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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第32話 魔法少女人造計画 その二

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「成立起源は結構古くてね。歴史はあるんだ、これが」

 根来衆のことを問われて、蔵間はそんな言い方をした。
 こんな集団が眉をひそめるようなやり方で長らく生き残ってきた、ということに彼は嫌悪感を持っているようだった。

 蔵間によれば根来衆の成立は戦国時代にまで遡るらしい。
 戦国時代には大名のみならず、大小様々な武装集団が各地にあった。
 それらの間を渡り歩き、忠実で屈強な兵士の提供、またそれらの現地での育成を生業としていたらしい。

 なるほど、人々が殺し合いに明け暮れる世の中であればそのような集団の需要はあるだろう。
 兵士を提供し、戦い方のノウハウを売る。

 また提供された側からすれば、それらが敵方に渡ることを恐れる。
 群雄割拠の世の中で上手く立ち回れば、自分たちの価値を吊り上げることも可能というわけだ。

 だが第二次世界大戦が終結して以降、国内での兵士の需要は激減した。
 そこで根来衆は時代に合わせた戦略として、電子戦の専門家を養成するようになっていった。
 そして現在、魔法少女という新たな枠組みが現代戦に登場し、それらの研究を熱心に行っている。


「魔法を使う戦士や技術を獲得することがこれからのトレンドになると踏んでいるんだろうね」

 蔵間は唾棄するようにそう付け加えた。

「それ、更地に変えたら怒られます?」

 にっこり笑って白音が聞いた。

「構わない。少なくとも僕は嬉しい。でもね、君が犯罪者になるのは嫌だ」


 以前、橘香も佳奈に対して同じようなことを言っていたのを白音は覚えている。
 自分たちがギルドに加わるまでのことはよく知らないが、彼らも白音たちと同じ気持ちでいてくれるのだと心強く思う。

 資料を細かく見ていくと、政府が黙認していたと思われる節も散見された。
 そもそも実験をしていた場所――逆巻姉妹と戦ったあの地下空洞――は元々第二次大戦時、旧日本軍が緊急事態に大本営を移設するために建設したものらしい。
 繋がりがないわけがない。


「やっぱ政府もぶっつぶさなきゃダメか」

 佳奈もとっくにそういう覚悟のようだ。
 感情が噴出しそうになるのを抑えるため、精神安定剤としてそらを抱きかかえて膝に座らせている。
 コスチューム越しに伝わってくるそらの体温が、思いの外効果を発揮している。

「おほん」

 秘書の橘香さんが、ひとつ咳払いをした。


「ダメだよ、魔法少女がそんなことしちゃ。そうならないために凛桜君が頑張ってくれたんだから」

 蔵間がちょっと大人の顔をして魔法少女たちをたしなめる。
 そしてそらに目配せをする。
 佳奈の膝の上で頷くそら。
 演台が空席のままで勝手に資料のページが切り替わっていく。
 変身していれば、PCとのリンクを確立して魔力で操作できるのだ。

 資料には根来親通ねくるちかみちが軍事大国アズニカ連邦と取り引きを行っていた証拠があった。
 巨額の資金の流れと、根来親通に偽名でアズニカ連邦永住権が与えられている。

 アズニカ連邦に魔法少女や異世界関連の技術を供与して資金を得る。
 いずれは魔法少女製造技術を確立してアズニカへ本拠地を移し、グローバル企業として軍事技術の開発を行う。
 そういう算段のようだった。
 世界中に死をばらまく商人だ。


「根来衆のような存在は乱世にあってこそ輝けるからね。今のこの国では限界を感じていたんだろう。海外に目を向けるのは当然のことではあるんだ。人の道に外れてさえいなければね」

 蔵間ももちろん怒っている。
 しかしだからこそ怒りを共にすることはしない。
 あえて対立的な対話をすることで執るべき手段を明確にして、白音たちに慎重に選択させようとしているのだ。

「これで根来衆が日本を裏切っていたことははっきりした。スパイ防止法違反、と言いたいところだけど、日本にそんな法律はない。だけど、こと異世界事案に関してはなんとしてでも情報の漏洩は防ごうとするだろう」
「そうすると、どうなります?」

 ぷに、と白音も隣のそらのほっぺたを突っついてみる。なるほど効果的な精神安定剤だ。


「いや…………。怒らないでね? 政府は何もできないよ。対抗手段がないからね。ただ僕たちが何をしても知らないふりをしてくれるだろうねってところかな。もし僕たちが何もしなかったら、ギルドへの依頼として向こうから言ってくると思うけど、君たちそんなの待たないよね?」

 そこは全員が一斉に頷く。


「僕たちは今政府に告発をするために、これらの資料の証拠能力を補強しているところだよ。整い次第告発する。こちらはこちらで調査を継続したいんだけど…………」
「もちろんわたしたちもできるだけのことはやります。ただ、何を言われてもその根来親通という男だけは許せそうにありません」

 ぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷに。突っつきすぎて、さすがにそらが抗議の声を上げる。オーバードーズだ。


「うん。君たちの選択なら、それがなんであれ全面的に支持するよ。責任を取るのが僕の仕事だしね」

 ちょっと格好を付けている。
 似合わない。と白音が思っていたら橘香と目が合った。
 橘香もフッと笑う。
 同じ考えのようだった。



 残念ながら、白音と佳奈の顔や体の傷はほんの数日ですぐに治って消えてしまった。
 さすがは魔法少女である。ゾンビ並みにタフだが、ゾンビ役はできそうにない。

『魔法少女人造計画』なるものの詳細を聞かされてから、白音たちの心にはずっと澱のようにして怒りが降り積もり、くすぶっている。
 しかしギルドやブルームの仲間たちが動いてくれている。
 無鉄砲に自分たちだけで動いても邪魔をしてしまうかもしれない。
 だから白音たちは待つことにした。
 今は大人の出番と言うことだろう。

