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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第31話 白音の尻尾 その二

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「私、人じゃなかったみたい。ハハ」

 そう言って自分の尻尾をつまんでおどけてみせる白音に、佳奈たちはなんと答えたら良いのか言葉に詰まってしまった。
 しかし莉美だけはその言葉の重みを、平気で受け止めてしまったようだった。

「尻尾かわいいよ? でもそれ、そんな風に引っ張ると丸出しになるから気をつけないとね?」


 指摘されて白音が、慌ててスカートの裾を抑える。
 思わずリンクスの方を見ると、初めから見ていなかったかのようにそっぽを向いている。

 白銀の翼はどういう仕組みか分からないがコスチュームの背中の部分に穴が開き、そこを通って外に出ている。
 動きが妨げられることはないようだった。
 しかし尻尾は特に考慮されていないような感じで、短いスカートの下から覗いている。
 確かに引っ張らない方がいい。


「いいじゃない別に。あたしたちだって、本当のところは人のままなのかどうか怪しいもんだし。佳奈ちゃんとか初めから怪獣だよ?」
「うがぁぁぁ。って、なんでさ、莉美っ!」


 佳奈がどうやら自分の土下座シーンが撮影されていたことに気づいたらしく、莉美からスマホを取り上げて消去している。
 莉美の言葉は、いつもふざけているように見えて白音に救いをくれる。


「私も謝らないといけない。あの時、白音ちゃんが魔族になったって知った時、もう敵になったんだって思っちゃった。本当、馬鹿な偏見」
「いいよ、いいよ、そらちゃんみたいなかわいい魔法少女なら、わたし我慢できなくなって頭からかぶりついちゃうかもしれないし?」

 そう言って白音はそらに近づき、そっと耳たぶを甘噛みした。
 本当は怖がられたらどうしようと、白音は内心びくびくしていた。
 しかしそらは少しくすぐったそうにして、その小さな体を白音に預けてくれる。

「わたしがそらちゃんの敵になんか、なるわけないじゃないの」


 白音は自分が感情のままに動き、チームのみんなに不義理をしたから怒られているんだと思っていた。
 でも少し違うことに気づいた。
 白音がどこかへ行ってしまうのではないかと、みんなを不安にさせてしまったのだ。

 そして白音自身はそんなわけないと思うし、それを伝える。
 すると、白音がそんなことするわけないのに疑ってしまったとみんなが反省してしまう、ということだ。

 でもすごいことだ、と白音は思う。
 自分だったら友達の背中から突然こんなもん生えてきたら、結構引くだろう。
 得がたい親友だ。


「でも本当のところ分かんないのよね。魔族はやっぱり魔法少女の敵だと思うの。なんで星石は力を貸してくれるんだろう?」

 白音の疑問に、リンクスがなぜだか少しすまなそうにして答える。

「俺が今まで見てきた感触、あくまで感想なんだが。どの勢力に属するかで力を貸す貸さないを決めたり、星石はそんなに狭量じゃない。気に入った子に宿り、その願いを叶えるためにとことん、最大の味方になってくれる。そんな印象だ」
「じゃあ、わたしどうして夕べは変身解けちゃったんでしょう?」

 白音がものすごく素直な顔をして、真っ直ぐにリンクスを見つめて問い返す。


「いやっ、それは、その…………言いにくいんだが……。魔力と体力を使い果たして変身を維持できなくなっただけだったんだろう。俺が魔力の大半を奪って動けなくしたせいもあるしな」
「なっ…………!?」

 白音がコスチュームだけでなく、顔まで綺麗な桜色に染まっていく。


「おぅおぅおぅ、聞きました、皆さん? 夕べ、ですってよ?」

 莉美がまた獲物を見つけてはやし立てると、白音が、きっ、とにらむ。
 世が世ならば万の軍勢を震え上がらせただろう魔族軍近衛隊長のひと睨み。

 だがそんなことで莉美が動じるはずもない。
 手でハートマークを作ってそのフレームに白音とリンクスを収めてみせる。


「ほ、星石に気に入られるのは、正義の志とかそういうことではないはずだ。ブルームや政府の報告からすると、『自分の居場所がない』と感じている若者、特に女性に多く、それらを総じて『漂泊症候群ドリフトシンドローム』と呼んでいるそうだ。逆に異世界に召喚される者はドリフトシンドロームの男性が多いらしいが」

