ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】

音無やんぐ

文字の大きさ
上 下
140 / 214
第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第45話 銀翼の魔法少女 その三

しおりを挟む
 ちゅん。
 突然風切り音がした。
 その途端マジックキャンセラーの胸に大きな穴が空き、大きく吹っ飛ぶ。
 そして直後に銃声が轟く。

[OK。クリア]



 橘香の声だった。
 ふーっと息を吐く音も聞こえる
 しかし魔法で狙撃できるなら、初めから白音たちも苦労はしていないはずだ。


[魔法は通らないんじゃあ…………?]
[この銃はね、本物と寸分違わずにできてるの。だから弾丸タマさえあれば……ね?]
(ね? ね、かあ………。うん忘れよう)

と白音は思った。

 マジックキャンセラーが排除されたことによって、魔法無効化が一気に解除された。
 これでそらならすべてを把握できるようになっただろう。

 マジックキャンセラーが失われれば、親通たちに莉美の魔法障壁を破る手立ては無くなる。
 そして白音たちにはまだ、親通の手の内がすべて見えてはいない。
 ある種の膠着状態となる。

 だがこの状態が長引くのは、白音たちの方に不利に働くことになる。
 ほんの少し与えられたこの時間を最大限に活用して、効果的な手立てを考えねばならないだろう。
 でなければ親通は異世界へと逃げてしまう。


 小屋の中から佳奈が脱出してきた。
 今度は自分が開けた壁の穴から転がるようにして出てくる。
 佳奈の体が血まみれで酷いことになっているのを見て取って、白音が駆け寄る。

「佳奈っ!!」
「だめだ。中はやっぱり何も見えない。それに次から次へと巫女が湧いてくる」


 姿勢を低くして佳奈を掩体壕シェルターの方へと一旦待避させる。

「平気なの?!」
「大丈夫。大半がさっき、はじけ飛んだ奴の返り血だから。急にバンて…………、ちょっとびっくりした。それよりお前の方こそ平気だったのかよ?」

 白音はほっとする。
 いやしかし、よく考えれば少しは傷があるってことじゃないの、と思う。

 佳奈はリンクスの姿を探して少し辺りを見回し、そして白音の胸の傷を見る。

「ホントに平気か? 溺れたろ?」

 リンクスは負傷者を守るようにしているが、上半身服が裂けて、全身はまだ濡れているのが分かる。

「さすがはお前の王子様だよ」
「な…………。は?」
「違うのか?」
「う…………」

 明らかにリンクスにも聞こえるように言っている。

「それよかさ、その傷、乳首無くなってなきゃいいな」
「佳奈っ!!」
「ひひひ」
「うーーーーー!!!」


 多分何かの仕返しをされている気がする。
 何だろう。
 まあいつものことだからどれかはよく分からない。
 今度何かあったらまたやり返しておこう、などと白音が考えていたら、突然空気をびりびりと震わせる音が聞こえてきた。明らかにこちらに近づいてきている。
 佳奈とふたりで、さっと背中合わせの体勢を取る。


「なになに?! 今度は何だっての?」

 佳奈が音の主を探して背伸びをしている。
 巫女たちに後れを取ることはないという自信の表れなのだろう。
 むしろ自分が標的になるように、目立つことを厭わない。


[未確認飛行物体接近、なの]

 心の中に届いたそらの言葉に、あまり緊張感が感じられなかった。
 面白がっている気がする。
 やがて白音にも低空飛行で近づいてくる物体が確認できた。
 炎を後方に噴いているのが見える。音はそれだろう。

 飛んでいるのは佐々木咲沙だった。
 咲沙のしのび装束の背中部分が拡がって、風をはらんで滑空しているらしい。

「ムササビの術!!」

 またチーム白音がハモった。
 ムササビとは言ったが、フレームのようなものに支えられて、しっかりとしたグライダーのような形状になっている。
 魔法はやはり、術者のイマジネーションが大事なのだろう。
 現代版ムササビの術と言ったところか。

 その咲沙が橘香を腕に抱えている。
 そしてさらに、橘香が高谷を捕まえている。
 いくら魔法とは言え、かなり無理がありそうな積載量だったが、そこを高谷が両手で後方に炎を噴射し、ジェット推進で揚力を得ているようだった。


「飛べ、高谷!!」
「イエスマム!!」

 高谷が橘香から放り出されて飛び降りた。
 そして橘香も、多段ロケットのようにムササビから切り離されて順に落下する。
 ずさーーーっと派手に砂塵を舞い上げながら、しかし三人とも危なげなく綺麗に着地を決める。
 そらが地上から誘導していたのだろう。
 ピンポイントで魔力障壁の内側へ落着している。
 さすが戦闘力で選ばれた精鋭たちと言ったところか。


「これが一番早いと判断したのでな、佐々木、高谷、よくやった!!」

 白音は胸の痛みに耐えながら、さらに笑いもこらえる羽目になった。
 橘香は最善手を創意工夫を凝らして打ってきたのだが、真剣さも突き詰めると滑稽さを帯びてくるというものだ。

