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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第20話 莉美で温泉を沸かす その三

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「死ぬ!! ごめんなさい。反省してますから沈めないで!!」

 白い温泉の闇の底からどうにか莉美が生還する。
 その様子がおかしくて橘香がクスクスと笑っていると、莉美が急に神妙な顔になって話し始めた。

「……あたしね、結局かまって欲しかったんだと思う。迷惑かけたくないって思って、どうしたらいいのか分かんなくなったのは本当だけど、白音ちゃんが絶対連れ戻しに来てくれることは知ってたし、何とかして欲しくて、結局甘えてたんだと思う」

 みんな一瞬、莉美が酸欠でおかしくなったのかと思った。
 莉美がまともなことを言っていると非常にむず痒くなってくる。
 あるいは反省しないと、本当に殺されると思っているのかもしれない。


「…………そっかぁ、じゃあいっぱい構ってあげなくっちゃねぇ」

 今度は白音が飛びかかる。いずれにせよ莉美は沈められるのたった。

「がばげべごぼ……ごぼっ、ごふっ…………」
「これは、ご迷惑をおかけしたみんなの分。ふたりで反省しようね」
「ぷっはぁぁぁ。ぶわはぁぃ!!」

 飛び出した莉美が白音に飛びかかって、今度は一緒に沈む。

「……………………」
「死んだ?」

 佳奈が白濁してよく見えないお湯に目を凝らす。
 ふたりでしぶきを上げて飛び出してくると、ケタケタと笑い合っている。

「それで!! これはわたしからの分」

 再び白音の方から飛びかかると、今度は頬と頬を寄せて抱きしめる。

「ごめんね。そしてこれからもよろしくね」
「ひゃ、ひゃい!」

 珍しく莉美が噛んだ。



 貸し切り状態にしておいてよかったと思う。
 さんざん遊び尽くして、ようやく気が済んだ風な莉美がふよふよと温泉に漂っている。


「あなたたちはポテンシャルもすごかったけど、成長速度も尋常じゃなかったわね。もうわたしに教えられることはないかも」

 たった三年の差しかないけれど、彼女たちを見ているとつくづく若いっていいなと橘香は思う。

「いえ、まだたくさん学びたいことがあります」
「お金持ちの社長さん落とす方法とか」

 白音の言葉に瞬時に反応して勝手に後を継ぐ。このリカバリーの速さが莉美である。


「ああもう、すぐそういう方へ話持って行く」
「ふふ。決まってるじゃない」

 橘香が狙撃する真似をした。
 無いはずのスナイパーライフルが、そこに見えたような気がする。
 ああ、あの社長ならひとたまりもないだろうなとみんな思った。


「おふたりはどうやって、その……今みたいな関係になったんですか?」

 白音が少し遠慮がちに聞いた。大人の、それも蔵間や橘香のような立場の人たちがどんな恋愛をしているのか、知りたかった。

(白音ちゃんが人の恋バナに興味持つようになるなんて、大きくなったものよ)

と莉美は思う。思っただけなのに白音にじろっと睨まれた。

(白音ちゃん、敬子先生にすぐ嘘がばれるとか言ってたけど、自分もあんま変わんないと思う……。勘よすぎ…………)


 橘香は少し逡巡するような、思い出すような感じでゆっくりと語り始めた。

「わたしね、双子の妹がいるの」

 その言葉に白音は少し驚いた。鬼軍曹がふたり……、であろうか?

「ふたりとも星石に選ばれて、魔法少女になったわ。それでね、普通なら双子でも魔力紋には違いがあるんだけど、わたしたちは能力も魔力紋もまったく同じだったの。とっても珍しかったんですって」
「鬼軍曹と黒大佐?」

 そらが尋ねた。
 多分一番疲れているのだろう。少し眠そうにしている。

「あっ、知ってたのね」
「水尾さんの言葉をヒントにネットを探したら画像が結構出てきた」
「結構…………。デジタルタトゥーって奴ね。その黒大佐って名乗ってるのがわたしの妹、凜桜りおなの」

 橘香はあまりエゴサーチをしないから知らなかった。
 大した情報は出ていないはずだが、魔法少女としての活動に支障が出るようなものがないか、チェックしておく必要はありそうだった。


「それで、ブルームの研究する魔力紋認証によるセキュリティシステムが、わたしたちふたりを別人と判定できなくて機能しなかったんですって」

 莉美が漂流をやめてちゃんと座って話を聞き始めた。

「ふたり分登録したのに、データベースがひとりの扱いになってて。問い合わせたら調べてくれたんだけど……、しばらくブルームが大騒ぎだったらしいわ」

 橘香がふふっと笑んで目を細める。

「それで研究に協力してくれと言われて、ブルームに通うようになったの」
「そしたら社長がネギしょってきたのね」

 一恵がすました顔でそう付け足した。

「んでそれを一撃で仕留めたと」

 さらに佳奈がその後を続ける。ふたりで声を立てて笑い合っている。

 佳奈は初めは一恵のことをあまり良く思っていなかったようだし、一恵も橘香に対しては敵意をむき出しにしていた。
 しかし今のふたりの様子を見ると、チームとしてのまとまりがしっかり出てきたように思う。
 白音は(うんうん)と内心嬉しく思っていた。
 魔法少女チームはこうでなくては。
 ただ、そのあたりが波立っていた原因がほぼ自分にあることはあまり自覚がない。


「凜桜さんは今どちらに?」

と白音が聞くと、橘香がぎゅっと身を固くしたのが分かった。

「そのことでお願いがあるんだけど」


 先程橘香が言っていた「お願い」というのはてっきりお湯を沸かすことだと白音は思っていたのだが、どうやらそうではなかったらしい。

「凜桜はね、今行方が分からないの」

 皆どう反応したらいいか分からなかった。四人の視線が白音に集まる。

「魔法少女の任務で、ということですか?」
「ええ、ええ。そうなの。妹は、凜桜は根来衆ねくるしゅうのことを調査していたわ」


 白音はたちは根来衆ねくるしゅうのことはよく知らない。
 知らないがいけ好かない奴らだと思っている。
 しかし大人たちは、少なくとも正面から衝突するような間柄ではなかっただろう


「表向きギルドは根来衆ねくるしゅうと協力関係にある。だから怪しい部分があったとしてもそこには触れないし、見て見ぬふりをしている」
「それは…………分かりますけど、嫌な感じですね。少なくともわたしの憧れた魔法少女がすることじゃないです」
「ええ、そうね、わたしもそう思うわ。ただギルドとしても根来衆を信用してはいないし、このままでいいとも思ってない。密かに彼らを調査をしていたの。証拠はまだ掴めていないのだけれど、あいつらは確実にクロだわ。わたしの妹がいなくなったのもあいつらが何かしたから。多分あなたたちが根来衆に対して抱いている気持ちと、わたしたちは同じ気持ちなのよ」
「え? 逆巻姉妹共々ぶっつぶして塵も残さないようにしたいと思ってるけど、そうなの?」

 佳奈がこともなげにそう言う。
 冗談でも虚勢でもなく、本心からそう思っていた。
 本当に佳奈は、心の底から白音がされたことを根に持っているのだ


「そうよ。少なくともわたしはそう」

 だが橘香もそれに応えて強く頷いた。

「みんなも気づいてると思うんだけど、多分妹はもう………この世にはいない。でもね、もし生きているなら助けたいし、いなくなっているならその真相が知りたい。仇を討ちたいの。ギルドと協力している組織が相手なのだから本当はこんな話をするのもおかしいの。だからただの個人的な話なの。でもね、お願い。妹を、わたしを、助けて」


 お湯に浸かりそうなくらい頭を下げた。
 そんな橘香の様子を見て佳奈が近づくと、その肩に手を回した。
 女豹と鬼軍曹が肩を組む。

「アタシたち、いろいろ指導してもらってるから先生と生徒だけど、もう友達だろ? 魔法少女が友達見捨てるわけないじゃん」

 反対側の湯の中から潜水して来た莉美が浮上して、橘香を間に挟んで肩を組む。
 女豹と鬼軍曹に金色こんじきの瞬間湯沸かし器が並んだ

「みんなで『同期の桜』歌おう!」

(いや橘香さん同期じゃないし。上官だし。しかし莉美のこの妙に偏った知識はどこから来ているのだろう。まあでもいつも概ね間違ってはないのよね)

 白音はこんな仲間に囲まれていることを頼もしく思う。


「塵も残さないように、というのはとっても賛成ね。原子に分解してブラックホールに放り込んで、情報の痕跡まで完全消滅させましょ」

 一恵もとりわけ逆巻彩子にはキレている。
 普通に考えればただの大げさな比喩なのだが、そらと組み合わさると本当にやりそうな感じがする。


「あれ? そらちゃんは?」

 こういう時は結構饒舌なそらが、そういえばさっきから大人しいなと思って見回すと、白濁したお湯にそらが浮かんでいた。

「そらちゃん? そらちゃん?」

 抱き起こすと、のぼせて目を回しているようだった。

「ああっ!! そらちゃん、ごめん。大丈夫? ちょっと話長かったね」
「た、体格に起因する熱容量の差に……やら……れた」

 そらの言葉がなんだかダイイングメッセージのようになってきたので、温泉談義はこれにてお開きとなった。
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