ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】

音無やんぐ

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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第37話 そらの声 その三

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 白音はそらの死という事実を目の当たりにし、行き場のない激情に駆られた。
 彩子はその殺気だった魔力にあてられて、自分の死を予感してしまった。 

 彩子はほとんど反射的に、切断髪ギロチンをバネのように使って飛び上がった。
 真っ直ぐに莉美の方へと向かっている。
 白音を倒すことは不可能と判断して、先に京香を助け出そうとしているのだ。

 莉美は京香に全力を注いでいて無防備だ。
 確かに莉美を狙うのが、今最も有効な選択だろう。

「あの黄色いのから先に殺ってやる。京香をあそこから出シたら、後はお前らもなぶり殺シに…………」


 紫の奴も遠距離攻撃を持っていたと確認しているが、京香を前にしてこちらを狙っている余裕はないはずだ。
 落下と共にありったけの切断髪ギロチンで、黄色い方をマロンペーストにしてやろう。
 この前のような障壁を張る余力はさすがにもうあるまい。
 彩子は勝利を確信した。

 標的を自分から莉美に切り替え、脱兎の如く、文字通り脱兎の如く飛び上がった彩子を白音が見上げる。
 それでこそ彩子だと思う。オロオロされていてはやりにくいのだ。

「手加減は、しないからね」

 白音は呟いた。

 飛んでいく彩子を見ながら尻尾に続いて白銀の翼、純白の角も生やした。
 正直なところもうそろそろ二重増幅強化ダブルハウリングリーパーが切れそうだった。
 体中がよく分からない痛みに襲われているし、頭部には攻撃を受けていないはずなのに、さっきから鼻血が止まらない。

 しかし完全な魔族の姿を取るともう少しだけ行けると感じた。
 そらの仇を討つまでは、保ってもらわないと困る。

 白音がふわっと浮き上がったかと思うと、一瞬で彩子に追いついた。
 空中で追随者があることなど思いもよらなかったのか、彩子は莉美の方しか見ていない。

 本当はその首を刎ねてやりたかったのだが、チームの皆にそういうものをあまり見せたくなかった。
 光剣でポスっと背中から小さく一撃すると、それで彩子の切断髪ギロチンがすべて消失した。
 彩子が驚いて振り返るが、星石を砕かれ、魔力の失われた体から急速に意識も消えていく。


「ゾアヴァイルによろしく」
「敵わないネ」

 着地した白音は、もう動かなくなった彩子を抱えていた。


 京香は膨大なエネルギーの奔流の中にいたが、彩子が死んだことだけは感じ取っていた。
 魔力とかそういうことではないのだろう。
 魂がそれを理解した。

 多分目の前の黄色いビーム兵器は、もう一発同じものを撃つことができる。
 それを許せばもうひとつの星石も砕けて散ってしまう。弟の星石。


「お前たち……この短期間でよくここまで……」

 地下空洞で出会った時には、この先面白い戦いができそうだくらいにしか思っていなかった。
 しかしほんの短期間でこのチーム白音という奴はあっという間に成長し、さらにまたこの戦場でいくつもの限界を超えた。

 そして今、京香たちをも越えて行こうとしている。
 では、自分も今ここで限界を突破しなければなるまい。
 踏み台にさせてなるものか。京香にも矜持がある


「お前たちがワタシたちに勝る能力は知略と、その遠距離砲。そういうことだね」

 京香が深い海の底にでもいるかのような圧力にも負けず、構えを取った。
 重傷を負っているはずなのに何をする気なのか。
 不気味なことこの上ない。

 莉美はそらに尋ねてみるが、

「データはありません。京香の行動は予測できません。魔力の収束を感知します」

としか返事がない。

 これは先に撃っちゃえばいいんじゃないのかな? と判断して莉美はもう一発主体ほんめいの発射準備をする。
 さすがにさっきの二発でかなりの魔力を消耗していたのだが、もう一発くらいは行けるだろう、きっと、となんの根拠もなく思う。
 だが主体ほんめいの発射直前に京香の進化が完了した。

 空手の型のように、その場で超高速の正拳突きを繰り出す。
 ブンという唸りを上げて、一瞬だけ拳の先から魔力の塊が放出されるのが見えた。

「ふぎゃっ!!」

 莉美が顔面に衝撃を受けて吹っ飛んだ。

 一恵には遠当ての一種だと見えた。
 ビームエネルギーの圧力に負けず、もの凄い速さで振り抜かれた拳から魔力が解き放たれて、莉美のところにまで衝撃波を届かせたのだ。
 背後にいた一恵は莉美を抱きかかえたが、堪えきれずにそのまま一緒に吹っ飛ばされる。
 京香はこの瞬間に遠距離戦闘を克服してしまった。


