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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第17話 チーム白音VSエレメントスケイプ その二

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 エレスケに操られて莉美が大量の魔力を供給し続け、そのことによってエレスケの魔法が暴走してしまった。
 止める者が誰もいない状況だった。

 この場に渦巻いている魔力のエネルギーはあまりにも強大だった。
 すぐにでも莉美の暴走を止めなければ、何か大変な事が起こりそうだと感じる。

 白音が莉美に声をかけ続けていた。

「莉美、あのね、わたし、佳奈みたいに何でもテキトーにできないから、それで莉美にプレッシャー与えてたかもしれない」
「おい…………、まあ、いいけど……」

 だが詩緒の魔法もまだ効果を持ち続けている。白音の声も佳奈の呟きも、莉美に届きはしない。

「白音さんごめんなさい…………」

 詩緒がそのことを伝えようとしたが、そらが制止する。

「いいの。白音ちゃん、続けて」


 そらは声が届かないよう魔法で操作されていることも想定済みだった。
 そらには精神連携マインドリンクがある。先ほど莉美に接触した際、そらは強制的に莉美とリンクを確立していた。

 ただし能力強化リーパーの恩恵を受けていない中では、リンクできるのはひとりのみ。
 白音の声を莉美に直接聞かせてはやれないが、かみ砕いたそらなりの言葉で莉美に中継してやる。


 莉美の脳裏には白音の姿が浮かんでいた。比喩ではない。
 マインドリンクによってそらが作り出した白音の像が、莉美の視界の隅っこに描画されているのだ。
 莉美にだけ見える幻術、という言い方もできるだろう。

 落書きのような白音の似姿に吹き出しが付けられて、そこに実物の白音の喋った事が文字として表示される。 ご丁寧に台詞の内容に合わせて似姿がコマ送りでアニメーションしている。
 そして似顔絵の下には『激おこ白音ちゃん』というキャプションが付けられている。


「莉美、あなた、わたしにできない事、一体いくつ持ってると思うの?」

 だがそう言った白音を受けて、『激おこ白音ちゃん』の吹き出しに表示されているのはこうだ。

[お前はすごい、偉い、スーパーだぜ。おっぱいもおっきいしなっ!]

「おっぱい」のところで『激おこ白音ちゃん』が本当に激おこになった。


「一番にわたしをリーダーにって頼ってくれたのすっごく嬉しかった。でもそれで調子に乗って、みんなを守ろうって張り切りすぎたの」

 白音は感情の限りに訴えるが、『激おこ白音ちゃん』はあくまでマイペースだ。

[世界中を敵に回したって、俺だけはお前の味方だぜぃ]


「ねえ、知ってる? わたしあなたのことすごく頼りにしてる。現に今も、あなたがいないと、もう…………もう…………」
[お前が一緒にいてくれなきゃ、世界も色褪せて見えるんだぜっ!]

 似姿が、変に似ている分かなりの破壊力がある。


「莉美っ、早く戻ってこないと、もう許さないんだからっ!!」
[愛してるって言ってんだろっ。これ以上待たせるんじゃねぇぜ!]

 白音がイラッとした時によくやる、左手を腰に当て、右の人差し指を目の前で立てる仕草でとうとう莉美が崩壊した。
 抑圧されていた感情がはけ口を求めて心の表面に湧き上がり、やがて堪えきれずに笑いをもたらした。

「プッ…………」

 莉美が吹き出した。虚ろだったその瞳に光が戻ってくる。
 だがそれでも魔力の奔流は収まらない。コントロールできないようだった。


「あー……」
「な、何?」

 一恵の不穏な呟きに嫌な予感がして、佳奈が聞き返す。

「軍曹に言われて様子見てたんだけど、莉美ちゃんて魔力が膨大すぎてコントロールができてないっぽいのよ。暴走したら怖いから、もう少し慣れてきたら魔力のコントロールの練習するって」
「で、でもお前とそらがいればなんとか…………」

 佳奈の一縷の希望を断ち切って、そらと一恵はふたりで肩をすくめる。

「火山の噴火を素手で止めろって?」


 色を取り戻した莉美は、しかしその場を動けないようだった。

「白音ちゃん、逃げて。止めらんない…………ごめんね」

 しかし白音は、なおも莉美の方へとふらつきながらも近づいていく

「その魔力量は、隣に立つも何も、あなたにしかない力じゃないの。わたしはあなたのこと友達として自慢に思う。あなたに今できることはそのすごい力を飼い慣らすこと。わたしたちにできることは、信じてそれを待つことよ! 夏休みは一緒に羽目外すんでしょっ!!」

 白音の声はもう莉美に届いていたのだが、『激おこ白音ちゃん』が駄目を押す。

[Just do it!]


