ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】

音無やんぐ

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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第38話 魂の帰趨(きすう) その三

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「大雅がそんなこと望んじゃいなかったのは、分かってるんだ。あの子は優しい。ワタシたちふたりで楽しく異世界を冒険して回って欲しかったんだろうね」

 京香たち姉妹がこれまでやってきたことを、白音は到底許せない。
 共感しないし、理解もできない。姉妹もそんなことは求めていないのだろうと思う。
 ただやはり、何かが変わっていれば違う未来もあったのかな、と思わずにはいられなかった。
 すべての人の願いが、すべて思い通りに行くほど、世界は上手に創られてはいないのだ。


 いつの間にか佳奈と莉美も、暖かい隔離空間の中に入って来て話を聞いている。
 京香に戦意がまったく見えないのと、既に一切魔力を感じられないので、危険は無いと判断したのだろう。

「あんたたち全然違うようで、似てるよね」

 京香の言う「あんたたち」とは白音と佳奈のことだ。

「どこが!!」

 ふたりの反論が綺麗にハモった。


「そういうとこじゃない?」

 莉美が魔法少女をダメにする危険なもちふわクッションを、そらの下に敷いてやりながら突っ込む。

「最初にお前の腹狙った時、結構焦らされたから」

 切り落とされた耳を指さす。
 白音からスコーピオンキックを食らった時の話だろう。

「お前の時はちょっと変化付けて手刀でやってみたんだけど、結局似たような返され方してそれで負けたしね」

 自爆覚悟で腕を固めて、反撃に転じるところが似ていると言いたいのだろう。


「んー……」

 ふたりとも揃って不満そうな顔をする。

「だからそういうとこだってば」

 莉美が全員の椅子にも、ヤバい感触のクッションを敷いてくれている。もちろん京香にもだ。


「ハハハ。さてアディショナルタイムはそろそろ終わりのようだ。ワタシは行くよ。姉さんと大雅のところへね」

 それが日常の動作ででもあるかのように、躊躇なくざくっと自分の胸に手を突き立てた。
 そして少し探ると、胸の中から星石を取り出す。

「これが大雅なんだ」

 さっき死にものぐるいで莉美のビームを避けて守った弟の星石だ。
 綺麗なエメラルドのような碧色をしている。


「ワタシには無理だったけど、もしかしたら蘇生の道があるのかもしれないのなら、持って行ってくれないか?」

 しかし差し出された星石が皆の目の前で、まるで見せつけるかのように派手な音を立てて縦に真っ二つに割れた。
 その時、全員に男の子の声が聞こえたと思う。

[僕の旅もここで終わりだよ。お姉ちゃんたちと一緒に行く]

 声は確かにそう告げた。


「そか、一緒に来てくれるのか。ありがとうな」

 その碧玉を京香はぎゅっと握りしめる。

「あのさ、ホント図々しいのは分かってるんだけど。もし機会があったらでいいんだ。弟を異世界の、なるべく穏やかなところに埋めてやってくんないかな」


 佳奈がその美しい宝石を受け取った。

「お前らのも一緒に埋めといてやるよ。また生き返ってきたら困るしね。ま、機会があったらだけどさ」

 ふっと京香が笑う。

「ありがとね。カナ」

 そしてあの猛獣京香は、そのまま動かなくなった。



 白音たちはそらの様子を見守りながら、眠りに落ちてしまった。
 疲労とダメージによるものもあるだろうが、主な原因は一恵の椅子とコラボして、莉美が心地の良過ぎるクッションを作ってしまったからだ。
 悪魔的なソファになってしまっている。
 もちふわクッションの魔力には、本当に誰も逆らえなかった。

 うとうとし始めると、白音はまたあの夢を見た。
 幼い頃に花畑を走り回って遊んでいた夢だ。
 今度は優しく見守ってくれている母の顔も、もうすぐ帰って来るはずの父の顔もはっきりと分かった。
 今となってはたくさん持っている、幸せな思い出の中の大事なひとつ。

 白音が幸せな気分で目を覚ますと、すぐ目の前に一恵の端正な顔があった。
 どうやらこっそり白音にキスをしようとしていたようで、慌てて目を逸らす。
 いつもの一恵だ。ということは上手くいったのだろう。


「そらちゃんは?」

 白音がそう尋ねると、一恵はパッと笑顔を作ってそらの方を見た。
 白音をお姫様抱っこして、彼女の元まで運んでくれる。
 なんでこの人たちはこんなに格好いいんだろうかと白音は思う。

 そらは目を覚まして、ちょっと眠そうに辺りを見回していた。
 普通に朝学校に行く前のそらを見ているような、そんな感じだ。
 それから焦点が合うように記憶が戻って、首の辺りを確かめている。


「そらちゃん!!」

 そらの隣に下ろしてもらうと、白音は感極まってそらにハグした。
 素っ裸のそらや、そらをくるんでいた一恵の私服に白音の血がべっとりとついてしまった。

「白音ちゃんに穢されたの」
「あ、や、違っ………。ごめんなさい…………」


 謝ってはいるが、白音はそらの感触を手放す気は無かった。
 すりすりとその温もりを堪能する。
 ただ、よく見れば白音よりも先に別の血がついていた跡がある。
 一恵も同じことをやったに違いない。

