94 / 214
第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る
第30話 星に願いを その二
しおりを挟む
白音の背に銀の皮翼が生えているのを見て、佳奈は激しく動揺していた。
白銀の翼、純白の双角、細くしなやかな尻尾。
白音のその姿は正しく悪魔に見えた。
佳奈は白音をそんな姿に変えたリンクスに詰め寄ろうとするが、白音がそれを庇う。
熱くなった佳奈は、とうとう魔法少女へと変身し、渾身の力で白音の鳩尾へと拳を叩き込んだ。
「うぐうぅっ! ぐはあっ!!」
渾身の一撃に白音の胃の腑がひっくり返るような感触があって、盛大に胃液を吐く。
「ね、姐さん同士のケンカ、パねっす…………」
それを見たいつきが、痛そうに顔をしかめて自分のおなかをさすっている。
変身してからは明らかに佳奈の方が強かった。
圧倒的な力による猛攻を、白音は何とか技術で凌ごうとしている。
リンクスはどうにかしてふたりを止めたいと考えているのだが、あまりの壮絶な殴り合いにつけいる隙がまったくなかった。
デイジーと白音の真実を知った今、彼はこの世界に対しても敬愛の念を抱いていた。
デイジーを今の彼女にしてくれたのはこの世界であり、チーム白音の親友たちだろう。
佳奈のことも決して傷つけたくはないのだ。
彼が矢面に立つことでふたりが傷つけ合わずにすむのなら、それも致し方のないことだと考えていた。
だが当の佳奈の眼中には、もう白音以外は入っていなかった。
白音は結局、人に流されるようなタマではないのだ。
たとえ相手が好きになった男であろうとも言いなりにはなるまい。
この状況は白音自身が選んだものなのだろう。
問いただすべきはリンクスではない。
佳奈にはそれがよく分かっていた。
白音は次第に追い詰められていった。
いくら敵味方問わず震え上がらせたという魔族随一の戦闘技術であろうとも、地力の圧倒的な差は埋めがたかった。
佳奈の強烈な拳を何発ももらって頭の中にくらくらと火花が飛び散る。
叩きのめされながら白音は、魔法少女って、佳奈ってこんなに強かったんだ、と感じていた。
そして自分が死んだあの時のことを鮮明に思い出していた。
守りたかったのに、力が足りなかった。
敵の召喚英雄と呼ばれている戦士達もこんな風に圧倒的で、結局敵わなかった。
(悔しい…………)
佳奈の連打にいいように翻弄されながら、白音はギリッと奥歯を噛みしめる。
そして朦朧としてきた意識の中で、白音は佳奈が呟いているのに気づいた。
「……なんで変身しないの。変身して。変身してよ、白音。変身できなくなったなんて言わないで。白音は、アタシたちの白音だって、証明してよ…………」
白音は顎が砕けそうなアッパーカットをもらって吹っ飛び、仰向けに倒れる。
「ああ…………」
何とか繋ぎ止めた意識の中で、白音は少しだけ理解できた。
佳奈は失望したのではない。
待っているのだ。
白音が佳奈の希いに応えて還ってきてくれるのを。
(…………わたしには力が必要なんです。殿下を支えて戦えるだけの力。でも、佳奈にこんな顔をさせたくない。佳奈たちとわたしが笑顔でいられる場所を守るための力。わたしは欲張りです。でも二回分の人生。一生に一度の願いをふたつ分。お願い、魔法少女に!!)
