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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第36話 そらの覚悟 その三

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 データが十分に揃った時、そらがハッとした。

「わたシの分析ができたのかい? じゃあバレちゃったネ」

 彩子の切断髪ギロチンはすべて捕捉して避けていたはずなのだが、完全な死角から光の鞭が飛んできた。

 彩子の能力は髪の毛を斬撃に変えるものではなかった。
 魔力を糸状に紡いで自在に操る能力だった。
 鞭のようにしなり、対象物を自在に切断する。

 髪の毛を媒介にしていると見せかけることで、注意をそちらに向けさせる。
 そして見えない位置から不意打ちを食らわせる。それが彩子のやり口だった。
 今までそうしなかったのは、そうするほどの敵ではなかっただけのことだ。

 声を押し殺したそらの悲鳴と共に、のこされた左手も千切れ飛んだ。
 そのまま胴体も横薙ぎにするつもりだったようだが、それはぎりぎりのところで後ろに飛んで躱す。
 そらの詳細な分析は手の平で行っていると見て、初めからそれを狙っていたのだろう。

 さらに飛び退ったそらの足に焼けるような痛みが走った。
 切断髪ギロチンが地下から飛び出し、そらのブーツを貫通して足を地面に縫い止める。
 髪の毛の制約がなければ射程距離もかなり長くできるようだった。


「っ!!」

 一瞬動きを止めたそらに、彩子が肉薄して蹴り倒す。
 上からのしかかって今し方斬り飛ばしたそらの左腕を片手で押さえつける。
 今度は止血をさせないでおくつもりだ。
 彩子自身も左腕は出血が酷く、もはや感覚がなくなっていたが、まったく構う事はない。

 彩子は勝利を確信した。
 目の前のこの小さな魔法少女に妙な攻略方を見つけ出されない限りは、自力で負ける要素などないのだ。
 あとはじっくりいたぶって殺してから京香に合流すれば、ゲームは終了だ。


「わたシの分析はできたようだね。でもその手じゃもう京香の方は無理だネ」

 彩子がミスリードのために髪の毛を使っていたように、そらにも隠していることがある。
 インカムもそうだ。
 実際には既に彩子の全データは白音たちと共有されているのだが、彩子はインカムの通信を妨害していることで安心している。

 どうせ通信妨害装置はあのボロ小屋に隠してあるのだろう。
 座標データと共に置いてあれば、強引に吹っ飛ばされて無効化される心配がない。
 結局、妨害装置があることで『そらの分析がチーム白音に共有されている』という事実が隠蔽されているのだ。

 そしてもうひとつ。
 そらの星石は聞き分けがいい。
 莉美のものとは違って、初めからそらの思うとおりに動いてくれた。

『願いを叶えてくれる石』というのは本当にそのとおりだと思った。
 むしろこんなに叶えてもらっていいのかと思うほどだった。
 その話を莉美にしたら「飼い主に似るんだねぇ」と言われた。
 犬でもあるまいに。

 だからこの戦いでそらが孤立した時、自分に進化が必要だと感じた瞬間に、既にその空色の星石は応えてくれていた。
 けれど少し待ってもらった。

 彩子に自分が危険だと思われてはいけなかった。
 警戒されればおそらく、真っ先にふたりがかりで狙われていただろう。

 いかに白音たちといえど、この強敵ふたりを相手にしてそらという足手まといを完璧に守り切るのは厳しい。
 おそらくはひとたまりもなく自分は殺されていただろう。

 だから他愛もない相手だと思わせることが大事だった。
 相手が勝利を確信した今、そらは進化する。

 莉美に言わせれば多分『待て』もできる石なのだろう。
 愛おしく思える。

 魂と星石との融合を体内で感じた。
 自分が宇宙に向かって拡張されていくような、充足感がある。
 彩子は自分の下で魔力が急速に膨張するのを感じた。そらが何かやるつもりなのは明白だった。

