ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】

音無やんぐ

文字の大きさ
上 下
51 / 214
第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第16話 莉美奪還作戦 その二

しおりを挟む
 アイドルグループ『エレメントスケイプ』は莉美の頼みを受け容れて、彼女を新規メンバーとして迎えた。
 白音たちに会った水尾紗那みずおさなはそう説明してくれた。
 おそらく莉美はエレスケのメインボーカル、風見詩緖かざみしおと一緒にいるだろうとのことだった。


「皆さんには悪いんですけど、これはすごいチャンスだと思ってます。先輩……鬼軍曹さんたちとコスプレしてた時も、ふたりは女の子にきゃあきゃあ言われてて……。わたしはすごいなぁって思ってるだけの脇役でした。でも莉美ちゃんがいてくれれば、エレスケはもっと飛躍できると思ったんです。もしかしたら、もしかしたらわたしも、輝けるかもしれないって…………」

 このチャンスをなんとかしてものにしたい、という紗那の切実な想いが伝わってきた。
 しかし同時に、莉美が白音たちとこのまま物別れになってしまうのも、できれば避けたいと考えているようだった。
 莉美と話がしたいという佳奈たちのために、紗那は詩緒に連絡を取ってくれた。
 スマホでふたりが少し話をする。

 莉美は、通話をしている詩緒のすぐ傍に居るようで、詩緒が「替わろうか?」と言っているのがスピーカー越しに聞こえてくる。
 しかし莉美はどうやら、話すことはないと言って拒否しているらしい。
 佳奈がスマホの向こうの莉美にも聞こえるように、大きな声を出した。

「莉美!! いっぺん、会って話しよ。このままってわけにはいかないだろ!」

 結局、かたくなな莉美にらちが明かず、会うことも話すこともできなかった。
 佳奈たちは諦めて帰る他なかったのだが、紗那が一度ちゃんと話をするように莉美に伝えると約束してくれた。



「全員にとって納得のいく形で納めろよ。エレメントスケイプにとってもな。まあ双方納得がいくなら多少派手にやっても俺は何も言わん」

 軍曹はそう言いのこして先に帰っていった。
 佳奈たちは転移ゲートで帰ると一応言い訳をして別れたのだが、軍曹は当然佳奈たちが何かするだろうと踏んでいるみたいだった。
 ただ単に「事を荒立てるな」と言われても、おそらく佳奈は止まらない。
 それよりも、こんな風に言われた方が余程抑止力になるだろう。
 軍曹は押しどころ、引きどころをよく心得ているようだった。



 佳奈、そら、一恵の三人はマンションのエントランスがよく見える場所まで一旦退散して、今後の方針を話し合う。

「それで、どうするの? 少し時間をおいたら冷静に話し合えそう?」

 一恵が佳奈に問うた。
 佳奈は確かにしばらく放っておけと言っていた。
 しかしどうにも一恵には、もう少し深刻な問題であるように思えて仕方がなかった。

「いやあ…………正直言うとアタシが耐えらんない。白音と莉美を会わせてやりたい。莉美には少し頭を冷やさせてやりたいんだけど、大けがをして、莉美がいなくなって、弱ってる白音を、見てるのが辛い…………」

 佳奈が少し決まりの悪い顔をしてそう言った。

「分かった。じゃあ佳奈ちゃん。白音ちゃんには少し帰りが遅くなるってメッセージしておいて欲しいの」
「お、どうにかできそう?」

 そらに何か考えがあるようだった。
 チーム白音の作戦参謀としての顔になっている。

「エレスケの動画がアップされてる時刻から、撮影スケジュールが大体見えてくるの。時系列で追っていくと、毎週一回、どこか屋内で動画撮影してる。そして高い確率でそれは今晩行われる。ここで待っていれば、もうすぐ紗那さんが撮影スタジオに向かうはずなの」
「フフ」