大の字になって肩で息をしていた白音が天に向かって手を差し伸べると、その体がまばゆい光に包まれた。
佳奈の好きな、綺麗な桜色の光だ。
佳奈たちが見守っていると、光の中から現れたのは果たして魔法少女へと再び変身した白音だった。
薄紅色に淡く優しく輝くコスチューム。
そして立ち上がると、その光に映えてきらめく白銀の皮翼と、しなやかな尻尾、純白の双角。
「んなっ!? …………」
一瞬で佳奈の頭に血が上ったのが傍目にも分かる。
「ぼ、僕の力じゃ音は消せないっすよ。外は今すごいことになってんじゃ……」
いつきが泣きそうな顔で一恵に救いを求める。
視認できる限りの範囲にはいつきの幻想の効果が及んでいる。
しかしこれだけ派手に暴れていれば、その壮絶な乱闘の音はおそらくもっと遠くの方にまで響き渡っていることだろう。
「そうね、いつきちゃん……。それにこのままだと、絶対街に被害が出るわ…………。莉美ちゃん、お願い魔力をちょうだい」
「はーい!」
一恵に頼まれて、莉美はいつきとは対照的に楽しそうに返事をした。
彼女もいつの間にか変身しており、なんだかノリノリに見える。
しかし莉美以外にはこの危機的状況の何がそんなに楽しいのか、まったく理解できない。
一恵はいまだ放心したままのそらを小脇に抱えると、莉美から受け取った膨大な魔力で巨大な転移ゲートを作る。
ゲートの半径をどんどん広げていって、その場の全員を範囲内に収めてしまう。
と、一瞬にして音もなく、全員が街角から消えた。
一恵がその場に渦巻いていたこもごもの感情丸ごと包み込んで転移させたのは、人里離れた奥深い山の中だった。
戦闘を止めたいというよりは、もうどうしようもないから心置きなく戦える場所を提供した、ということだ。
要するにお手上げなのだ。
佳奈は白音が桜色の魔法少女に変身するのを見て本当に嬉しかったのだが、その翼を見て混乱した。
感情の持っていき場が分からなくなって、結局白音に食ってかかった。
佳奈はもはや白音のことしか見てはいない。
もしかしたら周囲が別の場所に変化していることにすら、気づいていないのかもしれない。
「んなっ! なんだよそれっ?! なんで変身してるのに悪魔なんだっ!! どっちなんだよっ?!」
「だから話聞いてってば。わたしはわたしだからっ!!」
今度は白音の拳が佳奈の鳩尾を捉えた。
堪らず吹っ飛んだ佳奈がゴロゴロと木々をなぎ倒して転がっていく。
力関係が逆転するたび、破滅的に攻撃の威力が増している。
今度は一方的に白音が佳奈を痛めつけ始めた。
佳奈は手も足も出ないようだった。
周囲の者からすれば、もはや何をやっているのかよく分からないくらいのスピードになっている。
「昔はよくこんな風に喧嘩してたんだよね。でも佳奈ちゃんはいつも全力じゃなかった。変身してなくてもあの馬鹿力で人を殴ったら事件だしねぇ」
焦る周囲をよそに、莉美がのんきに解説してくれる。
ズタボロにされた佳奈がゆらりと立ち上がった。
(白音が白音でなくなるなんて、あるわけないんだよね。うん、知ってた。けどさ…………)
そしてにっと笑う。
「けどさ、男ができたんなら真っ先に報告しろよなっ!!」
そう言い放つと同時に、佳奈の体が深紅の輝きに包まれた。
星石がより深く佳奈と同調を始めた徴だ。
それはやがて魂と融合し、英雄核として佳奈の胎内に定着する。
佳奈の周囲の空気が歪んで陽炎のように揺らめいていた。
佳奈の体内魔素の量が、これまでとはケタ違いに増大したのが、びりびりと伝わってくる。
英雄核となった星石は、佳奈の魔法少女としての力をさらなる高みへと押し上げてくれる。
そして、佳奈が消えた。赤い曳光だけをその場に置いて。
佳奈は白音が目で追うよりも速く背後へ回り込んで、そのしなやかな尻尾を掴んだ。
