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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第16話 莉美奪還作戦 その一

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 エレメントスケイプの『新メンバー加入』という動画がアップされた時刻は、白音たちがそれを見た日の未明、午前三時頃だった。
 さらにその僅か十時間ほど前、昨日の夕刻に路上で行われたゲリラライブを編集したもののようだ。
 なかなかに手の込んだ映像だが編集が随分速い。

 新生五人組エレスケの動画は既にバズり始めていた。
 やはり莉美が抜群の歌唱力で注目を浴びている。
 視聴者のコメントでも、

[ちょうど空席だったカラーの黄色が加わって最終形態]

などと言われている。
 そしてゲリラライブを生で見たとする人たちの感想でも、

[エレスケの真価と言われている路上ゲリラライブは驚くべき進化を遂げた]
[もはや映画を見ているような、極上のエンタテイメントへと羽化した]

等と書かれている。

 多分ライブでは演出に莉美の膨大な魔力を使っているのだろう。
 動画で見て取れないのがその証拠だ。
 動画に魔法が映っていたらアップできなくなってしまう。


「こんなの莉美じゃない」

 ベッドの上でそらに動画を見せてもらった白音は、ものすごいしかめっ面で感想を言った。

「まあ、そうだな」

 佳奈がベッドサイドに置かれていた松葉杖を、勝手に借りて使っている。
 白音が昨日から歩行訓練に使っているものだ。


「でもすごく頑張ってるの」
「うん。わたしも本気でプロを目指している人たくさん見たけど、莉美ちゃんからは気合いを感じるわ」

 そんな風に言うそらと一恵に悪気はない。
 素直に莉美の事をすごいと思っているのだ。
 しかし…………


「だから莉美じゃないんだ」

 佳奈はそう断じる。
 そして白音がそのあとを続ける。

「莉美のすごいところは、本気で楽しみながら100パーセント以上の実力を出せるところ。反対に楽しくないことを頑張っても、莉美は全開じゃないわ」
「プールの時の莉美はすごかったろ?」

 佳奈が多分、ちょっと莉美の事を自慢するようにそう言った。


「確かに。うちの社長でも、スカウトするならあの時の莉美ちゃんの方ね」

 動画からは莉美の決意と覚悟を感じるが、それでもどちらに魂が揺さぶられたかと聞かれれば、圧倒的にプールの方だと一恵も感じる。


「わたし、百万歩譲って前世の彼方まで退行したとして、莉美が楽しんでいるのならそれでもいいって思う。でも、楽しくないのなら…………こんなの認められない」

 白音のその言葉に、あれ? それ、楽しんでても譲らないってことなんじゃないのかな? とみんな思った。

 そしてリーダーのその意を受けて、チーム白音の『莉美奪還作戦』が始まった。
 白音の個室が臨時の作戦司令室となる。

 ひとまず魔法少女ギルドにエレスケの居場所を問い合わせてみたが、さすがに開示を断られた。
 それはまあ、そんなに易々と開示されたら白音たちだって困る。


「ハッキングする?」

 そらがこともなげにそう言う。

「んー、もう少し穏便な方法を、考えましょう?」

 エレスケたちが知られたくないと考えているなら、結局は多少強引な方法で接触するしかなくなるかもしれない。
 ただ、魔法少女ギルドから情報を盗み出すというのは違うように思う。
 そらにも、そういうことは分かっておいて欲しい。



 作戦会議のさなか、軍曹が白音の見舞いにやって来てくれた。
 魔法少女に変身はしていないが、ミリタリーファッションだった。
 今日のテーマは夏の海軍将校という感じだろうか。

 佳奈が弄んでいる松葉杖を、軍曹がちらりと見た。

「かなり回復していると聞いているぞ。もう食える状態かな?」

 レンズの大きなサングラスを外し、ケーキを差し出す。
 しかし想像していたような反応がなく、白音たちの雰囲気が少し暗かった。
 そしていつも一番うるさい莉美がいない事に気づく。


「なんだ、いつもかしましい貴様ららしくないな」

 白音が莉美の事を軍曹に聞かせる。
 途中で何度か白音が言葉に詰まってしまったので、そこはそらや一恵が後を継いだ。

 ただふたりではどうしても莉美のことを上手く説明できなかったりする。
 そういう莉美の摩訶不思議な部分は佳奈が身振り手振りを交えて補ってくれた。
 佳奈の言葉には、そらや一恵にとってもなるほどと得心する部分が多々存在する。

 おおよその顛末を聞いた軍曹は少し考え込んだ。
 十中八九莉美は今もエレスケたちと一緒にいるのだろう。

「勝手にプライベートデータは公開できんからな。そうだな……ふむ」


 そして突然、今から後輩に会いに行くのだがついて来ないか? と言った。
 その後輩とは昔、一緒に『併せ』をやっていた仲で、今でも多少付き合いがあるのだという。

 多少の付き合いの人に何故今会いに行くのだろうか? そして何故自分たちを誘うのだろうか? そもそも併せってなんだろう? と白音たちの胸に次々と疑問が湧いてくる。


「後輩というのは水尾紗那みずおさなの事だ」
「!?」

 後輩とは初耳だったが、軍曹にできるぎりぎりのことをしてくれようとしていることはよく分かった。

「ただしあいつが断ったらこの話は無しだ。俺の顔を立てろよ?」


 軍曹がスマホで紗那に連絡を取ってくれている。
 有り難い限りだが、それで結局『併せ』ってなんだろう? と白音は思った。

 紗那が軍曹からの通話に喜んでいるのが聞こえてくる。
 白音たちを連れて会ってもらえないかと軍曹が頼むと、快く受けてくれた。
 一度はそうするべきだろうと、紗那の方でも思っていたようだった。

 まだ誰も何も言っていないのに、いそいそと着替えを始めた白音を佳奈が制止する。

「だから、アタシたちに任せろっての」

 白音がびっくりするくらい子供っぽいむくれっ面をした。


「お前のチームを信じろ。少しは休んで待ってろ。いいな?」
「分かったわよ……もう。でも紗那さんに手荒なことしちゃダメよ?」
「ええ? ああ……。はっはっは」
「いやいや、信用させなさいよ、佳奈っ!」


 軍曹は、いつぞやに乗せてもらった社用車で来ていた。
 佳奈、そら、一恵の三人を乗せて都内にあるという紗那のマンションへ連れて行ってくれる。

 そらを真ん中に挟んで、佳奈と一恵は脚を折り畳むようにして乗り込む。
 軍曹もマンションの場所を知っているわけではなさそうで、スマホにナビをさせている。
 そらは佳奈と一恵の窮屈そうにされている脚を気にしながらも、スマホに入力された住所とマンションまでの道のりをしっかり記憶した。


「お久しぶりです、先輩! 相変わらずお似合いで!」

 水尾紗那が軍曹に直立不動で敬礼をする。

「懐かしいです。おふたりと一緒に併せしたの! 妹さんはお元気ですか?」
「いや、まあ、その、すまんな。今日はその話で来たのではない」


 紗那はひとり暮らしのようだった。
 四人でお邪魔しても十分な広さのあるリビングに通して、お茶を淹れてくれる。

 紗那によれば、莉美は多分風見詩緒かざみしおの元にいるということだった。
 莉美は、突然連絡を取ってきてメンバーに入れてくれと頼んだのだという。

 少し様子が変だったし、泊めてくれと言うから訳ありなんだろうとは思っていたらしい。
 ただ、実力はプールの時に見てよく知っていたから、ふたつ返事で莉美の加入を受け容れた。
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