ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】

音無やんぐ

文字の大きさ
上 下
101 / 214
第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第33話 ハロウィンキャッツ その三

しおりを挟む
※一日一話ずつ正午頃に公開する予定です。
よろしくお願いいたします。



 エレメントスケイプの出し物が始まる。
 若葉学園の子供たちの歓声が跳ね上がっていく。

 白音はいろいろあったけれどずっとエレスケを応援していた。
 これから彼女たちがどうなるのかと思うと、少し寂しい。
 エレスケの活動歴を示すように何曲もの持ち歌を歌い上げる。

 みんな知ってる、とは言いがたい知名度のエレメントスケイプだったけれど、若葉学園ではイベントの度に白音が彼女たちの曲を使っていた。
 子供たちにはすっかりおなじみの曲になってしまっている。

 みんなで合唱して大盛り上がりすると、アンコールがかかる。
 その時一恵が立ち上がった。
 白音たちは一瞬、ペープサートの時の悪墜ち魔法少女を思い出した。
 チーターの怪人が悪の組織から脱出した魔法少女を追ってきて、襲いかかるのだろうか。

 しかし詩緒もいつきも、嬉しそうに壇上から手招きしている。

「行ってくるわ。ヒナギクたん」

 華麗な身のこなしで壇上に上がると、一恵は変身ポーズを取った。

「魔法少女マジカルヴァイオレット、行きますわっ!!」


 佳奈が吹き出した。
 普段はそんなの見たこともない。
 何故みんなお芝居で魔法少女を演る時は口調がですますになるのか…………。

 詩緒といつきがとっておきの変身エフェクトをかける。
 たっぷり時間を取って聴衆の期待をあおるために作った奴だ。
 光の向こう側では、一瞬で変身した一恵がスタンバイしている。

「一恵姐さん、僕のオレンジとその紫のコスチュームって、揃うとハロウィンらしくないっすか?」

 一恵はにこっと笑うといつきの腰に手を回して抱き寄せる。
 反対側には詩緒も抱く。
 詩緒は白をメインカラーとしたコスチュームだ。
 白音が魔法少女に成り立ての頃、ピンクじゃなくて白が良かったのにと嘆いていたのを思い出す。


「ちょ、ちょっと。ハロウィンってオレンジ、紫ときたら黒のイメージでしょ?」
「いいじゃないすか。詩緒さんは腹黒いからそれでいいんすよー」
「あ?」

 詩緒がちょっと切れた。
 いつきも言うようになった、と思う。
 軽く魔法を使って三人の周りにきらきらと光の玉をいくつも飛び回らせ始める。

「ちょ、光は僕の担当っすよ! 仕事取らないで欲しいっす」
「この程度なら基本魔法だから誰でもできるわ。いつきだって簡単な効果音くらいなら出せるでしょ?」

 そう言われたいつきが、光の玉に合わせてシャラシャラと金属が触れ合うような効果音を入れてみる。


「そうそう、上手い上手い。別にわたしたち、揃わないと何もできないってことはないのよ。練習すればきっともっと上手く複雑な魔法もできるようになるわ。やりたいことを実現するためにね」

 変身エフェクトが終わると、詩緒といつきが競うように作ったど派手な光の装飾と音響の渦に、観客が圧倒された。
 自然と詩緒といつきが一歩譲って、一恵をセンターに据えようとする。
 しかし一恵はそんなふたりを捕まえて横一列に並ぶ。


「なんの歌いきます?」

 詩緒が小声で聞いた。

「もちろん、あなたたちの歌を!」

 一恵は、ふたりがアンコール用に用意していたその曲を、振り付けまで完コピしていた。
 いつきは一緒に踊りながら、嬉しくて目の前の景色が少し滲む。

「ずるいっす……」


 子供たちの間からひそひそと話す声が聞こえてくる。

「ねぇねぇ、あのむらさきのお姉ちゃん、この前わるいやつらからにげてきて、いい人になった人だよね?」
「いい人になったついでに、つかまってた魔法少女も助けてくれたんじゃないの?」
「なかまにしてもらうのに手ぶらじゃダメだもんね」
「白音お姉ちゃんたちの役に立たないとね」
「助けられたあの子たちも白音お姉ちゃんの役に立つのかな?」
「お姉ちゃんたち、てしたがいっぱいだね」

