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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る
第17話 チーム白音VSエレメントスケイプ その一
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「莉美ちゃん、変身して」
エレメントスケイプのリーダー風見詩緒が莉美に囁いた。
その言葉に反応して莉美が魔法少女へと変身する。
そして持ち前の莫大な魔力をエレスケの四人に供給し始めた。
青の魔法少女、水尾紗那が手を振ると、倉庫内に大量の水が発生する。
そこに白の魔法少女、風見詩緒が暴風を吹き付けて渦のような流れを生み出す。
莉美の傍にいたそらはその渦流をまともに受けて、扉の方へと押し戻されてしまった。
莉美は黙って詩緒たちの指示に従っている。
やはり精神を操るような魔法の効果を受けているらしい。
莉美はその性格と魔法少女としての能力が相俟って、精神的な作用のある魔法には驚くほど頑強な抵抗力を発揮する。
しかし詩緒が言っていたとおり、一度自らそれを受け容れているために抗うことができないらしかった。
莉美の尋常ならざる魔力量による支援を受けて魔法を強化し、チーム白音に対抗する。
それが詩緒の言う『プランB』とやらなのだろう。
水圧に追いやられてきたそらを受け止めて、佳奈が叫んだ。
「みんな変身だ!!」
佳奈と一恵は即座に変身したが、しかし白音だけは変身していなかった。
「ごめん、まだ魔力がうまく巡ってくれなくて。変身できないの」
白音が申し訳なさそうに言う。生身の白音が水流に巻き込まれないように、佳奈が身を挺して守る。
「平気か?」
「うん、うん。ありがとう」
一恵が水流の中に転移ゲートを開いて水を抜いていく。
「さすが、四大元素を操るエレメントスケイプなの」
エレスケは非戦闘要員だと聞いていたが、これは侮れないとそらは思った。
虚ろな目をした莉美が、大量の魔力を供給し続けているのが脅威を何倍にも増している。
「こっちは魔法少女三人。この魔力量で四人に連携されたら、ちょっとまずいわね。そらちゃん、このペースだと莉美ちゃんの魔力ってどのくらいもちそう?」
言われるがままに無制限に魔力を供給している莉美を見て、持久戦に持ち込むのもありかと一恵は考えたのだ。
しかしそらは肩をすくめて「ずっと」と答えた。
「え?」
思わず一恵が聞き返す。
「別の理由で中断するまで」
そらが言い直したが意味は一緒だ。
「四人分を?」
「百人分でも」
一恵が少し想像してみて、とても嫌そうな顔をした。
さしもの『悪の天才科学者』コンビも、圧倒的な物理量で蹂躙するような魔法の使い方に、どうしたものかと手を出しあぐねる。
だが倉庫内をスケール5のハリケーン並みの暴風が吹き荒れる中、白音が決然とした表情で立ち上がった。
佳奈がその体を支えてやる。
「莉美! 莉美! あなたが根性で誰かに負けるところなんて見たことない。どんな選択をするにせよ、こんな形は間違ってる。抗って! 目を覚まして!!」
しかし詩緒の方も、その程度のことは想定済みだった。
(当然わたしたちの魔法で声は届かなくしてあるわ。何を言っても無駄よ)
この大騒ぎの音は一切倉庫の外に漏れていないし、白音の声も莉美の耳には届いていなかった。
ここで発生する音は、すべて詩緒のコントロール下にある。
さらに詩緒は、魔法による攻めを苛烈にすべくいつきに指示を出す。
「いつき、合わせて!」
「いやでも…………さすがに……」
「早く!」
いつきは躊躇したが、結局詩緒に押し切られる形で魔法を重ねた。
激しい魔法の炎を巻き起こし、それが詩緒の暴風に乗って火炎の旋風となる。
佳奈が変身できていない白音の体を覆うようにして庇った。
凄まじい熱風に、背中がじりじりと焼かれていくのが分かる。
「はうぅっ! 白音っ、平気かっ?」
