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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第30話 星に願いを その二

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「うぐうぅっ! ぐはあっ!!」

 佳奈の渾身の一撃を鳩尾に受けて、白音が盛大に胃液を吐く。

 変身してからは明らかに佳奈の方が強かった。
 圧倒的な力による猛攻を、白音は何とか技術で凌いでいる感じになった。

 リンクスはどうにかしてふたりを止めたいと考えているのだが、あまりの壮絶な殴り合いに、つけいる隙がまったくなかった。
 デイジーと白音の真実を知った今、彼はこの世界に対しても敬愛の念を抱いていた。
 デイジーを今の彼女にしてくれたのはこの世界であり、チーム白音の親友たちだろう。
 佳奈のことも決して傷つけたくはないのだ。

 だが佳奈の眼中には、既に白音以外は入っていないようだった。
 白音は結局、人に流されるようなタマではないのだ。
 たとえ相手が好きになった男であろうとも言いなりにはなるまい。
 この状況は白音自身が選んだものなのだろう。
 問いただすべきはリンクスではない。佳奈にはそれがよく分かっていた。


 いくら敵味方問わず震え上がらせたという魔族随一の戦闘技術であろうとも、地力の圧倒的な差は埋めがたく、次第に白音が追い詰められていく。
 強烈な拳を何発ももらって頭の中にくらくらと火花が飛び散る。

 叩きのめされながら白音は、魔法少女って、佳奈ってこんなに強かったんだ、と考えていた。
 そして自分が死んだ時のことを鮮明に思い出していた。
 守りたかったのに、力が足りなかった。
 敵の召喚英雄と呼ばれている戦士達もこんな風に圧倒的で、結局敵わなかった。


(悔しい…………)

 ボコボコにされながら白音はギリッと奥歯を噛みしめる。
 そして朦朧としてきた意識の中で、白音は佳奈が呟いているのに気づいた。

「……なんで変身しないの。変身して、変身してよ、白音。変身できなくなったなんて言わないで。白音は、私たちの白音だって、証明してよ…………」

 白音は顎が砕けそうなアッパーカットをもらって吹っ飛び、仰向けに倒れる。


「ああ…………」

 しかし何とかつなぎ止めた意識の中で少し理解できた。
 佳奈は白音に失望したのではなかった。
 待っているのだ。
 白音が佳奈の希いに応えて還ってきてくれるのを。


(…………私には力が必要なんです。殿下を支えて戦えるだけの力。でも、佳奈にこんな顔をさせたくない。佳奈たちとわたしが笑顔でいられる場所を守るための力。私は欲張りです。でもふたり分の人生。一生に一度のお願いをふたつ分。お願い、魔法少女に!)

 大の字になって肩で息をしていた白音が、天に向かって手を差し伸べると、その体がまばゆい光に包まれた。 佳奈の好きな、綺麗な桜色の光だ。

 佳奈たちが見守っていると、光の中から現れたのは果たして魔法少女へと再び変身した白音だった。
 薄紅色に淡く優しく輝くコスチューム。

 そして立ち上がると、その光に映えてきらめく白銀の皮翼と、しなやかな尻尾、純白の双角。



「んなっ!? …………」

 佳奈の頭に血が上るのが傍目にも分かる。


「僕の力じゃ音は消せないっすよ。外は今すごいことになってんじゃ……」

 いつきが泣きそうな顔で一恵に救いを求める。

「うん。それにこのままだと、絶対街に被害出る。莉美ちゃん、お願い魔力をちょうだい」
「はーい!」

 莉美は楽しそうに返事した。
 彼女もいつの間にか変身しており、ノリノリに見える。
 しかし莉美以外にはこの危機的状況の何がそんなに楽しいのか、まったく分からない。

 一恵はいまだ放心したままのそらを小脇に抱えると、莉美から受け取った膨大な魔力で巨大な転移ゲートを作る。
 ゲートの半径をどんどん広げていってその場の全員を範囲内に収めてしまう。
と、一瞬にして音もなくその場から消えた。


 一恵が全員を転移させたのは、人里離れた奥深い山の中だった。
 戦闘を止めたいというよりは、もうどうしようもないから心置きなく戦える場所を提供した、ということだ。
 要するにお手上げなのだ。

 佳奈は白音の変身を見て本当に嬉しかったのだが、その翼を見て混乱した。
 感情の持っていき方が分からなくなって、結局白音に食ってかかった。
 周囲が別の場所に変化していることは気づいていないのかもしれない。

「んなっ! なんだよそれっ?! なんで変身してるのに悪魔なんだっ!! どっちなんだよっ?!」
「だから話聞いてってば。私は私だからっ!!」


 今度は白音の拳が佳奈の鳩尾を捉えた。
 堪らず吹っ飛んだ佳奈がゴロゴロと木々をなぎ倒して転がっていく。
 力関係が逆転するたびに破滅的に攻撃の威力が増している。

 今度は一方的に白音が佳奈を痛めつけ始めた。
 佳奈は手も足も出ないようだった。
 周囲の者からすれば、もはや何をやっているのかよく分からないくらいのスピードになっている。


