ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】

音無やんぐ

文字の大きさ
上 下
116 / 214
第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第38話 魂の帰趨(きすう) その二

しおりを挟む
 そらの身体が目の前にあった。彩子にやられた傷もなく、綺麗な身体だ。しかし呼吸はしていない。
 そこにそらの魂――星石――を移植する。

 びくん。
 一恵がそらの胸に魔核を差し入れた瞬間、体が跳ね上がった。
 そして数瞬を置き、胸が静かに上下動を始める。
 呼吸を始めたのだ。
 どうやらすやすやと寝息を立てているのが分かる。

「少し待てば目を覚ますんじゃないかな。体が馴染むのを少し待ってあげましょう。わたしたちも休まないと」


 白音は心の底からほっとした。
 ずっと体に入っていた力が、一気に抜けていくのを感じる。

「よかったよぅ…………」

 多分生まれて初めて、声を上げてわんわん泣いた。

 一恵だってそらがこんな目に遭って、しかも蘇生できるかどうか、すべてがその双肩にかかっていた。
 平気でいられるわけがない。
 なのに白音が泣く間、ずっと肩を抱いていてくれた。
 一恵の手はやっぱり温かい。


「そらちゃんが……」
「ん?」
「そらちゃんに何か着せてあげないと」

 白音は我ながら本当に甘えすぎだなと思う。
 いつも次から次へと一恵に無理難題を突きつけている。


「んー…………」

 少し考えた後、一恵は変身を解いた。
 そして着ていた私服を脱いでそらを包むようにすると、もう一度変身する。
 そんな難題も、一恵は解決してくれる。


 ふたりとも少しうとうとしていた。
 吹きさらしの採石場の中、魔力が落ちてちょっと寒さを感じるようになっていたから、そらと自分たちを囲むようにして防寒用の空間障壁を一恵に作ってもらった。

 さらに空間転移を使って立方体のベッドのようなものを地面から切り出し、そこにそらを寝かせてある。
 自分たちには二人掛けのベンチのようなものを作ってくれた。

 多分ここは花崗岩か何かの採石場だったのだろう。
 取り尽くした跡地の石材とは言え、売り物になりそうなくらい立派なガーデンファニチャーが即席ででき上がる。
 やはり一恵は一家にひとり、是非欲しい魔法少女であろう。

 佳奈と莉美のことはほったらかしで申し訳なく思うが、あちらには莉美がいる。
 無敵の魔力障壁バリアで何とかしているだろう。
 もはや動く余裕がない。

「大したもんだね」

 ふたりは突然声をかけられた。
 はっとして見ると、すぐ横に京香が立っていた。
 白音は心底戦慄して「ひいぃぃぃっ!!」と悲鳴を上げてしまった。


「かわいい声出すじゃないか」

 京香が愉快そうに笑う。
 完全に放心していた。
 油断していなければこんな声出さないのに。
 恥ずかしいものを見られてちょっとむかっとした。
 八つ当たりという奴だ。
 一恵も動かない体に鞭打って戦闘態勢を取る。


「おっと、もう何もできないよ」

 京香が両手を挙げてみせる。

「くしゃみしただけで死んでしまうよ。いや、もう死んでるのか? ワタシの魔核は壊れてしまったからね」

 莉美に打ち抜かれた自分の胸を指して、京香は今は追加ボーナスで生きているようなものだよと言った。


「ワタシの中にあったふたつの星石のうち、無事で遺っているのは弟のものでね。今はそいつがワタシを生かしてくれてるんだ。みんなはワタシが死んだらせいせいするんだろうけど、弟はこんなワタシにも少し、時間をくれるみたいだね。座っていい?」

 一恵がちょっと離れたところを指さす。そこに石でできた丸椅子が出現する。

「助かる」

 ゆっくりと体を確かめるようにして座る。本当にくしゃみをしたら死ぬのかもしれない。


親通ちかみちの居場所のデータは姉さんも言ってたとおり、あの小屋にあるから持ってって。それともうひとつ、親通は異世界へ飛ぶ方法を探してたよ。お前たちにアズニカへ渡る手筈をぶち壊されたって怒り狂ってた。傑作だったね。公式な亡命じゃなきゃ命が保証されないしね。あんたみたいなのが追ってくれば終わりだろ?」

 京香が一恵の方を見ている。
 確かに暗殺にもってこ………。
 いやいや何考えさせるんだこいつは……。
 白音が憤慨する。


「だから誰も追って来れない異世界で商売再開しようってことらしいね。お前その見た目、魔族なんだろ?」

 やはり姉妹が異世界帰りというのは本当らしい。ひと目で看破された。

「だったら事情は知ってるんだろうけど、魔族がおとなしくなってからこっち、人族同士で戦争やってるからね」

 同じ異世界を知っている者でも京香たちの方が情報が新しい。
 白音の情報は文字どおり『ひと世代前のもの』だ。


「魔族が滅んだら今度は人族同士でって、ホント馬鹿だよね」

 白音はそのどちらでもあったから、人族だからとか、魔族だからとかは思っていない。
 結局は戦争に明け暮れる。
 知的生物とは、そういうところがちっとも知的ではないのだ。


「親通みたいなのには、商売のチャンスがごろごろ転がってる世界なんだろうよ」
「ほんとろくでもないことばかり考える奴なのね、そいつ。是が非でも止める。教えてくれてありがとう、京香」
「あ、いや…………。実はこっちにも頼み事があるんだけど……」