熱風は白音に届かず、代わりにすべて佳奈が受け止めてくれている。
チーム白音はあまりの高温に耐えきれず、倉庫の外まで後退を余儀なくされた。
「扉を閉めて!」
詩緒の声に千咲が扉にとりついて勢いよく閉める。
しかし扉はすっぱりとくり抜かれていて、入り口と同じ形に穴が空いていた。
これでは何の役にも立つまい。
切断面の見事な美しさからして一恵の魔法によるものなのだろうが、いつの間にそんなことをしたのか、エレスケたちにはまったく分からなかった。
千咲が白音たちを完全に閉め出すべく、魔法で土壁を出現させて扉の穴を塞ごうとする。
しかし塞いだとほぼ同時に、もう一度一恵の次元の刃で寸分違わず同じところがくり抜かれた。
「扉とか、存在してる意味が分かんない」
一恵がそう言ってエレスケに向けて、煮えたぎる怒りを無理矢理封じ込めたような冷笑を放った。
テレビで見ていた時は無表情だった。
プールで一緒に遊んだ時には笑顔で楽しそうだった。
そんなところしか見たことがなかったのだが、今凄絶に笑う一恵を見てエレスケたちは縮み上がった。
怒りをぶつけられるとこんなに怖いのだと、思い知らされた。
もし今エレスケが対抗する気になったなら、『土壁で扉を塞ぐ』『ディメンションカッターで切断する』という繰り返しの攻防になってしまうだろう。
そしてそれは、莉美の無尽蔵の魔力によって必ずエレスケ側の勝利に終わる。
だからそうならないように、一恵はエレスケたちの心を折る駆け引きに出たのだった。
おそらくもうエレスケたちの頭からは、白音たちを閉め出すという考えが吹き飛んでしまったはずだ。
佳奈に抱えられていた白音が、莉美の方へ手を伸ばそうとする。
距離を取っているとは言え、白音は変身していない。
その手が熱気に当てられて火ぶくれができ始める。
「お、おい。生身でそんなことしたら!」
佳奈が慌てて白音をもっとしっかり抱え込もうとしたが、しかし白音が妙な声を出した。
「ん?」
確かに手が燃え出しそうなほどに熱いのだが、何かおかしくないか? と白音は感じた。
エレスケの四人は少し首をかしげた白音のその仕草に、ドキリとした。
言い知れぬ危険を感じて鼓動が速くなっていく。
(一恵ちゃんの声もわたしの声も、あの子たちには聞こえてるみたい。こんな轟音の向こうなのに。それにここ、大事な倉庫じゃないの? 燃やしていいの? 扉を閉めたら自分たちが死んじゃうよ? あの子たち、初めて会った時、非戦闘員として巻き込まれた人たちの避難誘導してたよね。パニックを起こさせずに上手だった。人の心操るの得意なのよね。魔法少女って、そんなにいくつも能力持ってるものなの?)
白音がエレスケたちの方を見据えた。
炎が渦巻いているのに、しっかりと順番に四人の瞳を見つめていく。
「ねぇ、あなたたち。四大元素の使い手とか、ただの設定、よね?」
いつきは、白音と真正面から視線を合わせてしまった。
途端に膝ががくがくと震え始める。
「この人はHitoeさんより確実に怖い」、そう感じた。
白音は杖も突かずにひとりで立つと、変身もせずによろよろと火炎の中へ入っていった。
「うわ、おい、ちょ、待って…………」
あまりの熱さに、佳奈はついて行くことができなかった。
「……なるほど。してやられたわ。わたしたち、幻術で炎を見せられて、精神操作でそれが本物だと思い込まされているのね」
白音が燃えさかる炎の中をよろよろと進んでいくのを見て、一恵もようやく詩緒の言った『プランB』の正体に気づいた。
「え、ええ?」
一恵はそう言うが、佳奈にはこの熱気が幻だなんてどうにも信じ難かった。
しかし確かに白音は、炎のまっただ中にいるのに熱がっている様子もない。
幻術を見破ったことで、もしかしてみんなもう熱くなくなったのだろうか。
そう思って佳奈は少し焦った。が、そらも首を横に振る。
「私には無理…………。理屈では分かっていても、これだけの魔力で幻覚をぶつけられると、抗えないの」
そらも一恵も、やはり熱いものは熱いらしい。
