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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る
第15話 莉美の想い、莉美への想い その三
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黒レザーの魔法少女に重傷を負わされ、白音は一時生死の境をさまよっていた。
しかし莉美を始めとする皆の懸命の治療の甲斐あって回復。
なんとか意識を取り戻した。
白音の生還に、チーム白音の魔法少女たちは喜び湧き上る。
それまでの深刻さが嘘のように、いや、深刻であったればこそ、少し異常とも言えるテンションで盛り上がった。
しかしわいわいと夢中で騒いでいたら、年若い女性の看護師が鬼の形相で飛んできた。
MICUが通常のICUと同じ扱いなら、当然のことではある。
本来なら、五人もの付き添いが許されているだけでも特別なのだ。決してうるさくしてはいけない。
その看護師は白衣を着ていたが、どうやらそれは魔法少女として変身した姿らしかった。
白音たちにもはっきりと、その白衣のコスチュームに魔力が内包されているのが感じられる。
これは要注意だ。あまり逆らわない方がいいだろう。
ただ今回はいい大人がひとりいたので、ナースな魔法少女の説教はそちらへと向かった。
代表してリンクスが監督責任を問われ、これでもかというくらいに怒られる。
チーム白音は、スケープゴートのおかげで難を逃れることができたのだった
リンクスは「あまり病院で騒いではいけないよ」などと白音たちに注意して、一応保護者っぽくしてみせる。
「さて、そろそろ俺は帰らせてもらうよ」
白音の無事を見届けると、リンクスは帰り支度を始めた。
もうそろそろ昼下がりといった時刻だったが、彼は自宅ではなく魔法少女ギルドへと向かうらしい。
「それなりにギルドの仕事が溜まっているのでね」
しかし白音は、リンクスを支えている魔法少女たちが優秀なのはよく知っている。
彼女たちだけでもギルドは回っていくはずだ。
これはきっと、チーム白音の五人だけにしておいてやりたいという配慮なのだと思う。
去り際に「よく頑張ったな」と白音の頭を撫でて、リンクスはMICUを後にした。
突然ピッピッピピピッピピッピと、妙なリズムを刻み始めた白音の心電図の音に、思わずそらと一恵が吹き出す。
「心因性の不整脈なの」
その日のうちに、くノ一こと佐々木咲沙が退院すると言って挨拶に来た。
すっかり全快、元通りという感じだ。その展開の速さに驚かされる。
「魔法少女は回復が早いから、こんなもんでござるよ。拙者はこれからしばし夏休みをいただくでござるが」
「くノ一!!」
咲沙の時代がかった言葉遣いを聞いて、また皆の声が揃う。
「名字川さんも無事で良かったでござる。皆さんは拙者の命の恩人。何かあったら呼んで下され。拙者は受けた恩は決して忘れぬ忍びであるゆえ」
SNSのIDを交換して皆で登録し合った。
咲沙は今度は元気よく両手を振って退院して行った。
「魔法少女ってやっぱなりきり大事なんかねー?」
佳奈は咲沙のくノ一というキャラクターが気に入ったらしかった。
かなり興味を示している。
「余裕のない時は普通の口調だったしね。設定作ってる感じよね」
一恵が笑ってそう言った。白音は知らないが、夕べは普通の口調だったらしい。
「だから、設定って言わないであげてよ……」
さすがにそこは突っ込まないであげて欲しいと、白音は思う。
「あ、…………でもさ、でもさ、佳奈」
「あん?」
「なりきりが大事なんだったら、わたしたちもなりきりやすいように決めポーズとか作っとく?」
「うわ…………ないわー」
みんなでやると、ちょっと魔法少女らしくていいかなぁ、などと白音は密かに企んでいたのだが、佳奈に盛大に拒否されてしまった。
