ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】

音無やんぐ

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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第18話 白音の骨休め(温泉へ) その三

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 チーム白音が、散策という名のカロリー消費活動から帰ってきた。
 白音がしっかりコース設定やペース配分をしていたのだろう。
 予定通りの時刻に全員揃ってきっちりとキャンプ場に帰着する。

 そらが体力尽き果ててへろへろになっている。
 しかし莉美は意外と平気なようだった。
 星石が融合をすると、変身しなくてもやはり基礎体力が上がるのだろうか。

「そらちゃん。一瞬変身して回復だけして戻れば?」
「!!」

 何気なくそんな提案をした莉美を、そらが驚愕の表情で見た。

「変身すると楽になりすぎて鍛錬にならないと考えてた。なるほど回復にのみ魔法少女の力を使う。莉美ちゃん、頭いいの」
「ほんと、天才よね…………」

 白音も呆れるくらいに尊敬する。

 夕食前の丁度いい時間に帰ってきた彼女たちを蔵間が出迎えた。
 行軍演習エクササイズからから帰ってきた白音たちは、疲労度にはそれぞれ個人差があるようだった。
 しかし皆、達成感のある清々しい顔をしている。

「散策はどうだった? 楽しかったかい?」

 ふと蔵間は、魔法少女の食事前の運動ってどのくらい歩くんだろうと興味を持ち、試しに聞いてみた。

「南の方のトンネルを抜けて、隣の温泉地がある高原まで行ってきました」
「え……えー…………。それ、散策って距離じゃないよね…………」

 今度は蔵間の呆れる番だった。

「片道だけで10キロくらいなかったっけ? おなかすいたでしょ? いや、まずはお風呂かな? 保養所には温泉もあるから先に入ってくるといいよ」

 そんなストイックなアスリートたちに温泉をお勧めして、蔵間は先にバーベキューの準備を始めているよ、と言った。
 少し離れたところに屋根付きのバーベキュー用スペースがあるのだが、そこにリンクスがいるのが見えた。
 長身で目立つので、離れていてもすぐに分かる。

「あ、わたしたちも準備手伝いま…………」

 白音はそちらに向かおうとしたが、リンクスが見知らぬ女性と談笑しているのに気がついて思わず立ち止まってしまった。
 後ろ姿のその女性は、ニットシャツに軽い素材のフレアスカートを合わせ、腰にはサッシュベルトを巻いている。
 落ち着いた雰囲気のシルエットだが、多分リンクスとそう変わらない年齢だろう。

「一緒にいるのは『蔵間さんの』フィアンセさんですかー?」

 唐突に莉美が大声でリンクスの方へ声をかけた。
 気がついてふたりともこちらへ手を振ってくれる。

「フィ、フィアンセって。大声でやめてよ。こっちの人手は足りているから大丈夫だよ。今日は君たちが主賓なんだから、気兼ねなく温泉へどうぞ」

 蔵間が相当嬉しそうに照れている。

「だってー。白音ちゃん、行こ行こ?」
「そ、そうね。蔵間さん、何から何までありがとうございます」
「気にしないで。あ、そうだ。今ちょっとボイラーの調子が悪くてね。露天風呂の方は温度が上がりきってないんだ。多分寒いと思うからごめんね」
「はーい。良かったね。白音ちゃん」
「??」

 何が「良かった」なのか、莉美の言っている意味が分からなくて白音は怪訝な顔をした。


 保養所の大浴場は、脱衣所に入る前から硫黄の香りで満たされていた。
 湿り気を帯びた独特のその気配に鼻腔を刺激されて、否が応でも白音たちは温泉気分に盛り上がっていく。

「さて」

 服をすべて脱ぎ、一糸纏わぬ姿になった莉美である。

「何?」
「ちょっと失礼しますよーっと」

 体に巻いていた白音のバスタオルをはだけさせる。

「いやもういい加減慣れたけど、恥ずかしいのよ?」
「おっけー」
「何が?」
「傷ひとつなくなって、とってもすべすべ」

 つつつ、と白音の素肌に手を沿わせる。

「や。……もう…………、だから、ずるいのよそういう言い方。拒否れないじゃないの」

 気がついたらみんなが白音の裸を見ている。

「いや、不公平だからみんなも見せなさい。リーダー命令です」
「逃げろー!」

 みんな回れ右をして一斉に風呂の方へ向かった。チーム白音はそういう時は言うことを聞かない。

「あ、ずるい。ちょっとみんな、待ちなさいよ!!」

 大浴場は広々として明るかった。
 大きな窓があって大自然の景色が望める半露天風呂になっており、ガラス戸の向こうには先程話題に上がっていた露天風呂があるようだった。

「源泉垂れ流し!!」
「そだねー」
「うん」
「なの」

 莉美の言葉を佳奈、一恵、そらが知らん顔で受け流す。

「誰かツッコんでよっ!!」
「本気なのか、ボケてるのか、分からないのよ。あんたの場合は…………」

 どうやら今回はツッコミ待ちだったらしい。
 白音が慰めるように莉美の頭をぽんぽんと叩く。
 間近で見るとやはり莉美の体はほんのりと光を放っている。
 星石が体に融合して以来ずっとだ。
 裸だとよりはっきりと分かる。
 体中から魔力が発散されていて、それが光の粒子を伴っている感じだ。
 まあ、暗いところでは便利かもしれないなと、白音は思う。