 三人の声に佳奈と莉美も目を覚ましたらしい。
 すぐにやって来てその騒ぎに加わると、順に自分たちの血もべっとりとそらになすりつけていく。

「みんなにマーキングされてるの…………」


 そらはみんなのぼろぼろの姿を見て、戦いが壮絶だったことを思い遣る。
 特に佳奈などはお腹から背中まで貫通したらしい傷がある。
 莉美の魔力障壁で押さえてあるようだが、本当に大丈夫なのだろうか。
 一緒に騒いでいてちょっと心配になる。

 そしてさすがのそらも驚いた。傍らに京香が座ったまま死んでいる。
 死の直前、神様に迫る勢いで未来を予測していたのに、そこまでは予想できなかった。

「…………」

 その状態に至るにはかなり複雑な事情がありそうだったので、そらは説明を求めずに変身した。
知的非生命体ボットジングラリテットがログを記録してくれているはずだ。


 そらは星石と融合し、新たな階梯へと大きく成長おとなのかいだんを遂げていた。
 そして手に入れた魔法が知的非生命体ボットジングラリテットである。

 それは、そらが予め想定した手順に従って、自動で物事を処理してくれるAIプログラムのようなものらしい。
 精神連携マインドリンクで構築したネットワーク上に存在して、リンクしている人やデバイスに指示を与えることができる。
 これに白音の二重増幅強化ダブルハウリングリーパーの効果が加わって知能が強化され、ネットワーク上に本物のそらがいて指示を出してくれているかのように感じていたのだ。

 さらにもうひとつ、そらは悪魔のダイストイフェルスヴュルフェルという魔法を使っていた。
 いや、正確に言うと、そらの代行をした知的非生命体ボットジングラリテットがこの魔法を使っていた。
 それは、今までにもやっていた計算による未来予測と同じものだ。

 ただ、状況を構成するあらゆる要素を正確に分析、把握することでその精度は上がっていく。
 遠隔による鑑定能力を手に入れ、さらには二重増幅強化ダブルハウリングリーパーで計算能力が跳ね上がることで、それはもはや『未来観察』と言っていいほどのものになっていた。

 このふたつの魔法で、そらは彩子にその命を奪われてなお、チーム白音を勝利に導いたのだ。

 そしてログには、そのそらの見た未来をさらに上回る激闘が記録されていた。
 京香は想定を遥かに超える進化を遂げていたし、白音たちはそれでも姉妹に決して負けなかった。


「なるほど…………」

 如何にしてチーム白音が戦い、如何にして逆巻姉妹が果てたのか。
 それを知り、そらは改めて白音たちのことを尊敬した。
 その一員であることを誇りに思う。そして…………


「私スワンプマンなのね」
「スワンプマン?」

 多分佳奈と莉美の頭の中には、正義のヒーローか悪の怪人のどちらかが浮かんでいる。そうではない。
 記憶や体をそっくりそのまま受け継いだ、けれど別の個体であるものを、本人だと言えるのか? ということだ。
 そらが蘇生したのか、それともそらと区別がつかないそっくりなものを新たに作り出したのか。

 それの意味するところが分かる白音と一恵は少し慌てた。

「いや違うの。体はね、体は確かにそうかもしれないけど、星石はそらちゃんそのものだから……」

 そんな風に言う白音の顔は、切なげに見える。
 星石には魂が宿る、それは通説ではあるが科学的には根拠がない。
 一恵がもっと能力を拡張していけば、いずれは星石も再構築できる日が来る可能性はある。
 学究の徒であるそらがこの状況をどう解釈するのか…………。


「ううん、気を遣わないで。私は自分のことは本人そのものだと考えてる」

 佳奈が「いやどう見ても本人だろ?」という顔をした。

「私そっくりの誰かが私の記憶を持ってたら、本物かどうかが議論になると思うけど、カエルが私の記憶を持ってたら、みんな私がカエルになっちゃったって思うでしょ?」
「すごい! スワンプマンって人をカエルに…………」

 莉美の唇に人差し指を当てて白音が睨む。
 スワンプマンは手品師でもない。


「ふふ、みんな存外見た目に引きずられてると思うの。似てる方が疑わしいのは逆説的だけど、記憶と思考こそが本人、つまり魂なんだって私は思うの」

 そらは白音の方にずいと自分の顔を突き出す。

「私がそらかどうか、疑わしいって思ってる?」


 佳奈も莉美も、そもそもそれを問題にする意味がよく分かっていない。
 ただ、見た目だけで盲目的に信じているわけでもない。

 魔力の在り方はそれぞれの個性があるので、魔法少女同士なら近くにいれば相手が誰なのか、見なくても分かる。
 魔力紋の鑑定ほど詳細なものではないが、直感的で信頼の置ける本人確認のようなものだ。
 オカルトと言われようがなんだろうが、魂が感じている。それで十分なのだ。

 また白音も一恵も、この状況についていろんな解釈が成り立つことは承知しているが、このかわいい唇で理屈をまくし立てる様はまさにそらだと思う。


「おかえり、そらちゃん」

 代表して白音がぎゅっとハグする。そらも多分、そう言って欲しかっただけなのだ。
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