「お互いよくやるよなぁ…………」

 佳奈が吹っ飛ばされたふたりを、更に背後から抱き留めてくれた。
 莉美は遠当ての衝撃をまともに食らってしまったために気絶し、前駆体いっぱつめが消失してしまう。
 体勢を崩しながら撃った二発目の主体ほんめいは、狙いを逸れて京香の肩口を抉っている。
 変なところに飛んでいかなくて良かった。


「ちょっと莉美のこと頼むよ」

 莉美を一恵に託すと、佳奈はふたりの頬を順に撫でる。
 ふたりとも酷い顔になってしまった。
 そんな佳奈を京香が黙って見ている。


「なあ、白音。アタシもわがまま言っていいかな? リーパー、切ってくんない?」

 お互いボロボロのふたりはサシでやりたい、ということだろう。

「あー、佳奈。悪いんだけど、言われなくても切れるわ。もう無理…………」

 白音がべちゃっと前のめりに倒れた。
 尻尾がひらひらと揺れているのは、多分生きてますよという合図だ。

 全員の体が急に重くなった。
 リーパーが切れる時はいつも喪失感を感じる。
 今までできていたことが手からすり抜けて逃げて行ってしまう、そんな感覚だ。

 一恵が莉美を担いだまま、白音の方へふらふらと近づいていくのを確認して、佳奈は視線を京香に据える。
 脳内にそらの声が囁いた。

[豹は死して皮を留め、人は死して名を留む、なの。佳奈ちゃん、この先の未来はもう読めない。みんなを守って、お願い]
「任せとけ」




 自分の方へ向かって歩き始めた佳奈を見て、京香が問う。

「まだやれる?」
「おいおい、やれなきゃまた今度ってなるのかよ?」
「そうだね。どっちかが死ぬ以外の結果はないものね」
「おうさ」

 そこからは力と力がぶつかり合う、シンプルな殴り合いだった。
 邪魔をする者はいない。ふたりが共に望んだ、強い方が勝つ戦いだ。

 ひたすら拳打、蹴打の音と、時折苦悶の声が混じり合う。
 白音は顔だけ起こして戦いを見守っている。
 もう動かなくなった彩子も、多分どこかで見ているのだろう。
 
 バキッ、グチャッと音だけ聞いていても生々しい。
 お互い力任せの攻撃をするので、それほど技に種類はない。
 殴る蹴るの応酬だ。
 ただし一撃一撃が、並の魔法少女ならぐちゃぐちゃに潰れてしまいそうな威力がある。

 ふたりには白音や彩子のように奇抜なことはできないのだが、こういう膠着した力比べの場合は時に相手の意表を突く奇襲が勝敗の天秤を傾ける時がある。

 京香がコンビネーションブローを放つ。
 白音も食らったが、左フックの後に来る得意の右ショートアッパーの威力が本当にやばい。
 何度も受けた佳奈はもう手がぼろぼろになっている。

 だが今回はアッパーではなく、手刀だった。
 ボディアッパーの威力を警戒していた佳奈のガードをすり抜けて、京香の手が佳奈の腹部に突き刺さる。

「ぐはっ……!!」

 貫通して背中から京香の手が飛び出した。


「佳奈っ!!」

 白音が無理をして身を起こす。

「このくらい平気だっつーの!」

 佳奈は自分の背中から突き出た手を、後ろでしっかり掴んで抜けないようにする。
 京香は強引に腕を抜こうとして暴れたが、臓腑を腕がかき回す痛みに耐えて、佳奈は決して手を離さなかった。

 そして、空いた方の手で刺さったままの京香の腕を叩き折った。
 拳を叩きつけた衝撃と、骨の砕ける鈍い音が自分の体の中を伝わって聞こえてきた。
 肘関節を破壊された京香の腕が変な方向に曲がる。

 堪らず身をかがめたその側頭部を狙い澄まして、佳奈がハイキックを振り抜く。
 白音のそれがあまりに綺麗だったから、こっそり盗んだ技だ。
 華麗さは白音に及ばないが、威力は遙かに上だろう。
 京香の、頸椎が粉砕された音が聞こえた。


「やられた、ね…………」

 力を失った京香の体がくずおれる。
 ぬむぬむと自分の体から京香の腕が抜けていく感触が痛いし、気持ち悪い。

「うへぇ……」


 倒れていく京香を抱き留めて地面に横たえると、佳奈は振り向いて白音に向かって拳を突き上げて見せた。
 いい顔をしている。
 お腹に穴さえ空いてなければ格好いいのにと思う。
 白音の傍までよたよたと近づいてくると、隣にへたり込むようにして座った。


「ふぅ」
「おへそ、無くなってたりして」
「それは困る…………」

 多分勝敗を分けたのは、京香がもう、独りぼっちだったこと。
 佳奈には守るべき仲間、帰るべき場所があったこと。
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