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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第15話 莉美の想い、莉美への想い その一

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「いやあぁぁぁぁぁぁ!」

 黒レザーの女が姿を消しても莉美の悲鳴が収まらない。
 世界を滅ぼしてしまおうと思っているかのように魔力を暴走させている。
 黄金色こがねいろの嵐が吹き荒れる。

 しかしその嵐に耐えて、佳奈が白音を抱きかかえている。

「莉美、いい加減にしろ、莉美!」


 一恵が半狂乱の莉美の頬を平手打ちする。

「莉美ちゃん! 白音ちゃんもくノ一さんも助けなきゃ。あなたが諦めてどうするの!」

 佳奈も一恵も、黒レザーの女の髪の毛に体中を切り裂かれて血まみれになっている。
 白音の体内にはまだ星石が魔力を巡らせているが、今にも消えそうなのは全員が感じている。
 そして多分、白音のリーパーが解除されたためにくノ一も危険な状態に戻っていると思われる。

 そらは白音のことが心配でたまらなかったが、それでも手を止めず、くノ一の止血を続けていた。


「莉美ちゃん! 莉美ちゃん! 今このふたりを救えるのは莉美ちゃんしかいないのっ!!」

 そらは白音たちを救う方法を必死で考えているようだった。
 その言葉に、莉美がようやく泣き止んでくれた。

「でも、でも…………どうすればっ!?」
「ふたりの星石は、体が大きなダメージを受けたせいで弱ってるの。このまま放っておけば体を回復しきれずに星石が力尽きて、ふたりは死んでしまう」


 そらは自分の言葉に泣き出しそうになりながら、莉美に望みを託す。

「だから、だから最低限のところまで体が回復するように、星石に変わって外から魔力を供給して欲しいの」
「そんな、やり方が…………。全然分かんな…………」


 一恵が莉美の肩を掴んで瞳を覗き込む。

「人工心肺って分かる? わたしたちは中世の魔女じゃないの。現代の科学知識を持ち合わせている。イメージしなさい。人工心肺装置のように、あなたが弱った星石に変わってふたりに魔力を供給するの」
「分かんないけど…………、分かった。教えてね」

 それまで絶望しか見えなかった莉美の瞳に、少し光が戻る。


「任せて。そのための私の精神連携マインドリンクなの」
「体の回復、それも急を要するような再生にはかなりの魔力を使う。それを肩代わりなんて、普通はひとり分でも無理。それをふたり分だなんて莉美ちゃんにしかできないことよ。お願い。ふたりを助けてあげて!」

 一恵の言葉に莉美が頷いた。

 魔法少女の回復能力は最高度の医療に勝る。
 だから下手にこの場から動かすよりも、このまま魔力の体外循環措置を始めることにした。

 莉美たちが白音とくノ一の治療準備を大急ぎで進める中、佳奈は何も言葉を発せず周囲の警戒をしていた。
 黒レザーの女は「今日はここまで」とは言っていたが、ほぼ無傷で去っている。
 対する自分たちは文字どおりボロボロだ。
 まだ警戒を怠るべきではないだろう。

 悔しくてたまらなかったが、今佳奈にできることはこのくらいしかなかった。
 堅牢な莉美の魔力障壁をたたき壊した拳がまだじんじんする。
 骨が砕けているのだろう。

 白音が回復することは信じて疑わなかった。
 それでも今日のこの日のことは、佳奈には生涯忘れることができそうになかった。



 瑠奏が佳奈に代わって見張りを買って出てくれた。
 ほうきに乗って上空から哨戒を始める。

 佳奈も白音たちの傍についていることにした。
 白音の返り血を浴びて真っ赤に染まっている莉美の顔を、ハンカチで拭いてやる。
 莉美自身の汗と涙も混じってぐちゃぐちゃになってしまっている。

 ほんの僅かの時間が、気が狂いそうになるほど長く感じられる。
 容体に何の変化もないまま、そうやってどのくらいの時間が経過したのかも分からなくなった。

 鬼軍曹が魔法少女に変身したまま、大型バイクに乗って現場の海浜公園に現れた。
 バイクに跨がる時はスカートではなくパンツスタイルに変身するようだった。
 彼女がミリタリーパンツを履いていると、本当にどこかの軍属の人間のように見える。


「遅くなってすまない。報告は聞いている。ふたりの容体はどうだ?」

 軍曹が白音とくノ一――佐々木咲沙ささきささ――の元に来て膝をつく。
 莉美が懸命に魔力を注ぎ続けている。


「くノ一さんは大量の失血によってショック状態になってた。傷は鎖骨下動脈への一撃のみ。狙ってやったんだと思う。今は止血もできて状態は落ち着いてる。魔法少女でなければ脳にダメージが残っていただろうけど、それもないはず」