 そらの分析を聞いた佳奈が少し笑った。

「どしたの?」
「いや、白音が育て方心配してたの思い出した」
「悪の天才科学者?」
「それそれ。でもアタシは答えに一直線で向かうの好きだよ。さすが天才」
「……佳奈ちゃんに、告られたの」

 もし今日も推定どおりに撮影をするのならば、当然莉美にも会うのだろう。
 紗那はそれを意図的に隠していたのか、それとも莉美の「会いたくない」という意向を尊重しているのか。
 やはり莉美に直接たださなければ、あれやこれやと邪推が宙に舞うばかりだ。
 佳奈はそういうのは嫌いだった。

 そしてそらの推測を聞いて、一恵も少し思案顔をした。紗那の部屋での記憶を辿る。

「……出かけるとしたら、んー……、玄関に大きな鞄が置いてあった。撮影用の小道具とかメイク道具が入ってるんだったら結構重いと思う。で……玄関の靴、ヒール高いのが用意してあった。歩きにくそう。スタジオまである程度の距離があるなら、タクシーに乗るんじゃない?」
「よく見てるな、そんなとこ」
「あら、普通でしょ、普通。わたしたちもタクシー呼んで待機してた方がいいんじゃない? 変身して走って追っかけるのもいいけど」

 走るとなると、多分佳奈の仕事になるのだろう。
 新たな都市伝説が生まれかねない。
 猛スピードで走って車を抜いていく、『赤いターボナンタラ』の都市伝説だ。

「やっぱお前らふたりいるとコワイな」

 佳奈が笑いながら肩をすくめてみせる。
 真夏に車とマラソンはしたくなかったので、一恵の言うとおりタクシーを呼ぶことにした。

 エアコンの利いたその車内から見張っていると、程なくしてもう一台のタクシーが現れてエントランスに横付けされた。
 そらの予測どおり、一恵の睨んだとおり、紗那が大きな荷物を提げてマンションから出てきた。
 ヒールをカツカツと鳴らして待たせていたタクシーに乗り込む。

「出発時間が結構早いの。目的地は少し遠いんだと思う」

 これもそらの予言どおりだった。
 タクシーは一時間以上走った。
 佳奈からすれば、もうそれはそらの固有魔法ユニークなんじゃないかと感じる的中率だ。

 二台のタクシーでつかず離れずの追走を続けると、紗那は途中でエレスケのリーダー土屋千咲つちやちさきを拾った。
 そしてさらに、市街区を離れて郊外へと向かう。
 やがてふたりを乗せたタクシーは、開発途上の造成地の一角で止まった。

 街灯がまだまばらにしか立っていないため、周囲は不気味に薄暗い。
 彼女たちの目の前には、倉庫のような大きな平屋の建物が建っている。
 千咲が倉庫の巨大な両開きの引き戸をノックすると、ごろごろと大きな音を立てて扉が開く。
 人ひとり分だけ開けられたその隙間から、詩緒が顔を出した。
 笑顔で紗那と千咲を迎え入れると、再び扉が閉じられる。

 少し離れた所でタクシーを降りて動向を窺っていた佳奈たちも、倉庫の方へとにじり寄るように近づいていく。
 倉庫には窓があるのだが、目張りされているようで明かりはまったく漏れていない。
 佳奈が中の様子を確認したくて一恵の方を見たが、一恵も肩をすくめた。

「覗けなくはないけど、こんなに近くで魔法使ったら、さすがに気づかれると思うわ」
「詩緒がいたってことは、莉美もいるってことだよな」
「多分そうだと思うわ。それに火浦いつきって子ももう中にいるんじゃないかしら」
「どうして分かるんだ?」
「あの子は確か最年少の十四歳でしょ? あの子以外はもう揃っているから、もし今から来るんなら、独りで来ることになる。この時間にこんな場所を独りで出歩くとは思えないの。まああくまで多分、という程度の話よ?」
「なるほど…………」
「さて、どうするの? リーダー代行」
「あ、アタシの事かそれ?」