 やがて、莉美の星石のある胸の辺りが輝き始めた。

「まずいの。あれは爆発の兆候なの」
「ば、爆発?! お、おい、莉美が爆発するってのか?!」

 佳奈はそんな馬鹿な、と笑い飛ばしてしまいたかったのだが、そらに真剣な顔で頷きを返されてしまった。
 規模の予測がまったくつかず、倉庫の外にどんな被害が及ぶか分からない。
 一恵が隔離空間を作って倉庫を外界から切り離し、次元の壁で防御を講じた。

 今できる最善の策だったが、莉美との魔力量の差を考えれば甚だ心許ない防備だと言わざるを得ない。
 ただ、それでチーム白音もエレスケたちも、閉鎖空間の中で一蓮托生の身となってしまった。

 莉美は魔力の奔流の中心にあってあまり動くことができなかったが、そんな仲間たちのことはしっかりと見えていた。
 莉美はぐっと屈んで、光の辺りを抱え込むようにする。

「あなたはあたしの願いに応えてくれたんだよね。居場所をくれた。でもあたしがそれを捨てるような真似をしたから怒ってるの? ごめんね、あたしが間違ってた。でもね、だからってあたしの大切な人たちを傷つけるようなことは、いくらすごい宝石でも許さない!!」


 拡散していこうとする魔力に対抗して、莉美は押し縮める方へ魔力を集中させる。

「白音ちゃんが褒めてくれるあたしの根性、見せてあげる!!」

 魔法少女たちは、固唾を呑んで見守ることしかできなかった。
 しばらくその魔力の押し合いは拮抗しているようだったが、やがて突然、白音たちの視界が白黒になった。

 どういう理屈かは分からないが、すべての色が縮こまるようにして失われた。
 そして色と一緒に、音も吸われて消える。

 静寂の時は数瞬だったのか、数時間だったのか。感覚が麻痺してしまってよく分からない。
 やがて莉美の叫び声と共に世界が再び色と音を取り戻す。

「っしゃあ、勝った!」

 莉美は両腕を高々と頭上に掲げてから、仰向けにパタリと倒れた。黄金色こがねいろの変身が解ける。


「莉美っ!」

 白音がよろめいて倒れ、それでも這いずって莉美の元へと向かおうとする。
 佳奈が白音に駆け寄ってその体を支え、そらと一恵は莉美の方へと走った。

 白音と佳奈が、くったりとしている莉美の元へ辿り着くと、そらと一恵が莉美の体を検分していた。

「大丈夫気絶してるだけ……かな? 寝てる、かも? ホントに星石に勝った…………の?」

 一恵が不思議そうに莉美を突っついている。

 確かにあの時莉美の体から爆発的な魔力の放出があった。外向きと内向きと二種類の魔力。
 それが相殺して消失したが、魔力切れを起こした莉美はそれで気絶したように見えた。

 しかし駆け寄って見れば既に魔力の大半は回復。
 休んで寝ているようにしか見えないのだ。


「変身解けてるけど、星石が…………体の中にある。融合したみたいなの。信じられない」

 そらが星石がなくなってしまった莉美のペンダントを皆に見せる。

「星石って喧嘩売れるものなのね…………」

 白音が呆れて莉美の穏やかな寝顔を見つめる。だんだん腹が立ってきた。

 エレスケたちもばつが悪そうにしながら、莉美の元へ集まってきた。
 魔力の暴風が収まって、自分たちの魔法の制御を取り戻したようだった。

 既に変身を解いているのは多分、武装解除の意味合いがあるのだろう。
 明らかにぼろぼろの白音に、かなりびびっている様子だ。
 白音が腹を立てているのは莉美に対してだけなのだが。

 詩緒は結構譲らないタイプに見えていたが、真っ先に深々と頭を下げて謝った。

「ごめんなさい。魔法少女になれてアイドル活動が軌道に乗ってきて、それで欲が出てしまったの。莉美ちゃんがいてくれたらもっと上を目指せるんじゃないかって思ってしまった」

 それに合わせるように全員が頭を下げる。

「ごめんなさい、ほんとごめんなさいっす。ひどいことしました。ごめんなさい」

 いつきが一番、可哀想なくらいに恐縮して平身低頭謝っていた。

 この子は多分、人と感情を共有しやすい性質たちなんだろうと白音は思った。
 共感能力が高いので人に寄り添って優しくなれるが、その分人の良くない側面もたくさん覗くことになる。


「わたしたちは本当に悪い事をしました。でもいつきは一番年下で逆らえなかっただけです。できたら彼女だけは許してやってもらえませんか」

 紗那がそう言って頭を下げた。
 本来はこういう謝り方はよくない。場合によっては火に油を注ぐだろう。
 しかしそんな風に言われなくとも、いつきが巻き込まれただけということは誰の目にも明らかだった。 
 かわいい子には味方をしがちな一恵などからすれば、これはむろしパワハラ案件だろう。

「みんな、特に詩緒は、年齢的にそろそろ諦めようかなって考えてた私のために、最後のチャンスを作ろうとしてくれてたの。だからって何も許される事ではないんだけど、全部私のせいなの。リーダーの私が一番の元凶。私の身ひとつで、どうか許してもらえませんか。他の子にも二度と悪さはさせませんから」

 千咲はずっと、他の子たちが話す間、切腹でも覚悟していそうな悲壮な表情をしていた。
 何をされると思っているのか知らないが、白音たちはそもそも怒ってはいなかった。
 どちらかというと「こちらの方こそ、うちの莉美が迷惑をかけてすみません」という感じだった。
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