ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】

音無やんぐ

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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第19話 白音、そら、一恵VS佳奈、橘香 その三

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「じゃあおつむはそらちゃんより下なんですね?」

 逆巻彩子さかまきさいこの妹、京香きょうかに遭ったら逃げろと言われた白音が、ちょっと意地悪な言い方をした。
 蔵間が京香きょうかのことを評して、「身体能力は佳奈より上、戦闘技術は白音より上、魔力の出力も莉美より上」などと言うからだ。

「確かにそうなんだけどねぇ。その参謀役になってるのが姉の彩子なんだ。君たちが五人で完璧なバランスなのは間違いないんだけど、あっちはふたりで完成してるんだ……」

 蔵間は先程の莉美の魔力放出エーテルバーストには何も感じていなかったが、今ふたりから受けている圧は本当に怖い。
 橘香がオフからオンに切り替えた時のギャップに似ている。
 助けを求めて橘香の方を見るが、なんでか橘香が親指と人差し指で丸を作ってオーケーのサインを出している。
 どうやら蔵間は正しいことをしているようだ。


「じゃあアタシたちがそいつらより強くなれば、逃げなくていいんだなっ?!」

 佳奈が身を乗り出す。
 テーブルの醤油差しが揺れて倒れそうになったのを、一恵が長い腕を伸ばして受け止める。

「そ、そうなんだけどね」

 蔵間が、佳奈が近づいた分だけ身を引く。

「軍曹!」

 白音が橘香を呼ぶ。
 橘香は待っていたようだった。

「はい。橘香でいいのよ?」
「では橘香さん。わたしたちも訓練に参加します!!」
「はい。よろしくね」



 全員で訓練とは言っても、それぞれまったく目的が違う。
 莉美は延々と魔力をコントロールする練習だ。
 ただ、朝に冗談とは言え魔力放出エーテルバーストをしてみせた時は、既にある程度綺麗に制御できていた。
 やはり彼女は楽しみながら成長していくタイプなのだ。

 橘香は莉美に寄り添って、できるだけ言語化して魔力をコントロールする感覚を伝えてやる。
 他の魔法少女たちはあまり意識することなく、本能的にやっていることだ。
 変身しているのに優しい口調の軍曹に指導されるのは、莉美にとってかなり新鮮で興味深い体験だった。


「ひと口に魔力が大きい、と言っても三種類あるわ。ひとつは魔力の『総量』、電池の容量みたいなものね。大空さんはそれが抜群で…………、ん?」
「あたし橘香ちゃんのこと橘香ちゃんて呼んでるから、橘香ちゃんもあたしのこと莉美って呼んで?」
「あら。じゃあ莉美ちゃん」
「はーい」
「莉美ちゃんの魔力の総量は、はっきり言って誰も知らないわ。測定不能なの。さっき言ってた京香ですら膨大だけど算出はされてる。でもあなたは不明。京香を上回っているの」
「おー」

 それはちょっとすごいのではないだろうかと、莉美は自慢に思った。
 今更である。

「ふたつ目が魔力の『回復速度』。電池の充電速度みたいなものね。これが速ければ容量が小さくても使い続けられるってことは分かるでしょ?」
「う、うん」
「あなたはこれも桁違いよ。魔力がからになれば普通は動けなくなるんだけど、あなたはそう感じる暇もない程の速度で魔力を回復してしまっている。魔力が減ったと感じたことすら、ほとんどないんじゃない?」
「おなかは減ったよ?」
「ふふ。その因果関係は分かっていないわ。もし使ったエネルギー分のカロリーを消費するんだったら、莉美ちゃんじゃなくても魔法少女は一瞬でミイラになるはずだから」
「ひっ」

 お肉で温泉が沸くのは、やはり相当おかしなことらしい。

「話が逸れたわね。このふたつは莉美ちゃんは抜群よ。おそらくは人類の歴史上でも並ぶ者がいるかどうか。でもね、今のままでは単純に魔力をぶつけ合う勝負でも京香には勝てないわ。それは三つ目の『出力』に大きな差があるからよ」

 雨が小降りになって、少し空が明るくなり始めている。
 割と莉美の願いに沿った天気になってしまった。
 野外での訓練もできそうな気配だ。

「出力というのは……んー電池でたとえるならどのくらいの明るさの電球を灯せるか、ということね。いくら総量が多くても、瞬間の明るさで劣っていたら力負けするってこと」

 莉美の顔に「よく分かりません」と書いてある。

「う…………。つ、つまり、魔力をぶつけ合うとして、莉美ちゃんのは出口が小さいのね。京香のは大きいの。だから一気に放出しあえば京香の方が大量に魔力をぶちまけて勝てる」
「なるほど?」
「だから莉美ちゃんには出口を大きくする方法を学んでもらうわ」
「それって、どうやればいいの?」
「まずは魔力を自在にコントロールできるようになること。今の莉美ちゃんは他の四人に比べて致命的に魔力の扱い方が下手だわ」
「知ってるよぅ…………」

