ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】

音無やんぐ

文字の大きさ
上 下
20 / 214
第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第7話 魔法少女VS人形使い(パペットマスター) その二

しおりを挟む
 エレメントスケイプ、略してエレスケと呼ばれている四人の魔法少女たちが、逃げ遅れた人々の避難誘導を行っていた。
 それぞれ白、青、橙、緑のコスチュームを身につけている。
 かわいらしいリボンやフリルがふんだんにあしらわれた、アイドル歌手のような出で立ちだった。


 緑色コスチュームの魔法少女、土屋千咲つちやちさきが声をかけてきた。
 彼女がエレスケのリーダーである。

「増援ですね? ターゲットの能力は強力で、私たちは手を出せていません。先行して魔法少女がひとり、ターゲットと交戦しているはずです」

 そしてもうひとり、青色コスチュームの魔法少女が人形遣いパペットマスターと味方魔法少女の外見を教えてくれる。

「ターゲットの周辺にはもう一般人はいません。退避は完了しています。ターゲットは金髪、交戦している味方魔法少女は黒いコスチュームにとんがり帽子、とのことです。よろしくっ」

 水尾紗那みずおさなだ。
 土屋と共に一般人の避難誘導をしているようだった。

 エレスケの四人がうまくやってくれているらしく、一般の人たちもパニックにならず迅速に避難していた。
 凄惨な現場を幻覚でただの事故に見せかけ、避難すべき方向も視覚的に分かりやすいように誘導している。
 そして彼女たちの声を聞いていると、不思議と心が落ち着くのを感じる。
 鎮静効果でもあるのだろうか。
 さすがはアイドル歌手、エレメントスケイプは人心掌握の達人ということなのだろう。

 桃澤千尋――テレポート能力の魔法少女――が避難者を転移させていく。
 やや乱暴だが、幻覚で視界を遮った上で、うやむやのうちに気づかせずに転移させているらしい。
 土や石から作られるという人形パペットが、辺りのがれきを拾っては投げている。見たところ、ミスリルゴーレムほどのパワーやスピードはなさそうだったが、それでも十分な脅威たり得るだろう。

 千尋が避難者を一カ所に集めて転移させようとしていたところへ、ひときわ大きなパペットが半壊した乗用車を持ち上げて投げつけた。

「危ない!」

 白音が助けに入ろうとしたのだが、それよりも先にリンクスが間に入って障壁バリアのようなものを張った。
 飛んできた車がバリアによってはじかれる。
 リンクスが白音に、全員無事だと合図を送ってよこした。

「今リンクスさん、魔法使わなかった?」
「一恵さんも魔法少女になる前から使ってたから、そういう人もいるっぽい」

 白音は驚いたが、佳奈がそんな風に言うと説得力がある。
 佳奈の身体能力も、変身する前から人の限界はとっくに超えているように思う。
 魔法と言えばそうだろう。

「魔法少女ギルドのマスターなんだしね。あり得なくはないのかな」
「じゃあギルドマスターさんも、イケメン魔法少女なんだねっ?」

 莉美が変なことを言う。

「いや、少女……。イケメン…………、んんー?」

 その暴論に、白音はつい想像を膨らませてしまった。

「ちょっとあんたたち、早く倒してきなさいよ。私たちだっていつまでももたないわよ。もう魔力が切れそうなんだからっ!」

 白いコスチュームのエレスケメンバー、風見詩緒かざみしおだった。
 苛立ちを隠そうともしていない。
 大規模に広がってしまった現場の避難誘導と隠蔽工作を続け、エレスケたちはもう疲労困憊していた。
 彼女たちがもし戦線を離脱するようなことがあれば、何も知らない一般の人々が大規模なパニックを起こしてしまうだろう。

 疲弊しきっている様子の詩緒を見て、莉美がエールを送りながらその体にそっと触れた。
 詩緒は一瞬身をすくめたが、体の中に魔力が流れ込んでくるのを感じた。

「う……。くっ……」

 魔力は高い方から低い方へと容易に流れる性質を持つので、魔力を扱う者同士であれば融通し合うことができる。
 驚いたことに詩緒は、一瞬にして魔力が完全に回復してしまった。
 さらに順にエレスケメンバーに触れていくと、ほとんど残っていなかった魔力が、全員同じように回復するのを感じた。

