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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第7話 魔法少女VS人形使い(パペットマスター) その二

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 エレメントスケイプ、略してエレスケと呼ばれている四人の魔法少女たちが、逃げ遅れた人々の避難誘導を行っていた。
 それぞれ白、青、橙、緑のコスチュームを身につけている。
 かわいらしいリボンやフリルがふんだんにあしらわれた、アイドル歌手のような出で立ちだった。


 緑色コスチュームの魔法少女、土屋千咲つちやちさきが声をかけてきた。
 エレスケのリーダーである。

「増援ですね? ターゲットの能力は強力で、私たちは手を出せていません。先行して魔法少女がひとり、ターゲットと交戦しているはずです」

 青色コスチュームの魔法少女が、土屋と共に一般人の避難誘導をしているようだった。
 水尾紗那みずおさなだ。

「ターゲットの周辺にはもう一般人はいません。退避は完了しています。ターゲットは金髪、交戦している味方魔法少女は黒いコスチュームにとんがり帽子、とのことです。よろしくっ」


 エレスケの四人がうまくやってくれているらしく、一般の人たちもパニックにならず迅速に避難していた。
 凄惨な現場を幻覚でただの事故に見せかけ、避難すべき方向も視覚的に分かりやすいように誘導している。
 そして彼女たちの声を聞いていると、不思議と心が落ち着くのを感じる。
 鎮静効果でもあるのだろうか。
 さすがはアイドル歌手、エレメントスケイプは人心掌握の達人ということなのだろう。

 桃澤千尋――テレポート能力の魔法少女――が避難者を転移させていく。
 やや乱暴だが、幻覚で視界を遮った上で、うやむやのうちに気づかせずに転移させているらしい。
 土や石から作られるという人形パペットが、辺りのがれきを拾っては投げている。見たところ、ミスリルゴーレムほどのパワーやスピードはなさそうだったが、それでも十分な脅威たり得るだろう。

 千尋が避難者を一カ所に集めて転移させようとしていたところへ、ひときわ大きなパペットが半壊した乗用車を持ち上げて投げつけた。

「危ない!」

 白音が助けに入ろうとしたのだが、それよりも先にリンクスが間に入って障壁バリアのようなものを張った。
 飛んできた車がバリアによってはじかれる。
 リンクスが白音に、全員無事だと合図を送ってよこした。

「今リンクスさん、魔法使わなかった?」
「一恵さんも魔法少女になる前から使ってたから、そういう人もいるっぽい」

 白音は驚いたが、佳奈がそう言うと説得力がある。
 佳奈の身体能力も、変身する前から人の限界はとっくに超えているように思う。
 魔法と言えばそうだろう。

「魔法少女ギルドのマスターなんだしね。あり得なくはないのかな」
「じゃあギルドマスターさんも、イケメン魔法少女なんだねっ?」

 莉美が変なことを言う。

「いや、少女……。イケメン…………、んんー?」

 その暴論に、白音はつい想像を膨らませてしまった。

「ちょっとあんたたち、早く倒してきなさいよ。私たちだっていつまでももたないわよ。もう魔力が切れそうなんだからっ!」

 白いコスチュームのエレスケメンバー、風見詩緒かざみしおだった。
 苛立ちを隠そうともしていない。
 大規模に広がってしまった現場の避難誘導と隠蔽工作を続け、エレスケたちはもう疲労困憊していた。
 彼女たちがもし戦線を離脱するようなことがあれば、何も知らない一般の人々が大規模なパニックを起こしてしまうだろう。

 疲弊しきっている様子の詩緒を見て、莉美がエールを送りながらその体にそっと触れた。
 詩緒は一瞬身をすくめたが、体の中に魔力が流れ込んでくるのを感じた。

「う……。くっ……」

 魔力は高い方から低い方へと容易に流れる性質を持つので、魔力を扱う者同士であれば融通し合うことができる。
 驚いたことに詩緒は、一瞬にして魔力が完全に回復してしまった。
 さらに順にエレスケメンバーに触れていくと、ほとんど残っていなかった魔力が、全員同じように回復するのを感じた。

 四人は一様にうわずった声を漏らす。
 他人の魔力が体の中に入り込んでくるのは、ちょっと変な気分になってしまう。
 しかもこれほど大量なのは初めての経験だった。
 一方莉美の方はと言えば、丸々四人分の魔力を受け渡しても、けろっとしている。

「黄色い人、すごいな、さんきゅー」

 橙色コスチュームの魔法少女がお礼を言った。

「いつきちゃんもがんばってね」

 エレスケの最年少メンバー火浦ひうらいつきは、莉美が自分の名前を知っていてくれたことに満面の笑みを浮かべる。

「ターゲットはこの先っすよ!」

 男の子みたいな口調で喋るいつきが手をひと振りすると、地面にオレンジ色の矢印が点々と浮かび上がった。
 光を操る魔法を使ってくれたらしい。
 それに従って進めという意味だろう。



 白音たちは点々と続くオレンジの矢印に導かれて走った。
 時間のロスを抑えるため、パペットたちとの戦闘をできるだけ避けてテレビ塔の方へと向かう。
 やむを得ない場合は、白音が先頭に立って見事な剣捌きを見せた。
 パペットの足首や膝裏ひかがみなどの関節部分だけを的確に削り取っていく。
 倒す必要は無く、行動不能にするにはそれで十分だった。
 白音の頭の中に、こういう人造の人型兵器を最小限の労力で無力化する方法が自然と浮かんでくる。

(やっぱり何かの記憶が戻ってきてるのかな?)


