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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第41話 魔法少女ギルドVS根来衆 その一

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 魔法少女史上初の月面探査が行われてから、さらに二日が過ぎた。
 やはり何もせずにただ休んでいるというのは、かなり焦れた気持ちになる。

(潜入した魔法少女たちは無事なのか)
(既に根来親通は異世界へ逃亡しているのではないか)


 特に白音は何もしていないと落ち着かない性質たちなので、少し滞っている宿題をしていた。
 研修で――何の研修ということになっているのか知らないが――学校を休んでいる分の宿題が出ているのだ。
 分からないところはちびそら先生に聞けば教えてくれた。

 彼女(?)は知識だけが凄いのかと思っていたが、教え方も上手かった。
 なんだか悔しい。
 試しに司法試験対策を頼んだら、ケーキ一個で引き受けてくれた。
 最強の家庭教師ではないだろうか。

 ちびそらはいつもおいしそうにパクパクとケーキを食べるのだが、三度の食事はいらないようだった。
 必要というよりは、嗜好品として甘いものを楽しんでいるらしい。
 あの小さなお腹の中で食べたものがどうなっているのか、さっぱり分からない。


 肝心の製作者である一恵やそらにもこの子が一体何なのか、はっきりとはしないようだった。
 一恵はこんなに個性が出るほど、生体を複雑に作ってはいないはずだという。
 もっと正確に言うと、自分だけの力では到底作れないほど複雑、らしい。

 一恵にできるのは元々存在するものをモデルにして、同じような量子構成の物体を再現することだけだ。
 人ひとり分など白音や莉美の力を借りなければ到底無理で、その分小さくしたり内部構造を簡略化したりしている。
 つまりは『似た人形』を作っただけなのだ。

 ただ、その途中で外見の変更が何度か加わったり、そらの要望と助力で内部も多少仕様変更はされている。
 そして何より、多分一番の原因がこれなのだが、ちびそらを製作している過程で隣に療養中の佳奈がいた。

 莉美は白音の時にもそうしたように、佳奈の治癒を早めるため、頻繁に魔力の循環を行っていた。
 また、白音はリーパーを使い、佳奈の魔法少女としての回復力を必死で底上げしていた。

 皆かなりの怪我を負っていたから、ふたりは特に考えることもなく全員を巻き込んで効果を及ぼしていた。
 そして当人は気づいていなかったが、必死で看病するあまりその魔法強度はかなりのものになっていた。
 特に怪我の酷かった佳奈と白音以外が、文字どおりあっという間に治ってしまったのはそのせいである。


 そしてそらや一恵は頻繁に能力が上げ下げされるものだから、目眩にも似た高揚感を禁じ得なかった。
 強化されている間はそれが自分の力であるように感じられ、当たり前のように行使できる。
 しかしリーパーが無くなると、途端に今までできていたことができなくなる。

 しっかり掴んでいたはずのものが手からすり抜けてこぼれ落ちていくような喪失感を味わう。
 ただ、「確かにできていた」という感触だけは残る。
 今はまだ届きはしないが目指すべき目標を見せつけられる、そんな感じだ。

 それを繰り返されると、高揚感と喪失感と希望がない交ぜになった混乱に陥る。
 そんな中で創られたのがちびそらなのだ。

「二度と同じものは創れないと思う」

 製作責任者のふたりが請け合った。


「もうそれってUMAよね」

 白音のひと言で、分類としては未確認動物UMAであろう、という評決に達した。



 女豹が病室に帰ってきた。ひとりだけ経過観察のための検査を受けていたのだ。
 傷が塞がったということで、もう包帯をしなくていいらしい。
 嬉しそうに自分でお腹をぱんぱんと叩いている。


「なるほど。では白音ナース」
「はいライオン先生」

 白音と莉美が目配せをすると、ふたりで佳奈をベッドに組み伏せる。

「おお? 何? 何?」

 病衣の前をはだけると、芸術的な稜線を描いている腹筋が露わになる。

「おぉ、おいおい?」


 意外とこういう時は、佳奈の声は小さくなる。

「こ、これは? 先生」
「うむ。おへそは完全に元どおりだな、白音ナースよ」

 白音と莉美ががっしりと握手している。


「そりゃそうだろ。戻ってくんなきゃ困るよ」
「特に必要な器官じゃないから、無くしてから再生しても、戻らなかった可能性はある」

 そらが冷静に指摘する。
 まさにその『戻らないと困るという気持ちの問題』を、星石がちゃんと汲んでくれるのかどうかが分かれ道だったはずだ。
 白音の心配が冗談ではなかったのだと、佳奈は今更ながらに思い知る


「看病してくれて、ありがとな。へそ、元通りで良かった……」

 白音と莉美にのしかかられたまま、佳奈がぼそっと呟いた。
 自分のお腹をそんなに気にしてくれていたとは知らなかった。

 白音と莉美は昔から、佳奈の一切無駄のない引き締まったお腹が好きだった。
 ファンだと言ってもいい。
 傷がのこらなくて本当に良かったと思う。

 そらと一恵もノートPCを開いて重力がどうとか、Δvデルタヴイはどのくらいだとか相談していたが、終了したようだった。
 一緒になって佳奈の腹筋とおへそを見学しに来た。
 お触りの順番待ちをしている。


「よっし、行くか!!」

 しばらくお腹を触られるに任せていた佳奈だったがスイッチを切り替え、体幹をバネのように使って跳ね起きる。
 チーム白音にブルームからの呼び出しがかかっていた。
 いよいよ根来親通ねくるちかみちの確保作戦が決行されるのだ。

 先に退院手続きは済ませてある。
 病院の職員の方々にお礼を言って回っていると、あの魔法少女看護師さんに、

「この部屋はこのままにしておくから、またいつでもどうぞ」

と真顔で言われた。
 看護師が普通言わないセリフを言わせる、すっかり常連のVIPである。

 佳奈が曙台高校の制服に身を包んでいく。
 魔法少女に変身すれば何を来ていても同じなのだが、やはり制服を着るとピッと背筋が伸びて引き締まった気持ちになる。
 それも変身の魔法ではあるのだろう。

 さらしを巻いた『佳奈姐さん』な感じも良かったが、やっぱり制服姿が一番よく似合ってしっくりきている。
 以前の白音は、自分もあのブレザーを着て三人で同じ学校に通っていたならどうだったのだろうなと思うことがあった。
 しかし今はそんな風には思わない。

 白音とそらも黎鳳女学院のセーラー服に着替える。
 この制服に袖を通したからこそ今があるのだ。
 佳奈や莉美と魔法少女をやることになって、そらと仲間になって、一恵が一緒に支えてくれる。
 こんなに幸せなことはない。


「みんな、準備はいい?」

 チーム白音、五人の魔法少女たちはそれぞれの思いを制服に包み込み、病室を後にした。
 そして病室のスライド扉を抜けるとそこは…………、ブルームだった。

「?!」


 ちょっとびっくりしたが、扉の位置に一恵が転移ゲートを設置していたのだろう。
 油断していた。
 佳奈が肩で風を切って出て行くから、白音は「どこ行くんだろう?」と思いながらも、なんとなく雰囲気でついて行った。

 転移ゲートで行くのだから本来は病室を出る必要は無い。
 一恵が気を利かせて前方にゲートを設置してくれたのだ。

「ごめ……」

 気がついたらしい佳奈が振り返って恥ずかしそうに言うと、四人で爆笑した。
 ちびそらも白音の肩の上で笑っている。
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