 多少焦れる気持ちもあったが、幸い、目の前には莉美が引き受けてきた大量の任務がある。
 ハロウィンパーティで若葉学園の子供たちに着てもらう仮装衣装の製作だった。
 さすがに莉美の直感もそんな先のことまで見透かしていたわけではあるまいが、気が紛れて助かる。


 このところのチーム白音は、放課後アジトに集合しては針仕事をしていた。
 ようやく人数分の魔法少女や男の子用戦士やモンスターのコスチュームが完成したところだ。
 白音たちはこれを異世界事案と呼んでいる。

 異世界事案が片付いた後は自分たちのコスチュームだ。
 私服で行ったら絶対「変身して」と言われる。
 子供たちに頼まれれば喜んで変身する。
 すると大人に怒られる。

 もともと莉美が全員分の衣装を用意しようとしていたので、ほとんど任せてある。
 四人は仕上げを手伝うだけだ。

「この前、みんなのマスク渡してたでしょ? わたしたちのはなあに?」

 莉美の大量の荷物の仕分けを手伝いながら一恵が聞いている。


「一恵ちゃんのはこれ。チーターね。最初に思いついたイメージは猛禽類だったんだけど、ひとりだけ鳥にしたら絶対怒るよね?」

 一恵が力強く何度も頷く。
 みんなとお揃いじゃないとか本気で暴れ出しそうだ。

 全身の着ぐるみが用意されていた。
 こんなもの五人分も作るのはめちゃくちゃ大変そうだ。

 しかし莉美は既製品を適当にアレンジするだけなので、たいして手間はかからないのだとかなんとか言っている。
 確かに莉美なら、学業をおろそかにすれば可能だろうなと白音は思う。
 ダメだが。

 この前のようなすっぽりかぶるマスクではなく、猫耳だけを付ける仕様にしたらしい。

「あたしたちのマスクもぼろぼろになっちゃったし、ヘアバンドにしたんだ。かわいいでしょ?」

 一恵が付けてみる。


(うっ、綺麗だ)

とみんな思った。
 凜としていて孤高の猫さん感が出ている。
 スマホで撮ってネットに流出させたいくらいだ。


「猫コスプレのメインは猫耳と尻尾でしょ? ずっとマスクかぶってるのも大変そうだし」

 白音は嘆息した。莉美のバージョンアップはとても早い。
 こっち方面だけ。

 そらがちょいちょいと莉美の袖を引っ張る

「私は?」
「そらちゃんはね、ネコ」

 一瞬そらが考える。

「なんのネコ?」
「ん? ネコだよ?」


 莉美はいわゆるイエネコのことを言っていると思われた。

「ふつうのネコ」

 そらが泣きついた。

「……白音ちゃん、莉美ちゃんがいじめるの」


 しかし莉美にはその不満が分からないといった風だった。

「えー、なんで。一番イメージだよぅ」

 実は莉美だけでなく、全員同意見だった。そらのイメージはネコだと思う。
 そして白音も頷く。

「うん」
「!!」


 そらが信じていたものに裏切られた。
 虎、黒豹、ライオン、チーター、猫。
 確かに猫だけ仲間外れなような気もするし、そうでないようにも思える。


「虎もライオンも豹の仲間だし! チーターだって仲間外れなの!!」

 そらが拗ねている。
 よく分からないが、そらが言うのだからそうなのだろう。


「しょうがないなあ、そう言われると思って別のもの考えといたんだ」

 莉美がケモノスーツではない衣装を取り出した。
 分かってたんなら初めからそう言ってあげなよ、とみんな思う。


「そらちゃんはね、耳は無いんだ。衣装がコレ」

 リボンの付いた白いヘアバンドと水色の衣装を渡す。
 そらの魔法少女姿と同じ色合いだ。

 そらが体に当ててみると、エプロンとメイド服であった。
『不思議の国のアリス』の挿絵に出てくるような、俗に『アリスメイド』と言われるものである。
 莉美の手作りなのだろうが、よくこんな手の込んだ物を作ると感心する。
 絶対似合うとみんな思ったが、何故ひとりだけアリスなのだろうか?


「それでね。みんな首輪付けてアリスがリード持つの」

 全員理解が追いつかず思考停止している。

「最近は猫も放し飼いにしたら怒られるでしょ? テーマはアリスとネコのお散歩」

 鎖が付いていても、ライオンな時点でお散歩はアウトではある。
 それに結局仲間外れではないだろうか。
 ちょっと心配してそらの様子を伺う三人。


「私がみんなのご主人様ってことね?」

 良かったらしい。
 悪ノリすると莉美のセンスは変な方に向かうことがある。
 特にハロウィンのような否が応でも期待感の高まるイベントでは、倒錯しまくってとんでもないことになる。

 ただ、一恵に関してはこの仮装テーマは渾身のチョイスだったようだ。
 早く完成させようと意気込んでいる。
 よく分からない感覚だ。

 白音と佳奈もみんなが賛成ならまあ、という感じでこれで行くことになった。
 首輪や装飾などの細かい部分を仕上げれば出来上がりとなる。
 その辺りで個性を出すのはありだろう。


「白音ちゃん、虎の尻尾空洞にしといたら中に本物入れて動かせないかな?」
「一恵ちゃん、そんなの動いたらびっくりするよね?! みんなにどう説明するの…………」
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