「や、あれ? 嫌? …………みんなは? 嫌? 嫌……なのね…………」
こういう時はだいたいノリノリで莉美が味方をしてくれる。
だから白音は助けを求めて視線を送ってみたのだが、莉美はずっと言葉少なに考え込んでいる感じだった。
「莉美?」
「あ、うん。ごめんね」
用事があるからと、莉美はそのままひとりで先に出て行ってしまった。
大量の魔力を消費し続けたのだから、普通に考えれば疲れているのかもしれない。
しかし、莉美に限ってそれはないように思う。
「莉美、大丈夫かな?」
「んー、白音のこと自分のせいだと思って責任感じてるみたいなんだよね。誰が誰だってそうするんだろうに」
「そう……。思い詰めないといいんだけど…………」
佳奈の言うとおり、誰かが誰かを責めるようなことは絶対違うと白音は思う。
莉美にはいつも笑顔でいて欲しい。
ただそれだけなのだ。
◇
翌日の朝、面会の受付が始まるのとほぼ同時に、莉美がひとりで見舞いにやって来た。
本来なら絶対安静の白音だが、治療にも関わっているチーム白音には特別に面会が許可されている。
莉美が、持ってきた花束を花瓶に生ける。
もちろんこれも魔法系集中治療室では許されるはずのない行為である。
しかし現在この部屋には白音ひとりしかいないため、看護師たちも何も言わない。
魔法少女の治療においては、医療にできることはあまり多くない。
そして実際、白音の回復に最も効果を発揮したのは莉美の魔法だった。
となれば、集中治療室に花を飾る程度のことは黙認されてしまう。
それに、莉美のこの行為が回復にいい影響を及ぼす可能性すら、現代科学には否定できないのだ。
「ピンクのね、ヒナギクが綺麗で。白音ちゃんみたいだなって」
白音はやっと変身が解けて入院着を着ている。
変身していると、体の回復が早まる代わりに魔力の消耗が激しくなる。
莉美のような『魔素の怪物』でもない限りは、長時間変身し続けているのは難しい。
静かに療養する局面に入ったと言えるだろう。
「ありがと。綺麗ね……って言いにくくなったわ……。でもこんなに早くどうしたの? あんまり眠れてない?」
「ん、まあ、ね…………。さっき聞いてきたんだけど白音ちゃん、もうほとんどの内臓は正常に機能してるって。これでひと安心」
「そかー、でもまだ体が動かないんだよね。力が上手く入らないの。あ、昨日の夜、機械浴って奴でお風呂に入れてもらったよ。でね、でね、その時体重計られたんだけど、3キロも増えてるのよ。普通こんな風になったら痩せない?!」
「そう、不思議だね」
「ねー、フフフ」
莉美が突然真顔でずい、と寝ている白音の方に身を乗り出して入院着の前をそっと開く。
「な、何、何? 看護師さーん、ここに痴漢いますー。フフフ…………ん?」
また莉美が何か良からぬ事をするのかと思ったが、はだけた胸元に莉美の涙がポタポタとこぼれ落ちた。
「こんなに傷だらけにして、ごめんね。ごめんね…………」
「いやぁねぇ。こんなのすぐ消えるわよ。わたしたち魔法少女じゃないの。蚊に刺されたって、痒くならない!」
さっきからまったく笑顔を見せてくれない莉美に、白音は嫌な予感がしていた。
何度も謝っているが、それはこれからする事への謝罪に聞こえる。
しばしの沈黙が訪れる。
「……………………」
「……………………」
「…………あたしね、アイドル目指そうと思うんだ」
「と、突然ね。まあでも小さい頃からの夢だったよね?」
「うん。でね、チーム白音、抜けようと思うんだ」
「いやっ!」
白音はその言葉を聞いた途端、反射的に拒絶して莉美の襟元を掴んでぐいと引き寄せる。
「絶対に、いやっ!!」
「もう、決めたんだ。あたしはここにいたら駄目なの」
ゆっくり白音の手をほどくと、莉美が立ち上がる。