「どうしてそんな風にっ、なったのか分かんっ、ないけど白音っ、体なんともっ、ないっ、のっ?」
佳奈は尻尾だけで白音をぐるぐると振り回す。
「痛い、痛い、尻尾っ、尻尾っ、ちぎれるっ!」
遠心力を乗せてそのまま投げ飛ばすと、白音の体は山肌を大きく削りながら滑っていった。
あとには土壌がむき出しになった地面の溝が、白音の幅で一直線に引かれている。
「………………心配されてるって、思ってなかった。もっと早く、連絡すれば良かった……よねっ!」
白音も薄紅の閃光となって佳奈に激突した。
辺りに破城槌のような音が何発も響き渡る。
「あわわわわわ……。姐さんたち死なないっすか? ほっといていいんすかっ?」
いつきがみんなの顔を順番に見ていくが、これを止めようという猛者は誰もいない。
当たり前だ。
「怪獣の決闘だねぇ、これ」
莉美の比喩には悪意がない。
悪意がない分なお悪い。
「もう、莉美ちゃん………………。そらちゃんが精神世界から戻ってきたら、ちょっと考えましょうか……」
一恵がやや諦め気味にため息をつく。
彼女が抱っこしたままのそらはまだ放心状態で、何か考えられるような状態ではなさそうだった。
一恵は白音のことが大好きである。
傷ついてなど欲しくない。
しかし同時に佳奈を始め、チーム白音のことも大切に思っていた。
愛していると言っていい。
だから黙って見守るのが一番いいと思っていた。
誰も傷つかずに出せる結論なんて、大事に思えるはずがない。
莉美が安全のため、かなり分厚い魔力障壁を張ってくれた。
そして莉美自身はその最前列に陣取って、スマホで白音と佳奈の乱闘を撮影し始めた。
ご丁寧に今日の障壁は、大変に透明度が高く作ってあるらしい。
なんとなく、動物園の猛獣の檻を想起させた。
スマホのカメラ越しのふたりは楽しそうで、心なしか遊んでいるようにも見える。
しかしかなりダメージは蓄積していて、立ち上がるのがやっとになってきていた。
そろそろ決着がつくように感じる。
白音がフラフラと立ち上がり、今まで使っていなかった翼を開くと、宙に浮いた。
それを見た莉美が興奮してカメラを連写モードに切り替える。
「空、飛ぶんだ…………」
そう独りごちた佳奈も、その肌がぞわぞわと粟立っている。
キラキラと銀翼を陽光に輝かせて舞い上がっていく白音を、佳奈が眩しそうに目で追う。
やがて白音は、上昇をやめて下降に転じた。
かなりの高度から翼を畳み、急降下して佳奈の直上を襲う。
拳にその速度と体重を乗せるつもりのようだった。
「威力はありそうだけど、でも見え見えだよっ!!」
白音が見舞ったハヤブサのような一撃を、佳奈はミリ単位の精度でかわした。
が、白音はそれを見越していた。
地面すれすれで翼を開いて急上昇に転じる。
「フェイントっ?!」
「佳奈は昔からこういうのに弱いっ!!」
上昇する瞬間に放った白音の膝蹴りが、正確に佳奈の顎を捉える。
佳奈の視界がぐにゃりと歪んで前後不覚になる。
しかし反射的に野生の勘とも言える感覚だけで手を伸ばし、上昇しようとする白音の翼を掴んだ。
「うげ……」
佳奈は白銀の翼を引き回して、思いっきり地面にたたきつけた。
上昇しようとしていた速度がそのまま地面に向けて方向転換される。
白音は真っ逆さまに頭から墜落し、やはりぐわんぐわんと脳が揺れた。
そして…………、
とうとうふたりとも力尽きたようだった。
(もう立つなバカ)
ふたりを見ている全員がそう思う。
気を失ってはいなかったが、ふたりとも平衡感覚が完全に飛んでしまっており、まともには動けないようだった。
ようやく、ようやく怪獣が静かになった。
……………、
……………、
……………。
(やっぱ白音ってすごいな。生まれて初めて全力で喧嘩してるけど、こいつは自分の得意な武器使ってないし、リーパー使えばもっと強くなるんだよね…………)
佳奈は、奇妙に歪んだままぐるぐると廻っている天を仰ぎながらそう思った。
ふたりとも、もはや体力も魔力も気力もない。
大の字になって地面に散らばっている。
「平気か? 白音」
白音が首だけ動かして佳奈の方を見る。
「尻尾、痛いのよ。ホントにちぎれるかと思った」
尻尾がしなやかに動いて、佳奈を責めるようにピタピタと地面を叩いている。
白音を見つめ返す佳奈は、笑顔になった。
「ハハ、そんな風に動くんだ。便利そうだね。…………あのさ」
「ん?」
「今まで願ったこともなかったんだけど、生まれて初めてもっと強くなりたいって思ったんだよね。…………心の底から、思ったんだ。そんで、めちゃくちゃ楽しかった」
白音も満面の笑顔になる。
時折痛みに引きつりながら。
「星石かな」
「星石だね」
白銀の翼、純白の双角、細くしなやかな尻尾。
白音のその姿は正しく悪魔に見えた。
佳奈は白音をそんな姿に変えたリンクスに詰め寄ろうとするが、白音がそれを庇う。
熱くなった佳奈は、とうとう魔法少女へと変身し、渾身の力で白音の鳩尾へと拳を叩き込んだ。
「うぐうぅっ! ぐはあっ!!」
渾身の一撃に白音の胃の腑がひっくり返るような感触があって、盛大に胃液を吐く。
「ね、姐さん同士のケンカ、パねっす…………」
それを見たいつきが、痛そうに顔をしかめて自分のおなかをさすっている。
変身してからは明らかに佳奈の方が強かった。
圧倒的な力による猛攻を、白音は何とか技術で凌ごうとしている。
リンクスはどうにかしてふたりを止めたいと考えているのだが、あまりの壮絶な殴り合いにつけいる隙がまったくなかった。
デイジーと白音の真実を知った今、彼はこの世界に対しても敬愛の念を抱いていた。
デイジーを今の彼女にしてくれたのはこの世界であり、チーム白音の親友たちだろう。
佳奈のことも決して傷つけたくはないのだ。
彼が矢面に立つことでふたりが傷つけ合わずにすむのなら、それも致し方のないことだと考えていた。
だが当の佳奈の眼中には、もう白音以外は入っていなかった。
白音は結局、人に流されるようなタマではないのだ。
たとえ相手が好きになった男であろうとも言いなりにはなるまい。
この状況は白音自身が選んだものなのだろう。
問いただすべきはリンクスではない。
佳奈にはそれがよく分かっていた。
白音は次第に追い詰められていった。
いくら敵味方問わず震え上がらせたという魔族随一の戦闘技術であろうとも、地力の圧倒的な差は埋めがたかった。
佳奈の強烈な拳を何発ももらって頭の中にくらくらと火花が飛び散る。
叩きのめされながら白音は、魔法少女って、佳奈ってこんなに強かったんだ、と感じていた。
そして自分が死んだあの時のことを鮮明に思い出していた。
守りたかったのに、力が足りなかった。
敵の召喚英雄と呼ばれている戦士達もこんな風に圧倒的で、結局敵わなかった。
(悔しい…………)
佳奈の連打にいいように翻弄されながら、白音はギリッと奥歯を噛みしめる。
そして朦朧としてきた意識の中で、白音は佳奈が呟いているのに気づいた。
「……なんで変身しないの。変身して。変身してよ、白音。変身できなくなったなんて言わないで。白音は、アタシたちの白音だって、証明してよ…………」
白音は顎が砕けそうなアッパーカットをもらって吹っ飛び、仰向けに倒れる。
「ああ…………」
何とか繋ぎ止めた意識の中で、白音は少しだけ理解できた。
佳奈は失望したのではない。
待っているのだ。
白音が佳奈の希いに応えて還ってきてくれるのを。
(…………わたしには力が必要なんです。殿下を支えて戦えるだけの力。でも、佳奈にこんな顔をさせたくない。佳奈たちとわたしが笑顔でいられる場所を守るための力。わたしは欲張りです。でも二回分の人生。一生に一度の願いをふたつ分。お願い、魔法少女に!!)
大の字になって肩で息をしていた白音が天に向かって手を差し伸べると、その体がまばゆい光に包まれた。
佳奈の好きな、綺麗な桜色の光だ。
佳奈たちが見守っていると、光の中から現れたのは果たして魔法少女へと再び変身した白音だった。
薄紅色に淡く優しく輝くコスチューム。
そして立ち上がると、その光に映えてきらめく白銀の皮翼と、しなやかな尻尾、純白の双角。
「んなっ!? …………」
一瞬で佳奈の頭に血が上ったのが傍目にも分かる。
「ぼ、僕の力じゃ音は消せないっすよ。外は今すごいことになってんじゃ……」
いつきが泣きそうな顔で一恵に救いを求める。
視認できる限りの範囲にはいつきの幻想の効果が及んでいる。
しかしこれだけ派手に暴れていれば、その壮絶な乱闘の音はおそらくもっと遠くの方にまで響き渡っていることだろう。
「そうね、いつきちゃん……。それにこのままだと、絶対街に被害が出るわ…………。莉美ちゃん、お願い魔力をちょうだい」
「はーい!」
一恵に頼まれて、莉美はいつきとは対照的に楽しそうに返事をした。
彼女もいつの間にか変身しており、なんだかノリノリに見える。
しかし莉美以外にはこの危機的状況の何がそんなに楽しいのか、まったく理解できない。
一恵はいまだ放心したままのそらを小脇に抱えると、莉美から受け取った膨大な魔力で巨大な転移ゲートを作る。
ゲートの半径をどんどん広げていって、その場の全員を範囲内に収めてしまう。
と、一瞬にして音もなく、全員が街角から消えた。
一恵がその場に渦巻いていたこもごもの感情丸ごと包み込んで転移させたのは、人里離れた奥深い山の中だった。
戦闘を止めたいというよりは、もうどうしようもないから心置きなく戦える場所を提供した、ということだ。
要するにお手上げなのだ。
佳奈は白音が桜色の魔法少女に変身するのを見て本当に嬉しかったのだが、その翼を見て混乱した。
感情の持っていき場が分からなくなって、結局白音に食ってかかった。
佳奈はもはや白音のことしか見てはいない。
もしかしたら周囲が別の場所に変化していることにすら、気づいていないのかもしれない。
「んなっ! なんだよそれっ?! なんで変身してるのに悪魔なんだっ!! どっちなんだよっ?!」
「だから話聞いてってば。わたしはわたしだからっ!!」
今度は白音の拳が佳奈の鳩尾を捉えた。
堪らず吹っ飛んだ佳奈がゴロゴロと木々をなぎ倒して転がっていく。
力関係が逆転するたび、破滅的に攻撃の威力が増している。
今度は一方的に白音が佳奈を痛めつけ始めた。
佳奈は手も足も出ないようだった。
周囲の者からすれば、もはや何をやっているのかよく分からないくらいのスピードになっている。
「昔はよくこんな風に喧嘩してたんだよね。でも佳奈ちゃんはいつも全力じゃなかった。変身してなくてもあの馬鹿力で人を殴ったら事件だしねぇ」
焦る周囲をよそに、莉美がのんきに解説してくれる。
ズタボロにされた佳奈がゆらりと立ち上がった。
(白音が白音でなくなるなんて、あるわけないんだよね。うん、知ってた。けどさ…………)
そしてにっと笑う。
「けどさ、男ができたんなら真っ先に報告しろよなっ!!」
そう言い放つと同時に、佳奈の体が深紅の輝きに包まれた。
星石がより深く佳奈と同調を始めた徴だ。
それはやがて魂と融合し、英雄核として佳奈の胎内に定着する。
佳奈の周囲の空気が歪んで陽炎のように揺らめいていた。
佳奈の体内魔素の量が、これまでとはケタ違いに増大したのが、びりびりと伝わってくる。
英雄核となった星石は、佳奈の魔法少女としての力をさらなる高みへと押し上げてくれる。
そして、佳奈が消えた。赤い曳光だけをその場に置いて。
佳奈は白音が目で追うよりも速く背後へ回り込んで、そのしなやかな尻尾を掴んだ。
「どうしてそんな風にっ、なったのか分かんっ、ないけど白音っ、体なんともっ、ないっ、のっ?」
佳奈は尻尾だけで白音をぐるぐると振り回す。
「痛い、痛い、尻尾っ、尻尾っ、ちぎれるっ!」
遠心力を乗せてそのまま投げ飛ばすと、白音の体は山肌を大きく削りながら滑っていった。
あとには土壌がむき出しになった地面の溝が、白音の幅で一直線に引かれている。
「………………心配されてるって、思ってなかった。もっと早く、連絡すれば良かった……よねっ!」
白音も薄紅の閃光となって佳奈に激突した。
辺りに破城槌のような音が何発も響き渡る。
「あわわわわわ……。姐さんたち死なないっすか? ほっといていいんすかっ?」
いつきがみんなの顔を順番に見ていくが、これを止めようという猛者は誰もいない。
当たり前だ。
「怪獣の決闘だねぇ、これ」
莉美の比喩には悪意がない。
悪意がない分なお悪い。
「もう、莉美ちゃん………………。そらちゃんが精神世界から戻ってきたら、ちょっと考えましょうか……」
一恵がやや諦め気味にため息をつく。
彼女が抱っこしたままのそらはまだ放心状態で、何か考えられるような状態ではなさそうだった。
一恵は白音のことが大好きである。
傷ついてなど欲しくない。
しかし同時に佳奈を始め、チーム白音のことも大切に思っていた。
愛していると言っていい。
だから黙って見守るのが一番いいと思っていた。
誰も傷つかずに出せる結論なんて、大事に思えるはずがない。
莉美が安全のため、かなり分厚い魔力障壁を張ってくれた。
そして莉美自身はその最前列に陣取って、スマホで白音と佳奈の乱闘を撮影し始めた。
ご丁寧に今日の障壁は、大変に透明度が高く作ってあるらしい。
なんとなく、動物園の猛獣の檻を想起させた。
スマホのカメラ越しのふたりは楽しそうで、心なしか遊んでいるようにも見える。
しかしかなりダメージは蓄積していて、立ち上がるのがやっとになってきていた。
そろそろ決着がつくように感じる。
白音がフラフラと立ち上がり、今まで使っていなかった翼を開くと、宙に浮いた。
それを見た莉美が興奮してカメラを連写モードに切り替える。
「空、飛ぶんだ…………」
そう独りごちた佳奈も、その肌がぞわぞわと粟立っている。
キラキラと銀翼を陽光に輝かせて舞い上がっていく白音を、佳奈が眩しそうに目で追う。
やがて白音は、上昇をやめて下降に転じた。
かなりの高度から翼を畳み、急降下して佳奈の直上を襲う。
拳にその速度と体重を乗せるつもりのようだった。
「威力はありそうだけど、でも見え見えだよっ!!」
白音が見舞ったハヤブサのような一撃を、佳奈はミリ単位の精度でかわした。
が、白音はそれを見越していた。
地面すれすれで翼を開いて急上昇に転じる。
「フェイントっ?!」
「佳奈は昔からこういうのに弱いっ!!」
上昇する瞬間に放った白音の膝蹴りが、正確に佳奈の顎を捉える。
佳奈の視界がぐにゃりと歪んで前後不覚になる。
しかし反射的に野生の勘とも言える感覚だけで手を伸ばし、上昇しようとする白音の翼を掴んだ。
「うげ……」
佳奈は白銀の翼を引き回して、思いっきり地面にたたきつけた。
上昇しようとしていた速度がそのまま地面に向けて方向転換される。
白音は真っ逆さまに頭から墜落し、やはりぐわんぐわんと脳が揺れた。
そして…………、
とうとうふたりとも力尽きたようだった。
(もう立つなバカ)
ふたりを見ている全員がそう思う。
気を失ってはいなかったが、ふたりとも平衡感覚が完全に飛んでしまっており、まともには動けないようだった。
ようやく、ようやく怪獣が静かになった。
……………、
……………、
……………。
(やっぱ白音ってすごいな。生まれて初めて全力で喧嘩してるけど、こいつは自分の得意な武器使ってないし、リーパー使えばもっと強くなるんだよね…………)
佳奈は、奇妙に歪んだままぐるぐると廻っている天を仰ぎながらそう思った。
ふたりとも、もはや体力も魔力も気力もない。
大の字になって地面に散らばっている。
「平気か? 白音」
白音が首だけ動かして佳奈の方を見る。
「尻尾、痛いのよ。ホントにちぎれるかと思った」
尻尾がしなやかに動いて、佳奈を責めるようにピタピタと地面を叩いている。
白音を見つめ返す佳奈は、笑顔になった。
「ハハ、そんな風に動くんだ。便利そうだね。…………あのさ」
「ん?」