 魔法少女ブームだけれども、随分チーム白音ファーストになっている。

 一恵が子供たちに投げキッスをする。

「わたくしは白音様の下僕ですわよっ!!」

『下僕』の意味がよく分からない子も多かったが、大歓声で受け容れられた。
子供たちは基本的に綺麗なお姉さんが好きなのだ。


 イベントの締めくくりに、みんなに温かい飲み物とクッキーが配られた。
 クッキーはヤヌルベーカリーが何くれとは無しにイベントごとがあれば焼いているものだ。
 白音も幼い頃から慣れ親しんでいる。
 今日は佳奈が持って来てくれていたから楽しみにしていた。

 まだ少しあどけないが、なかなかかっこよく決めている仮面の紳士が白音たちのテーブルに、クッキーを並べてくれる。
 仮面の紳士の正体は真下佑ましもたすく
 小学四年生で、最近学校の成績がぐんぐん良くなってきていると先生たちからは聞いている。
 白音の誕生日プレゼントを、怜奈れな悠月ゆづきと一緒に買いに行ってくれた少年だ。

 白音の耳元で何か言うと、白音を隅の方へ連れ出した。
 からかいに冷やかしにと大忙しだった莉美も本日の任務を終えて一緒のテーブルにいたが、またもうひとつネタを見つけてしまった。

「ほうほう、これはこれは」


 一恵が立ち上がってついて行こうとしたが、莉美が引き留める。
 そしてもっともらしい顔をして首を横に振る。

「邪魔するのは野暮ってもんですぜ」


 温かく見守っている、つもりでいたが、ふたりの様子を盗み見ながら、全員息をするのを忘れてしまっている。
 しばらくするとたすくががっくりと肩を落とす。

「あ」

 そらの口から思わず声が漏れた。

「あれは振ったねぇ。適当に誤魔化せないのが白音ちゃんだよねぇ」

 解説の莉美さんは少年の落胆やいかばかりかと分析する。

 少年に頭を下げると、ちょっと辛そうな顔をして白音が戻ってきた。
 下手に励ましたり慰めたりしないのも白音だ。

「プロポーズされちゃった」

 告白、とかじゃなくて「将来僕のお嫁さんになって」と結婚を申し込まれたらしい。

「かわいい!!」

 そこはみんなの意見が一致した。


「そしてバッサリ、断ったんだねぇ……」

 そう言いつつ、莉美も多分今は誰に告白されても同じようにするだろうと思う。
 ま、白音ちゃんに告られたら別だけど、とも思う。


「だって真剣だったから……、ちゃんと返事しないとって…………」
「わたしには心に決めた人がいますって?」
「うん」

 白音が照れるかと思って言ってみたのだが、莉美が想像した以上に一刀両断だった。
 さすが魔族随一と謳われた真剣の達人よ。


「酷い」
「白音ちゃん、血も涙もないの」
「え、あれ…………。ダメ?」

 一恵とそらもそんなことを言っているが、白音をからかっているだけだ。
 下手に気を遣われたら少年が余計傷つくだろう。
 対等に考えていればこそ、白音はそういう返事をする。

 肩を落とすたすくの横に佳奈がいた。
 いつからそこにいたのかは誰も知らない。気がついたら傍にいた。


「振られちゃったな」

 少年が無言で頷く。

「諦めるか?」

 ブンブンと首を振る。

「あいつ、狙うとライバルめちゃくちゃ多くて大変だぞ?」

 顔を上げて佳奈を見た。

「負けない」
「よく言ったな。けどあそこのドラキュラも、こっち見てる猫たちも、かわいいアリスもみんな倒さなきゃ嫁にできないぞ」
「分かった」


 敬子先生のとこの子供って、ホントどうなってるんだろうなと佳奈は思う。
 みんな折れない。
 だから大好きだ。ここに来ると勇気がもらえる。
 佳奈は拳を突き出してたすくと合わせる。

