ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】

音無やんぐ

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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第39話 見慣れた天井 その三

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 白音とそらが示し合わせて、連れだって夜間飛行へと出発する。

「いくよ、そらちゃん」
「あい!」

 白銀の翼をゆっくりと羽ばたかせてふわっと浮き上がる。

 デイジーの頃にもなんとなく思っていたのだが、現代社会で科学というものを学んだ後では特に感じる。
 翼は力学的に羽ばたいて飛んでいるのではない。
 魔法で揚力を発生させるための媒介なのだ。
 本当に飛び上がれるほどの羽ばたきをしていたら、今頃病室の中が嵐になっているだろう。
 窓から外に出て、ちょっとお行儀が悪いが、手が空いていないので足で窓を閉める。

 月夜に翼が照り映える。その白銀の煌めきが、空気を切り裂いて音もなく夜の空へと昇っていく。
 そらはぎゅむーっと白音の胸に顔を埋めている。

「景色見ようよそらちゃん……」
「んー、こっちもいい眺め。それにいい匂い」


 考えてみれば白音も、景色を楽しむような飛行はしてみたことがない。
 異世界とは違ってこちらは夜でも綺麗だ。
 遊覧飛行は全然アリだなと思う。

 しかも今日は晴れ。
 かなり寒さは厳しいが、それは魔法少女たちには苦にならない。
 夜景の美しそうな都会へと向かってみる。

 空を飛んで目的地を見定める、という行為が意外と難しいことに気づかされた。
 前世では大雑把に「あっちの山」とか「太陽の方向」程度にしか方角認識はしていなかった。

 人には人の、鳥には鳥の方向感覚というものがある。
 慣れるまでは難しそうだった。
 そらにスマホを使って方向の指示を出してもらってようやく辿り着く。

 都会ではヘリなどを驚かさないように注意して、少し高度を上げておく。
 日本で最も高い電波塔、600メートルを超す威容が真っ先に目に飛び込んできたが、赤いキャンドルのようにライトアップされている。
 クリスマスが近いからだろう。この時期にしか見られない特別な姿だ。

 この電波塔にはツリーという名称がついている。
 そのせいで白音は一度だけ見たことがある世界樹を思い出していた。
 人族が厳重に守っていたので、近づくだけで死にそうな目に遭った。
 あー、わたし人族と殺し合いしてたんだなぁ、と変なところで感傷的になってしまった。

 そらがこちらを見上げて不思議そうに見ている。意識が逸れているのを感じたのだろう。

「ああ、ごめんね。前世で似たような樹を見たのを思い出しちゃって」
「樹!?」

 この塔もツリーとは言うが、これに似た樹があるとは常軌を逸している。
 この高さにまでどうやって水を吸い上げるのだろうか。
 毛細管現象だけではとても重力に逆らい切れまい。

「セカイツリー?」
「ふふ。そうね」

 そらは是非見たいと思った。
 白音と一緒に、こんな風にして見られたら最高だろう。


「そらちゃん大丈夫? きつくない?」

 ずっと抱いたままだと、さすがにしんどいんじゃないかと思ったのだ。

「平気。羽多さんのほうきに乗せてもらった時より気持ちいい」


 そらは以前に一度、触れたものを自在に飛行させる能力を持った魔法少女、羽多瑠奏はたるかなのほうきに乗せてもらって空を飛んだことがあるのだ。

「でもほうきは座って飛べたでしょ?」

 抱っこよりは楽じゃないかと思うのだが。


「白音ちゃんに抱かれるの、気持ちいいの」
「う、うん?」
「それに羽多さんにしてもらった時は、股が痛くなったからあんまり長くは乗ってられなかったの」
「もう、そらちゃん。そんなはしたないこと言わないの」

 くすくすとふたりで笑い合う。

「もうこの思い出は私の物。私が何者かなんて関係ない。私だけの白音ちゃんとの思い出なの」



 白音たちが夜景を楽しんで帰ってくると、病室の窓に佳奈、莉美、一恵が並んで立っているのが見えた。
 びっくりした。
 この三人を出し抜けるはずなんてなかったから、きっと気づかれてるんだろうとは思っていた。
 でも他のふたりはともかく、佳奈は重傷なんだからそんなことしないで欲しい。
 これは順に空の散歩に連れて行けとせがまれるんだろうなと覚悟した。

 しかし窓を開けてもらって中にふわりと飛び込むと、病院のベッドは隅に寄せられ、中央に巨大なベッドが用意されていた。
 莉美と一恵の合作による『魔法少女をダメにする悪魔の』ベッドだ。
 三人のお姉さんたちもそらのことが気になっていたようで、白音とそらが出かけた後に相談して用意したようだった。

 その夜はそらの願いが最優先だった。
 白音とそらを中央に寝かせると、みんなで周りを囲むようにして陣取る。
 五人で横になってもまだ余る広さだ。
 どんな通販番組よりも売り上げに貢献しそうな、思い思いの吐息でベッドの寝心地を表現する