莉美をどうやったら引き留められるか、白音の頭の中をぐるぐると考えが巡る。
しかし莉美は人当たりは柔らかいものの、ひとたび決断したら白音以上に頑固なのをよく知っている。
まだ立ち上がることができない白音を一度だけ振り返り、莉美は淋しそうな笑顔を向けてさよならを告げた。
◇
白音からの随分と錯乱したメッセージが、佳奈のスマホにいくつも送られてきていた。
それを見た佳奈も、いつもより早めにひとりで病室にやって来てくれた。
白音は佳奈の顔を見るなり、泣きながら莉美を呼び戻してくれと頼んだ。
「お前さあ、これ莉美に言ってないよな?」
そう言って佳奈に送られてきた大量のメッセージを白音に見せる。
[莉美をこんなに思い詰めさせたのは自分が弱いせい]
[軍曹の言うとおりだった。力がなくちゃ何も守れない]
[莉美を呼び戻して。もう一度チャンスが欲しい]
[強くなって、誰も泣かせない最強のリーダーになる]
[それを莉美に見て欲しいの]
佳奈がフン、と嘆息する。
「アタシだってお前にこんなこと言われたら、プレッシャーで潰れるわ」
「なんでっ、なんでよっ!! 佳奈までそんなこと言うの!」
白音が半身を起こして佳奈にしがみつく。
「佳奈まで、どこかに行くって言うのっ?!」
「ちょ、ちょ、待てって。落ち着けって。言い方悪かったって。アタシはプレッシャーなんか感じる人間じゃないから、どこへも行かないって。ものの例えだって」
本来はまだ絶対安静の白音を、佳奈は自分の体から引っぺがして寝かせる。
「どうどう。お前ホント頭いいくせに時々あほになるよな。けが人は寝てから寝言を言えっての」
「なによ。一恵ちゃんにも似たようなこと言われたわよ」
白音が少しむくれている。
「アタシはさぁ、白音に負けたくないって思ってんだけど、莉美はさ、お前に頼られたいんだよ」
白音が弱っている姿を見せることは滅多にないので、チャンスだと思って頭をぐりぐりと撫で回しておく。
おとなしく目をつぶっていて、こういう時の白音はちょっとかわいい。
佳奈だけが知っている姿だ。
「今回の事は、アタシは全員がいろいろダメだったって思ってんだけど、莉美はお前がこんなんなってるのを自分のせいだって思ってるだろ?」
白音が無言で頷く。
「お前が頑張れば頑張るほど、真面目な……真面目か? んー、とにかく白音大好きな莉美は自分も失敗できないって感じるんだよ」
白音が何か反論しかけたが、その頤を片手でガシッと掴んで言葉を封じる。
「ひとりで全部背負ってんじゃないよ。それはアタシらに対する侮辱だよ? 軍曹だってそんなこと言ってないよな。お前に全員を守れとか言ってないだろ。チームワークってのはそうじゃないだろ?」
「むー」
「まあちょっと様子見してから莉美とっ捕まえて話しようぜ? お互い頭冷やそうぜ」
ついでに白音のほっぺたをびよーんと引っ張ってみる。
白音はしばらくされるがままになっていた。
佳奈は少しほっとけと言ったのだが、莉美の事を聞いたそらと一恵は、その行方を捜し始めた。
佳奈のように落ち着いて静観している気には、到底なれなかった。
莉美のスマホにメッセージを送っても、既読になるが返事はなし。
音声通話をしてみても応答する様子はない。
しかし莉美は家には戻っていないようだった。
多分まだ白音と一緒に『一週間のお泊まり』をしていることになっているのだろう。
心配させたくはなかったので莉美の両親には接触しなかった。
そして莉美が白音に別れを告げてから二日後、そらが意外なところで莉美を発見した。
白音の病室で、そらがスマホを使ってみんなに動画を見せる。
白音は昨日から魔法系集中治療室を出て通常の病室に移っていたから、多少は騒いでも怒られない。
魔法少女にはいろいろ秘匿事項もあるので、原則個室になるのだそうだ。
五人が集まることを見越してなのか、かなり広い個室を与えてもらっている。