「いや、だよな、熱いよなこれ」
一恵が熱気で揺らめく白音の後ろ姿を見て嘆息する。
「白音ちゃんに任せるしかなさそうね…………」
ただもし白音に何かあれば、三人は躊躇無く炎の中に飛び込むだろう。
それだけの覚悟はしている。
周囲には相変わらず激しく炎が渦巻いていた。
しかし佳奈、そら、一恵に見守られ、しっかりと莉美を見据えた白音にもう熱は伝わってこなかった。
「これだけやってるのに、効かないっていうの?!」
詩緒は歯がみした。
あんなにぼろぼろで弱々しく見えて、それでも白音は呆れるくらい強い。
詩緒から見れば強欲にすら思えるその強さで、白音は親友を取り戻そうとしている。
「莉美、莉美、お願い目を覚まして!!」
それに、莉美の才能は本当にすごい。
アイドルになりたいと渇望する詩緒から見れば、ならず者になりたいだなどとぬけぬけと、なんて腹立たしいんだろうと思う。
どうして自分が欲しいものは、みんな自分以外の誰かが持っているんだろうかと妬んでしまう。
(白音さんには幻覚が効かなくても、莉美ちゃんには効いてるのよ。その声は届いていないわ。みんなで一緒の夢を見ましょう)
さらにその先、あと一歩を踏み出そうとした詩緒の腕を、しかしいつきが取った。
「もう止めましょうよぅ。これ以上はできないっす。僕もう、いろいろ限界っす…………」
詩緒にとっていつきは、かわいい後輩だった。
一緒にアイドルを目指してくれる戦友でもある。
だけど厳しい人気商売の世界でやっていけるのか、いつも心配していた。
この子は人が好すぎる。そう感じていた。
だがこの時ばかりは、泣きながら縋るいつきの小さなその手が、詩緒を力強く捉えて放さない。
「…………そうね、潮時ね。止めましょう。詩緒」
いつきのそんな姿を見て、千咲もやはりこのまま進むべきではないと思った。
「そんな、千咲さん!」
「たとえこれでアイドルになれたとしても…………、そんなアイドルはダメでしょ」
「いやでも!! …………」
そこまで言って詩緒は言葉を飲み込んだ。
確かに、それは夢に描いたアイドルとはもうかけ離れてしまっていると、思った。
「…………分かりました」
「うん。元に戻るだけよ。莉美ちゃんを解放してあげましょう。紗那、お願いね」
千咲にそう言われた紗那は、幾分かほっとした顔をした。
莉美を操っている魔法の効果は、いくつかのプロセスを経て発揮されている。
その中で要となっているのが紗那の魔法である。
紗那の魔法は対象の感情を思いどおりのものとすり替えてねつ造することが可能で、これによって莉美の感情を抑制してエレスケに協力するように仕向けていた。
だから莉美を自由にするためには、この魔法を最初に解除しなければならない。
しかし…………、
「…………あのね、ちょっとやばいかもしれない……」
紗那が困ったような顔をした。
「わたしの魔法が止まんない……」
そう言われて他の三人、詩緒、いつき、千咲も同じように自分の魔法が止められなくなっていることに気づいた。
自分の魔法が制御できないという異常事態に、エレスケたちが混乱する。
ようやく莉美を返してくれる気になったのかと思ったのに、妙な事態に陥ったらしい。
動揺しているエレスケたちの様子に理解が追いつかず、思わず佳奈はそらに説明を求めた。
「多分莉美ちゃんが暴走し始めてる。莉美ちゃんが無制限に魔力を供給してるから、入ってくる力が大きすぎて、エレスケさんたちには扱いきれなくなってるんだと思うの!」
そらはエレスケたちにも聞こえるように大きな声で伝える。
莉美は四人にありったけの魔力を供給するよう精神操作を受けている。
そして忠実にそれを実行した結果、エレスケの魔法が制御不能になってしまったのだ。
莉美に対する精神操作を止める者がいなければ、この事態は誰にも止められないということだ。
そらの言葉を聞いた白音は、覚束ない足取りながらもがらもさらに莉美の方へと歩み寄った。
