ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】(タイトル改訂)

音無やんぐ

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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第29話 白音、変身 その二

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「魔法少女のコスチュームって、変身したまま脱げるんですね。あの時はちょっと焦りました。フフ」

 白銀の魔核を白音に移植すれば、魔族としての力を取り戻せるかもしれない。
 そう聞いて白音はいそいそとリンクスに借りていたシャツを脱ぎ始めた。

「あまり簡単に脱ぐもんじゃないよ。はしたないだろう?」

 なんだかリンクスが保護者みたいな物言いになっている。
 今更だと思う。

「では夕べはわたし、はしたないことをされてたんですね?」

 甘やかに反抗をしてみる。
 今更なお兄ちゃんモードへの代価だ。
 リンクスは言葉に詰まった。
 大胆なことを言う。
 そして生意気なことを言う。
 近衛隊長だった時には考えられなかったことだ。
 その小癪な口を口づけで塞いでしまう。

「ん?! んん…………」
「夕べは月が綺麗だったからな。仕方あるまい」
(なるほど…………。なるほど?)


 リンクスはもう少しこうしていたかったのだが、白音は気がはやっているようだった。
 魔核が白音を呼ぶように、白音も魔核を呼んでいるのかもしれない。
 リンクスも腹を決めた。毛布を白音の腰の辺りまでまくると、目を閉じるように言う。

「怖いか?」
「いいえ。お願いします」

 白音はまったくためらう様子がない。

「…………あー、予め言うべきか少し迷うのだが…………」
「はい?」

 リンクスが用意していたらしいタオルを、手早く白音の口に押し込む。
 今度はタオルが白音の反論の余地を奪う。

「ちょっと痛いぞっ!」

 言うやいなや白音に抵抗するいとまを与えず、魔核を持った手を手刀のようにして白音の胸に突き立てた。
 ずぷり、と白音の胸に魔核が、ディオケイマスの手ごとめり込む。

「はうっ!? むぐっ、むうぅぅぅっ?!」


 血はまったく流れなかった。
 痛みも外傷と言うよりは、新しい力が体に入り込んで馴染もうと身じろぎしている感じだった。
 それを体が痛みとして知覚しているのだ。
 多分これは物理的なものではなく、魔術的な儀式なのだろう。
 魔力が全身を這い回るような感触がある。
 今まで経験したことがないような激痛に体が硬直し、のけぞり、痙攣する。
 タオルを噛みしめて白音は呻くが、しかし決して悲鳴を上げることはなかった。
 ぼーっとしていく頭の中で、

(マンションの住人に通報されるのは困る)

とそれだけ考えていた。
 シーツをぎゅっと掴んでいた手に、だんだんと力が入らなくなっていく。
 やがて気絶する寸前で痛みのピークが過ぎ始めた。

 少し余裕ができてくると、その感触には覚えがあることに気づいた。
 転生する前、デイジーだった時に全身を駆け巡っていた魔力だ。
 それはリンクスを守るため、魔族として振るっていた力。

 痛みが引いて呼吸を整えると、背中に違和感を覚えた。
 リンクスに支えられて半身を起こすと、肩甲骨の辺りから翼が生えている。
 白銀に輝く皮翼だ。
 白音はぎょっとすると同時に、懐かしいものを取り戻したとも思った。
 どちらも本当の気持ちだった。
 ちゃんと自分の手足のように動かし方が分かる。
 さらには同じく白銀に輝く細身の尻尾と、頭には純白の角が二本生えている。

 白音が角を両手で触りながらもの問いたげにリンクスの方を見ると、リンクスは洗面所の方を指さした。
 白音は、毛布を羽織って軽い足取りで鏡の前に向かう。
 存外体の方は平気なようだった。
 精神力を消耗したと言えばいいのだろうか。

 鏡で自分の姿を見た白音から、思わず「おお」という声が漏れる。
 リンクスは還ってきた妹を、目を細めて見つめていた。
 懐かしく愛おしい。
 しかし白音の複雑な心境を思いやってか、あまり表には感情を出さない。

「どうだ? おかしなところはないか?」


 白音の心は、元に戻って力も取り戻せたという嬉しい気持ちと、人じゃなくなってしまってどうしよう、という気持ちに綺麗にふたつに分かれていた。
 自分でもよく分からない。
 顔もデイジーに変わっていたら学校で困るなとそこは心配だったのだが、白音のままだった。
 白音の顔で立派な角が生えている。
 どのみちそれをどうにかしなければ、ちょっと学校には行けそうにない。

 改めて鏡を見ると、なるほど今の顔には少しデイジーの面影がある。
 自分で自分のことを面影というその言い方が正しいのかはよく分からない。
 白音の顔にデイジーを感じる者もいるだろうし、適合者を探していたなら最初に目を付けるのも頷ける。
 白音はちょっと笑った。