「昔はよくこんな風に喧嘩してたんだよね。でも佳奈ちゃんはいつも全力じゃなかった。変身してなくてもあの馬鹿力で人を殴ったら事件だしねぇ」

 焦る周囲をよそに、莉美がのんきに解説してくれる。
 ズタボロにされた佳奈がゆらりと立ち上がり、そしてにっと笑った。

(白音が白音でなくなるなんて、あるわけないんだよね。うん、知ってた。けどさ…………)
「けど、男ができたんなら真っ先に報告しろよなっ!!」

 佳奈の体が深紅の輝きに包まれる。
 星石がより深く佳奈と同調していく。体と融合を始め、やがて英雄核として定着する。
 佳奈の周囲の空気が歪んで陽炎のように揺らめいている。
と、赤い曳光を置いて佳奈が消えた。

 佳奈は白音が目で追うよりも早く後ろへ回り込んで、尻尾を掴んだ。

「どうしてこんな風にっ、なったのか分かんっ、ないけど白音っ、体なんともっ、ないっ、のねっ?」

 佳奈は尻尾だけで白音をぐるぐると振り回す。

「痛い、痛い、尻尾っ、尻尾っ、ちぎれるっ!」

 そのまま投げ飛ばすと、白音の体は山肌を大きく削りながら滑っていく。
 あとにはむき出しの地面の溝が、白音の幅で一直線に引かれている。


「心配されてるって、思ってなかった。もっと早く、連絡すれば良かったよね」

 白音も薄紅の閃光となって佳奈に激突した。
 辺りに破城槌のような音が何発も響き渡る。


「あわわわわわ。姐さんたち死なないっすか? ほっといていいんすかっ?」

 いつきがみんなの顔を順番に見ていくが、これを止めようという猛者は誰もいない。当たり前だ。

「怪獣の決闘だねぇ、これ」

 莉美の比喩には悪意がない。悪意がない分なお悪い。


「そらちゃんが精神世界から戻ってきたら、ちょっと考えましょうか……」

 一恵が抱っこしたままのそらはまだ放心状態で、何か考えられるような状態ではなさそうだった。

 一恵は白音のことが大好きである。
 傷ついてなど欲しくない。
 しかし同時に佳奈を始め、チーム白音のことも大切に思っていた。
 愛していると言っていい。

 だから黙って見守るのが一番いいと思っていた。
 誰も傷つかずに出せる結論なんて、大事に思えるはずがない。

 莉美はみんなの前に分厚い魔力の障壁を作ると、スマホで撮影を開始している。
 ご丁寧に今日の障壁は大変に透明度が高い。
 動物園の猛獣の檻を想起させた。

 スマホのカメラ越しのふたりは心なしか遊んでいるようにも見えるが、かなりダメージが蓄積していて、立ち上がるのがやっとになってきていた。
 そろそろ決着がつくように感じる。
 フラフラと立ち上がると、白音が今まで使っていなかった翼を開くと、宙に浮いた。
 莉美が興奮してカメラを連写モードに切り替える。


「空、飛ぶんだ…………」

 キラキラと銀翼を陽光に輝かせて舞い上がっていく白音を、佳奈が眩しそうに見つめる。
 やがて上昇をやめて下降に転じる。
 かなりの高度から翼を畳み、急降下して佳奈の直上を襲う。
 白音は、速度と体重を乗せた拳を繰り出した。


「威力はありそうだけど、でも見え見えだよっ!!」

 佳奈はハヤブサのような白音の一撃をミリ単位の精度でかわすが、白音はそれを見越していた。
 地面すれすれで翼を開いて急上昇に転じる。

「フェイントっ?!」
「佳奈は昔からこういうのに弱いっ!!」

 上昇する瞬間に放った白音の膝蹴りが、正確に佳奈の顎を捉える。

 佳奈の視界がぐにゃりと歪んで前後不覚になる。
 しかし反射的に、野生の勘とも言える感覚だけで手を伸ばし、上昇しようとする白音の翼を掴んだ。

「うげ……」


 佳奈は白銀の翼を引き回して、思いっきり地面にたたきつけた。
 上昇しようとしていた速度がそのまま地面に向けて方向転換される。
 白音は真っ逆さまに頭から墜落し、やはりぐわんぐわんと脳が揺れた。

 …………そして、とうとうふたりとも力尽きたようだった。


(もう立つなバカ)

 全員がそう思う。
 気を失ってはいなかったが、ふたりとも平衡感覚が完全に飛んでしまっているようで、まともには動けない。
 ようやく、ようやく怪獣が静かになった。


(やっぱ白音ってすごいな。生まれて初めて全力で喧嘩してるけど、こいつは自分の得意な武器使ってないし、リーパー使えばもっと強くなるんだよね…………)

 ふたりとももはや体力も魔力も気力もない。
 大の字になって地面に散らばっている。


「平気か? 白音」

 白音が首だけ動かして佳奈の方を見る。

「尻尾、痛いのよ。ホントにちぎれるかと思った」

 尻尾がしなやかに動いて、佳奈を責めるようにピタピタと地面を叩いている。
 白音を見つめる佳奈は笑顔になった。


「ハハ、そんな風に動くんだ。便利そうだね。…………あのさ」
「ん?」
「今まで願ったこともなかったんだけど、生まれて初めてもっと強くなりたいって思ったんだよね。…………心の底から、思ったんだ。そんで、めちゃくちゃ楽しかった」

 白音も満面の笑顔になる。時折痛みに引きつりながら。

「星石かな」
「星石だね」
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