この場でまともに動けるのは、皮肉なことに魔法少女にも変身できず、よれよれの白音だけなのだ。
エレメントスケイプのリーダー風見詩緒が莉美に囁いた。
その言葉に反応して莉美が魔法少女へと変身する。
そして持ち前の莫大な魔力をエレスケの四人に供給し始めた。
青の魔法少女、水尾紗那が手を振ると、倉庫内に大量の水が発生する。
そこに白の魔法少女、風見詩緒が暴風を吹き付けて渦のような流れを生み出す。
莉美の傍にいたそらはその渦流をまともに受けて、扉の方へと押し戻されてしまった。
莉美は黙って詩緒たちの指示に従っている。
やはり精神を操るような魔法の効果を受けているらしい。
莉美はその性格と魔法少女としての能力が相俟って、精神的な作用のある魔法には驚くほど頑強な抵抗力を発揮する。
しかし詩緒が言っていたとおり、一度自らそれを受け容れているために抗うことができないらしかった。
莉美の尋常ならざる魔力量による支援を受けて魔法を強化し、チーム白音に対抗する。
それが詩緒の言う『プランB』とやらなのだろう。
水圧に追いやられてきたそらを受け止めて、佳奈が叫んだ。
「みんな変身だ!!」
佳奈と一恵は即座に変身したが、しかし白音だけは変身していなかった。
「ごめん、まだ魔力がうまく巡ってくれなくて。変身できないの」
白音が申し訳なさそうに言う。生身の白音が水流に巻き込まれないように、佳奈が身を挺して守る。
「平気か?」
「うん、うん。ありがとう」
一恵が水流の中に転移ゲートを開いて水を抜いていく。
「さすが、四大元素を操るエレメントスケイプなの」
エレスケは非戦闘要員だと聞いていたが、これは侮れないとそらは思った。
虚ろな目をした莉美が、大量の魔力を供給し続けているのが脅威を何倍にも増している。
「こっちは魔法少女三人。この魔力量で四人に連携されたら、ちょっとまずいわね。そらちゃん、このペースだと莉美ちゃんの魔力ってどのくらいもちそう?」
言われるがままに無制限に魔力を供給している莉美を見て、持久戦に持ち込むのもありかと一恵は考えたのだ。
しかしそらは肩をすくめて「ずっと」と答えた。
「え?」
思わず一恵が聞き返す。
「別の理由で中断するまで」
そらが言い直したが意味は一緒だ。
「四人分を?」
「百人分でも」
一恵が少し想像してみて、とても嫌そうな顔をした。
さしもの『悪の天才科学者』コンビも、圧倒的な物理量で蹂躙するような魔法の使い方に、どうしたものかと手を出しあぐねる。
だが倉庫内をスケール5のハリケーン並みの暴風が吹き荒れる中、白音が決然とした表情で立ち上がった。
佳奈がその体を支えてやる。
「莉美! 莉美! あなたが根性で誰かに負けるところなんて見たことない。どんな選択をするにせよ、こんな形は間違ってる。抗って! 目を覚まして!!」
しかし詩緒の方も、その程度のことは想定済みだった。
(当然わたしたちの魔法で声は届かなくしてあるわ。何を言っても無駄よ)
この大騒ぎの音は一切倉庫の外に漏れていないし、白音の声も莉美の耳には届いていなかった。
ここで発生する音は、すべて詩緒のコントロール下にある。
さらに詩緒は、魔法による攻めを苛烈にすべくいつきに指示を出す。
「いつき、合わせて!」
「いやでも…………さすがに……」
「早く!」
いつきは躊躇したが、結局詩緒に押し切られる形で魔法を重ねた。
激しい魔法の炎を巻き起こし、それが詩緒の暴風に乗って火炎の旋風となる。
佳奈が変身できていない白音の体を覆うようにして庇った。
凄まじい熱風に、背中がじりじりと焼かれていくのが分かる。
「はうぅっ! 白音っ、平気かっ?」
熱風は白音に届かず、代わりにすべて佳奈が受け止めてくれている。
チーム白音はあまりの高温に耐えきれず、倉庫の外まで後退を余儀なくされた。
「扉を閉めて!」
詩緒の声に千咲が扉にとりついて勢いよく閉める。
しかし扉はすっぱりとくり抜かれていて、入り口と同じ形に穴が空いていた。
これでは何の役にも立つまい。