 四人はおとなしく屋内の半露天風呂の方に体を沈める。
 硫黄の香りが立ち上る白濁した湯は、優しい肌触りで心地が良かった。
 しかし莉美はそこには混ざらず、ひとりで露天風呂の方へ行ってしまった。
 別にボケをツッコんでもらえなくて、怒ったり拗ねたりしているわけではない。
 そこに露天風呂があるからだ。

 白音はやや柔らかい泉質のお湯をしばし愉しむと、莉美の様子を見にガラス戸の外へと出た。
 露天風呂は、雄大な緑の峰々に囲まれていた。
 聞いたこともないような種類の鳥のさえずりが、あちこちから聞こえてくる。
 開放的な気分になれるが、莉美があまり解放され過ぎないように見ておかなければなるまい。


「ぬるいって言われてたでしょ?」

 莉美が鼻の下まで露天風呂に浸かっている。

「うん、ぬるい…………」

 莉美はその体勢のままじっと何か考えている様子だった。
 しかしいきなり立ち上がると、素っ裸で仁王立ちになって魔法少女に変身した。

「よっし、任せて!!」
「いや、ちょっと待って! 何を?!」

 白音が慌てて辺りを見回す。
 幸い白音たち以外には誰もいないようだが、今度は何をやらかす気なのか…………。
 莉美は再び温泉の中に座り込む。
 コスチュームがずぶ濡れになるが気にする様子もない。

 と、莉美の魔力が急激に増大した。
 屋内にいる佳奈たちにもはっきりと感じられる。
 何度か経験しているのだが、莉美のこの急激な魔力のインフレーションの間近にいると、本当に鳥肌が立つ。
 その上恐ろしいことに、星石と魂が融合したことによってさらに、放出されるエネルギーの量が増大している。

 やがて魔力によってエネルギーを与えられた湯の温度が上昇し、温泉から立ち上る湯気が密度を増し始める………………。

「うわっちぃ!!」

 莉美が飛び出した。
 周囲の湯温が高くなって熱かったらしい。
 白音にもやりたいことは分かったが、そりゃ沸騰した温泉に触れていたら火傷すると思う。

魔力障壁バリアを張ってそのバリアを熱くするべき」

 遊びでやるような規模ではない魔力波エーテルブームを感じて、佳奈たちも見学に来ていた。
 そらがアドバイスをくれる。

「なるほどー」
「わたしがお風呂の中の空間を少し複雑な形にするけど、それに沿ってバリアを張れる?」
「やってみる!」

 一恵もわざわざ変身して、風呂の中の空間をいじっていく。

「空間を元に戻すから、バリアはその形のまま維持してね」
「あ、あい……」

 莉美が難しい顔で集中する。
 一恵も面白がっているようだった。
 要は莉美のバリアを凹凸の激しい形にして表面積を増やし、熱の伝導効率を上げようということだった。
 湯船の中にヒートシンクのような形をしたバリアが張り巡らされていく。
 そして莉美が魔力を熱エネルギーに変換していくと、あっという間に大きな露天風呂の温度が上昇してしまった。

「ストップ、ストップ。これ以上やったら入れなくなるわ」

 白音がブレーキ代わりに湯面から出た莉美の頭をぎゅっと掴む。莉美自身も結構熱くなっている。

「らじゃー!」


 適温になった露天風呂に、皆が喜々として入っていく。
 白音は律儀に莉美と一恵が変身を解くのを待ってから、一緒に入った。
『頑張ってくれた人が優先』というのは若葉学園での教えだ。
 一体何トンあるのだろうか。
 かなり広い露天風呂の湯を沸かしたのである。
 白音は一応、莉美が魔力切れを起こしていないかなどの心配もする。

「露天風呂最高ね! 莉美、ご苦労様。魔力は平気?」
「お肉食べたらそんなのすぐ戻っちゃう」

 さすがである。

「熱量収支が合ってないの…………」

 そらが頭の中でちらっと試算してみたが、普通の魔法少女が同じ事をすれば絶対ボイラーの燃料代の方が安くつく。
 しかし莉美に限っては「お肉」だけでいいらしい。
 エネルギー革命だ。

「熱量ね、うん。夏なのにここ涼しいもんね。確かに合ってないよねー」

 そしてその凄まじさを、莉美本人に伝えることが一番難しい。

「一恵ちゃんもありがとね。みんなでやると何でもできるね」
「莉美ちゃんの魔力コントロールの練習にちょうど良さそうだったしね」
「一恵ちゃんはすごいよね。あんな複雑な形よく作れるね」
「明日は莉美ちゃん、魔力のコントロール訓練でしごかれるって聞いてたから、少しでもその足し」

 一恵がさらっと明るく莉美に死刑宣告をした。
 山と莉美の天気は変わりやすい。

「え…………あたし、聞いてない…………」

 思わず莉美が立ち上がりかけたが、白音が肩を押さえてもう一回湯に浸ける。
 白音が「ね」と言ったら、莉美は「ぬぅ」とだけ応えた。
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