ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】

音無やんぐ

文字の大きさ
上 下
137 / 214
第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第44話 白音、波に消ゆ その三

しおりを挟む
 白音目がけて何本もの槍が飛来した。
 飛行中の白音は運んでいた佳奈と莉美を庇って必死で避けるが、そのうちの一本が白音の身体を貫く。
 華奢な身体を突き通して、背中から穂先が顔を出す。


「白音っ!!」
「白音ちゃんっ!!」

 全員が同時に叫んだ。
 白音は咄嗟にぐるっと体を回転させると、その勢いを利用して両手で吊り下げていた佳奈と莉美を放り投げる。


「後はお願い、佳奈…………」

 ふたりがどうにか無事に海岸に届いたのを確認すると、失速した白音は海へと落下した。
 白音が水面から見えなくなるのと同時に、佳奈たちはリーパーの効果が消えるのを感じた。


「白音ちゃん!!」

 莉美が取り乱して海へ入っていこうとする。
 しかし佳奈がそれを制止する。

「そっちじゃない莉美っ! 林の中へ走れっ!!」
「佳奈ちゃん酷いっ!!!」


 莉美が叫ぶがその鼻先で、飛んできた槍を佳奈が素手で掴んで止める。
 そんな芸当は佳奈以外にはできないだろう。
 魔力障壁が易々と破られてしまった以上、莉美たちには対抗する手段が無いのだ。

「隠れてろ、動いたらお前まで狙われる」


 瑠奏もリーパーの補助を失ってふたり分の重量を支えきれなくなったが、ふらふらとどうにかギリギリで海岸線に軟着陸した。
 槍がすべて佳奈たちの方を狙っていてくれたおかげで無傷だ。

 ひとまず五人で、槍を撃ってきた方向からは死角になる斜面に身を隠す。

「さっき見たあの能力だよね………」

 言いながら莉美は、まだ白音が落下した海の方を見ている。
 金属製の槍を飛ばすのは、多分展望台の手前で高谷たちと戦っていたあの巫女と同じ能力だ。

「コピーじゃない方、本物ってことかしら」

 一恵がそらに確認する。

「うん、その槍に多分魔法のキャンセラーが付いてたの」
「魔法を無効化する飛び道具ってこと?! 厄介ね…………」


 一恵とて白音を最優先にしたいのだろうが、今はパニックになるのが一番良くない。
 莉美の震える両肩をしっかりと抱き留めている。

「白音は絶対平気だ。アタシたちは頼むって言われただろ? そら、指揮所で全部見えてるんだよな?」

 佳奈の問いかけにそらが頷く。

「もう救助を要請してあるの。道はある。でも時間との勝負…………」


 その時、橘香の声が聞こえた。

[敵確認。そらちゃん、星石の位置分かる?]
[さっきのコピーと同じなら分かる]

 橘香の脳裏に、先程大きい方の島で槍使いと戦った時の静止画が映る。
 星石の位置を示す赤い点が確認できる

[さすがそらちゃん]


 ちゅん。
 風を切る音がして何かが潰れる音が聞こえた。
 遅れてその直後に銃声が一発、遠くに轟く。

[槍使いは仕留めたわ。マジックキャンセラーと思われる巫女は逃走。そっちを狙っている戦力はもう無いと思う。でも油断はしないで]
[仕留めたって、まださっきの展望台にいるんだよな。どんだけ離れて……]

 佳奈も舌を巻く。
 橘香ってほんとに鬼だと思う。


[1キロちょっとだけど、観測手スポッターをそらちゃんがやってくれてるから完璧。方角コリオリ補正、風向補正オッケー。気温も安定。今日は風がそんなに無いから余裕ね]

 橘香は白音たちが先程までいた展望台のベンチで、長さ1・5メートルを超す大型の狙撃銃を構えていた。
 二脚銃架バイポッドで銃身を固定して、立て膝で光学照準器オプティカルサイトを覗いている。

