして当然、一恵も初めから一緒に行く気満々だった。
むしろ、置いていくと言ったら何をするか分からないだろう。
いやもちろん、一緒に来て欲しいのだけれど。
そこまで考えてもう一度、白音は「おや?」と思った。
置いて行かれてるの、自分の方じゃないかなと白音は思った。
お母さんに挨拶できていないのは自分だけだ。
◇
そんなチーム白音たちのやり取りを、少し離れたところで見ている者があった。
橙色のアイドルコスチュームを身に纏った魔法少女、火浦いつきである。
チーム白音は、魔法少女ギルドのトップであるギルドマスターや鬼軍曹たちと対等に、そして親密にやり取りしている。
そんな姿を見ていると、やはり遠い存在なんだと改めて感じる。
「ちょっと、聞いてる? いつきは怪我とかしてない?」
アイドル魔法少女チーム『エレメントスケイプ』のリーダー、緑色コスチュームの土屋千咲に聞かれていつきははっと我に返った。
千咲はアイドル活動はそろそろ引退かなと言っていたのだが、こうして大ごとが起こるとしっかりリーダーとして一緒に戦ってくれる。
「あ、うん。大丈夫っす。ちびそらちゃんも大活躍っすね」
「おーー」
ちびそらは、いつきが肩から提げたポシェットに収まって手を振っている。
随分この場所が気に入ったようだ。
エレスケたちもちびそらも、戦闘力は低い。
戦場にあって非常に有用な能力を持っているのだが、戦闘に巻き込まれてしまうと弱点になりかねないので、いつも慎重に立ち回る必要がある。
青色コスチュームのアイドル魔法少女、水尾紗那がちびそらの頭を撫でる。
人差し指で撫でるとちょうどいいサイズ感だ。
「白音さんたち、異世界に行っちゃうみたいね。なんというか…………すごいよね」
「…………。ほんとにそっすね……」
「鬼軍曹たちとお別れの挨拶ってとこかな?」
「そう……なんすね」
「いつきちゃんもご挨拶、してきたら? いろいろよくしてもらってたでしょ?」
「え、あ、その……」
こんな風にはっきりしない、優柔不断ないつきは珍しい。
「あれ、でもちびそらちゃん、こんなところにいていいの?」
当然ちびそらは白音たちと一緒に行くものだと紗那は思っていたが、何故か不敵な笑いだけ浮かべて慌てる様子もない。
やっぱり噂どおり謎生物だわぁと紗那は思う。
「もう…………」
そう言ってエレメントスケイプのメインボーカル、白色のアイドル魔法少女風見詩緒がいつきの襟首を掴んで白音の下へと連れて行く。
「白音さん、いつきが一緒に行きたいんですって」
「え? え?…………」
ぽいと放り出されたいつきは、チーム白音の五人の視線が集まるのを感じて、珍しくその真っ直ぐな視線を逸らした。
ちょっと体が縮こまる。
白音たちは多分戦闘に参加した魔法少女たちの中でも一番の重傷だったはずだが、既にある程度の回復を見せている。
それはやはり、同じく魔法少女であるいつきの目から見ても驚異的に映った
「ほんとに? 一緒に、異世界へ?」
白音が真剣な顔をしていつきに問いただす。
いつもと違ってちょっと雰囲気が怖い。
逸らしたままだったいつきの視線を真正面から捉えようとして、頬を両手で挟み込む。
「いひゃっ、そにょっ…………」
「迷ってるなら、よした方がいいよ? あっちにはスマホもカフェもない。戦争や犯罪だらけ、そんな世界よ?」
少しきつめにそう言う。
白音はちらりといつきのポシェットに収まったままのちびそらを見る。
目が合うとちびそらは「フフン」と笑った。
なんでだ…………。
そういえばポシェットに収まったまま動く気配がない。
こっちにのこる気でいるとはちょっと考えられないから、ということはそこにいれば一緒に異世界に行けることになる、と予測しているのではないだろうか。
「いひぇ、僕が迷ってたにょはしょこじゃないしゅ。ご一緒しゅたいんしゅけど、姐しゃんたちのお邪魔じゃないきゃと……しょれに莉美の姐しゃんにゅは……いろいろちょ、そにょ…………」
莉美がぱっと笑顔をはじけさせる。
「今更なに言ってんの。全然邪魔じゃないよっ!」
莉美も一緒になって、無抵抗ないつきの鼻をつまんでみる。
「あたしちょっとだけだったけど、アイドルできたの本当に楽しかったんだよね」
いつきが「ふがっ」と返事をしたので、手を離して、目も綾な黄金色のスカートを翻し、その場でターンしてポーズを決める。
「あっちで一緒にまたアイドルやんない?」
「莉美姐しゃん…………僕たちゅしゅどいことしたにょに…………」。
さすがにちゃんと喋らせてやんなよ、と佳奈が白音を小突く。
「ほんとにごめんなさいっす!!」
「んーーー、んーー? うん、気にしてないよ、あたし」
筋金入りの『気にしない人』莉美は、正直なところいつきがなんでそこまで気にしているのかがむしろよく分からない。
「この前一回謝ってくれたよね?」で終わった話だ。
莉美がいつきに新しいユニット名の案を出している。さすがに早すぎると思う。
「おい、白音」
佳奈が、いつもコスチュームのどこにしまっているのだろうかと不思議だったのだが、ごそごそとハンカチを取り出すと白音に差し出す。
「もう顔に傷、無くなってきただろ? 綺麗にして、録画してもらえば?」
先ほどの、コスプレ少女たちの持っているスマホを指さしている。
「敬子先生に挨拶しときたいだろ?」
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