「頑張れ。でも最後に立ちはだかるライバルはアタシだ」
「うん!!」



 やがてハロウィンパーティは、賑やかな喧噪を連れて終わりを迎えた。
 白音たちは更衣室でみんなの着替えを手伝っている。
 中には今日寝るまでこのまま変身していたいと言い出す子もいるだろう。
 それと、悠月ゆづきにはいろいろとレクチャーしなければならないこともある。

 遊戯室の片付けは先生たちがやってくれている。
 リンクスも手伝おうと申し出たのだが、お客様は寛いでいて下さいと言われてつまみ出された。
 なので少し時間をもてあまし、食堂の小さな椅子に長身を折り畳むようにして腰掛けている。
 蔵間と橘香は、学園の周辺を散歩してくると言って出て行ったのでひとりだ。

 窓の外はもう暗くなっている。
 月はまだ出ていないが、じっと外を眺めているその様は今宵の得物を求めて夜の散歩に出ようとするヴァンパイアのそれである。
 しかし実際のハロウィンは三日後なので、異形の者たちが外を行進するにはまだ早い。
 蔵間たちがあの格好で出歩いて、銀行強盗にでも間違われなければよいがと少し心配していただけだ。


「本日はご参加ありがとうございました」

 品が良く、柔らかい声のシスターに話しかけられた。

「不調法でごめんなさいね」

 紙コップに淹れられたお茶をふたつテーブルに置くと、リンクスの真正面にその女性が腰を下ろす。
 敬子理事長だった。

 不意を突かれてリンクスは慌てて姿勢良く座り直す。

「ほほほ、どうか気を遣わないで。今日はお楽しみいただけました?」
「はい。新鮮でした。その……今まであまり年少のお子さんと関わることはなかったので」
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜

言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。 しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。 それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。 「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」 破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。 気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。 「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。 「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」 学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス! "悪役令嬢"、ここに爆誕!

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

フェル 森で助けた女性騎士に一目惚れして、その後イチャイチャしながらずっと一緒に暮らす話

カトウ
ファンタジー
こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 チートなんてない。 日本で生きてきたという曖昧な記憶を持って、少年は育った。 自分にも何かすごい力があるんじゃないか。そう思っていたけれど全くパッとしない。 魔法?生活魔法しか使えませんけど。 物作り?こんな田舎で何ができるんだ。 狩り?僕が狙えば獲物が逃げていくよ。 そんな僕も15歳。成人の年になる。 何もない田舎から都会に出て仕事を探そうと考えていた矢先、森で倒れている美しい女性騎士をみつける。 こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 女性騎士に一目惚れしてしまった、少し人と変わった考えを方を持つ青年が、いろいろな人と関わりながら、ゆっくりと成長していく物語。 になればいいと思っています。 皆様の感想。いただけたら嬉しいです。 面白い。少しでも思っていただけたらお気に入りに登録をぜひお願いいたします。 よろしくお願いします! カクヨム様、小説家になろう様にも投稿しております。 続きが気になる!もしそう思っていただけたのならこちらでもお読みいただけます。

ポーション必要ですか?作るので10時間待てますか?

chocopoppo
ファンタジー
松本(35)は会社でうたた寝をした瞬間に異世界転移してしまった。 特別な才能を持っているわけでも、与えられたわけでもない彼は当然戦うことなど出来ないが、彼には持ち前の『単調作業適性』と『社会人適性』のスキル(?)があった。 第二の『社会人』人生を送るため、超資格重視社会で手に職付けようと奮闘する、自称『どこにでもいる』社会人のお話。(Image generation AI : DALL-E3 / Operator & Finisher : chocopoppo)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...