 莉美のハートの中でリンクスが真面目に喋っている。

「んー、あたし、ここが居場所だよ?」

 この間白音たちの前からドリフトしそうになっていたくせに、莉美が言う。


「それは多分、星石が私たちを引き合わせてくれたから。星石が私たちの願いを叶えて、居場所に巡り合わせてくれたの。うん、納得のできる仮説」

 そらの言葉に、莉美は自分の魂と融合しているであろう胸の奥の星石にちょっと感謝の気持ちが湧いてきた。
 そらの視点で見ないと、そんな気持ちにはならなかっただろうと思う。
 なるほど頭が良いってそういうことかと、莉美は莉美なりに納得した。


「んで、一恵ちゃん、さっきから黙々と何やってるの?」

 白音がふぁさふぁさと翼を羽ばたかせてみせる。
 至近距離に立っている一恵の顔に風が当たる。
 話は多分聞いているのだけれど、先ほどからずっと白音の体に生えたいろいろなものに興味津々の様子の一恵だった。

 背が高いので、今は白音の上から真っ白な二本の角を眺めている。

「本当に真っ白ねぇ、触ってもいい?」
「い、いいけど別に」

 両手で双角を掴んだ。本当は魔族の角を触るのは不敬に当たる。
 特に高貴な身分のものが角を触らせることは絶対にない。

 だからリンクスは驚いたようだったが、今の白音にはそういう感覚はない。
 不思議と前世からもあまりそういうことに頓着はなかった。
 もちろんゾアヴァイルブラッディローズの角に触れようとする命知らずがいれば、の話であるが。


「んん、ひんやりしてて気持ちいい。あと、翼と尻尾も…………いい?」

 既にしゃがんでいる一恵が上目遣いに頼んでくる。
 何かエッチな頼み事でもされているみたいだ。

 白音がいいよと、言うか言わないかのうちに触り始める。

「触り心地最高!! 本当にスベスベだったのねぇ、感動。きらきらしてるのに触っても指紋付かないわぁ」

 角と違って翼と尻尾は触られるとむずむずする。

 魔族はほとんどの場合、少し濁った色の角をしている。
 灰色や象牙色。
 皮翼と尻尾は漆黒。
 いわゆる人の伝承によるところの悪魔そのものの姿だ。

 しかし白音は、おそらくは召喚英雄であった母の影響で純白の角と白銀の皮翼、尻尾を持っている。
 魔族にしてみれば憎き敵の象徴であるから、当然迫害の対象となる。
 しかし白音はマイラキリーゾアヴァイルとしてその実力を魔族中に知らしめ、迫害の対象を強さの象徴に変えてしまった。

 畏敬の念をもって見られるその姿に誇りを持っていた。
 多分、転生した今でも白が好きな色なのは、そういうわけなのだ。

 しかし今は、どうもそれらが大変な興味の対象として弄ばれている。
 一恵が触らせてくれと言って、それを見て、他のみんなが黙っているはずはなかった。
 魔族のお触り体験会が始まる。

 皮翼と尻尾にはちゃんと神経が通っているので、みんなに触られまくるうちにだんだんこそばゆくなってきた。
 しかし変に反応すると絶対に面白がられるから、顔には出せない。

 耐えながら救いを求めてリンクスの方を見る。
 今度は先ほどからその様子を興味深げに見ていたようで、しかし視線が合うとついっと逸らされてしまった。

 自分に魔族の記憶がなかったなら、まあ似たような反応になるか、尻尾面白いしね、と白音は諦めた。
 リンクスも、逃げたのだから後で彼のものを触らせてもらっても文句は言われまい。


「でもね、ひとつだけ大きく変わっちゃったことがあるのよ」

 帰る道すがら白音の楽しげな、しかしなんだか含みのある物言いに、皆が不穏なものを感じてドキリとする。
 自分に視線がたっぷり集まるのを意識してから白音は言った。

「わたし、デイジーって名前別に嫌いじゃなくなったのよ」
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