 魔法少女の防御力をもってすれば、拳銃弾くらいなら当たってもどうということはない。
 しかし軽装甲車両を易々と貫通してくるような対物ライフルともなれば、話は変わってくる。
 莉美のように強力な防御手段を持つ者は別格として、チーム白音のような高い魔力を持つ者でも、気合いを入れなければこれを止めることは難しいだろう。

 それを1キロメートル以上離れた位置から撃ってくるのだ。
『対物ライフル』というものが一般の軍隊でも持ちうる兵器であることを考えれば、魔法少女たちへの注意喚起としても十分な効力があっただろう。


 橘香は海上にスコープを向けてみるが、白音の姿は既に見えない。
 炎熱の魔法少女、高谷が背後で橘香を守っている。
 それを咲沙が隠形の忍術によって見えなくしてしまっている。
 狙撃手としてはこれ以上無い完璧な布陣だ。

 そらは既に白音の救出プランを指揮所に伝達し、今は橘香の狙撃弾道にのこった水蒸気の痕を観測してさらにデータを微修正している。
 この空色の小さな魔法少女は、現在発生しているほぼすべての戦場で戦闘の補助を行っているのだが、まったくそうは見えず普通に佳奈たちとも会話している。
 多分マインドリンクであれば複数の人と同時に会話することもできているのだろう。


[白音のことは任せろ。間もなく到達する]

 リンクスの声だった。
 飛行できる魔法少女は多くない。
 海中に潜って助け出すなら適任はリンクスしかあるまい。
 そう思ってそらはリンクスに救助を要請したのだが、実はその時には既にリンクスは動いていた。
 白音が海に落ちた時にはもう指揮所を飛び出している。
 だから救出開始がそらの予測よりも数十秒早い。


「アタシたちは……進むぞっ!!」

 佳奈が斜面を登り始めると、もう誰も異論は挟まず後に続いた。
 本当は佳奈が一番、白音を救いに飛び出したいと思っているのだ。
 それを知っているだけに皆、佳奈の決断に従う。
 全員が今取り得る最良の選択をしておかないと、必ず後悔することになるだろう。


「伏兵がいたら橘香が見ててくれるからな。けど、随分静かになってるな?」

 慎重に進んではいるが、佳奈の視界に動くもの捉えられない。

「ええ、良くない兆候ね。ここの捜索を受け持ってくれていた子たちが心配だわ」

 一恵が最後尾について後方を警戒してくれている。

「やっぱり、資料のデータよりもかなり巫女たちの能力が上がってるの。マジックキャンセラーは触れた魔法を解除するだけの能力だったはず」

 そらは悔しそうに言う。
 どのように能力が向上するのかの予測が困難を極めている。

 さらにはこの小島にいた部隊だけ、恐らくはマジックキャンセラーの影響でマインドリンクが不安定になってしまっている。
 本物と思われる巫女たちが出現して以降の戦局が、うまくモニターできていなかった。

「他の巫女は玉砕覚悟なのに、マジックキャンセラーだけは逃走させてる。だから親通もその巫女を切り札にしてるんだと思うの。気をつけてね」


 それほど大きくもないこちらの島の頂上には、海岸から100メートルも歩けば着いてしまう。
 少し開けたところに出ると、そこにはあちらこちらにギルドの魔法少女が倒れていた。

「?! 遅かったかっ!」

 事前の資料によれば、この場所は木々で覆われていたはずだ。
 しかし到着してみると、木々が切り倒されて拓かれている。
 報告が上がっていなかったということは、何らかの隠蔽魔法が施されていたのだろう。


「まだ遠隔鑑定リレーアタックのオーラ、広げ切れてないけど、彼女たち多分生きてるの」
「なんで分かるんだ?」

 少し険のある聞き方になってしまったが、そらの言葉に佳奈は心底ほっとしていた。

「死んだら多分操られてしまうから」
「くっ…………」


 突然、ふわあっと莉美の魔力が皆を包み込んだ。
 倒れている魔法少女たちに魔力を分け与え、極度の緊張状態にあった佳奈、そら、一恵、瑠奏の体にも温かい魔力が満ちて行く。



