ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】

音無やんぐ

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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第11話 魔法少女キャラクターショーと怪物 その一

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 黎鳳れいほう女学院からそれほど離れていないところに、新しく大型のショッピングモールがオープンした。
 白音がそのフードコートで夏休みの宿題をしている。
 手元に置かれたカフェラテは、白音にとって勉強の必需品だ。

 夏休みに入ると白音は実家である若葉学園に戻っていたのだが、この日は大きな洗濯物などを寮から持ち帰るためにこちらへと来ている。
 近頃の白音は独りでいることが珍しかった。
 無言で脇目も振らず集中してペンを走らせている姿は、まったく生真面目な優等生のそれだ。

 白音と同じく黎鳳れいじょに通う同級生のそらはブルームの最先端技術に興味津々で、夏休みに入ってからはそちらに入り浸っている。
 既にその頭脳はブルームの方でもかなり頼りにされているらしい。さすがはそらというところか。
 本日の彼女は一恵と連れ立ってふたりでブルームに行ってしまった。
 研究に協力することを条件に、ブルームのコンピュータを優先的に借りる約束を取り付けたらしい。
 ひと口にコンピュータと言っても少し前のスーパーコンピュータ並みの性能があると言っていた。
 そのスーパーコンピュータと、そらが手ずからカスタマイズした携帯端末、それにそら自身をリンクさせる実証実験をやるらしい。
 そらの魔法、精神連携マインドリンクがコンピュータにも影響を及ぼすことを発見したのだ。
 そして一恵の空間を操る能力は、コンピュータにおける最大のボトルネック=距離をゼロにしてしまう可能性があるのだとか。
 そらたちがやっていることを聞いていると、もうそれはSFの世界だろうと感じる。
 そらがロボットになって帰ってきたらどうしようかと、白音は密かに心配していた。
 あのふたりが一緒にいると、なんだか『悪の天才科学者』という感が拭えないのだ。
『正義の魔法少女』であって欲しいと切に願う。

 佳奈と莉美はみんなの『アジト』にいる。
 アジトに設置したコンピュータとも連携リンクさせるからその手伝いだ。
 まあ、あのふたりは肉体労働要員なのだろう。

 そして白音はそんな四人から休暇をいただいた。
 ひとりで勉強でもしてろという配慮なのだろう。
 大変有り難く有意義な時間を過ごし、今日で既に夏休みの宿題はほとんど終えることができた。
 ただ、夏休みが終わる頃には佳奈と莉美の宿題を手伝う羽目にはなる。
 確実にだ。

 ひと段落して少しぼーっとしていると、ショッピングモールの催事場でキャラクターショーをやるとかで整理券を配り始めた。
 テレビでやっている魔法少女もののアニメだ。
 白音は並ぼうかどうしようか猛烈に迷った。
 小さな子が多かったので少し恥ずかしかったが、「ちょうど宿題にひと区切りついたからね」と言い訳しながら立ち上がる。
 するとその時、魔法少女ギルドのギルドマスター、リンクスがショッピングモール内を歩いているのが目についた。

「うお?!」

 意表を突かれた白音は、驚いて変な声を出してしまった。
 そんな白音の様子に気づいたリンクスが、彼女の方に爽やかな笑顔を向けて軽く会釈する。
 こういう生活感のある空間にはやはり不似合いな雰囲気を持っている。
 実際周囲の人間も、どうしても目立つ彼のことをかなり気にしているようだった。

 リンクスは小さく手を挙げると、白音の方へと進行方向を変えた。

(うわっ、こっち来た!)