「身に余るお言葉です。最高の経験でしたっ!!」

 高谷がだいぶにやけながら敬礼をしている。
 橘香に抱いてもらっていたのが嬉しかったのだろう。



「黒大佐さん?」
「いやよく見て、失礼でしょ。鬼軍曹さんだよ」

 上空から飛来した橘香に対して、そういう声がかかった。
 負傷者と共に待避していた後衛たちの中に、ミリタリーコスチュームの少女がふたりいる。
 橘香がやってくると、夢中でスマホを彼女に向けている。

「鬼軍曹様っ!!」

 声がかかるとどうしても我慢できないのか、軽く橘香がポーズを取った。
 少女たちが黄色い歓声を上げる。

 橘香はコスプレイヤーとして活動していた時、妹の凛桜りおとの区別が誰にも付かなかったため、目印としてそれぞれに特徴のあるピアスを付けていた。凜桜はサクラの花を、橘香はタチバナの花を、それぞれ自分のシンボルのように使っていた。
 ふたりの区別を付けたということは、その事実を知っている子たちなのだ。


[ねえねえ、白音ちゃん]

 莉美がわざわざマインドリンクで話しかけてきた。内緒話をしている感覚なのだろう。

[ん?]
[この子たちずっとここで興奮しながらスマホで撮影してたんだけど、普通の人だと思うんだ…………]
[うん、普通の人。魔法少女じゃないの]

 そらが遠隔鑑定リレーアタックで確認する。

[いや、なんで……]

 白音はちょっとクラクラと目眩がしてきた。

 漁協が運営する連絡船が故障しているということにして、一般の観光客は昨日からこの島には立ち入っていない。
 漁協の関係者にも立ち入り禁止の旨は通達してあるはずだ。

 しかし見たところ、ふたりはテント泊できそうな量の荷物を背負っている。
 白音たちには知る由もなかったが、この島は明治、大正時代の軍施設の廃墟がかなり有名な地である。
 コスプレをした人たちが、写真や動画の撮影を楽しむ地としてよく知られているのだ。
 コスプレイヤーをしていた橘香や水尾紗那なら、よく知っている話ではある。

 島への人の出入りは厳しくチェックされていたが、一昨日から泊まり込まれていたら気づかないかも知れない。

[ここの消毒担当は誰だっ?!]
[はいぃぃっ!! コスチュームから軍曹の部下の方だと判断しました。その……]

 この小島を担当した魔法少女によると、確かにいたのは見たのだが、軍曹の部下が事前潜入してテント泊していると思ったらしい。
 紛らわしいことに、背負ったリュックもブルームから支給されたものと似ている。

 声をかけるのがちょっと躊躇われて――ぶっちゃけ邪魔して怒られたら怖いので――放置されていたらしい。
 軍曹の威圧感がマイナスに働いた。

[ひとまず負傷者と一緒に保護せよ! 映像のことは後で処理するっ!!」

 マインドリンクでの会話だったが、誰がこの島の担当だったのかひと目で分かるくらい落ち込んでいる魔法少女がふたりいる。


[敵が電波封鎖してるから生配信はされてないと思う。それと仮説がもうひとつ。親通もこの島の安全は確認したはず。なのにその子たちが見つからなかったのは、相手の索敵能力が魔力感知に頼ってた可能性が高いの]

 わざわざそらが付け足してそう言ったのは、もしかしてあのしょげまくっている魔法少女たちを慰めようとしているのかもしれない。
 試しに白音は、ニコッと笑ってそらを見つめてみた。
 やはり思ったとおり、そらはちょっと照れて目を逸らした。
 不器用でかわいい。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜

言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。 しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。 それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。 「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」 破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。 気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。 「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。 「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」 学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス! "悪役令嬢"、ここに爆誕!

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

フェル 森で助けた女性騎士に一目惚れして、その後イチャイチャしながらずっと一緒に暮らす話

カトウ
ファンタジー
こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 チートなんてない。 日本で生きてきたという曖昧な記憶を持って、少年は育った。 自分にも何かすごい力があるんじゃないか。そう思っていたけれど全くパッとしない。 魔法?生活魔法しか使えませんけど。 物作り?こんな田舎で何ができるんだ。 狩り?僕が狙えば獲物が逃げていくよ。 そんな僕も15歳。成人の年になる。 何もない田舎から都会に出て仕事を探そうと考えていた矢先、森で倒れている美しい女性騎士をみつける。 こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 女性騎士に一目惚れしてしまった、少し人と変わった考えを方を持つ青年が、いろいろな人と関わりながら、ゆっくりと成長していく物語。 になればいいと思っています。 皆様の感想。いただけたら嬉しいです。 面白い。少しでも思っていただけたらお気に入りに登録をぜひお願いいたします。 よろしくお願いします! カクヨム様、小説家になろう様にも投稿しております。 続きが気になる!もしそう思っていただけたのならこちらでもお読みいただけます。

側妃に追放された王太子

基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」 正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。 そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。 王の代理が側妃など異例の出来事だ。 「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」 王太子は息を吐いた。 「それが国のためなら」 貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。 無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...