 一恵は佳奈の指示に全面的に従うつもりでいる。

「白音ちゃんにとっての最適解を分かっているのは、佳奈ちゃんしかいないと思うの」

 そらも同じ気持ちだった。

「…………おう。おっけー。ここに白音を連れてきて莉美に会わせたいんだ」
「了解!」
「全力を尽くすの」

 一恵が魔力を感知されないよう、少し離れてから魔法少女に変身した。
 紫の光に包まれたかと思うと、そのまま転移ゲートを出して消える。

 少しして、ゲートから白音が現れた。
 入院着に松葉杖を突いている。
 包帯があちこちに巻かれていてまだかなり痛々しい。
 すぐ後ろに一恵がいるのだが、杖を突く邪魔になるのでそれ以上白音に近づくことができないでいた。
 支えたいのに寄り添えない、そんなおっかなびっくりな感じでついて来る。

 白音の体調を考えれば、決してこんなことをしてはいけないのだろう。
 しかし、白音抜きで皆が納得のいく結論が出せるとは、誰にも到底思えなかった。

「みんな、ホントにありがとう。ありがとう」

 白音が、杖をついたままでやりにくそうに頭を下げる。

「撮影の邪魔しちゃ悪いから、始まる前に行きましょ」

 それでも白音は、エレスケの都合や撮影スケジュールのことを気にかけているらしい。
 佳奈たちは思わず苦笑した。

 三人からおおよその状況を教えてもらった白音は、少し覚束ない足取りで先頭を切って倉庫へと向かった。
 まだ少し、おなかに力が入りにくいのだという。
 倉庫の中では撮影の準備が始められているようで、近づくと声が聞こえてきた。

「今日は莉美ちゃん、とりあえずこの衣装着てね」
「それでチャンネル内で衣装デザインを募集しましょう」
「裁縫は任せといて」
「あ、うん……あたしもお裁縫はできるから、できるとこは自分でやるね」
「おー、莉美ちゃんてなにげにハイスペックっすね。女子力高いっす」
「歌もダンスも一発で覚えたよね」
「うんうん」

 そんな他愛もない女の子同士の会話に、白音の肩が震えているのが分かる。
 そして律儀に、倉庫の大きな扉をノックしようとしてよろめいた。
 佳奈が慌ててその身体を支えて代わりにノックする。

 扉がまたごろごろと少しだけ開いて、火浦ひうらいつきが不審そうに顔を覗かせた。

「あ、ねえさん方……」
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜

言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。 しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。 それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。 「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」 破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。 気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。 「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。 「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」 学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス! "悪役令嬢"、ここに爆誕!

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

フェル 森で助けた女性騎士に一目惚れして、その後イチャイチャしながらずっと一緒に暮らす話

カトウ
ファンタジー
こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 チートなんてない。 日本で生きてきたという曖昧な記憶を持って、少年は育った。 自分にも何かすごい力があるんじゃないか。そう思っていたけれど全くパッとしない。 魔法?生活魔法しか使えませんけど。 物作り?こんな田舎で何ができるんだ。 狩り?僕が狙えば獲物が逃げていくよ。 そんな僕も15歳。成人の年になる。 何もない田舎から都会に出て仕事を探そうと考えていた矢先、森で倒れている美しい女性騎士をみつける。 こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 女性騎士に一目惚れしてしまった、少し人と変わった考えを方を持つ青年が、いろいろな人と関わりながら、ゆっくりと成長していく物語。 になればいいと思っています。 皆様の感想。いただけたら嬉しいです。 面白い。少しでも思っていただけたらお気に入りに登録をぜひお願いいたします。 よろしくお願いします! カクヨム様、小説家になろう様にも投稿しております。 続きが気になる!もしそう思っていただけたのならこちらでもお読みいただけます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...