ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】

音無やんぐ

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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第48話 魔法少女たちの選択 その二

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 千尋たちが助かったのは、玄野とその星石が守ってくれたからだろうと白音が言った。
 彼女の最期の姿をしみじみと思い浮かべる。

「玄野さんていうのが、凄い魔法少女なのね、きっと」

 千尋がその勝ち気そうな目を細めて、笑顔を見せた。

「うん。うん。でも、千尋さんだって凄い魔法少女だわ」
「ふふ。ありがと。千尋さんて呼んでくれるのね。じゃああたしも白音さんて呼んでいい?」

 そういえばずっと、千尋のことを思い出す度に勝手に親近感を持って、『千尋さん』と呼んでいた。
 莉美やそら、一恵などは既に『千尋ちゃん』と呼んでいた気がする。

 しかし実際にはそんなに顔を合わせる機会もなく、『名字川さん』『桃澤さん』の間柄だったのを今更ながらに思い出す。
 想い出の中だけでお近づきになった気でいたのだが、これからはちゃんと本当にお近づきになれるのだ。
 少し変わった関係だけれど、こんなに嬉しい気持ちになれるのなら、そういうのも悪くはないかも知れないと白音は思った。

 千尋との再会を喜び合っていると、そらとちびそらが同時にぴくっと反応した。
 遠隔鑑定リレーアタックによる周辺監視網が、未知の魔法少女の接近を感知していた。
 すなわちそれは、魔法少女がいるという自衛隊の部隊がこの小島に上陸したことを意味する。

 ちびそらはぱたぱたと駆け足でいつきの元に向かった。
 彼女が肩から提げている山吹色のポシェットに潜り込む。
 そこがホームポジションになっているのだろう。


「自衛隊が上陸したようだね」

 白音にそう声をかけたのは蔵間だった。
 自衛隊とは直接折衝の必要があると判断した彼も、研究所にあるギルド本部から転移ゲートを使ってこちらにやって来たのだ。
 ついでに、指揮所に用意してあったリンクス用の着替えも持ってきてくれている。

 海上の持ち場を離れて勝手にここまで船を進めている時点で、既に政府側の重大な協定違反である。
 しかしもちろん、それを咎める法的根拠も機関も存在はしない。


 自衛隊には少し前に、異世界事案対策を目的として中隊規模の特務部隊が新設されている。
 この作戦にはそこが参加したと白音も聞いていた。
 一時的に軟禁されていたエレスケたちから、彼らの中には魔法少女もいると驚きの報告がもたらされている。
 チーム白音も警戒を新たにする必要があるだろう。

 白音は、エレスケたちと一緒に船から助け出されていた、外事特課の宮内課長補佐の方を見た。
 宮内は白音と目が合うと、申し訳なさそうに頭を下げた。
 彼に責任は無いように思うが、律儀な性格なのだろう。
 もう少し上手く事を運びたかったという後悔の念がその表情から窺える。

 しかしこの後の展開次第では、そんな宮内の立場が無くなってしまうようなことも十分にあり得る。
 彼が政府とブルームの間に立って、双方に利益があるように腐心してくれているのはよく知っている。
 知ってはいるのだが、何しろこの異世界ゲートに関しては、チーム白音もブルームも何ひとつ譲る気は無かった。


 この特務部隊には特に決まった名称がないため、ブルームの人間は勝手に『異世界対策部隊』と呼んでいるのだが、その『異世界対策特務部隊』を率いているのは柴崎という男性だった。
 三等陸佐の階級にある。
 そらの観測によれば上陸したのは五十人ほど。
 海上にまだ封鎖要因として、百人ほどをのこしているとのことだった。
 恐らくはその上陸部隊をこの柴崎が率いていると思われた。

 魔法を使う者のほとんどが女性であることから、魔法少女たちのメンタル面でのケアを担う女性隊員も配置されているらしい。
 かなり慎重な待遇が担保されているのを見れば、政府がいかに今後の発展を期待しているかが見て取れるというものだ。
 この部隊に魔法少女は五人いる。