 四人は一様にうわずった声を漏らす。
 他人の魔力が体の中に入り込んでくるのは、ちょっと変な気分になってしまう。
 しかもこれほど大量なのは初めての経験だった。
 一方莉美の方はと言えば、丸々四人分の魔力を受け渡しても、けろっとしている。

「黄色い人、すごいな、さんきゅー」

 橙色コスチュームの魔法少女がお礼を言った。

「いつきちゃんもがんばってね」

 エレスケの最年少メンバー火浦ひうらいつきは、莉美が自分の名前を知っていてくれたことに満面の笑みを浮かべる。

「ターゲットはこの先っすよ!」

 男の子みたいな口調で喋るいつきが手をひと振りすると、地面にオレンジ色の矢印が点々と浮かび上がった。
 光を操る魔法を使ってくれたらしい。
 それに従って進めという意味だろう。



 白音たちは点々と続くオレンジの矢印に導かれて走った。
 時間のロスを抑えるため、パペットたちとの戦闘をできるだけ避けてテレビ塔の方へと向かう。
 やむを得ない場合は、白音が先頭に立って見事な剣捌きを見せた。
 パペットの足首や膝裏ひかがみなどの関節部分だけを的確に削り取っていく。
 倒す必要は無く、行動不能にするにはそれで十分だった。
 白音の頭の中に、こういう人造の人型兵器を最小限の労力で無力化する方法が自然と浮かんでくる。

(やっぱり何かの記憶が戻ってきてるのかな?)


 白音たちはミスリルゴーレムと同じような敵が大量にいるのかと思っていた。
 だから相当な覚悟をしていたのだが、幸いあの時ほど手強くはないようだった。
 元となる素材が違うせいなのかもしれない。
 これならば何とかなりそうだった。

 テレビ塔に近づくと、上空に何か黒いものが飛び回っているのを見つけた。

「無理無理無理無理!、無~理~!!」

と、その黒いものが叫んでいるのが聞こえてくる。

 目を凝らしてみると、何者かがほうきに跨がって飛んでいるのだと判った。
 しかも黒いローブに身を包み、とんがり帽子をかぶっている。
『魔女』という以外の形容が思い浮かばない出で立ちだ。

 下にいる人形パペットたちが瓦礫を拾って投げつけているので、それを必死で避けている。
 かなりの速度で飛んでいるようだった。
 しかも魔女の方もただ避けているだけではないようで、魔女と一緒に様々な瓦礫が追尾するように飛行している。それが時折弾丸のように発射され、人形パペットを粉砕している。

 追尾する瓦礫が少なくなってくると、魔女は地上すれすれを飛行して地面に手を触れる。
 すると触れたあたりの瓦礫がいくつか浮かび上がり、予備弾倉の如くに補充される。

「ああっ、救援ですねっ?! 助けてっ!!」

 魔女が近づいてくる白音たちに気づいたらしく、手を振った。

「術者は多分向こう!」

 追尾していた瓦礫が矢印の形に綺麗に整列し、一方向を指して静止する。
 なんでみんなそういうことは器用なんだろう、と白音は思った。
 もしかしたら、魔法少女ギルドでは矢印を作るのが必須技能なのかもしれない。
 確かに矢印は便利だけれど……。

 三人が風のように駆け抜けると魔女も上空からついてきて、邪魔になりそうなパペットを質量弾で粉砕してくれる。
 掩護射撃と誘導を兼ねた矢印に導かれて少し走ると、すぐにターゲットが見えてきた。しかし…………、

「オスかよ! 魔法少女じゃないじゃん!!」

 三人の気持ちを代表して莉美がそう叫んだ。
 白音たちは勝手にブロンドの魔法少女を想像していたのだが、そこにいたのは金髪でウエーブのかかったロングヘアの男だった。
 ただ思い返せば、確かに女性だとは誰も言っていなかったように思う。
 人形遣いパペットマスターも、そんなことで文句を言われる筋合いはないだろう。

 その男はテレビ塔前の駐車場にいた。車の残骸を寄せ集めてくず鉄の山を形成し、その上に登って周囲を睥睨へいげいするようにしている。
 あくまで自分は襲う側であって、襲われるという可能性は考えていないのだろう。
 無防備に仁王立ちしている。
 見た感じの印象は「チャラそう」だ。

