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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第26話 魔法少女のお誕生会 その一

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 夏休みが終盤に入ると、佳奈と莉美に泣きつかれて白音がふたりの宿題を手伝う。
 それが小学、中学と続くちびマフィアの伝統行事であった。

 しかし今年はもう高校生である。
 そろそろ古い因習を打ち破って、優雅なライフスタイルが生まれても良いのではないか。
 そう考えた白音は、少し早めにふたりに声を掛けて勉強会を始めた。
 せっかくアジトという素晴らしい軟禁施設もある。

 三人で勉強会をしていると、今年はそらが加わってくれた。
 白音のコーチングスタイルは、泣き言を聞がす厳しく鞭を振るう鬼軍曹タイプであった。
 なのでちっちゃくてかわいいそら先生に俄然ふたりの期待が高まる。


「メタモルフォーゼ!! 精神連携マインドリンク!」

 そらはいきなりスカイブルーの輝きに包まれて魔法少女に変身すると、佳奈、莉美と精神を接続した。
 逆巻姉妹との厳しい戦いを経て、そらの魔力も成長を見せていた。リーパーによる手助けがなくても、複数の精神と同時にリンクを確立することができるようになったのだ。
 それをこんなことに使う。


「っ?! もしかして、そらの頭脳を使って宿題解けるとか?」

 佳奈は目を輝かせた。
 もしそうなら『難問』という言葉が意味をなくしてしまうだろう。


「それはただのズルなの」
「じゃあ一体何を?」
「宿題早くやんなくちゃ」

 突然莉美があり得ないことを言い出した。


「勉強したいという意欲を増したの」

 さらっと怖いことを言う。

「宿題は自分でやらないと意味がないの」
「そうだな、うん。アタシも早くやりたい」

 白音は、佳奈のその言葉に恐怖した。


「そ、それ、大丈夫なの? そらちゃん」
「ん、問題ないの。一時的なものだから悪影響は無い。それと脳の演算速度も少し上げたの。これで問題が速く解ける」
「それはズル……じゃあないの?」
「楽に解けるようにはならない。速くなるだけ。だから少ない時間でたくさん苦労できる」


 酷いことを言っている気がする。
 まあでも、集中して一生懸命宿題をし始めた佳奈と莉美を見ると、白音も嬉しくなってきた。
 張り切って先生役を務めることにする。


「でも、莉美によくそれ系の魔法効いたね?」

 莉美は心理的な頑強さが桁違いがんこものなため、精神操作への抵抗力が異常に高い。しかもそれが魔法少女の特質として強化されている。

「精神操作じゃないから。どちらかというと神経操作なの」

 余計怖い。

 そうやって半日ほど頑張ると、驚くほど宿題が進んでいた。
 ただし反動として、終わった時に佳奈と莉美は溶けるように伸びた。

 白音はちょっと心配になってアイスクリームとアイスティでふたりを甘やかにする。
 そらのおかげで多分、例年の三割増しくらいで効率よく進んでいるが、結果三割増しでふたりがひぃひぃ言っている。


 短期で集中して終わらせるつもりだったから、次の日も勉強会は開催される。
 その日は一恵も合流してくれた。

 一恵は去年はタレント業にせわしくしていた。
 そのため宿題はほとんど免除状態だったものの、今年は休業しているのでそうはいかない。
 それを聞いて佳奈と莉美は一緒にひぃひぃ言おうと待っていたらしかったが、一恵は普通にさっさとやり終えていた。
 やっていなかっただけで、やろうと思えばそつなくこなせるらしい。

 アジトで佳奈と莉美がひぃひぃ言っているとたまにお茶を淹れてくれて、あとは左手でうちわを煽ぎながら茶々を入れていた。


 ふたりはよく頑張ったと思う。
 そらの魔法の助けはあったものの、音を上げずによく毎日ついてきている。
 なんとか夏休み中に間に合いそうな目処が立った。

 しかし、そのせいで莉美が行けると思ったのか、ただの考え無しなのか、チーム白音への任務依頼を引き受けて来てしまった。
 依頼主は若葉学園だった。
 依頼内容は、ハロウィンで子供たちが着る衣装を作って欲しいとのことだった。