 そらを真似て莉美もオーラを拡げ、そこに濃密な魔力を乗せてみたのだ。
 理屈は知らないが、マインドリンクの力を借りればこういうことができるのではないかと、今し方思いついたのだ。
 何となくそういう事が今できたらいいなと思った。
 そしてやってみたらできた。
 莉美は何も言わなかったが、皆少し気持ちが落ち着くのを感じた。


「オーラ展開完了。気をつけて、敵に囲まれてる!!」

 そらが警告を発する。

「まあ、隠蔽魔法があるなら、当然そうよね」

 莉美のおかげでいつもの冷静さを取り戻した一恵が、莉美とそらを守るように動く。
 瑠奏がどの程度戦えるのかは知らなかったが、ふたりで防御に徹して佳奈をフリーにさえできれば、後は何とでもなると読んでいた。

「んん? 初めからみんないたよね? ぼやけててすごい見にくくはなってるけど」

 莉美にだけは、ずっと巫女の姿が見えていたらしい。
 当たり前のこと過ぎて莉美は何も言わなかっただけだ。


「アタシたちは気配も何もまったく気づけなかったし、なのに莉美が騙されてないってことは、精神操作系だよな?」
「そうね。莉美ちゃんにはそういうの効いてるとこ見たことないから」

 佳奈も一恵も、莉美が不屈の精神の持ち主、びっくりするくらい精神的な揺さぶりには強いことを知っている。
 但し白音の事に関しては除く、なのだが。


「光学系と精神操作系を複合させてる。遠目には光学系で、近づいたら精神操作で気配も認識できなくしてるの」
「複合ってのは厄介だなまったく」

 そらの説明を聞いて佳奈がヤレヤレという顔をしたが、瑠奏としては、

(いや、チーム白音も…………)

と思うばかりである。


「あそこに小屋あるよ?」

 みんなに見えていなかったとは衝撃であった。
 なので莉美は目に付くものを指摘してみる。
 他の魔法少女たちにはやはり何かがあるようには見えていない。


「そっちの方からは遠隔鑑定リレーアタックでもまったく何も感じない。感じないってことは精神操作以外にもマジックキャンセルされてると思う。すなわち本命」

 そらの言葉に魔法少女たちがそちらを見据えた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

フェル 森で助けた女性騎士に一目惚れして、その後イチャイチャしながらずっと一緒に暮らす話

カトウ
ファンタジー
こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 チートなんてない。 日本で生きてきたという曖昧な記憶を持って、少年は育った。 自分にも何かすごい力があるんじゃないか。そう思っていたけれど全くパッとしない。 魔法?生活魔法しか使えませんけど。 物作り?こんな田舎で何ができるんだ。 狩り?僕が狙えば獲物が逃げていくよ。 そんな僕も15歳。成人の年になる。 何もない田舎から都会に出て仕事を探そうと考えていた矢先、森で倒れている美しい女性騎士をみつける。 こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 女性騎士に一目惚れしてしまった、少し人と変わった考えを方を持つ青年が、いろいろな人と関わりながら、ゆっくりと成長していく物語。 になればいいと思っています。 皆様の感想。いただけたら嬉しいです。 面白い。少しでも思っていただけたらお気に入りに登録をぜひお願いいたします。 よろしくお願いします! カクヨム様、小説家になろう様にも投稿しております。 続きが気になる!もしそう思っていただけたのならこちらでもお読みいただけます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王人

神田哲也(鉄骨)
ファンタジー
神様が人生の試練を与えすぎてしまい、苦難の連続だった主人公は新たな生を異世界で享受することに。アランという名を与えられて生まれた先はとある王国の美形な両親の下、他人を強化できるという能力を携えてアランは生きていく。能力で親父が英雄に。母親は筆頭法術士に。果ては封印されていた神様を助けるアラン。王都に戻ったアランは、誰と出会い、何を見て、何を成すのか……。

処理中です...