 しかし白音はふと思い出した。
 莉美は、さっきリンクスのことを『魔法少女』と言っていたではないか。
 目の前の金髪ウェーブと何が違うのか。
 もしかして莉美の境界はイケメン度? と想像しつつ白音は臨戦態勢を取る。


 どの程度の数のパペットを造れるのか分からない以上、短期決戦が望ましいだろう。
 戦闘力で圧倒すべく、白音が上空の魔女も含めて四人を能力強化リーパーで強化する。
 リーパーに慣れていない魔女が急に自分の能力を底上げされて、「ごっ?!」という声を発して急加速した。
 普通の人間なら『むち打ち』になっているような加速度かもしれない。

「少ないけど男の能力者もいるって聞いてたしねぇ」

 佳奈が口ではそんなことを言っているが、顔つきが研ぎ澄まされた戦士のそれへと変わりつつある。
 今知りたいのは、性別よりも相手の強さのほどだけだと、その瞳が雄弁に物語っている。

「莉美、あんたは後方支援ね」

 そう言って白音が莉美の前に出る。

「後ろから応援?」
「ビーム撃ちまくってればオッケーなんじゃない?」

 佳奈も白音の隣に並び、前は任せておけと莉美に請け合う。

「了解! 撃ちまくるねっ!!」
「いや、佳奈……、まあそうなんだけど…………」

 白音は少し背筋が寒くなるのを感じた。

「わたしたちに当てないでよね?」


 そして三人が走り出そうとしたその時、聞き慣れた声に呼ばれた。

「私も入れてー?!」
「そらちゃん!」

 人を相手取った戦いは初めてだった。
 そのことに白音はかなり緊張していたのだと思う。
 空色ヒンメルブラウのコスチュームに身を包んだそらの顔を見て、ものすごく自分が安心していることに気づいた。

(いや、別にこいつらも頼りにしてるんだけどね)
「そらも呼ばれてたのか」

 佳奈の方も、少し肩の力が抜けたのが分かる。

「うん。魔女の人の後ろに乗せてもらってきた。けど数が多すぎて手がつけられないから、観測と陽動に徹してたの」

 魔女の人が上空から周囲の警戒をしつつ、手を振って応えてくれた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜

言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。 しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。 それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。 「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」 破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。 気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。 「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。 「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」 学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス! "悪役令嬢"、ここに爆誕!

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

フェル 森で助けた女性騎士に一目惚れして、その後イチャイチャしながらずっと一緒に暮らす話

カトウ
ファンタジー
こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 チートなんてない。 日本で生きてきたという曖昧な記憶を持って、少年は育った。 自分にも何かすごい力があるんじゃないか。そう思っていたけれど全くパッとしない。 魔法?生活魔法しか使えませんけど。 物作り?こんな田舎で何ができるんだ。 狩り?僕が狙えば獲物が逃げていくよ。 そんな僕も15歳。成人の年になる。 何もない田舎から都会に出て仕事を探そうと考えていた矢先、森で倒れている美しい女性騎士をみつける。 こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 女性騎士に一目惚れしてしまった、少し人と変わった考えを方を持つ青年が、いろいろな人と関わりながら、ゆっくりと成長していく物語。 になればいいと思っています。 皆様の感想。いただけたら嬉しいです。 面白い。少しでも思っていただけたらお気に入りに登録をぜひお願いいたします。 よろしくお願いします! カクヨム様、小説家になろう様にも投稿しております。 続きが気になる!もしそう思っていただけたのならこちらでもお読みいただけます。

ポーション必要ですか?作るので10時間待てますか?

chocopoppo
ファンタジー
松本(35)は会社でうたた寝をした瞬間に異世界転移してしまった。 特別な才能を持っているわけでも、与えられたわけでもない彼は当然戦うことなど出来ないが、彼には持ち前の『単調作業適性』と『社会人適性』のスキル(?)があった。 第二の『社会人』人生を送るため、超資格重視社会で手に職付けようと奮闘する、自称『どこにでもいる』社会人のお話。(Image generation AI : DALL-E3 / Operator & Finisher : chocopoppo)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...