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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第33話 ハロウィンキャッツ その二

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 詩緖といつきが着替えを終えて、ハロウィンパーティの準備が調っていく。
 久しぶりに魔法少女九人でわいわいと談笑できて楽しかった。

 少しして、ブルームのミニバンが到着した。
 十月も末になると日が落ちるのは早い。
 黄昏時に横滑りのドアがゆっくり開くと、マントを翻してドラキュラ伯爵が現れた。
 正体は魔族の王子なのだから、この場合は『身をやつしている』というのが正しかろう。

 三つ揃いのダークスーツにマント、金の鎖の懐中時計を身につけただけなのだが雰囲気がある。
 牙も付けているのだが、そんなもの無くてももうそれにしか見えない。
 瞳がルビーのように妖しく輝いているのは偽装を解いているだけなのだろう。



 そして後ろからはロング丈のスカートをはき、レトロなデザインのコートを羽織った橘香が現れた。
 口には棒付きのキャンディを咥えている。

 ドラキュラリンクスが橘香をエスコートして車から降ろす。
 ミニバンがやや慌てた感じで駐車位置に着くと、中から急いで蔵間が現れた。

 彼も橘香と合わせたと思われる二十世紀初頭風のレトロなスーツを着ている。
 ドラキュラに取って代わると橘香の横に立つ。

 橘香が呼び鈴を鳴らして玄関ドアを開けると、お散歩中の肉食獣たちに出くわした。
 橘香は長銃身のショットガンを手にしている。
 半自動で五、六発撃てそうだ。

 蔵間の方も骨董品の風情がある銃を手にしているが、こちらの銃口は小さく7ミリほどだろうか。
 連続で弾を発射できる自動小銃という奴だろう。
 装弾数はマガジンに二十発といったところか。

 白音たちは橘香のおかげで銃を見ると、型番とかには詳しくないもののどんな弾を何発くらい撃ってくるのかということを分析するようになった。
 ふたりが手にしている銃も橘香が魔法で作り出したもののように思われる。
 だとしたら本物と違わぬ性能を持っていることだろう。

 その分析が正確であればあるほど、鬼軍曹のしごきでは痛い目に遭う回数が減ってくる。
 さすがに今日は撃たれはすまいが。

 虎になった白音がリンクスをじーっと見ている。
 牙を付けているのを見ると誕生日の夜のことを思い出す。
 首筋からたくさん魔力を吸われた。変身が解けるかと思った。

 でも悔しいが似合っている。さすがは『顔だけ殿下』だ。
 リンクスの方もトラ少女を面白そうに見ている。
 前世では絶対に見られなかったものが、こちらの世界ではたくさん見せてもらえる。

 憚りもなく見つめ合っているリンクスに、莉美が囁く。

「大歓迎ですけど、ハロウィンの夜は白音さんとふたりきりで、とかじゃなくていいんですか?」

 白音の口調を真似ている。
 この前白音が蔵間に言ったセリフをそっくりそのままリンクスに向かって言っているのだ。
 また白音の急所突きを喰らいたいらしい。

 リンクスたち三人のコスプレはもちろん橘香が用意した物である。
 絶対似合うと思っていたからドラキュラリンクスの出来映えには満足していたのだが、橘香はひと目そらを見て驚愕していた。

 本物じゃないかな? それが感想だった。
 アリスがいる。
 今までのコスプレ人生の中でこれほどの完成度のものは見たことがない。
 というか、本物がそんな格好をしていてもコスプレとは言わない。

 ただしなんでか鎖を持って、大型の猫科動物を散歩させている。

「いらっしゃいませ、にゃあ」

 遅まきながら一応白音もなりきっている。
 ただし虎になりきったら接客と言うよりは威嚇になってしまったので、猫っぽくやっている。
 魔法少女好きの蔵間にはかなりツボだったようで大ウケしている。


「素晴らしいね。発案は誰だい?」

 莉美が「はーい」とライオンの大きめの肉球を挙げている。

「テーマは猛獣使いかな? チーム白音がシンボリックに上手く表現されているね。いつもそら君が荒ぶる魔法少女たちをよく制御して…………、ってちょっと、うん?」


 橘香が肩をすくめて、蔵間に失言だったことを教えてやる。

「ああっ、そら君!? リード放しちゃダメだよっ!!」

 そらがぱっと手を放すと、四頭の猛獣が蔵間に迫った。

「僕たちに明日はないのかっ!!」

 蔵間は何やら叫びながら逃げ出した。
 猫は獲物を弄ぶのが好きだ。
 子供たちも巻き込んで、学園中を使っての鬼ごっこが始まる。


「まあまあまあ、ようこそいらっしゃいました」

 ハンティングの開始と入れ違いに敬子が出迎えに現れた。
 走っていく白音とちらっと目が合った。

 実は白音は虎の姿をお母さんに見られるのが気恥ずかしくて、できるだけ顔を合わせないようにしていた。
 しかしすれ違いざま、敬子の目が笑っていたのでまあ良しとしよう。