 そらが軍曹にふたりの状況を説明する。


「白音ちゃんは…………。白音ちゃん……は、……白音ちゃんは絶対大丈夫っ!!」

 それまで気丈だったそらが突然泣き出した。
 大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。

 突然のことだったのでみんな驚いたが、それまでにいろんな感情が渦巻いて、はち切れんばかりになっていたのだろう。
 初めて見せる十三歳の女の子の顔だった。


「そら、お前の言うとおり、絶対大丈夫だから。白音と莉美を信じよう。な?」

 佳奈がそらを抱きしめて震える背中をさする。そういう佳奈も体中がボロボロだ。

「佳奈ちゃん……、うん。ありがと。みんなは怪我大丈夫?」

 佳奈は力こぶを作ってみせる。

「こんなもんつば付けときゃ治るよ。アタシたち魔法少女だしね」

 そらも腰を刺された傷が血で汚れてはいるが、新たな出血はもうないようだ。

 上空では瑠奏が周囲を警戒して飛び続けてくれている。彼女はまだたまにぶつけた腰をさすっている。

「もう襲ってこない、と思いたいけど…………」

 瑠奏の視界、眼下には一恵が張った次元の障壁がみんなを守っているのが見える。
 一恵は白音たちの周囲を次元の障壁で覆った後、みんなの目につかないところで巫女の遺体を検分していた。

 白音は全身から吹き出した血にまみれて、体はズタズタにされて、ぼろ雑巾のようになっていた。
 その姿を見ていると、本当に気が狂いそうになる。
 だから少し冷静になりたくて外にいた。

 白音の姿は思い出しただけでも気がおかしくなりそうなのに、巫女の遺体は平気で検分できる。
 人間とは随分勝手な生き物だとは思うが、それが『想いの強さ』に繋がるのだろうとも思う。

「お前が人間を語るなって話だよね」

 一恵はぼそりと呟く。

 遺体はもう魔力を失っているが、巫女装束を着たままだった。
 これは魔法少女のコスチュームではなくて後から着た物なのだろう。
 胸をはだけると巫女の体はやせ細り、あまり良好な健康状態だったようには見えない。

 ただ、魔法少女が健康を損なうということがあるのかどうか、ギルドの意見に頼るべきではある。
 そしてこの華奢な魔法少女は、そもそも最初の一撃から、放っておけばすぐ死に至るような重傷だったはずだ。
 それを何の痛みも感じていないように戦っていた。

 仮にもっと戦闘力の高い敵が、同じように痛みも感じずに動き続けられるとしたら、それは随分な脅威になるだろう。
 そらの意見を聞いてみたいのだが、今それは彼女の心に大きな負担をかけることになってしまいそうだった。

 一恵は佳奈がもっと取り乱すのかと思っていた。
 だが白音が不在の時、しっかりと白音の代わりを佳奈がやっている。
 対して自分は、白音の傍についているのが怖くて、怖くて、逃げてきてしまった。


「ホログラムのような魂のくせに、メンタル弱いとか笑っちゃう」
「貴様は十分強いと思うぞ」

 背後に軍曹が立っていた。
 一恵は独り言を聞かれてしまったと思ってハッとしたが、よく考えたらブルームのデータから自分が人でないことはとっくに気づかれていたのだろう。
 むしろ化け物扱いされて討伐依頼が出ないだけましというものだ。


「今まで独りでやってきたのだろう? 仲間ができるということは、弱くなることかもしれんが、強くなるということでもあろう」

 初め、一恵はこの鬼軍曹のことを嫌っていた。白音に酷いことをするからだ。
 しかし今はそうでもない。
 白音は軍曹のことを頼りにしている。
 その気持ちが少し理解できるようになった。
 年上は守備範囲外だったはずなのに。


「いや、すまん。ひとかどの人間にこのような物言いは失礼だな。ひと言感謝を言いに来た。佐々木君を助けてくれたこと、そして一連の事件解決の糸口を見出してくれたこと、礼を言う。名字川君は必ず助かる。だから感謝以外の言葉は不要に思う」
「……お礼は、白音ちゃんが元気になったらみんなで聞くわ」
「もちろんだ。それに…………」

 いつも本当に竹を割ったようなものの言い様しかしない軍曹が、少し言い淀んだ。


「それに?」
「ああ、この巫女が事件に絡んでいたとなると、俺が追っている事件とも繋がっている可能性が高い」
「??」
「俺の宿願だ。だが今は話すべき時ではないな。この巫女の調査は俺たちに任せてくれ。隠し事は一切無しだ。すべて報告すると約束する。今は名字川君の帰りを待とう」
「はい」


 軍曹はひとりで先行して仲間をぶっちぎってここに来たようだったが、続々と医療班や事後処理部隊の車両が到着し始めている。それらの指揮は軍曹が執る。

「それと、神君にはすまないが、もうひと仕事頼みたい」
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