切断面の見事な美しさからして一恵の魔法によるものなのだろうが、いつの間にそんなことをしたのか、エレスケたちにはまったく分からなかった。
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しかし塞いだとほぼ同時に、もう一度一恵の次元の刃で寸分違わず同じところがくり抜かれた。
「扉とか、存在してる意味が分かんない」
一恵がそう言ってエレスケに向けて、煮えたぎる怒りを無理矢理封じ込めたような冷笑を放った。
テレビで見ていた時は無表情だった。
プールで一緒に遊んだ時には笑顔で楽しそうだった。
そんなところしか見たことがなかったのだが、今凄絶に笑う一恵を見てエレスケたちは縮み上がった。
怒りをぶつけられるとこんなに怖いのだと、思い知らされた。
もし今エレスケが対抗する気になったなら、『土壁で扉を塞ぐ』『ディメンションカッターで切断する』という繰り返しの攻防になってしまうだろう。
そしてそれは、莉美の無尽蔵の魔力によって必ずエレスケ側の勝利に終わる。
だからそうならないように、一恵はエレスケたちの心を折る駆け引きに出たのだった。
おそらくもうエレスケたちの頭からは、白音たちを閉め出すという考えが吹き飛んでしまったはずだ。
佳奈に抱えられていた白音が、莉美の方へ手を伸ばそうとする。
距離を取っているとは言え、白音は変身していない。
その手が熱気に当てられて火ぶくれができ始める。
「お、おい。生身でそんなことしたら!」
佳奈が慌てて白音をもっとしっかり抱え込もうとしたが、しかし白音が妙な声を出した。
「ん?」
確かに手が燃え出しそうなほどに熱いのだが、何かおかしくないか? と白音は感じた。
エレスケの四人は少し首をかしげた白音のその仕草に、ドキリとした。
言い知れぬ危険を感じて鼓動が速くなっていく。
(一恵ちゃんの声もわたしの声も、あの子たちには聞こえてるみたい。こんな轟音の向こうなのに。それにここ、大事な倉庫じゃないの? 燃やしていいの? 扉を閉めたら自分たちが死んじゃうよ? あの子たち、初めて会った時、非戦闘員として巻き込まれた人たちの避難誘導してたよね。パニックを起こさせずに上手だった。人の心操るの得意なのよね。魔法少女って、そんなにいくつも能力持ってるものなの?)
白音がエレスケたちの方を見据えた。
炎が渦巻いているのに、しっかりと順番に四人の瞳を見つめていく。
「ねぇ、あなたたち。四大元素の使い手とか、ただの設定、よね?」
いつきは、白音と真正面から視線を合わせてしまった。
途端に膝ががくがくと震え始める。
「この人はHitoeさんより確実に怖い」、そう感じた。
白音は杖も突かずにひとりで立つと、変身もせずによろよろと火炎の中へ入っていった。
「うわ、おい、ちょ、待って…………」
あまりの熱さに、佳奈はついて行くことができなかった。
「……なるほど。してやられたわ。わたしたち、幻術で炎を見せられて、精神操作でそれが本物だと思い込まされているのね」
白音が燃えさかる炎の中をよろよろと進んでいくのを見て、一恵もようやく詩緒の言った『プランB』の正体に気づいた。
「え、ええ?」
一恵はそう言うが、佳奈にはこの熱気が幻だなんてどうにも信じ難かった。
しかし確かに白音は、炎のまっただ中にいるのに熱がっている様子もない。
幻術を見破ったことで、もしかしてみんなもう熱くなくなったのだろうか。
そう思って佳奈は少し焦った。が、そらも首を横に振る。
「私には無理…………。理屈では分かっていても、これだけの魔力で幻覚をぶつけられると、抗えないの」
そらも一恵も、やはり熱いものは熱いらしい。
「いや、だよな、熱いよなこれ」
一恵が熱気で揺らめく白音の後ろ姿を見て嘆息する。
「白音ちゃんに任せるしかなさそうね…………」
ただもし白音に何かあれば、三人は躊躇無く炎の中に飛び込むだろう。
それだけの覚悟はしている。
周囲には相変わらず激しく炎が渦巻いていた。