そらが見せてくれたのはエレメントスケイプの動画だった。
『新メンバー加入!!』というタイトルが付けられている。
五人目として、大空莉美が迎えられていた。
「はぁ?!」
しかし莉美を始めとする皆の懸命の治療の甲斐あって回復。
なんとか意識を取り戻した。
白音の生還に、チーム白音の魔法少女たちは喜び湧き上る。
それまでの深刻さが嘘のように、いや、深刻であったればこそ、少し異常とも言えるテンションで盛り上がった。
しかしわいわいと夢中で騒いでいたら、年若い女性の看護師が鬼の形相で飛んできた。
MICUが通常のICUと同じ扱いなら、当然のことではある。
本来なら、五人もの付き添いが許されているだけでも特別なのだ。決してうるさくしてはいけない。
その看護師は白衣を着ていたが、どうやらそれは魔法少女として変身した姿らしかった。
白音たちにもはっきりと、その白衣のコスチュームに魔力が内包されているのが感じられる。
これは要注意だ。あまり逆らわない方がいいだろう。
ただ今回はいい大人がひとりいたので、ナースな魔法少女の説教はそちらへと向かった。
代表してリンクスが監督責任を問われ、これでもかというくらいに怒られる。
チーム白音は、スケープゴートのおかげで難を逃れることができたのだった
リンクスは「あまり病院で騒いではいけないよ」などと白音たちに注意して、一応保護者っぽくしてみせる。
「さて、そろそろ俺は帰らせてもらうよ」
白音の無事を見届けると、リンクスは帰り支度を始めた。
もうそろそろ昼下がりといった時刻だったが、彼は自宅ではなく魔法少女ギルドへと向かうらしい。
「それなりにギルドの仕事が溜まっているのでね」
しかし白音は、リンクスを支えている魔法少女たちが優秀なのはよく知っている。
彼女たちだけでもギルドは回っていくはずだ。
これはきっと、チーム白音の五人だけにしておいてやりたいという配慮なのだと思う。
去り際に「よく頑張ったな」と白音の頭を撫でて、リンクスはMICUを後にした。
突然ピッピッピピピッピピッピと、妙なリズムを刻み始めた白音の心電図の音に、思わずそらと一恵が吹き出す。
「心因性の不整脈なの」
その日のうちに、くノ一こと佐々木咲沙が退院すると言って挨拶に来た。
すっかり全快、元通りという感じだ。その展開の速さに驚かされる。
「魔法少女は回復が早いから、こんなもんでござるよ。拙者はこれからしばし夏休みをいただくでござるが」
「くノ一!!」
咲沙の時代がかった言葉遣いを聞いて、また皆の声が揃う。
「名字川さんも無事で良かったでござる。皆さんは拙者の命の恩人。何かあったら呼んで下され。拙者は受けた恩は決して忘れぬ忍びであるゆえ」
SNSのIDを交換して皆で登録し合った。
咲沙は今度は元気よく両手を振って退院して行った。
「魔法少女ってやっぱなりきり大事なんかねー?」
佳奈は咲沙のくノ一というキャラクターが気に入ったらしかった。
かなり興味を示している。
「余裕のない時は普通の口調だったしね。設定作ってる感じよね」
一恵が笑ってそう言った。白音は知らないが、夕べは普通の口調だったらしい。
「だから、設定って言わないであげてよ……」
さすがにそこは突っ込まないであげて欲しいと、白音は思う。
「あ、…………でもさ、でもさ、佳奈」
「あん?」
「なりきりが大事なんだったら、わたしたちもなりきりやすいように決めポーズとか作っとく?」
「うわ…………ないわー」
みんなでやると、ちょっと魔法少女らしくていいかなぁ、などと白音は密かに企んでいたのだが、佳奈に盛大に拒否されてしまった。
「や、あれ? 嫌? …………みんなは? 嫌? 嫌……なのね…………」
こういう時はだいたいノリノリで莉美が味方をしてくれる。
だから白音は助けを求めて視線を送ってみたのだが、莉美はずっと言葉少なに考え込んでいる感じだった。