 白音たちはミスリルゴーレムと同じような敵が大量にいるのかと思っていた。
 だから相当な覚悟をしていたのだが、幸いあの時ほど手強くはないようだった。
 元となる素材が違うせいなのかもしれない。
 これならば何とかなりそうだった。

 テレビ塔に近づくと、上空に何か黒いものが飛び回っているのを見つけた。

「無理無理無理無理!、無~理~!!」

と、その黒いものが叫んでいるのが聞こえてくる。

 目を凝らしてみると、何者かがほうきに跨がって飛んでいるのだと判った。
 しかも黒いローブに身を包み、とんがり帽子をかぶっている。
『魔女』という以外の形容が思い浮かばない出で立ちだ。

 下にいる人形パペットたちが瓦礫を拾って投げつけているので、それを必死で避けている。
 かなりの速度で飛んでいるようだった。
 しかも魔女の方もただ避けているだけではないようで、魔女と一緒に様々な瓦礫が追尾するように飛行している。それが時折弾丸のように発射され、人形パペットを粉砕している。

 追尾する瓦礫が少なくなってくると、魔女は地上すれすれを飛行して地面に手を触れる。
 すると触れたあたりの瓦礫がいくつか浮かび上がり、予備弾倉の如くに補充される。

「ああっ、救援ですねっ?! 助けてっ!!」

 魔女が近づいてくる白音たちに気づいたらしく、手を振った。

「術者は多分向こう!」

 追尾していた瓦礫が矢印の形に綺麗に整列し、一方向を指して静止する。
 なんでみんなそういうことは器用なんだろう、と白音は思った。
 もしかしたら、魔法少女ギルドでは矢印を作るのが必須技能なのかもしれない。
 確かに矢印は便利だけれど……。

 三人が風のように駆け抜けると魔女も上空からついてきて、邪魔になりそうなパペットを質量弾で粉砕してくれる。
 掩護射撃と誘導を兼ねた矢印に導かれて少し走ると、すぐにターゲットが見えてきた。しかし…………、

「オスかよ! 魔法少女じゃないじゃん!!」

 三人の気持ちを代表して莉美がそう叫んだ。
 白音たちは勝手にブロンドの魔法少女を想像していたのだが、そこにいたのは金髪でウエーブのかかったロングヘアの男だった。

 その男はテレビ塔前の駐車場にいた。
 車の残骸を寄せ集めてくず鉄の山を形成し、その上から周囲を睥睨へいげいしている。
 あくまで自分は襲う側であって、襲われるという可能性は考えていないのだろう。
 無防備に仁王立ちしている。
 見た感じの印象は「チャラそう」だ。

 確かに女性だとは聞いていなかった。
 人形遣いパペットマスターも、そんなことで文句を言われる筋合いはないだろう。
 しかし莉美は、さっきリンクスのことを『魔法少女』と言っていた気がする。
 もしかして莉美の境界はイケメン度? と思いつつ白音は臨戦態勢を取る。


 どの程度の数のパペットを造れるのか分からない以上、短期決戦が望ましいだろう。
 戦闘力で圧倒すべく、白音が上空の魔女も含めて四人を能力強化リーパーで強化する。
 リーパーに慣れていない魔女が急に自分の能力を底上げされて、「ごっ?!」という声を発して急加速した。
 普通の人間なら『むち打ち』になっているような加速度かもしれない。

「少ないけど男の能力者もいるって聞いてたしねぇ」

 佳奈が口ではそんなことを言っているが、顔つきが研ぎ澄まされた戦士のそれへと変わりつつある。
 今知りたいのは、性別よりも相手の強さのほどだけだと、その瞳が雄弁に物語っている。

「莉美、あんたは後方支援ね」

 そう言って白音が莉美の前に出る。

「後ろから応援?」
「ビーム撃ちまくってればオッケーなんじゃない?」

 佳奈も白音の隣に並び、前は任せておけと莉美に請け合う。

「了解! 撃ちまくるねっ!!」
「いや、佳奈……、まあそうなんだけど…………」

 白音は少し背筋が寒くなるのを感じた。

「わたしたちに当てないでよね?」


 そして三人が走り出そうとしたその時、聞き慣れた声に呼ばれた。

「私も入れてー?!」
「そらちゃん!」

 白音は初めての人との戦いにかなり緊張していたのだと思う。
 空色ヒンメルブラウのコスチュームに身を包んだそらの顔を見て、ものすごく自分が安心していることに気づいた。

(いや、別にこいつらも頼りにしてるんだけどね)
「そらも呼ばれてたのか」

 佳奈の方も、少し肩の力が抜けたのが分かる。

「うん。魔女の人の後ろに乗せてもらってきた。けど数が多すぎて手がつけられないから、観測と陽動に徹してたの」

 魔女の人が上空から周囲の警戒をしつつ、手を振って応えてくれた。
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