しかし佳奈、そら、一恵に見守られ、しっかりと莉美を見据えた白音にもう熱は伝わってこなかった。
「これだけやってるのに、効かないっていうの?!」
詩緒は歯がみした。
あんなにぼろぼろで弱々しく見えて、それでも白音は呆れるくらい強い。
詩緒から見れば強欲にすら思えるその強さで、白音は親友を取り戻そうとしている。
「莉美、莉美、お願い目を覚まして!!」
それに、莉美の才能は本当にすごい。
アイドルになりたいと渇望する詩緒から見れば、ならず者になりたいだなどとぬけぬけと、なんて腹立たしいんだろうと思う。
どうして自分が欲しいものは、みんな自分以外の誰かが持っているんだろうかと妬んでしまう。
(白音さんには幻覚が効かなくても、莉美ちゃんには効いてるのよ。その声は届いていないわ。みんなで一緒の夢を見ましょう)
さらにその先、あと一歩を踏み出そうとした詩緒の腕を、しかしいつきが取った。
「もう止めましょうよぅ。これ以上はできないっす。僕もう、いろいろ限界っす…………」
詩緒にとっていつきは、かわいい後輩だった。
一緒にアイドルを目指してくれる戦友でもある。
だけど厳しい人気商売の世界でやっていけるのか、いつも心配していた。
この子は人が好すぎる。そう感じていた。
だがこの時ばかりは、泣きながら縋るいつきの小さなその手が、詩緒を力強く捉えて放さない。
「…………そうね、潮時ね。止めましょう。詩緒」
いつきのそんな姿を見て、千咲もやはりこのまま進むべきではないと思った。
「そんな、千咲さん!」
「たとえこれでアイドルになれたとしても…………、そんなアイドルはダメでしょ」
「いやでも!! …………」
そこまで言って詩緒は言葉を飲み込んだ。
確かに、それは夢に描いたアイドルとはもうかけ離れてしまっていると、思った。
「…………分かりました」
「うん。元に戻るだけよ。莉美ちゃんを解放してあげましょう。紗那、お願いね」
千咲にそう言われた紗那は、幾分かほっとした顔をした。
莉美を操っている魔法の効果は、いくつかのプロセスを経て発揮されている。
その中で要となっているのが紗那の魔法である。
紗那の魔法は対象の感情を思いどおりのものとすり替えてねつ造することが可能で、これによって莉美の感情を抑制してエレスケに協力するように仕向けていた。
だから莉美を自由にするためには、この魔法を最初に解除しなければならない。
しかし…………、
「…………あのね、ちょっとやばいかもしれない……」
紗那が困ったような顔をした。
「わたしの魔法が止まんない……」
そう言われて他の三人、詩緒、いつき、千咲も同じように自分の魔法が止められなくなっていることに気づいた。
自分の魔法が制御できないという異常事態に、エレスケたちが混乱する。
ようやく莉美を返してくれる気になったのかと思ったのに、妙な事態に陥ったらしい。
動揺しているエレスケたちの様子に理解が追いつかず、思わず佳奈はそらに説明を求めた。
「多分莉美ちゃんが暴走し始めてる。莉美ちゃんが無制限に魔力を供給してるから、入ってくる力が大きすぎて、エレスケさんたちには扱いきれなくなってるんだと思うの!」
そらはエレスケたちにも聞こえるように大きな声で伝える。
莉美は四人にありったけの魔力を供給するよう精神操作を受けている。
そして忠実にそれを実行した結果、エレスケの魔法が制御不能になってしまったのだ。
莉美に対する精神操作を止める者がいなければ、この事態は誰にも止められないということだ。
そらの言葉を聞いた白音は、覚束ない足取りながらもがらもさらに莉美の方へと歩み寄った。
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になればいいと思っています。
皆様の感想。いただけたら嬉しいです。
面白い。少しでも思っていただけたらお気に入りに登録をぜひお願いいたします。
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