 京香の癖に遠慮がちになっている。
 きっと化けて出てまで頼みたいことがあるのだろう。


「こんなこと頼めた義理じゃないのは分かってるんだけど、弟も蘇生できないだろうか? さっきも言ったとおり、弟の星石はここにあるんだ」

 自分の胸を指し示す京香。
 なるほど、そらの奇跡を目の当たりにして、弟もなんとかならないかと考える気持ちは分かる。

 しかし白音は一恵の手助けをしてみて感じていた。
 この魔法はそんなに都合のいいものではない。
 一恵はあまり表に出さないが、負担も相当なものだったろう。
 その上で三人の願いが合わされて、そして起こされたほんのひと握りの奇跡だった。

 やはり一恵も首を横に振る。

「全力で数十分、量子レベルでのコントロールだとそれが限界だった。弟さんは多分もう情報が拡散しきってしまっていて、再構築なんてできない」
「そっか…………、だよね」

 京香が、弟、大雅の事をとつとつと語り始めた。
 多分取り戻せないなら、せめて覚えておいて欲しいと、思ったのだろう。

 大雅は生まれついて病弱だったこと。
 異世界に呼ばれたのは大雅だったこと。
 自分たちは大雅を守る事ができなかったこと。
 それが願いだったとは言え、大雅を犠牲にして姉ふたりがおめおめと生き延びてしまったこと。
 だから今、大雅の星石が京香の体にあること。

「ワタシたちは生き延びることに必死だった。何しろ弟の遺言だったからね」



 普通の人間では到底生還できなかっただろう。
 しかし魔法少女という力を得て、弟の命にも助けられた逆巻姉妹は広大な砂漠を渡りきり、やがてどうにか人族の生息圏に辿り着いた。

 寄る辺もなく、言葉すら通じない世界でたったふたりきりの姉妹は、その地で野盗まがいの暮らしを始めた。
 数年が過ぎ、言葉を覚え、世情が理解できてくると、何故弟が死ななければならなかったのか、何故自分たちが今このような状況にあるのかが徐々に見えてきた。
 そして姉妹は誓った。召喚英雄などというふざけたシステムを生み出した奴らに復讐することを。

 まずは召喚英雄を使って代理戦争をしている権力者たちに近づき、取り入る。
 そのために召喚英雄として傭兵稼業を始めた。
 強くなり、功績を積み、名を上げる必要があった。

 徐々に人を殺すことに慣れ、麻痺し、何も思わなくなっていった。
 凄腕の傭兵サイコとキョウカとして勇名を馳せると、やがてとある国から騎士として召し抱えると誘いがあった。
 ついにチャンスが来たと思った。
 手始めにその国の権力者たちを皆殺しにしてやろうと思った。

 だが、ようやく復讐の第一歩に取りかかれるというその時に、ふたりは異世界事案と呼ばれる不安定な次元転移現象に巻き込まれ、再びこちらの世界へと戻ってきてしまった。
 姉妹はただただ無力感に苛まれた。

 せめて復讐をなした後ならふたりで喜び合えたかもしれない。
 だが運命に翻弄され、結局何もなすことができなかった姉妹は、自分たちを呪うしかなかった。


 久しぶりに見る現代社会は、遠い別世界のように見えた。
 自分たちの血にまみれた手は、平和なこの世界にとって異物でしかないのだと強く感じさせられた。

 異世界に飛ばされてから一体何年が過ぎたのかも、ふたりには分からなかった。
 両親がどうなったのかを知りたかったふたりは、故郷へと帰った。
 自分たち三人が突然いなくなって、その後両親がどうなったのかはずっと気になっていた。

 もしも経済的な負担が減って、それで幸せにやっていてくれたなら、それでいいと思っていた。
 けれど実家のあった場所にはもう何もなかった。
 文字どおりの更地になっていた。

 聞けば大規模な爆発事故があって付近一帯が巻き込まれたのだという。
 逆巻の両親は爆発に巻き込まれて死んだと聞かされた。
 しかし両親の消息を求めて近隣に聞き込みをする中で、見たこともない怪物が現れて付近を破壊して回ったのだという話があった。

 実際にはそれは、異世界からのイレギュラーな転移事象だったのだろう。
 自分たちが巻き込まれたのと同じような異世界事案。
 そしてそれを政府か何か、大きな力が隠蔽したのだと直感した。

 姉妹は、自分たちと社会を繋いでいた最後の絆がぷっつりと切れてしまったのを感じた。
 もはや信じられるものは姉と妹お互いのみ。
 このような世界をもたらしたすべてを、破壊し尽くしてやるとふたりは誓った。


「大雅がそんなこと望んじゃいなかったのは、分かってるんだ。あの子は優しい。ワタシたちふたりで楽しく異世界を冒険して回って欲しかったんだろうね」
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

フェル 森で助けた女性騎士に一目惚れして、その後イチャイチャしながらずっと一緒に暮らす話

カトウ
ファンタジー
こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 チートなんてない。 日本で生きてきたという曖昧な記憶を持って、少年は育った。 自分にも何かすごい力があるんじゃないか。そう思っていたけれど全くパッとしない。 魔法?生活魔法しか使えませんけど。 物作り?こんな田舎で何ができるんだ。 狩り?僕が狙えば獲物が逃げていくよ。 そんな僕も15歳。成人の年になる。 何もない田舎から都会に出て仕事を探そうと考えていた矢先、森で倒れている美しい女性騎士をみつける。 こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 女性騎士に一目惚れしてしまった、少し人と変わった考えを方を持つ青年が、いろいろな人と関わりながら、ゆっくりと成長していく物語。 になればいいと思っています。 皆様の感想。いただけたら嬉しいです。 面白い。少しでも思っていただけたらお気に入りに登録をぜひお願いいたします。 よろしくお願いします! カクヨム様、小説家になろう様にも投稿しております。 続きが気になる!もしそう思っていただけたのならこちらでもお読みいただけます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...