 別に嫌だったわけではないが、言葉にするとこんな感想になる。

「やあ、デイジー」
「デイ…………、ん?」
「ああっ、申し訳ないです。名字川さん」

 リンクスは誰かと呼び間違ったようだった。
 頭を下げて謝っている。

「いえいえ、お気になさらず。それよりギルドマスターさんなんですし、年上ですし、敬語はやめて下さいよ」

 言いながら白音は、ポンポンとリンクスの腕に触れてみた。
 しかし我ながらちょっと不自然だったと思う。
 一恵との経験を生かして早めに距離を詰めてみたのだが、これはめちゃめちゃ勇気がいるな、と思った。
 普通にいつもやってる莉美とかとんでもないなと、改めて感心する。

「ああ……うん、そうだな。そうさせてもらおう、白音君」
「はい。ところでデイジー……って、恋人さんの名前、ですか?」
「いやいや、そんなんじゃないよ。独り身だってこの前言ったよね?」
「えー、怪しいですねぇ?」
(そりゃまあ、そういう人もいるよね。でもデイジー? 日本語でヒナギクのことだったかしら。なんか引っかかる。懐かしいような……、その名前で呼ばれたくないような。ん? なんで嫌なんだろ…… かわいい名前、だよね?)

 白音の頭の中を、とりとめのない考えがぐるぐると巡った。
 じーっとリンクスの顔を見てみるが、その端正な顔からは何を考えているのかまったく読み取ることができない。


「お買い物ですか? リンクスさん」
「友人の引越祝いでね。何か贈り物を、と。ああ、友人というのはブルームの社長だよ。蔵間誠太郎くらませいたろう。会ったことはなかったかな?」
「お目にかかったことはないのですが、うちのそらが、ああいえ。ミッターマイヤーがいろいろとお世話になっているようです。ご友人だったんですね」
「かなり古い付き合いだよ。彼が婚約してね。広いところに越して同居を始めるらしい」
「それはそれは。おめでとうございます」

 まだ少し遠い、大人の世界の話だと白音は感じた。

「昔からずっと言ってた念願をようやく叶えてね。面白いからからかってやろうかと」
「面白いから……、ですか」

 ふたりにしか分からない何かがあるのだろう。
 クククと心地よく響く低音でリンクスは笑っている。

「そうだ白音君。プレゼント選びを手伝ってくれないか。何にしたらいいのか分からなくて、困っていたところでね」
「はい、喜んで」


 リンクスがカフェラテのおかわりと、自分の分のコーヒーも買ってきて白音の正面に座る。
 テーブル席が狭すぎて、座る時に膝をぶつけたのが少しかわいかった。

「こういう場合は婚約者さん? の喜ぶものを贈ればうまくいきますよ」
「なるほど確かに」

 リンクスはじっと白音の顔を見て話を聞いている。

「お相手はどんな方ですか?」
「意外と家庭的な人だよ。今の時代、この言い方がいいのか悪いのか分からないけどね」

 意外とってなんだろう? と思いながら、白音はもう少し掘り下げる。

「お料理上手とか?」
「それは間違いないね。俺もよく食事に招待してもらうんだが、絶品だと思う」
「テーブルウェアとかがいいですかね。お菓子作りとかは?」
「どうだろう…………。紅茶は趣味にしてるかな。食後に淹れてもらうお茶は最高だったね」
「ではティーセットなんかはどうですか? 割れ物ですけど、結婚祝いでないなら構わないかと思いますが」

 リンクスは少しだけ考えて、そしてニコッと笑った。

「いいね、そうしよう!」

 リンクスは流暢な日本語を話すが、どの文化圏で育ったのかは知らない。
 日本の習慣や文化にどのくらい通じていて、また気にするのか分からなかったが、無難な贈り物だとは思う。


「白音君は勉強してたのかい?」

 リンクスが白音の手元のノートや教科書を覗いている。

「あ、はい。夏休みの宿題を済ませてしまおうかと」
「ああ、それはすまないね。邪魔をしてしまったかな?」
「いえいえ、丁度終わったところでしたので平気ですよ」

 リンクスが「日本の宿題に興味がある外国人」といった面持ちで眺めていたので、白音は少し宿題の内容を説明してみた。

「高度な学問を修めているんだね。素晴らしい」

 リンクスは地理や歴史といった科目にはあまり明るくないようだった。
 やはり外国の方なんだなと、白音はようやくひとつ情報を手に入れた。

「ではそろそろお買い物に行きませんか?」
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