 白音は何故自分にではなく莉美に? とは思ったが、あの誘拐事件以来魔法少女の、とりわけライオンマスクの魔法少女の人気が学園内で急上昇していた。
 経緯としては赤い奴に憧れた幼き日の白音とまったく同じなので、何も言えないなとは思っている。
 しかしそれはやはり、あの場に居合わせなかった子たちも含めて、みんなに噂が広まってしまっているということだろう。


(いいのかな? まあいいか……)

と割り切って、五人で全員分のデザイン案を急いで練る。
 宿題と並行進行しなければなるまい。
 ひと口に衣装の製作と言っても何しろ人数が多い。
 控えめに言って時間がやばい。


「男の子たちはどうするの? 莉美、何か聞いてる?」
「ううん、何も。魔法少女でいいんじゃない?」

 莉美が適当すぎる。

「いやよくな……」
「いいわね!! 見たい見たい!! メイクは任せて!!」

 一恵が男の子まで狙い始めた。

「弟たち多分泣くわよ…………」


 女の子の間では魔法少女が圧倒的な人気だった。
 男の子も魔法少女に合わせるのなら仮面の紳士的な奴だろう。
 希望があるかどうかは知らないが。

 いよいよ宿題の方がスケジュール的にきつくなってきたので、そらからもう少し効率を上げていいだろうかと相談をされた。
『効率を上げる』とはすなわち佳奈と莉美にもっとひぃひぃ言ってもらう、ということだ。
 致し方あるまいと白音は思う。
 こんなに頑張ってくれているのに、間に合いませんでしたでは残念すぎる。


「効率を五割増しくらいに上げたいの」
「佳奈と莉美なら大丈夫よ」

 白音は請け合った。
 大丈夫だろう、きっと。

 実際、佳奈と莉美の夏休みの宿題がきっちり新学期に間に合ったのは今年が初めてだったと思う。
 魔法少女はやればできるのだと、灰色になったふたりを見て白音は嬉しく思う。



 そうして新学期を迎え、大量の衣装製作案件はまだ抱えたままである。
 魔法少女なのにやってもできなかったらどうしようと、白音は不安に思った。
 ひとまずどうにか衣装の仮縫いを終え、現在は小物の製作に取りかかっていた。

 莉美に言わせれば夏休みが一生続けばいいのにということらしいが、それは困る、というのがチーム白音の公式見解である。

 今までの人生で一番充実した夏休みであったのは間違いない。
 しかしこれが長かったか短かったか、と問われると白音は答えに窮する。
 数え切れないほど様々な経験をさせてもらえたのだから間違いなく長かったと思う。

 しかしそれと同時に、気がついたら終わっていた、という感覚もある。
 まだ魔法少女になる前、新入生の春の季節のまま白音の中では感覚が止まり、魔法少女という別の世界の時間を生きている。
 もう秋が近い、ということに信じられない思いもあるのだ。
 集中すると時が止まる、という現象が季節性に遷延したものだろう。


 夏休みが終わり、宿題の嵐が過ぎ去ると、佳奈と莉美が思うことは毎年ひとつである。
「そろそろ白音の誕生日だな」と。



 白音の誕生日、九月二十二日が今年はちょうど土曜日だった。
 若葉学園で九月生まれの子たちのお誕生会が開かれることになっており、チーム白音は全員、敬子先生直々の招待を受けている。

 お誕生会は午後からの予定だったが、曙台高校組は土曜休校で朝から若葉学園に来ていた。
 ハロウィン用のコスプレ衣装製作がいよいよ佳境に入り、そのサイズ確認をするためだった。
 お誕生会が始まる前、昼までには全員に仮縫いのコスチュームを試着させていく。

 ハロウィン用だから本番はもう少し先だが、試着は今日を置いては機会が無い。
 すべてのサイズ調整を今日中に完了しなければならない。

 女の子は結局全員が魔法少女に変身希望だった。
 色やデザインはそれぞれの好みがあるが、やはり直前にブームがやって来た影響が大きかった。

 男の子たちの希望は結構バラバラで、アニメキャラもいれば妖怪や西洋系のモンスターもいる。
 魔法少女になりたい子は残念ながらいなかった。
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