「莉美?」
「あ、うん。ごめんね」
用事があるからと、莉美はそのままひとりで先に出て行ってしまった。
大量の魔力を消費し続けたのだから、普通に考えれば疲れているのかもしれない。
しかし、莉美に限ってそれはないように思う。
「莉美、大丈夫かな?」
「んー、白音のこと自分のせいだと思って責任感じてるみたいなんだよね。誰が誰だってそうするんだろうに」
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佳奈の言うとおり、誰かが誰かを責めるようなことは絶対違うと白音は思う。
莉美にはいつも笑顔でいて欲しい。
ただそれだけなのだ。
◇
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莉美が、持ってきた花束を花瓶に生ける。
もちろんこれも魔法系集中治療室では許されるはずのない行為である。
しかし現在この部屋には白音ひとりしかいないため、看護師たちも何も言わない。
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そして実際、白音の回復に最も効果を発揮したのは莉美の魔法だった。
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それに、莉美のこの行為が回復にいい影響を及ぼす可能性すら、現代科学には否定できないのだ。
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白音はやっと変身が解けて入院着を着ている。
変身していると、体の回復が早まる代わりに魔力の消耗が激しくなる。
莉美のような『魔素の怪物』でもない限りは、長時間変身し続けているのは難しい。
静かに療養する局面に入ったと言えるだろう。
「ありがと。綺麗ね……って言いにくくなったわ……。でもこんなに早くどうしたの? あんまり眠れてない?」
「ん、まあ、ね…………。さっき聞いてきたんだけど白音ちゃん、もうほとんどの内臓は正常に機能してるって。これでひと安心」
「そかー、でもまだ体が動かないんだよね。力が上手く入らないの。あ、昨日の夜、機械浴って奴でお風呂に入れてもらったよ。でね、でね、その時体重計られたんだけど、3キロも増えてるのよ。普通こんな風になったら痩せない?!」
「そう、不思議だね」
「ねー、フフフ」
莉美が突然真顔でずい、と寝ている白音の方に身を乗り出して入院着の前をそっと開く。
「な、何、何? 看護師さーん、ここに痴漢いますー。フフフ…………ん?」
また莉美が何か良からぬ事をするのかと思ったが、はだけた胸元に莉美の涙がポタポタとこぼれ落ちた。
「こんなに傷だらけにして、ごめんね。ごめんね…………」
「いやぁねぇ。こんなのすぐ消えるわよ。わたしたち魔法少女じゃないの。蚊に刺されたって、痒くならない!」
さっきからまったく笑顔を見せてくれない莉美に、白音は嫌な予感がしていた。
何度も謝っているが、それはこれからする事への謝罪に聞こえる。
しばしの沈黙が訪れる。
「……………………」
「……………………」
「…………あたしね、アイドル目指そうと思うんだ」
「と、突然ね。まあでも小さい頃からの夢だったよね?」
「うん。でね、チーム白音、抜けようと思うんだ」
「いやっ!」
白音はその言葉を聞いた途端、反射的に拒絶して莉美の襟元を掴んでぐいと引き寄せる。
「絶対に、いやっ!!」
「もう、決めたんだ。あたしはここにいたら駄目なの」
ゆっくり白音の手をほどくと、莉美が立ち上がる。
莉美をどうやったら引き留められるか、白音の頭の中をぐるぐると考えが巡る。
しかし莉美は人当たりは柔らかいものの、ひとたび決断したら白音以上に頑固なのをよく知っている。
まだ立ち上がることができない白音を一度だけ振り返り、莉美は淋しそうな笑顔を向けてさよならを告げた。
◇
白音からの随分と錯乱したメッセージが、佳奈のスマホにいくつも送られてきていた。
それを見た佳奈も、いつもより早めにひとりで病室にやって来てくれた。
白音は佳奈の顔を見るなり、泣きながら莉美を呼び戻してくれと頼んだ。
「お前さあ、これ莉美に言ってないよな?」
そう言って佳奈に送られてきた大量のメッセージを白音に見せる。
[莉美をこんなに思い詰めさせたのは自分が弱いせい]
[軍曹の言うとおりだった。力がなくちゃ何も守れない]
[莉美を呼び戻して。もう一度チャンスが欲しい]
[強くなって、誰も泣かせない最強のリーダーになる]
[それを莉美に見て欲しいの]
佳奈がフン、と嘆息する。
「アタシだってお前にこんなこと言われたら、プレッシャーで潰れるわ」
「なんでっ、なんでよっ!! 佳奈までそんなこと言うの!」
白音が半身を起こして佳奈にしがみつく。
「佳奈まで、どこかに行くって言うのっ?!」
「ちょ、ちょ、待てって。落ち着けって。言い方悪かったって。アタシはプレッシャーなんか感じる人間じゃないから、どこへも行かないって。ものの例えだって」
本来はまだ絶対安静の白音を、佳奈は自分の体から引っぺがして寝かせる。
「どうどう。お前ホント頭いいくせに時々あほになるよな。けが人は寝てから寝言を言えっての」
「なによ。一恵ちゃんにも似たようなこと言われたわよ」
白音が少しむくれている。
「アタシはさぁ、白音に負けたくないって思ってんだけど、莉美はさ、お前に頼られたいんだよ」
白音が弱っている姿を見せることは滅多にないので、チャンスだと思って頭をぐりぐりと撫で回しておく。
おとなしく目をつぶっていて、こういう時の白音はちょっとかわいい。
佳奈だけが知っている姿だ。
「今回の事は、アタシは全員がいろいろダメだったって思ってんだけど、莉美はお前がこんなんなってるのを自分のせいだって思ってるだろ?」
白音が無言で頷く。
「お前が頑張れば頑張るほど、真面目な……真面目か? んー、とにかく白音大好きな莉美は自分も失敗できないって感じるんだよ」
白音が何か反論しかけたが、その頤を片手でガシッと掴んで言葉を封じる。
「ひとりで全部背負ってんじゃないよ。それはアタシらに対する侮辱だよ? 軍曹だってそんなこと言ってないよな。お前に全員を守れとか言ってないだろ。チームワークってのはそうじゃないだろ?」
「むー」
「まあちょっと様子見してから莉美とっ捕まえて話しようぜ? お互い頭冷やそうぜ」
ついでに白音のほっぺたをびよーんと引っ張ってみる。
白音はしばらくされるがままになっていた。
佳奈は少しほっとけと言ったのだが、莉美の事を聞いたそらと一恵は、その行方を捜し始めた。
佳奈のように落ち着いて静観している気には、到底なれなかった。
莉美のスマホにメッセージを送っても、既読になるが返事はなし。
音声通話をしてみても応答する様子はない。
しかし莉美は家には戻っていないようだった。
多分まだ白音と一緒に『一週間のお泊まり』をしていることになっているのだろう。
心配させたくはなかったので莉美の両親には接触しなかった。
そして莉美が白音に別れを告げてから二日後、そらが意外なところで莉美を発見した。
白音の病室で、そらがスマホを使ってみんなに動画を見せる。
白音は昨日から魔法系集中治療室を出て通常の病室に移っていたから、多少は騒いでも怒られない。
魔法少女にはいろいろ秘匿事項もあるので、原則個室になるのだそうだ。
五人が集まることを見越してなのか、かなり広い個室を与えてもらっている。
そらが見せてくれたのはエレメントスケイプの動画だった。
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