 当然ながら人員数は機密事項だったが、魔法少女にかかれば一瞬で看破されるため、魔法少女ギルドのような組織に対しては、その秘匿はまったく意味をなさない。
 実際、特務部隊所属の魔法少女同士でも相対すれば、相手の魔力を簡単に感知出来ていた。
 だから自衛隊側でもそのことは良く理解している。
 戦力差を誤魔化すことはできないのだ。

 今頃その五人の魔法少女たちは、五十人の魔法少女に囲まれていることを肌で感じているだろう。
 そしてとっくにそらの方では五人の詳細な能力まで鑑定を終え、白音たちに周知し、ギルドのサーバーに登録まで済ませてしまっているのだった。

 柴崎三佐の個人的な所感としては、魔法少女の戦術的な価値について懐疑的だった。
 確かに魔法はこれまでの常識を覆すような攻撃能力と運用法が期待できる。
 しかしこの数年、彼女たちの育成に携わってみて抱いた感想は「戦力として頭数に入れるのは無理があるんじゃないか?」だった。

 紆余曲折の末、今率いている五人がようやく実作戦に投入できるレベルに育ってくれた。
 ただ、おそらくは魔法少女に多いとされている『漂泊症候群ドリフトシンドローム』という性質が、軍隊の要求する『厳格な集団行動』とは相容れないものであると柴崎は感じていた。

 そして今作戦においては『異世界転移ゲートの存在が確認されればこれを確保する』という密命を受けていたのだが、この懐疑的な所感故に逆にそれほど難しい任務ではないだろうと考えていた。
 つまり、相手にするのも魔法少女なのである。
 戦闘集団として行動するには不向きな性格をしているのだろうと考えていたのだ。
 正直なところ、武装した厳つい男たちが並んでちょっとすごめば、簡単に逃げるんじゃないかと侮っていた。

 だがこの楽観は、ブルームの魔法少女たちを目にした瞬間に吹き飛んだ。
 負傷者を治療し、あるいは休息を取っている魔法少女たち。
 既に障害はすべて排除されて根来親通は無力化、国外への情報漏洩の可能性は無くなったと報告されている。
 だからだろう。
 少女たちはその年代の少女に相応しく笑顔を咲かせて緊張から解放されていた。

 しかし柴崎たちの姿を見るや否や、全体にぴりっと緊張が走った。
 その一瞬で柴崎は悟った。
 この集団には絶対に勝てない。
 多分折れることも曲がることもない、強い意志を感じた。

 柴崎には理解できなかった。
 特務部隊に志願してくれた魔法少女たちとてよくやってくれている。
 決してその資質において優劣があるとは思わない。
 なのに何故、あちらの魔法少女たちは、歴戦のつわものが放つような空気を纏うことができるのだろうか。
 それは柴崎には知る由もないことだったが、漂泊しがちな少女たちが居場所を見つけた時に発揮する無類の強さを、彼は目の当たりにしていたのだった。


 蔵間と橘香が柴崎の前に立つ。
 橘香がサブマシンガンを提げたままだったので柴崎がちょっと驚いた。
 アズニカ連邦の陸軍で正式採用されているタイプのものだ。

 明らかな銃刀法違反だろう。
 柴崎のそういう視線に気づいた橘香はにこっと笑って、サブマシンガンを目の前で出したり消したりして見せた。

(ま、魔法だというのか……)


 特務部隊もタイプは違うがサブマシンガンを携行していた。戦場ではいささか火力不足の感があるが、面制圧を目的としている。
 素人相手に恐怖をまき散らすには適した武器と言える。

 だが、柴崎の目論見は甘過ぎだ。
 このサブマシンガンが撃ち出す弾は9ミリの拳銃弾である。
 この場にいる魔法少女には、豆まきの豆程度の意味しか持たない代物だった。
 柴崎は気を取り直して自分も笑顔を作る。

「皆さん、任務ご苦労様でした。ここの警備は我々にお任せ下さい。誰も近づかせません。ゆっくりお休み下さい」

 真冬だというのに、柴崎は戦闘服の中を大量の汗が流れ落ちていくのを感じる。
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