 莉美が悲しそうな顔になった。

「いちいち落ち込むなっ!!」

 橘香が一瞬鬼の顔になった。

「下手なのは不器用ということではなくて、莫大な魔力に振り回されて制御が難しくなってるのよ。多分莉美ちゃんにしか起こりえない悩みよ。この前名字川さんの…………白音ちゃんの前で自分の魔力を抑え込んで見せたんでしょ? それができるあなたならきっとできるわ」
「お、おっす!」
「ほんの少しだけ魔力を高めてみて。ほんの少しだけね」

 朝食の時のエーテルバーストよりは幾分かましだが、それでも離れたところにいる白音たちが「またやってる」と思う程度には強烈な魔力が放射された。
 コスチュームの黄金色の輝きも増して、もう本当に太陽のようで直視も難しい。

「今あなた光ってるでしょ?」
「Yes! 輝いてます!!」

 アイドル風のかわいいポーズを付けているが、橘香は無視する。

「それ、魔力が余りすぎて行き場を失って、光の形で漏れてるのよ」
「ぬぬぬ?! あたちお漏らちちてたのね…………」
「それも四六時中ね。まずはそれを消す努力をして。それでおむつが取れたら次のステップへ進みましょうか。わたしは白音ちゃんたちの方を見てくるわ」
「ばぶー!!」


 白音たちは自主的にジムで基礎体力作りをしていた。
 一時間ほど全力でやり切ったら変身して体力を回復させる。
 回復したら変身を解いてまたトレーニング。という『莉美式トレーニング法』である。
 そこに橘香がやって来て、模擬戦をやらないかと持ちかけた。
 白音たちが頑張っている姿を見て、自分も体を動かしたくなったらしい。
 白音としてもSS級に昇格したらしい自分たちの実力が、本当にそれに相応しいのかどうか確かめたいと思っていたところだった。

 全員――意外なことにそらも――乗り気だったので、橘香の提案を受けることにした。
 五人をふたチームに分けて紅白戦を行う。
 白音はチーム分けで揉めるかと思ったのだが、そこは意外とすんなり決まった。
 白音と一緒に戦いたいそらと一恵に、白音と戦ってみたい佳奈と橘香で分かれたからだ。

『白音、そら、一恵組VS佳奈、橘香組』

 小雨の降る中、五人揃って表へと出る。
『模擬』とは言え、五人とも戦闘に備えて心を昂ぶらせ始めていて、気迫が漏れている。

 この保養所でもたまに魔法少女同士の戦闘訓練があるにはあるのだが、そこに鬼軍曹が混ざっていることは珍しい。
 SS級のの実力者として知られる軍曹の戦いに興味を持って、幾人かの少女たちが見学のためについてきた。
 いろいろ事情を知っているところからみて、当然彼女たちも魔法少女なのだろう。


能力強化リーパーはやめとくわね」

 白音がそう言うと、佳奈が鼻で笑った。

「冗談。そんなことしたら一瞬で終わるよ?」

 橘香もライフルを構えて佳奈に乗じる。
 見学者がいるので口調が軍曹になっている。

「三発で終わらせないで欲しいものだな」

 そうすると白音が、目をすうっと細める。

「分かったわ。あとで泣いても知らないんだから。でもそれなら何かハンディキャップを付けましょう」
「はあ?」

 当然のごとく佳奈が反発した。

「三対二で勝っても嬉しくないのよ。正々堂々と叩きのめさせてよね」
「ふん、オッケー。…………じゃ白音は光の剣は禁止な。ちょっと待ってろ」

 佳奈が食堂に戻って今朝の新聞を持って来た。それを丸めて白音に渡す。
『どこかの海峡で、大国同士の艦艇がにらみ合いを続けている』などと報じている奴だ。

「お前の武器はこれな」

 それを見て一恵が何か言いかけたが、白音が制止する。

「じゃこれで負けても、もう言い訳無しね?」

 白音と佳奈は、ふたりだけで盛り上がって決闘でも始めそうな剣幕である。
 一恵はちょっとそらのことが心配になった。
 しかしそらは、自分ひとり分のハンディキャップが『新聞紙の剣』だけだったのが不満らしい。
 憤慨した様子でむすっとしている。
 意外とそらも負けん気が強いのだと一恵は知った。

 白音と佳奈も喧嘩腰には見えるが、せっかくの模擬戦が盛り上がるよう煽りながら、一方的にならないよう戦力の均衡化を図っているらしい。
 結局みんな楽しそうだったので、一恵も楽しむことにする。

「白音ちゃん、先にリーパー欲しいわ。障壁を張らないと」

 見学者がいるので彼女たちを守らないといけない。
 この模擬戦、能力強化リーパー無しの次元障壁ディメンションバリアでは耐えきれないように思う。

 橘香は、見学している魔法少女たちにも何か学んで欲しいと思っているようだった。
 一恵もその意図を汲んで、視界を邪魔しない障壁を張る。

「それじゃあみんな、準備はいい? 行くねっ!!」

 白音が戦いの嚆矢を放った。
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