 蔵間の体力が尽きる頃、日がすっかり暮れて暗くなっていた。
 次々とゲストを呑み込んだ学園で異界の宴が始まる。


「うぇーい!!」

 お誕生会の時にも使った遊戯室がパーティ会場になっている。
 あの時のように出し物はしないのだが、莉美が勝手に司会を買って出て、独断で指名した者に恥をかかせ……芸をさせている。

「次はボニーアンドクライドにデュエットしてもらおうねー、みんなー?」

 橘香と蔵間が前に連れ出されて演台に上がる。


(ああ、そう言う名前のコスプレなんだ)

 白音は初めて知った。
 莉美のその知識はどこから来るのかといつも本当に不思議だ。
 中身はおじいちゃんなのではなかろうか。
 しかも子供たちの仮装だって、全員ちゃんとキャラクターの名前で呼んでいる。

 カラオケは詩緒が用意してくれていた。
 そういうスマホアプリがあるらしい。
 音響効果は魔法で付ける。
 そのために既に魔法少女に変身しているが、コスチュームを隠すために上からコートを羽織って作業している。
 完全に不審者のコスプレだろう。

 マイクもスピーカーも不要なのだが、不審がられないために一応それっぽい機械が置いてある。
 さすがは音の魔法少女、いや以前よりもその腕は上がっているように感じる。

 橘香と蔵間のふたりはちょっと古めの定番デュエット曲を歌っている。
 ふたりとも――意外なことに蔵間も――なかなか上手だった。
 子供たちも全然知らない曲だったけれど拍手している。


「なあ、お兄さん」

 珍しく佳奈がリンクスに絡んでいっている。
『お兄さん』とは多分親友の兄だからそう呼んでいるのだろう。
 他意は無いはずだ。はずだがなんだかカツアゲでもしそうな雰囲気がある。


「デイジーはなんでデイジーなんだ?」

 哲学的なその問いに、全員はっとして佳奈のグラスを見た。
 幸い飲んでいるのは普通のジュースのようだった。

「だってデイジーってこっちの言葉だよね? なんで白音の名前になったんだろって」

 何の裏もなく、ただ素直に疑問に思ったことを聞いているだけだった。
 一恵もその話題には興味があったようで、リンクスの反応を伺っている。


「デイジーの名前は王妃が、つまりデイジーの母トモエが付けたものなんだ。トモエはヒナギクと名付けようとしたらしいが、白音の父親にはその発音ができなくてね。それでヒナギクの別名でデイジーにしたと聞いている。魔族にとってはヒナギクとは言いにくい名前なんだ」


 しかしリンクスには問題なく発音できているようだ。

「俺も最初は発音できなかったよ。こっちの世界へ来て、違和感なく言語を操るために最初にヒナギクと言えるように随分練習したんだ」
「そ、そうなんですね」

 白音はヒナギク、ヒナギク、と何度も復唱しているリンクスを想像した。ちょっと照れる。


「はいはい。バカップル乙ー」

 莉美がわざわざ詩緒のかけたエコー効果付きの声で、壇上から冷やかす。
 敬子と同じく修道女シスター姿になっている先生方に大受けしている。

 白音とリンクスの事はみんなが知っているようだった。
 誰か――莉美か、それとも多分莉美あたり――が言いふらして回ったのだろう。
 白音の顔がいつか見た桜色に染まる。

「次はいよいよメインイベント。エレメントスケイプの登場だから、イチャついてないでこっちに注目ー!」

 今度は飛び道具で急所突きを覚えねばならないと、白音は思った。

 詩緒といつきが前に出る。
 詩緒はまた変身を解いて囚人服になっている。

「行くよっ、悪の組織から脱出してきた魔法少女の反撃開始だー!!」


 ふたりが変身するのと同時にいつきが光で目くらましをして、詩緒がポンポンとクラッカーのような音を鳴らす。
 光が収まるとふたりのアイドル魔法少女が立っていた。
 子供たちの熱狂が最高潮に達する。
 チーム白音に加えて新戦士の登場だ。


「なるほど、囚人服はそういう設定のためだったのね」

 そらが意外としっかり段取りされていたことに感心している。

「脱出という設定と、それを活かして変身前と後のコスチュームのギャップで目を奪うように計算されているの」


 そらはよそのチームの戦略分析にも余念がないようだ。

「だから……、設定って言わないであげてよね……」
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