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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第12話 魔法少女狩り その三

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 魔法少女たちの警護任務を引き受けて、白音たちは席を立つ。

「ではそろそろ帰りますね。うちのヤヌルと大空とも打ち合わせをしておかないと」

と口に出してみて白音は、ふたりがアジトにほったらかしにされている事を思い出した。
 少し焦っていると蔵間が、では車で送らせようと言ってくれた。

 白音は一恵が転移ゲートで運んでくれると思っていたので断ろうとしたのだが、何故か一恵と、そしてそらもほぼ同時に声を揃えた。

「お願いします」
「え!? あれ?」

 ふたりも佳奈と莉美を待たせていることは分かっているはずなのだが、知らん顔を決めているようだ。
 あまりほったらかしにしておくとふたりがへそを曲げるんだけど、と白音は思う。

 リンクスと蔵間はこの後別件の会議があるようで先に退出した。帰りの車の運転は眼鏡の秘書がしてくれるとのことだった。

 しかし帰り支度をしていると、秘書のスマホに連絡があったらしく、帰るのは少し待って欲しいと言われた。
 狐面の巫女が上階に来ており、今は行かない方がいいと止められた。
 パペットマスターの件を知っている蔵間たちが、何か揉めるのではないかと心配してわざわざ電話してきてくれたのだ。

 巫女は政府とのパイプ役として、ここへはよく来るのだと秘書が教えてくれた。
 本来は先程聞かされた根来衆ねくるしゅうと呼ばれる組織に所属しているのだが、今はそこから政府へと派遣されているらしい。

 寡黙に淡々と任務のみをこなす姿から、ブルームの職員からは『お遣いのミコちゃん』と呼ばれているのだそうだ。
 それを聞いた白音は「フン」と鼻を鳴らした。そして特に気にした風もなく部屋を出ると、上階へのエレベーターに乗る。
 そらと一恵は何も言わずそれに付き従った。

 一階エントランスフロアの、簡易的に仕切られた応接ブースのひとつにミコが座っている。
 狐面に巫女装束という非日常的で異様な格好なのだが、ブルームの職員は誰も気にしている様子はない。
 ここではそれが日常的な光景なのだろう。

 白音は意図的にミコのすぐ側をゆっくりと通った。
 そしてすれ違いざまに「こんにちは」と社交的なにこやかさで会釈をする。

 ミコは小首をかしげて白音を見上げると、こちらも軽く会釈をした。
 声は出さず、狐面のせいで表情もまったく分からない。

 そのまま何事もなく白音はゆっくりと立ち去っていく。
 そらと一恵がその後ろに続く。


「ケンカ売るのかと思ったの……」

 そらは白音のTシャツの裾を後ろから掴んでいた。
 ミコの体に触れて魔力紋を鑑定してやろうかと思いはしたのだが、怖くて動けなかった。


「うん」

 そらに同意した一恵は白音の後方、三歩程の距離をとって歩いている。
 完全な臨戦態勢だ。
 鬼軍曹に殺気をぶつけた時のあの表情をしている。

「ん? ああ、緊張させちゃったね。ごめん……、ごめんね。ミコさんがどんな人なのか興味があっただけなんだけど、何も分からないね」


 ミコに対して白音も含むところがなくはないのだが、結局この前のパペットマスターの件は政府か警察か、そういう当局筋の判断だったのだろうし、ミコはそれに従ったに過ぎない。
 そしてそういう判断になったのは、自分たちがそれ以外の選択肢を持ち合わせていなかったからだ。
 今でも時々別な解決策はなかったのかと考えることがあるのだが、明確な答えは出せていない。


「サンダルウッド」
「へ?」
「あの人からサンダルウッドの香りがした」
「ああ、白檀……だっけ? 確かにいい香りしたね」

 ミコについて分かったことは、そらが指摘したその香りくらいだった。

 秘書は一恵の更に後ろをついてきていた。
 せっかく忠告してくれたものを白音は無視してしまったのだが、彼女は何も言わなかった。

 地上の駐車場へ出ると、その秘書が社用車へと案内してくれた。
 後部座席に白音を挟んでそらと一恵が両隣に座った。

 車はそう大きくはない五人乗りのコンパクトカーだったので、肩が触れ合ってぎゅっと詰まる。
 ふたりとも迷うことなくショートパンツから伸びた白音の素足の上に手を置いた。


(転移ではなく車を選んだのはそういうことだったのね)

 ふたり揃って先読みの回転が速いことに感嘆する。
 白音は自分の手を置くところがないのでふたりの手の上に重ねておく。
 ふたりの顔がぱーっと明るくなった。


「さっきは乱闘でも始めるのかと思って心配したけど、あなたたち本当に仲がいいのね」

 眼鏡の秘書がバックミラー越しに話しかけてくる。

「チームとして連携有りでSS級相当っていうのはきっとそのあたりからきてるのね」

 初耳だった。SS級は魔法少女ギルドでも最強クラスだと白音は聞いているが……。


「あら、初めから個人としても名字川さんとヤヌルさんはポテンシャルはSSS級が妥当って判断よ。以前はヤヌルさんはそんなに乗り気じゃなかったからペンディングされてたんだけど、次々にすごい才能の人発掘してくるから、大騒ぎだったわ。大切に育てなきゃって」


 先程は一歩退いた立ち位置だったのでほとんど声を聞いていなかったが、話してみると少し印象が変わった。
 彼女は、少し年上の優しいお姉さんという感じだ。


「ミッターマイヤーさんと神さん、それに大空さんも評価が低いわけじゃないのよ? クラス分けは直接的な戦闘能力だけで評価しているしね。むしろこの三人の方が伸びればどうなるのか想像もつかないくらい。しかもその五人がチームで、完璧にお互いを補完し合っているし……」

 あ、この人語る人なんだ、と三人は思った。
 ブルームの業務だけでなく、魔法少女ギルドのことも詳しく把握しているようだ。

「お詳しいんですね」
「蔵間の秘書なんだから当然よ?」
「秘書さんて、そこまで深く関わってお仕事されるんですね。大変そうです」
「蔵間でなくてはできない事、以外のすべてが私の仕事よ。でも大変ではないわ」


 かっこいい。
 惚れてしまいそうだと白音は思う。

 秘書がいろいろ聞かせてくれたおかげで、ほとんど時間を感じることもなく白音たちのアジトに到着した。
 車外に出て三人がお礼を言っていると、佳奈と莉美が迎えに出てきた。

 ふたりは多分退屈の文句を白音に言おうとしていたと思う。
 しかし何故か眼鏡の秘書を見て緊張が走った。

(あのふたりがビビってる…………。何があったんだろ? 優しそうな秘書さんだけど……)


 秘書の帰りを見送ってから、その正体が鬼軍曹だと聞かされて一恵とそらはちょっと顔を引きつらせていたが、白音は爆笑してしまった。
 確かにめちゃめちゃ厳しい人ではあるのだけれど、同一人物だと聞いてなるほどそういうことかと腑に落ちるものがあった。
 訓練以外での付き合いはないし、コスチュームによってかなり性格の変わる人らしいが、なんとなくその根っこが分かった感じがしたからだ。

 今度自分も一枚写真が欲しいので、一緒に六人でポーズを付けてもらえないだろうかと白音は思った。
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