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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る
第15話 莉美の想い、莉美への想い その二
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重傷を負い、生死の境をさまよう白音と、くノ一こと佐々木咲沙。ふたりを回復させるため、莉美を中心に据えた懸命の体外魔力循環が続けられていた。
そんな彼女たちをサポートするため、魔法少女ギルドから派遣された医療班が現場である海浜公園へ続々と到着する。
「神君にはすまないが、もうひと仕事頼みたい」
一恵は独り、狐面の巫女の検死をしていたのだが、鬼軍曹が彼女に頼みたいことがあるという。
◇
ブルームが出資している医療法人に、法貴総合病院というものがある。
表向きは普通の医療機関だが、異世界事案に対応できるような体制が整えられており、星石や魔核を持つような患者も極秘裏に受け容れている。
軍曹は、白音とくノ一をそこへ収容するつもりだった。
だからふたりの容体が安定したら、一恵の転移ゲートを使って搬送して欲しい。
それが軍曹の言う『もうひと仕事』だった。
一恵は既に一度、場所を覚えるために法貴総合病院を訪れたことがある。
緊急事態に備えていつでも転移できるようにしておくためだ。
もちろん白音のために使うことになるなどとは思いもしなかったが、備えておいて良かった。
転移ゲートを使えば白音たちに極力負担を与えず、医療機器ごと瞬時に移送することができるだろう。
転移での移送となると、一恵ひとりの魔法に頼り切りになってしまう。
しかし一恵自身も怪我を負っており、かなり消耗している。
どうしても莉美からの魔力供給が必要になるのだが、莉美は現在進行形でとんでもない量の魔力を消費し続けている。
そこでできるだけふたりの負担を減らすために、ゲート使用者を絞ろうという話になっていた。
最低限一緒に転移させることが必要な人員と機材をリストアップしていると、莉美が「問題ない」と言った。
どんなに魔力が必要になろうとも、そのすべてをひとりで賄うつもりらしかった。
「怪我をしてないのはあたしだけなんだ。白音ちゃんのおかげ……。このくらい、全然平気…………」
莉美がふたり分の魔力循環をこなしながら、宣言どおり一恵にも十分な量の魔力を分けてくれた。
おかげで大質量の移動に耐えうる、大きくて安定したゲートを作ることができた。
そこでストレッチャーを三台用意して白音、くノ一、それに莉美を載せ、瑠奏が三人丸ごと浮かばせてゲートを通過した。
莉美の体外魔力循環を一切中断させることなく、法貴総合病院にある『MICU(魔法系集中治療室)』と呼ばれる特別な部屋へと運び込む。
そらもすぐ傍について精神連携を維持し続けている。
ふたりの容体を魔力紋でモニターしつつ、魔力循環の繊細な加減を莉美に伝えているのだ
看護師の手によって白音とくノ一に輸血用と輸液用の点滴ルートが確保され、モニター心電図用の電極や酸素マスクなどが取り付けられていく。
佳奈がその仰々しい装置の数々を見て、今更ながらに焦り始めた。
「お、おい。ホントに大丈夫なんだよな?! 頼んだからな?」
失血量が多い場合は、止血処置と共に輸血を行えば星石への負担が軽減されることは分かっているらしい。
ふたりとも、夥しい量の血を失っていたと思う。
その後出血のコントロールがある程度できたら輸液へと移行する。
実際のところ、現代医療にできることはあまりない。
白音とくノ一の回復は、星石と、莉美の力に完全に委ねられている。
ただ、星石によって回復力が高められるとは言え、体を修復するための材料はその体内から消費される。
何もしないとげっそりと痩せてしまうため、高カロリー輸液をして栄養を供給してやるらしい。
「現代医学で手伝えるのは、この程度のことしかない。目が覚めたら体重が増えているくらいが丁度いい」
というのが医師の弁である。
「高カロ……、目が覚めたら白音が怒りそう……」
そんな余計な事を考えたおかげで佳奈は少し冷静になることができた。
白音が元気になって太っていたら、何かうまくなだめる方法を考えておかなければならない。
安定して十分な魔力を供給するため、白音とくノ一のベッドは莉美を挟んで両側に設置されている。
莉美はふたりの手をずっと握っている。
くノ一の方が容体は幾分か良く、出血も既に止まっていた。
白音のリーパーが途絶えてからずっと昏睡状態になっていたのだが、高カロリー輸液に切り替えることができたあたりで彼女は目を覚ました。
「わたし、助かったんだね…………。ありがとう」
青を通り越して真っ白だったくノ一の顔色が、やや赤みを取り戻している。
そらがくノ一の体に触れて魔力紋鑑定で容体を読み取る。
「こちらこそありがと。あなたのひと言がなかったら、私もどうなっていたか分からないの」
くノ一があのとき目覚めて警告してくれなければ、そらは黒レザーの女の髪の毛に刺し貫かれて死んでいたかもしれない。
「ん、容体は安定してる。あと必要なのは通常の医療処置」
そらの言葉を聞いて、看護師が近づいてきてくノ一の容体を見た。
勘違いでなければその時、看護師は何かの魔法を使ったと思う。
そして医師に「ミッターマイヤーさんの言うとおりだと思います。容体は安定しています」と告げた。
看護師が使ったのはそらに似た、患者の状態を診るような魔法だったのだろう。
さすがはMICUだ。
「ここに来るのは三回目だわ…………」
そう呟いたくノ一は、一般病棟へと移されることになった。
去り際にチーム白音の皆に順に感謝の気持ちを伝え、そして白音の回復を祈ってくれる。
そしてくノ一こと佐々木咲沙は、小さく手を振りながらベッドごと運ばれていった。
◇
夜が明けても、莉美の懸命の命の循環は続いていた。
一恵は白音に魔力を循環させている莉美と、莉美に精神連携してモニタリングを続けているそらの頭に、後ろからそっとキスをする。
そして祈るように彼女たちを見守り続けている佳奈の隣に腰を下ろした。
莉美は疲れの見え始めたそらにまで魔力を分け与えているらしい。
「さすがにずっとはきついだろうから、途中でちょっとだけでも交代して休憩してもらおうと思ってたんだけど、ほんとにひとりでやり切っちゃうのね」
一恵がもはや畏敬に近い感情を抱きながらそう言った。
それでも莉美の魔力には一切底が見えてこない。
もしかして無限なのではないかとすら思う。
夜を徹しての治療、看護の甲斐あって、白音の呼吸が深く落ち着き始めていた。
それと共に、張り詰めていた魔法少女たちの空気も、幾分か柔らかくなってきている。
医師と、多分魔法少女なのであろう看護師が回診に来てくれて、「峠は越えた」との判断が出た。
大声は出せないので皆で静かに喜び合う。
佳奈が医師の肩を無言でばんばん叩いて喜んでいる。
今はそれを止めてくれる者が誰もいない。
その初老の男性医師は多分魔法少女ではないので、やり過ぎると肩の骨を砕いてしまいそうだ。
医師にしても何かエビデンスがあるわけではない。
今までの魔法少女に対する治療経験から、ここまで来たら大丈夫と判断しているに過ぎない。
この状態からでも普通の人間なら、手の施しようもなく死亡するのだ。
ただ、医者がこんなことを言うのはどうかと思うが、と前置きをして言った。
「佐々木さんが助かるのは理解できる。傷は深いが一カ所だったし、失血さえ補えれば魔法少女としての回復力に任せられる。ただ、名字川さんの方は徹底的に内臓が破壊されていて、いくら魔法少女と言えどここまでのダメージから回復できた例はない。運び込まれてきた時に正直これは助からないな、と感じていた。ここまで回復できたのは、皆さんのがんばりが呼んだ奇跡としか言いようがない」
◇
白音は夢を見ていた。
幼い自分が花畑を走り、転げ回って遊んでいた。
そして優しく微笑む母がすぐ傍にいて見守ってくれて居る。
その母は名字川敬子ではない。
見知らぬはずの顔。
だが何故かそれが母であると間違いなく分かる。
そしてそこは懐かしいのに見知らぬ土地。
そこで母と共に、父の帰りを待っているのだ。
目を覚ますとすぐ傍にリンクスが座っていて、白音の手を握っていた。
目が合うと、優しく微笑んでくれる。
夢の中の母と同じように。
白音は状況が把握できなくて、少しぼうっとしていた。
柔らかそうな彼の黒髪が、いつもは丁寧に整えられているのに今はかなり乱れている。
もしかしたらあまり寝ていないのかもしれない。
部屋の中には先程から、ピッピッピッと一定のリズムを刻む電子音が聞こえている。
それは多分自分の心臓の拍動なのだろう。
どうやらここは病院らしい。
それでようやく白音は思い出した。
自分は体に深い傷を負って気を失ったはずだ。
そのまま死ぬのかもしれないとすら思っていた。
それが今こうやって目を覚ましているということは、きっと病院に運び込まれたのだろう。
リンクスはずっと傍についていてくれたのではないだろうか。
そしてリンクスの隣や背後に椅子を並べて彼にまとわりつくように、もたれかかるように、そらなどは彼の膝を枕にして………チーム白音の面々がみんな寝ている。
猫が彼にたかって午睡しているみたいだった。
白音の目覚めての第一声は、
「んなっ!?」
であった。
リンクスがほっと安堵した表情を見せる。
「良かった。どこか悪いところはないかい?」
「ええ、なんか気分悪いです。なんですかそいつら?」
「あ、ああさすがに俺も少し困っている。でもまあ本当は君に寄り添って眠りたかったんだろう。負担をかけないように気を遣ってくれてるんだ。疲れているだろうから、そっとしておいてやりたいが」
「捨ててしまって、問題ないです」
クククと笑うとリンクスは、四人に「白音君が目を覚ましたよ」と声をかけて立ち上がった。
寝起きの悪い佳奈が、椅子から転げ落ちて頭を床にぶつける。
「ふがっ!」
しかし皆が歓喜の声を上げているのに気づいて、すぐ跳ね起きる。
「白音っ!!」
佳奈が喜び合う他の猫たちをかき分けて白音を抱きしめる。
負担をかけないように気を遣っていたとか、絶対嘘だ。
馬鹿力で締め上げる。
「いだい、いだい、口から何か出る。死ぬう」
普通は重傷者にそんなことを言われたら手を緩めるものだが、
「うっさい馬鹿っ!」
と言って締め続ける。
自分の顔をぎゅーっと白音のボロボロのコスチュームに押しつけて、周りから見えないようにしている。
「怪我してなきゃ、こ、このままにしてあげるんだけど、ホントに痛い…………」
白音の体には、乾きかけた血がまだべっとりとついている。
顔の辺りは少し拭いてもらっているが、コスチュームはどうにもできなくてそのままだった。
「よし動けない白音をみんなで風呂に入れよう」と誰からともなく言った。
みんなテンションがおかしい。
「はーい」
「や、ちょ、わたし動けないんだから。こわい、こわい、何する気」
しかし莉美だけは徹夜の魔力循環でさすがに疲れているのか、それを横で微笑んで見ているだけだった。
そんな彼女たちをサポートするため、魔法少女ギルドから派遣された医療班が現場である海浜公園へ続々と到着する。
「神君にはすまないが、もうひと仕事頼みたい」
一恵は独り、狐面の巫女の検死をしていたのだが、鬼軍曹が彼女に頼みたいことがあるという。
◇
ブルームが出資している医療法人に、法貴総合病院というものがある。
表向きは普通の医療機関だが、異世界事案に対応できるような体制が整えられており、星石や魔核を持つような患者も極秘裏に受け容れている。
軍曹は、白音とくノ一をそこへ収容するつもりだった。
だからふたりの容体が安定したら、一恵の転移ゲートを使って搬送して欲しい。
それが軍曹の言う『もうひと仕事』だった。
一恵は既に一度、場所を覚えるために法貴総合病院を訪れたことがある。
緊急事態に備えていつでも転移できるようにしておくためだ。
もちろん白音のために使うことになるなどとは思いもしなかったが、備えておいて良かった。
転移ゲートを使えば白音たちに極力負担を与えず、医療機器ごと瞬時に移送することができるだろう。
転移での移送となると、一恵ひとりの魔法に頼り切りになってしまう。
しかし一恵自身も怪我を負っており、かなり消耗している。
どうしても莉美からの魔力供給が必要になるのだが、莉美は現在進行形でとんでもない量の魔力を消費し続けている。
そこでできるだけふたりの負担を減らすために、ゲート使用者を絞ろうという話になっていた。
最低限一緒に転移させることが必要な人員と機材をリストアップしていると、莉美が「問題ない」と言った。
どんなに魔力が必要になろうとも、そのすべてをひとりで賄うつもりらしかった。
「怪我をしてないのはあたしだけなんだ。白音ちゃんのおかげ……。このくらい、全然平気…………」
莉美がふたり分の魔力循環をこなしながら、宣言どおり一恵にも十分な量の魔力を分けてくれた。
おかげで大質量の移動に耐えうる、大きくて安定したゲートを作ることができた。
そこでストレッチャーを三台用意して白音、くノ一、それに莉美を載せ、瑠奏が三人丸ごと浮かばせてゲートを通過した。
莉美の体外魔力循環を一切中断させることなく、法貴総合病院にある『MICU(魔法系集中治療室)』と呼ばれる特別な部屋へと運び込む。
そらもすぐ傍について精神連携を維持し続けている。
ふたりの容体を魔力紋でモニターしつつ、魔力循環の繊細な加減を莉美に伝えているのだ
看護師の手によって白音とくノ一に輸血用と輸液用の点滴ルートが確保され、モニター心電図用の電極や酸素マスクなどが取り付けられていく。
佳奈がその仰々しい装置の数々を見て、今更ながらに焦り始めた。
「お、おい。ホントに大丈夫なんだよな?! 頼んだからな?」
失血量が多い場合は、止血処置と共に輸血を行えば星石への負担が軽減されることは分かっているらしい。
ふたりとも、夥しい量の血を失っていたと思う。
その後出血のコントロールがある程度できたら輸液へと移行する。
実際のところ、現代医療にできることはあまりない。
白音とくノ一の回復は、星石と、莉美の力に完全に委ねられている。
ただ、星石によって回復力が高められるとは言え、体を修復するための材料はその体内から消費される。
何もしないとげっそりと痩せてしまうため、高カロリー輸液をして栄養を供給してやるらしい。
「現代医学で手伝えるのは、この程度のことしかない。目が覚めたら体重が増えているくらいが丁度いい」
というのが医師の弁である。
「高カロ……、目が覚めたら白音が怒りそう……」
そんな余計な事を考えたおかげで佳奈は少し冷静になることができた。
白音が元気になって太っていたら、何かうまくなだめる方法を考えておかなければならない。
安定して十分な魔力を供給するため、白音とくノ一のベッドは莉美を挟んで両側に設置されている。
莉美はふたりの手をずっと握っている。
くノ一の方が容体は幾分か良く、出血も既に止まっていた。
白音のリーパーが途絶えてからずっと昏睡状態になっていたのだが、高カロリー輸液に切り替えることができたあたりで彼女は目を覚ました。
「わたし、助かったんだね…………。ありがとう」
青を通り越して真っ白だったくノ一の顔色が、やや赤みを取り戻している。
そらがくノ一の体に触れて魔力紋鑑定で容体を読み取る。
「こちらこそありがと。あなたのひと言がなかったら、私もどうなっていたか分からないの」
くノ一があのとき目覚めて警告してくれなければ、そらは黒レザーの女の髪の毛に刺し貫かれて死んでいたかもしれない。
「ん、容体は安定してる。あと必要なのは通常の医療処置」
そらの言葉を聞いて、看護師が近づいてきてくノ一の容体を見た。
勘違いでなければその時、看護師は何かの魔法を使ったと思う。
そして医師に「ミッターマイヤーさんの言うとおりだと思います。容体は安定しています」と告げた。
看護師が使ったのはそらに似た、患者の状態を診るような魔法だったのだろう。
さすがはMICUだ。
「ここに来るのは三回目だわ…………」
そう呟いたくノ一は、一般病棟へと移されることになった。
去り際にチーム白音の皆に順に感謝の気持ちを伝え、そして白音の回復を祈ってくれる。
そしてくノ一こと佐々木咲沙は、小さく手を振りながらベッドごと運ばれていった。
◇
夜が明けても、莉美の懸命の命の循環は続いていた。
一恵は白音に魔力を循環させている莉美と、莉美に精神連携してモニタリングを続けているそらの頭に、後ろからそっとキスをする。
そして祈るように彼女たちを見守り続けている佳奈の隣に腰を下ろした。
莉美は疲れの見え始めたそらにまで魔力を分け与えているらしい。
「さすがにずっとはきついだろうから、途中でちょっとだけでも交代して休憩してもらおうと思ってたんだけど、ほんとにひとりでやり切っちゃうのね」
一恵がもはや畏敬に近い感情を抱きながらそう言った。
それでも莉美の魔力には一切底が見えてこない。
もしかして無限なのではないかとすら思う。
夜を徹しての治療、看護の甲斐あって、白音の呼吸が深く落ち着き始めていた。
それと共に、張り詰めていた魔法少女たちの空気も、幾分か柔らかくなってきている。
医師と、多分魔法少女なのであろう看護師が回診に来てくれて、「峠は越えた」との判断が出た。
大声は出せないので皆で静かに喜び合う。
佳奈が医師の肩を無言でばんばん叩いて喜んでいる。
今はそれを止めてくれる者が誰もいない。
その初老の男性医師は多分魔法少女ではないので、やり過ぎると肩の骨を砕いてしまいそうだ。
医師にしても何かエビデンスがあるわけではない。
今までの魔法少女に対する治療経験から、ここまで来たら大丈夫と判断しているに過ぎない。
この状態からでも普通の人間なら、手の施しようもなく死亡するのだ。
ただ、医者がこんなことを言うのはどうかと思うが、と前置きをして言った。
「佐々木さんが助かるのは理解できる。傷は深いが一カ所だったし、失血さえ補えれば魔法少女としての回復力に任せられる。ただ、名字川さんの方は徹底的に内臓が破壊されていて、いくら魔法少女と言えどここまでのダメージから回復できた例はない。運び込まれてきた時に正直これは助からないな、と感じていた。ここまで回復できたのは、皆さんのがんばりが呼んだ奇跡としか言いようがない」
◇
白音は夢を見ていた。
幼い自分が花畑を走り、転げ回って遊んでいた。
そして優しく微笑む母がすぐ傍にいて見守ってくれて居る。
その母は名字川敬子ではない。
見知らぬはずの顔。
だが何故かそれが母であると間違いなく分かる。
そしてそこは懐かしいのに見知らぬ土地。
そこで母と共に、父の帰りを待っているのだ。
目を覚ますとすぐ傍にリンクスが座っていて、白音の手を握っていた。
目が合うと、優しく微笑んでくれる。
夢の中の母と同じように。
白音は状況が把握できなくて、少しぼうっとしていた。
柔らかそうな彼の黒髪が、いつもは丁寧に整えられているのに今はかなり乱れている。
もしかしたらあまり寝ていないのかもしれない。
部屋の中には先程から、ピッピッピッと一定のリズムを刻む電子音が聞こえている。
それは多分自分の心臓の拍動なのだろう。
どうやらここは病院らしい。
それでようやく白音は思い出した。
自分は体に深い傷を負って気を失ったはずだ。
そのまま死ぬのかもしれないとすら思っていた。
それが今こうやって目を覚ましているということは、きっと病院に運び込まれたのだろう。
リンクスはずっと傍についていてくれたのではないだろうか。
そしてリンクスの隣や背後に椅子を並べて彼にまとわりつくように、もたれかかるように、そらなどは彼の膝を枕にして………チーム白音の面々がみんな寝ている。
猫が彼にたかって午睡しているみたいだった。
白音の目覚めての第一声は、
「んなっ!?」
であった。
リンクスがほっと安堵した表情を見せる。
「良かった。どこか悪いところはないかい?」
「ええ、なんか気分悪いです。なんですかそいつら?」
「あ、ああさすがに俺も少し困っている。でもまあ本当は君に寄り添って眠りたかったんだろう。負担をかけないように気を遣ってくれてるんだ。疲れているだろうから、そっとしておいてやりたいが」
「捨ててしまって、問題ないです」
クククと笑うとリンクスは、四人に「白音君が目を覚ましたよ」と声をかけて立ち上がった。
寝起きの悪い佳奈が、椅子から転げ落ちて頭を床にぶつける。
「ふがっ!」
しかし皆が歓喜の声を上げているのに気づいて、すぐ跳ね起きる。
「白音っ!!」
佳奈が喜び合う他の猫たちをかき分けて白音を抱きしめる。
負担をかけないように気を遣っていたとか、絶対嘘だ。
馬鹿力で締め上げる。
「いだい、いだい、口から何か出る。死ぬう」
普通は重傷者にそんなことを言われたら手を緩めるものだが、
「うっさい馬鹿っ!」
と言って締め続ける。
自分の顔をぎゅーっと白音のボロボロのコスチュームに押しつけて、周りから見えないようにしている。
「怪我してなきゃ、こ、このままにしてあげるんだけど、ホントに痛い…………」
白音の体には、乾きかけた血がまだべっとりとついている。
顔の辺りは少し拭いてもらっているが、コスチュームはどうにもできなくてそのままだった。
「よし動けない白音をみんなで風呂に入れよう」と誰からともなく言った。
みんなテンションがおかしい。
「はーい」
「や、ちょ、わたし動けないんだから。こわい、こわい、何する気」
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