「今まで願ったこともなかったんだけど、生まれて初めてもっと強くなりたいって思ったんだよね。…………心の底から、思ったんだ。そんで、めちゃくちゃ楽しかった」
白音も満面の笑顔になる。
時折痛みに引きつりながら。
「星石かな」
「星石だね」
10
お気に入りに追加
121
あなたにおすすめの小説


転生令嬢の食いしん坊万罪!
ねこたま本店
ファンタジー
訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。
そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。
プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。
しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。
プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。
これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。
こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。
今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。
※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。
※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。
【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
MAN in MAID 〜メイド服を着た男〜
三石成
ファンタジー
ゴブリンに支配された世界で、唯一人間が住むことのできる土地にある、聖エリーゼ王国。
ユレイトという土地を治める領主エヴァンは、人道的な優れた統治力で知られる。
エヴァンは遠征から帰ってきたその日、領主邸の庭園にいる見知らぬメイドの存在に気づく。その者は、どう見ても男であった。
個性的な登場人物に囲まれながら、エヴァンはユレイトをより良い領地にするため、ある一つのアイディアを形にしていく。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
フェル 森で助けた女性騎士に一目惚れして、その後イチャイチャしながらずっと一緒に暮らす話
カトウ
ファンタジー
こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。
チートなんてない。
日本で生きてきたという曖昧な記憶を持って、少年は育った。
自分にも何かすごい力があるんじゃないか。そう思っていたけれど全くパッとしない。
魔法?生活魔法しか使えませんけど。
物作り?こんな田舎で何ができるんだ。
狩り?僕が狙えば獲物が逃げていくよ。
そんな僕も15歳。成人の年になる。
何もない田舎から都会に出て仕事を探そうと考えていた矢先、森で倒れている美しい女性騎士をみつける。
こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。
女性騎士に一目惚れしてしまった、少し人と変わった考えを方を持つ青年が、いろいろな人と関わりながら、ゆっくりと成長していく物語。
になればいいと思っています。
皆様の感想。いただけたら嬉しいです。
面白い。少しでも思っていただけたらお気に入りに登録をぜひお願いいたします。
よろしくお願いします!
カクヨム様、小説家になろう様にも投稿しております。
続きが気になる!もしそう思っていただけたのならこちらでもお読みいただけます。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる