48 / 176
第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る
第15話 莉美の想い、莉美への想い その二
しおりを挟む
軍曹と共に到着した医療班が白音とくノ一の容体を診ている。彼らの許可が下り次第、ふたりを医療施設に移送することになる。軍曹の頼みとは、そのために一恵の転移ゲートを使いたいということだった。
ブルームが出資している医療法人に、法貴総合病院というものがある。
表向きは普通の医療機関だが、異世界事案に対応できるような体制が整えられており、星石や魔核を持つような患者も極秘裏に受け容れている。
緊急事態に備えるために、一恵は既に一度この法貴総合病院を訪れて場所を覚えている。
もちろん白音のために使うことになるなどとは思いもしていなかった。
移動にはすべて一恵のゲートに頼ることになるが、一恵も怪我を負っており、かなり消耗している。
どうしても莉美の魔力供給に頼ることになってしまうので、できるだけ莉美への負担を減らすためにゲート使用者を絞ろうというのが軍曹の話だった。
しかし他の手段でも移動が可能な者をリストアップしていると、莉美が「問題ない」と言った。
すべての魔力供給を自分が賄うつもりでいるらしい。
「怪我をしてないのはあたしだけなんだ。白音ちゃんのおかげ……。このくらい全然平気……」
莉美がふたり分の魔力循環をこなしながら、一恵にも十分な量の魔力を分けてくれた。
おかげで安定したゲートを大きめに作ることができた。
そこでストレッチャーを三台用意して白音、くノ一、それに莉美を載せ、瑠奏が三人丸ごと浮かばせてゲートを通過した。
莉美の治療を中断させることなく、法貴総合病院にある『MICU(魔法系集中治療室)』と呼ばれる特別な部屋へと運び込む。
そらもすぐ傍について精神連携を維持し続けている。
ふたりの容体を魔力紋でモニターしつつ、魔力循環の繊細な加減を莉美に伝えているのだ
白音とくノ一に輸血用と輸液用の点滴ルートが確保され、モニター用電極や酸素マスクなどが取り付けられていく。
佳奈がその仰々しい装置の数々を見て、今更ながらに焦り始めた。
「お、おい。ホントに大丈夫なんだよな?! 頼んだからな?」
失血量が多い場合は、止血処置と共に輸血を行えば星石への負担が軽減されることは分かっているらしい。
ふたりとも夥しい量の血を失っていたと思う。
その後出血のコントロールがある程度できたら輸液へと移行する。
実際のところ、現代医療にできることはあまりない。
白音とくノ一の回復は、星石と、莉美の力に完全に委ねられている。
ただ、星石によって回復力が高められるとは言え、修復の材料は体内から消費される。
何もしないとげっそりと痩せてしまうため、高カロリー輸液をして栄養を供給してやるらしい。
「現代医学で手伝えることはこの程度のことしかない。目が覚めたら体重が増えているくらいが丁度いい」
というのが医師の弁である。
「高カロ……、目が覚めたら白音が怒りそう……」
そんな余計な事を考えたおかげで佳奈は少し冷静になることができた。
白音が元気になって太っていたら、何かうまくなだめる方法を考えておかなければならない。
莉美がしっかりと魔力を供給するため、白音とくノ一のベッドは莉美を挟んで両側に設置されている。莉美はふたりの手をずっと握っている。
くノ一の方が容体は幾分か良く、出血も既に止まっていた。
白音のリーパーが途絶えてからずっと昏睡状態になっていたのだが、高カロリー輸液に切り替えることができたあたりで彼女は目を覚ました。
「わたし、助かったんだね…………。ありがとう」
青を通り越して真っ白だったくノ一の顔色が、やや赤みを取り戻している。そらがくノ一の体に触れて魔力紋鑑定で容体を読み取る。
「こちらこそありがと。あなたのひと言がなかったら、私もどうなっていたか分からないの」
くノ一があのとき目覚めて警告してくれなければ、そらは黒レザーの女の髪の毛に刺し貫かれて死んでいたかも知れないのだ。
「ん、容体は安定してる。あと必要なのは通常の医療処置」
看護師が近づいてきてくノ一の容体を見た。
勘違いでなければその時、看護師は何かの魔法を使ったと思う。
そして医師にミッターマイヤーさんの言うとおりだと思います。容体は安定しています。と告げた。
看護師が使ったのはそらに似た、患者の状態を診るような魔法だったのだろう。
さすがはMICUだ。
「ここに来るのは三回目だわ…………」
そう呟いたくノ一は、一般病棟へと移されることになった。
去り際にチーム白音の皆に順に感謝の気持ちを伝え、そして白音の回復を祈ってくれる。
そしてくノ一、こと佐々木咲沙は、手を振りながらベッドごと運ばれていった。
◇
夜が明けても、莉美の懸命の命の循環は続いていた。
一恵は白音に魔力を循環させている莉美と、莉美にリンクしてモニタリングを続けているそらの頭に後ろからそっとキスをする。
そして彼女たちを祈るようにして見守り続けている佳奈の隣に腰を下ろした。
莉美は疲れの見え始めたそらにまで魔力を分け与えている。
「さすがにずっとはきついだろうから、途中で交代して休憩してもらおうと思ってたんだけど、ほんとにひとりでやり切っちゃうのね」
白音の呼吸が深く、落ち着いてきているのが分かる。
それと共に、張り詰めていた魔法少女たちの空気も、少し柔らかくなっているのを感じる。
医師と多分魔法少女なのであろう看護師が回診に来てくれて、「峠は越えた」との判断が出た。
大声は出せないので皆で静かに喜び合う。
佳奈が医師の肩を無言でばんばん叩いて喜んでいる。
今はそれを止めてくれる者が誰もいない。
その初老の男性医師は多分魔法少女ではないので、やり過ぎると肩の骨を砕いてしまいそうだ。
医師にしても何かエビデンスがあるわけではない。
今までの魔法少女に対する治療経験から、ここまで来たら大丈夫と判断しているに過ぎない。
この状態からでも普通の人間なら、手の施しようもなく死亡するのだ。
ただ、医者がこんなことを言うのはどうかと思うが、と前置きをして言った。
「佐々木さんが助かるのは理解できる。傷は深いが一カ所だったし、失血さえ補えれば魔法少女としての回復力に任せられる。ただ、名字川さんの方は、徹底的に体内が破壊されていて、いくら魔法少女と言えどここまでのダメージから回復できた例はない。運び込まれてきた時に正直これは助からないな、と感じた。ここまで回復できたのは皆さんのがんばりが呼んだ奇跡としか言いようがない」
◇
白音は夢を見ていた。
幼い自分が花畑を走り、転げ回って遊んでいる。
優しく微笑む母がすぐ傍にいて見守ってくれて居る。
名字川敬子ではない。見知らぬはずの顔。
だが何故かそれが母であると間違いなく分かる。
そしてそこは懐かしいのに見知らぬ土地。
そこで母と共に父の帰りを待っているのだ。
目を覚ますとすぐ傍にリンクスが座っていて、白音の手を握っていた。
優しく微笑んでいる。夢の中の母と同じように。
多分昼を少し過ぎた頃合いの強い日差しがカーテンのすき間から差し込み、リンクスのやや癖のある黒髪を透かしている。
そしてリンクスの隣や背後に椅子を並べて彼にまとわりつくように、もたれかかるように、そらなどは膝を枕にして………チーム白音の面々がみんな寝ている。
猫が彼にたかって午睡しているみたいだった。
白音の目覚めての第一声は
「んなっ!?」
であった。
「良かった。気分は悪くないかい?」
「ええ、なんか気分悪いです。なんですかそいつら?」
「あ、ああさすがに俺も少し困っている。でもまあ本当は君に寄り添って眠りたかったんだろう。負担をかけないように気を遣っているんだ。疲れているんだろうからそっとしておいてやりたいが」
「窓から捨てましょう」
クククと笑うとリンクスは四人に声をかけて立ち上がる。
寝起きの悪い佳奈が椅子から転げ落ちて頭を床にぶつける。
「ふがっ!」
しかし皆が歓喜の声を上げているのにすぐ気づいて跳ね起きる。
「白音っ!!」
佳奈が他の猫たちをかき分けて白音を抱きしめる。
負担をかけないようにとか絶対嘘だ。
馬鹿力で締め上げる。
「いだい、いだい、口から何か出る。死ぬう」
普通は重傷者にそんなことを言われたら手を緩めるものだが、
「うっさい馬鹿っ!」
と言って締め続ける。
自分の顔をぎゅーっと白音のボロボロのコスチュームに押しつけて周りから見えないようにしている。
「怪我してなきゃ、こ、このままにしてあげるんだけど、ホントに痛い…………」
顔の辺りは少し拭いてもらっているが、コスチュームはどうにもできなくてそのままだった。
乾きかけた血がまだべっとりとついている。
よし動けない白音をみんなで風呂に入れよう、と誰からともなく言った。
みんなテンションがおかしい。
「はーい」
「や、ちょ、あたし動けないんだから。こわい、こわい、何する気」
しかし莉美だけは徹夜の魔力循環でさすがに疲れているのか、横で微笑んで見ているだけだった。
ブルームが出資している医療法人に、法貴総合病院というものがある。
表向きは普通の医療機関だが、異世界事案に対応できるような体制が整えられており、星石や魔核を持つような患者も極秘裏に受け容れている。
緊急事態に備えるために、一恵は既に一度この法貴総合病院を訪れて場所を覚えている。
もちろん白音のために使うことになるなどとは思いもしていなかった。
移動にはすべて一恵のゲートに頼ることになるが、一恵も怪我を負っており、かなり消耗している。
どうしても莉美の魔力供給に頼ることになってしまうので、できるだけ莉美への負担を減らすためにゲート使用者を絞ろうというのが軍曹の話だった。
しかし他の手段でも移動が可能な者をリストアップしていると、莉美が「問題ない」と言った。
すべての魔力供給を自分が賄うつもりでいるらしい。
「怪我をしてないのはあたしだけなんだ。白音ちゃんのおかげ……。このくらい全然平気……」
莉美がふたり分の魔力循環をこなしながら、一恵にも十分な量の魔力を分けてくれた。
おかげで安定したゲートを大きめに作ることができた。
そこでストレッチャーを三台用意して白音、くノ一、それに莉美を載せ、瑠奏が三人丸ごと浮かばせてゲートを通過した。
莉美の治療を中断させることなく、法貴総合病院にある『MICU(魔法系集中治療室)』と呼ばれる特別な部屋へと運び込む。
そらもすぐ傍について精神連携を維持し続けている。
ふたりの容体を魔力紋でモニターしつつ、魔力循環の繊細な加減を莉美に伝えているのだ
白音とくノ一に輸血用と輸液用の点滴ルートが確保され、モニター用電極や酸素マスクなどが取り付けられていく。
佳奈がその仰々しい装置の数々を見て、今更ながらに焦り始めた。
「お、おい。ホントに大丈夫なんだよな?! 頼んだからな?」
失血量が多い場合は、止血処置と共に輸血を行えば星石への負担が軽減されることは分かっているらしい。
ふたりとも夥しい量の血を失っていたと思う。
その後出血のコントロールがある程度できたら輸液へと移行する。
実際のところ、現代医療にできることはあまりない。
白音とくノ一の回復は、星石と、莉美の力に完全に委ねられている。
ただ、星石によって回復力が高められるとは言え、修復の材料は体内から消費される。
何もしないとげっそりと痩せてしまうため、高カロリー輸液をして栄養を供給してやるらしい。
「現代医学で手伝えることはこの程度のことしかない。目が覚めたら体重が増えているくらいが丁度いい」
というのが医師の弁である。
「高カロ……、目が覚めたら白音が怒りそう……」
そんな余計な事を考えたおかげで佳奈は少し冷静になることができた。
白音が元気になって太っていたら、何かうまくなだめる方法を考えておかなければならない。
莉美がしっかりと魔力を供給するため、白音とくノ一のベッドは莉美を挟んで両側に設置されている。莉美はふたりの手をずっと握っている。
くノ一の方が容体は幾分か良く、出血も既に止まっていた。
白音のリーパーが途絶えてからずっと昏睡状態になっていたのだが、高カロリー輸液に切り替えることができたあたりで彼女は目を覚ました。
「わたし、助かったんだね…………。ありがとう」
青を通り越して真っ白だったくノ一の顔色が、やや赤みを取り戻している。そらがくノ一の体に触れて魔力紋鑑定で容体を読み取る。
「こちらこそありがと。あなたのひと言がなかったら、私もどうなっていたか分からないの」
くノ一があのとき目覚めて警告してくれなければ、そらは黒レザーの女の髪の毛に刺し貫かれて死んでいたかも知れないのだ。
「ん、容体は安定してる。あと必要なのは通常の医療処置」
看護師が近づいてきてくノ一の容体を見た。
勘違いでなければその時、看護師は何かの魔法を使ったと思う。
そして医師にミッターマイヤーさんの言うとおりだと思います。容体は安定しています。と告げた。
看護師が使ったのはそらに似た、患者の状態を診るような魔法だったのだろう。
さすがはMICUだ。
「ここに来るのは三回目だわ…………」
そう呟いたくノ一は、一般病棟へと移されることになった。
去り際にチーム白音の皆に順に感謝の気持ちを伝え、そして白音の回復を祈ってくれる。
そしてくノ一、こと佐々木咲沙は、手を振りながらベッドごと運ばれていった。
◇
夜が明けても、莉美の懸命の命の循環は続いていた。
一恵は白音に魔力を循環させている莉美と、莉美にリンクしてモニタリングを続けているそらの頭に後ろからそっとキスをする。
そして彼女たちを祈るようにして見守り続けている佳奈の隣に腰を下ろした。
莉美は疲れの見え始めたそらにまで魔力を分け与えている。
「さすがにずっとはきついだろうから、途中で交代して休憩してもらおうと思ってたんだけど、ほんとにひとりでやり切っちゃうのね」
白音の呼吸が深く、落ち着いてきているのが分かる。
それと共に、張り詰めていた魔法少女たちの空気も、少し柔らかくなっているのを感じる。
医師と多分魔法少女なのであろう看護師が回診に来てくれて、「峠は越えた」との判断が出た。
大声は出せないので皆で静かに喜び合う。
佳奈が医師の肩を無言でばんばん叩いて喜んでいる。
今はそれを止めてくれる者が誰もいない。
その初老の男性医師は多分魔法少女ではないので、やり過ぎると肩の骨を砕いてしまいそうだ。
医師にしても何かエビデンスがあるわけではない。
今までの魔法少女に対する治療経験から、ここまで来たら大丈夫と判断しているに過ぎない。
この状態からでも普通の人間なら、手の施しようもなく死亡するのだ。
ただ、医者がこんなことを言うのはどうかと思うが、と前置きをして言った。
「佐々木さんが助かるのは理解できる。傷は深いが一カ所だったし、失血さえ補えれば魔法少女としての回復力に任せられる。ただ、名字川さんの方は、徹底的に体内が破壊されていて、いくら魔法少女と言えどここまでのダメージから回復できた例はない。運び込まれてきた時に正直これは助からないな、と感じた。ここまで回復できたのは皆さんのがんばりが呼んだ奇跡としか言いようがない」
◇
白音は夢を見ていた。
幼い自分が花畑を走り、転げ回って遊んでいる。
優しく微笑む母がすぐ傍にいて見守ってくれて居る。
名字川敬子ではない。見知らぬはずの顔。
だが何故かそれが母であると間違いなく分かる。
そしてそこは懐かしいのに見知らぬ土地。
そこで母と共に父の帰りを待っているのだ。
目を覚ますとすぐ傍にリンクスが座っていて、白音の手を握っていた。
優しく微笑んでいる。夢の中の母と同じように。
多分昼を少し過ぎた頃合いの強い日差しがカーテンのすき間から差し込み、リンクスのやや癖のある黒髪を透かしている。
そしてリンクスの隣や背後に椅子を並べて彼にまとわりつくように、もたれかかるように、そらなどは膝を枕にして………チーム白音の面々がみんな寝ている。
猫が彼にたかって午睡しているみたいだった。
白音の目覚めての第一声は
「んなっ!?」
であった。
「良かった。気分は悪くないかい?」
「ええ、なんか気分悪いです。なんですかそいつら?」
「あ、ああさすがに俺も少し困っている。でもまあ本当は君に寄り添って眠りたかったんだろう。負担をかけないように気を遣っているんだ。疲れているんだろうからそっとしておいてやりたいが」
「窓から捨てましょう」
クククと笑うとリンクスは四人に声をかけて立ち上がる。
寝起きの悪い佳奈が椅子から転げ落ちて頭を床にぶつける。
「ふがっ!」
しかし皆が歓喜の声を上げているのにすぐ気づいて跳ね起きる。
「白音っ!!」
佳奈が他の猫たちをかき分けて白音を抱きしめる。
負担をかけないようにとか絶対嘘だ。
馬鹿力で締め上げる。
「いだい、いだい、口から何か出る。死ぬう」
普通は重傷者にそんなことを言われたら手を緩めるものだが、
「うっさい馬鹿っ!」
と言って締め続ける。
自分の顔をぎゅーっと白音のボロボロのコスチュームに押しつけて周りから見えないようにしている。
「怪我してなきゃ、こ、このままにしてあげるんだけど、ホントに痛い…………」
顔の辺りは少し拭いてもらっているが、コスチュームはどうにもできなくてそのままだった。
乾きかけた血がまだべっとりとついている。
よし動けない白音をみんなで風呂に入れよう、と誰からともなく言った。
みんなテンションがおかしい。
「はーい」
「や、ちょ、あたし動けないんだから。こわい、こわい、何する気」
しかし莉美だけは徹夜の魔力循環でさすがに疲れているのか、横で微笑んで見ているだけだった。
応援ありがとうございます!
10
お気に入りに追加
119
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる