ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】

音無やんぐ

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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第19話 白音、そら、一恵VS佳奈、橘香 その一

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 風呂上がりの夕まぐれ。
 標高が1400メートルもあるこの辺りは、真夏でも平均気温が二十度を下回るらしい。
 風が心地よかった。

 男子部の皆さんの尽力によってバーベキューの準備がほぼ調えられていた。
 白音を始めとする魔法少女たちは、先程のトレイルランよりは軽装のカラフルなアウトドアスタイルに着替えている。
 なるほど女子旅の大荷物の原因はこれかと思わせる。

 リンクスが飲み物を準備していると、ついっと白音がそれを手伝いに向かう。
 アルコールの入ったものは用意されていないようだった。

「おふたりと婚約者さんはお酒は?」
「え? あ、ああ『婚約者さん』はまだ飲める歳じゃないよ」

 リンクスが一瞬何のことか分からないという顔をした。

「すっ、すみません。失礼なことを」
「いやいや。しかし、フム……そうか。ククク」

 何か合点がいったらしく、ひとりで楽しそうにしている。

「??」
「ああ、失礼。俺たちふたりはみんなが寝てから飲み会さ。気にしないで」

 リンクスは二十歳だと聞いているが、その言動や落ち着いた雰囲気もあって年齢不詳な感じがする。
 三十代半ばくらいであろう蔵間とは古くからの友人だと言っていたし、少し不思議だ。

「婚約者さんお綺麗ですね。大人の雰囲気だし、憧れます」
「クッ」

 リンクスが堪えきれずといった感じで笑ってしまった。

「?」
「いやいや、なんでもないよ。確かに大人だよね。でも…………」
「でも?」
「君も綺麗じゃないかな? 魔法少女になれる条件にそこを勘案すべきじゃないのかと思うほどに」
「へっ? あっ、みみみ、みんなかわいいですもんね。わたし悪目立ちしてるんじゃないかと心配でっ!」
「目立ち方にも種類があるとは思うけどね」

 白音の持ったトレーが傾いて紙コップが滑り始めたので、リンクスが手を取って支える。

「君は何を飲むんだい? さすがにお肉にカフェラテじゃあないだろう?」
「あっ、おお、お茶でっ。ありがとうございますっ。持って行きますねっ!」

 白音がリンクスから逃げるようにして離れた。
 それを見ていた莉美が興奮している。

「あんな白音ちゃん初めて見たんだけどっ?!」
「んだねぇ。男に興味なさそうだったけど、さすがにあんだけイケメンなら白音も意識するんだねぇ」

 しばらく前からふたりでこっそり白音観察日記を付けている。

 蔵間がバーベキュー用の炉の前にしゃがみ込んで四苦八苦していた。
 なかなか木炭に火が入らないのだ。その隣にそらがしゃがみ込む。

「以前から気になってたこと聞きたいの」
「ん、んん?」
「政府の動きと動機は理解できる。魔法少女の戦力としての活用を模索するのは当たり前の流れ」
「そ、そうだね?」
「でもギルドとブルームはなぜここまで魔法少女に協力するの? 動機は何? 何か利益があるの?」
「み、ミッターマイヤー君、火がついてからでいいかな? なかなかうまくいかなくてね……」

 涼やかな風が吹く中、ひとりで汗をかいている蔵間に白音が冷たいお茶を差し出して一緒にしゃがみ込む。
 多分リンクスからちょっと隠れているのだ。

「わたしがやりましょうか?」

 あまり表だっては言わないが、白音は変身していなくとも多少の魔法が使えるようになっていた。
 ブルームに言わせると、星石が融合すると変身せずに魔力を扱うことができるようになり、人によっては様々な能力が発現するらしい。
 白音の場合はリンクスのそれに近いらしく、構造がシンプルな魔法なら訓練次第で使えるようになりそうだった。
 今なら小さな炎を操り、木炭に着火するくらいのことはできる。
 自分たち以外の利用客からは少し離れているので、気づかれることはないだろう。
 ぽっぽっぽっぽっと炉の中の何カ所かに小さな炎が上がり、それが木炭に移る。

「おお、素晴らしい。……僕がつけたことにしといてね? それで……ああそうそう」

 蔵間がふたりを促して、炉の横の木製のベンチに座る。

「そもそもの始まりは、リンクスの考えに僕が共感したんだよ」

 そう言って蔵間はリンクスに手招きをした。
 結局、白音とリンクスが隣り合わせに座る。

「なんだ。もう諦めたのか?」

 リンクスが魔法で、指の先に小さな火を灯してみせる。

「いやいや。持たざる者には持たざる者の英知があるんだよ。心優しい魔法少女に頼むっていうね」

 さらにリンクスは五本の指先全部に火を灯し、指先を触れ合わせるようにするとそれがこぶし大の火の玉となって消えた。
 白音はちょっとドキッとして周囲を見回す。

「こいつこの顔でこういうことやるんだ。嫌味だろう? 名字川君大丈夫だよ。今日のお客はみんな、こいつがキザなギルドマスターだって知ってるから」
「それでどうしたんだ?」
「ああ、ミッターマイヤー君がね、ギルドの設立理念を聞きたいって」

 リンクスは「ふむ」と考えてから、少しギルドマスターとしての考えを聞かせてくれた。

「俺が目指しているのは、異世界とこの世界の混線状態を解消することだ。それがふたつの世界どちらにとっても幸福だと考えている。蔵間はそれに賛同してくれて、技術協力をしてくれている。そしてその目的の実現には、魔法少女の力を借りることが不可欠なんだ」

 木炭が爆ぜてパチっと音を立てた。炭の燃える、独特の香りが立ち上る。

「ただその前に、魔法少女の力は強大だから必ず誰かが利用しようとする。それを防がなければならない。そのための組織が必要だと考えたんだ。と言いつつ、俺たち自身も君たちを利用しているのは間違いないんだが、組織の力で守りつつ、いずれふたつの世界を切り離してこのような状況そのものを無くしてしまいたいと考えている」
「それは、魔法少女がいなくなる、ということですか?」

 白音は、ちょっと複雑な気持ちになった。

「その可能性もあるだろう。だが今のところは世界を切り離せばこれ以上の変容、不安定化は抑え込めるが、星石のように既にこちらの世界に入り込んだ要素は世界の構成システムとして組み込まれたまま、というのが俺たちの予測だ」

 蔵間も少し補足をしてくれる。

「多分、このまま放置しておけばますます異世界との境界が混濁して、下手をすればふたつの世界が予測不能な形で融合して共倒れ、すなわち崩壊してしまいかねない、ということだね。異世界事案の発生頻度を低く抑え込まなければいけないんだ」
「でも今やっていることは対症療法に過ぎないと思う。被害を抑えることは大事だけど、発生頻度に影響は与えていないの」

 そらが少し辛辣に指摘した。

「そらちゃん、そんな言い方……」
「いや事実だよ名字川君。だから俺たちは今、その解決のキーになる力を持っている魔法少女を求めているんだ。異世界事案そのものに干渉できるような能力」
「たとえば一恵ちゃん?」

 そらが指摘した。
 なるほどそのとおりだろう。
 一恵なら空間に作用する魔法が使える。
 異世界との境界というものにも効果を及ぼせるのかもしれない。
 そらは多分、その可能性に以前から気づいていたのだ。

「神君というより、俺はチーム白音に期待している」

 そう言ってリンクスがじっと白音の瞳を見つめる。

「こらそこ、ナンパしない。ブルームの見解としても、チーム白音の完成されたバランス構成に興味があるんだ。経験上、異世界事案において我々の理解を超えた偶然の一致シンクロニシティが見いだされる場合、必ずそこに何らかの意義があるんだ。神様とは思わないが、世界が健康を損なった時に、それを取り戻そうとするような作用が散見されている」

 リンクスが白音をナンパしていると聞こえて、佳奈たちが肉や野菜の皿を並べるのを口実に、聞き耳を立てに集まって来た。

「まあ、今すぐに解決できるとは思ってないけどね。だから時間が必要なんだ。長くかかるのに君たちから力を借りるだけではフェアじゃないし、それで貸してくれるとも思えない。魔法少女たちにも利益のある契約という形で協力関係を築くのが魔法少女ギルドなんだ。ちょっとドライに聞こえるかもしれないけど、善意やボランティアだけに頼っているより、ビジネスモデルとして確立されれば、より継続して強固に君たちを守れると思うよ」

 実業家らしい発想に素直に納得していると、リンクスが少し意地悪な顔をする。

「こいつは昔から魔法少女を嫁にするのが夢だったらしくてね。本当のところはそれが原動力だよ」

 いつの間にかみんな傍に集まってきて話を聞いている。
『嫁』のくだりでチーム白音が分かりやすいくらい引いた。
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