 日付が変わるまでいろんな話をした。
 そらのことも、みんなのことも。

 白音は多分勘違いをしていたと思う。
 手を汚すのは自分だけでいいと思っていた。
 痛い目に遭うのも自分だけでいいと思っていた。
 けれど白音のそんな思いは、みんなのプライドを傷つけている。

 つらいことは他人に任せて楽しいところだけ共有する、チーム白音はそんな野卑な集団ではなかった。
 ちょっと弱った時に肩を――あるいは胸を、あるいは尻尾や翼を――貸してやればそれでいいのだ。
 白音もそうしてもらってきたではないか。

 そらの頬をぷにっと突いてみる。

「んぷっ?」

 そらが不意を突かれて面白い顔になったので、莉美がクスクスと笑った。
 それをきっかけにして、みんなで突っつき合いが始まる。
 それはもういろんなところを、いろんな方向から突っつかれる。

 白音が一番狙われている気がするが、白音としては莉美が一番突っつき甲斐があるように思う。
 遠慮無く感触を楽しんでいると、莉美が涙目で怒り出した。

「し、白音ちゃん?! ダメなとこはダメなの!!」

 やり過ぎたかも知れない。でもやめる気は無い。

 それまでは声を潜めていたのだが、つい声が高くなっていく。
 ちょっと羽目を外し過ぎたと思う。
 騒いでいると、扉の磨りガラス部分に明かりが見えた。
 懐中電灯ではない。魔法による明かりだと白音たちは直感した。

 慌てて寝たふりをしようとしたが遅すぎる。
 そもそも寝ていたところで、勝手に魔法で作ったこの巨大なベッドの言い訳ができない。

 ちょっと強めにそのスライド扉を開けて、白衣の看護師が入ってきた。
 すっかり顔馴染みになってしまっているからよく知っている。
 この人は魔法少女だ。

 五人がぴたっと動きを止めて静かになる。

「あなたたち!! 何度も何度もこんな大怪我して帰って来て、大騒ぎして反省もしてないんでしょ!!」


 こんなことを言えば余計怒られるかも知れないが、よく考えた上で悔いのないように行動しているつもりだから、みんな反省はしていないと思う。
 ただ、支えてくれているのはチーム白音の面々だけではない。
 心配してくれている人たちがいる。
 それは忘れてはいけないと思う。

 五人でベッドの上に正座する。

「もう、違うでしょ。そんなのいいから早く寝なさい」

 白音が端っこに寄せてしまったベッドをどうしようかと見ていると、看護師が巨大ベッドに上がってきた。

「今からじゃ大変だから、もうこのベッドで…………何これ、気持ちいいのね……魔法? じゃなくて!!」

 悪魔の誘惑に負けずにずんずんと進んで行くと、全員にペチペチとそんなに痛くもないビンタをして回る。

「見てることしかできない私たちの身にもなりなさいよ」

 ビンタの後に頭も撫でていく。

 この魔法少女ナースの魔法は、症状の把握や状態のモニタリングに特化されていると聞いている。
 通常の人間に対してなら迅速な診断や医師の補助にと無類の強みを発揮するが、こと白音たちのような重傷を負ってくる魔法少女に対しては無力である。

 診断をしたところで『普通の人間であれば致命傷』であることが分かるだけなのだ。
 そして白音たちがその『致命傷』から、自身の魔法少女の力で回復してくるのを待つことしかできないのだ。
 少し悔しさを滲ませた看護師の顔を見ると、白音たちは何も言えなかった。

 さすがの莉美も含め、その夜はそれ以上騒ごうとする者はおらず、大人しく眠ることにした。
 白音は眠りにつく前、母――デイジーの母であるトモエ――のことを思い出していた。母は『治癒』の能力を持った召喚英雄と呼ばれる存在だった。

 先ほどの看護師を含め、魔法というものをよく知るこの病院の関係者なら、切望する能力だろう。
 しかし他者に作用する『治癒』やそれに類する魔法能力を持っている者は、今のところギルドでは確認されていない。
『異世界にはいるらしい』という情報しかない希少な能力なのだ。
『いるらしい』というのもリンクスからもたらされた情報で、すなわち魔族の王妃、白音の母のことであろう。
 つまり知られている限りひとりしかいない能力なのだ。

 ただし、チーム白音に言わせると、白音はその母の能力をしっかりと受け継いでいるらしい。
 触れているだけで癒やされるのだとか。
 何か違う気もする。

 白音はみんなに体のどこかを触られながら眠った。
 彼女たちの体温を感じていると白音の方も心地よく眠れそうなので、まあそのままでいいかなと思う。
 白音には掴むところがたくさんできたから、足りないということはない。

 尻尾に誰かが触れる感触があった。
 少し離れたところで寝ている佳奈が手を伸ばし、そっと握っていた。
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