「隠す方法は覚えているか?」

 リンクスに言われて思い出した。
 魔族は念じれば簡単に翼などを隠して人族のように偽装できる。
 リンクスもそうやっているのだ。
 白音も隠そうと意図しただけで簡単に翼が消失した。
 実際には魔力の巡りを体内で操作することで、自在に出し入れしているものだ。

 ただしこれは魔族とばれずにすむだけで、人族の中に溶け込むための術の類いではない。
 現にリンクスや白音などは、角や翼など無くとも、そこにいるだけで目立ってしまっている。
 それは本人の資質によるところが大きいだろう。
 以前どこかで聞いたのだが、どうやらこの偽装は日常生活において不便な時、寝るのに邪魔、狭いところに入れない、などの不具合の解消手段として進化、生得したものらしい。
 しかしとりあえずはこれで、支障なく生活できそうではある。
 嬉しそうに振り向くと、リンクスが頷いてくれた。

 そしてふと思いついて、白音は自分のワンピースを持って洗面所の扉を閉める。
 ドタバタと楽しそうにしている白音がリンクスには面白かった。
 前世ではついぞ見たことのない姿だ。
 白音になってそうなったのか、昔からそうでリンクスの前では隠していただけなのか、実に興味深い。
 きっとこれからいろいろと発見させてくれるのだろう。

 着替えを終えた白音が出てくると、リンクスの前でスカートを翻して後ろを向く。
 そして偽装を解くと、ワンピースの露出した肩の部分にうまく翼が収まっていた。
 動かすのにも支障がない。
 白音は振り向いてこれ以上ないくらいのしたり顔をしている。
 尻尾はスカートの下からちょろっとかわいらしく覗いている。
 下着は手洗いをしたまま、まだ乾いていないので身に付けてはいない。

 クククと例の良く響く低音でリンクスは笑うと、白音の頭、角と角の間の辺りをポンポンと優しく叩く。
 リンクス自身は非常時にはシャツを破く覚悟で、いつも着替えを複数着所持している。
 しかし女性はなるほど、こちらの世界でもそのような対応方法があるのだなと、これは真剣に感心する。
 まあしかし、いつもこんなに肩を出していられては困る、とも思う。


 白音が朝の身支度を始めたので、リンクスは朝のルーチンワークにしている新聞を読むことにした。
 どうしたって魔族の身にはこの世界での常識が欠けているので、勉強のためにと始めたことだ。
 今では『日本のことにメチャクチャ詳しい外人さん』だと思われるほどには馴染んでいる。

 白音が角を引っ込めてその栗色の髪を梳かしていると、スマホにメッセージが入った。
 元々はバイトを始めるに当たって連絡用に買ったものだ。
 だから事務的な連絡以外でメッセージをくれるのは、だいたいは魔法少女だ。

 メッセージは佳奈からだった。
 佳奈の方からメッセージが来るのは珍しい。
 ブルームが魔法少女専用に提供してくれているSNSアプリを開こうとする。
 しかし魔力紋エーテルパターン認証のところで引っかかってしまった。
 かなりセキュリティが厳しく設定されているので、三度認証に失敗すると丸一日スマホごとロックがかかってしまう仕様だ。
 普通は手に持っているだけで認証してしまうので意識したことがなかったが、実際にロックがかかってしまってから気づいた。

 今の白音には核がふたつある。
 もしかして、魔力紋エーテルパターンも変化してしまったのではないだろうか。
 白音は佳奈には後で謝っておこうと思った。
 他にも誰かメッセージをくれているかもしれないが、確認ができない。
 ごめんね、と思いながらスマホをしまっておく。

 しかし魔法少女の持つスマホは悪用されると非常に危険なので、実際には白音が思っている以上に厳しく危機管理がなされている。
 ロックがかかった瞬間にブルームにアラート信号が送られたことを白音は知らない。
 さらに悪いことに、白音の魔力紋エーテルパターンは昨日までのものと非常に似ている。
 本人だから当たり前なのだが、この微差を認証装置が別人として判定したのだ。
 識別アルゴリズムは石原いしわら姉妹、すなわち橘香きっか凛桜りおの魔力を混同した一件以来大幅に強化されている。
 ブルームのAIはこの似て非なる魔力紋エーテルパターンによるアクセスを、『なりすましの可能性が高い』と判定してしまった。


「お昼になったら夕食の食材の買い出しにつきあってもらえますか? せっかくなのでちょっと手の込んだ物を作ってみようかと」

 白音の言葉に、リンクスの顔が普段の近寄りがたい雰囲気からは想像が付かないくらいに緩んだ。
 王宮で『顔だけ殿下』と呼ばれていた頃でもここまでまなじりを下げるのは見たことがない。
 デイジーだった頃の白音は、武術一辺倒で料理などまったくできなかった。
 しかし今は若葉会の母、名字川敬子に鍛えられてひと通りの物は作れるようになっている。
 そのリンクスの期待に十分応えることができるだろう。

 普通の男女であれば、普通の光景である。
 特段の非もなく、何ら責められる謂われも無い。
 しかしふたりは普通ではなかった。

 ふたりとも、この時間を心から愉しんでいる。
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