 どすっ、どすっ。と多分わざと大きな音を立てて、そらの両太ももに切断髪ギロチンを突き立てた。

「あうっ……」

 地面にまで貫通させて動きを封じる。


「今更何ができるんだい? 楽シめればいいんだけどネ」

 さらに両腕にも一本ずつ、そして腹の真ん中にも一本、楽しそうに切断髪ギロチンを刺していく。

「くうぅっ……」


 そらがそれ以上声を出すことはなかったが、目にじわっと涙が浮かんできた。
 彩子は昆虫標本でも作るように、地面に串刺しにしてそらを固定する。

 そらは『触れなければ鑑定ができない』という弱点は、是が非でも克服しなければならないと考えていた。
 最も戦闘能力の低い魔法少女が、真っ先に敵に触れなければならない。
 そんな縛りは非効率極まりなかった。

 そのためにそらは、ブルームの力を借りてマイクロサイズの魔力励起デバイスの作成に着手していた。
 魔力を受ければ回路が励起状態となり、一定時間が経てば受けた魔力と同じだけの魔力を放出して基底状態に戻る。
 そういう性質を持った装置である。

 これを微粒子サイズにまで縮め、エアロゾルとして空気中に散布する。
 エアロゾルが魔力を持つものに触れるとエネルギーを吸収し、放出と吸収を繰り返しながら伝播していく。
 これを連続的に検出して魔力紋を読むのだ。

 だが、その開発は技術的な限界に行き当たって頓挫していた。
 微粒子サイズにまで縮めると、どうしても放出する魔力が規定値に達しないのだ。
 そらに感知できるくらいの大きさで、信号を伝達することができていなかった。

 しかし今、そらは新たな能力を手に入れた。
 自分の持つ魔力を薄くオーラのような状態にして周囲に広げていく。
 そしてこのオーラに、マイクロデバイスと似た性質を乗せておくのだ。

 開発していたマイクロデバイスであれば、敏感な者には感づかれる可能性がある。
 しかしこちらは分析される側からすれば、そらの魔力がこちらに伝わってきている「だけ」としか感じられないだろう。

 現に今、京香の鑑定をすべく魔力を薄く広げていっているのだが、白音たちの方から見れば新たに力を得たそらの魔力が強くなった、としか感じられていないだろう。
 そらが一段階段を上り、手に入れた新たな魔法だった。


「ふうん?」

 散々いたぶっても焦りを見せないそらを、彩子は少し訝しんだようだった。
 嗜虐者には嗜虐者の勘が働くようだった。

 だがその時、データが揃った。
 京香のもとにまで達したオーラが、そらにすべての状況を把握させてくれる。


「何をシたんだい?」

 切断髪ギロチンをそらの喉元に突きつける。

「言わなきゃ殺すよ?」
「言わなくても殺す癖に」

 そらと彩子が同時にニヤリと笑った。


「そりゃそうだ。どうでもいいネ。たとえ京香の能力が分析できたとシても、あんたがこんなになってちゃ、どうせ伝えようがないシネ」

 この戦いに勝利を得るために、そらは命を捨てる覚悟だった。
 そうしなければ勝てないと初めから計算していた。だから後悔はない。
 でも最期にひとつだけ、ひとつだけ、そらには似つかわしくない奇跡に願いを託してみる。


青い鳥ブラウアフォーゲル!!」

 そらの切り飛ばされた右手の先から、そらの色をした光が放たれた。
 それは青い鳥の形を取って白音たちの方へ向かっていく。

「!!」


 彩子はこれは致命的なミスだと感じた。
 その鳥をあちらへ到達させては絶対にならないと感じた。

「けど、お前は殺すよ?」


 ゴリッ。
 嫌な音がして、切断髪ギロチンはその名のとおりの働きをした。
 血の海に横たわり動かなくなったそらを放置して、彩子は京香の元へと急いだ。

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