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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る
第6話 魔法少女の秘密基地 その一
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白音たちがミスリルゴーレムを討伐したその日の晩。
一恵が時間の都合をつけることができると聞いたので、白音、佳奈、莉美、そら、一恵、の五人でSNSのグループチャットをした。
一応魔法少女チームの初会合となる。
まだ今のところ全員揃って実際に顔を合わせたことはなく、みんなで集まるにはどこがいいかという話になった。
白音[確かにみんなで顔を合わせられる場所は必要ですね]
そら[カフェとかオープンスペースでは憚られる内容の会議もあると思う]
一恵[すみません、わたしも人目に付くところはご迷惑をおかけしてしまうと思います]
佳奈[都合のいいたまり場ねぇ]
莉美[秘密基地なら丁度いい場所があるじゃない]
ということで昔、白音、佳奈、莉美が秘密基地として利用し、ご近所さんから『ちびマフィアのアジト』と呼ばれていた場所を思い出した。
莉美の父はいわゆる元ヤンでカーマニアである。
車の整備工場を経営しており、工場とは離れた場所に倉庫を持っているのだが、そこに趣味の車をコレクションしている。
寝泊まりもできるようになってるので、秘密基地としてはうってつけの設備が整っている。
昔は莉美の父親が車を手入れしている横で勝手に潜り込んでよく遊んでいたのだが、最近は家業が忙しくてほったらかしになっているという。
莉美[オッケー出たよ。好きに使っていいって]
白音[はやっ]
莉美[自分が使う時は連絡くれるって]
そら[いいお父さんなの]
莉美[その代わり掃除よろしくって]
佳奈[お、おう。さすが莉美パパ、莉美の取り扱い方心得てる]
一恵[お世話になります。お父様にもよろしくお伝え下さい]
第一回魔法少女会議の次の日。
この前とは逆に、白音が曙台高校の前で佳奈たちの帰りを待っていた。
昨晩話していた『秘密基地』の下見に行く予定をしている。
本日は土曜日なのだが、黎鳳学院は午前中授業がある。
一方曙台高校は公立なので休日のはずなのに、佳奈と莉美は揃って補習らしい。
白音よりも帰りが遅くなると連絡があった。
補習は夏休みの前に、成績の悪かった教科を全部受けなければいけないらしい。
つまりはふたりともしばらく、土曜の午前中は補習の予定でめいっぱいとなる。
仲のいいことだ、と思う。
補習やクラブ活動があり、休みでも意外と登校している生徒は多かった。
白音は門柱の影にこっそりと立っていたのだが、余計怪しくて注目されてしまっている。
曙台高校でも黎鳳女学院のセーラー服はよく知られていた。
ふたりが出てくるまでに四度、白音は声をかけられた。
ナンパの男子生徒ふた組と、心配をしてくれた警備員。あとはバイト先のカフェでファンになった、とかいう女子生徒であった。
あそこはそういう店ではないのだが。
精神的にやつれたふたりがとぼとぼと出てくると、別の意味で少し疲れた白音と合流して、ようやく懐かしの秘密基地へと向かった。
今日はいつも忙しくしている一恵と、そらも所用があるとかで残念ながら三人だった。
とりあえず掃除ができればいいかと考えていた。
期せずして久しぶりのアジトへ、ちびマフィアのフルメンバーが帰還する。
莉美の家の倉庫は少し郊外にあるが、曙台からは市内をひと周りする路線バスで行けば十五分ほどだ。
昔はみんな自宅から、自転車の全力立ち漕ぎで現地集合したものだ。
「あんまり人目につかなくて、魔法少女の秘密基地には抜群の物件だと思うんだよね!」
確かに莉美の言うとおりだと思う。小さい頃遊んでいた時も、ちびマフィアたちにとって最高の場所だった。
「まああの頃とやることあんま変わんないし、一緒だよな」
(いや、そこは変わろうよ……、佳奈)
最寄りのバス停で降りて歩き出してみると、倉庫の近隣は少し活気がなくなってしまった印象だった。
廃業して稼働していない工場があちこちに見られる。
あまりいいことではないのだろうが、目立ちたくない白音たちにとってはむしろ都合がいいと言えるだろう。
久しぶりの、本当に久しぶりの帰還だった。
懐かしのアジトは、昔と変わらぬ佇まいでちびマフィア一家を迎えてくれる。
建物がふた棟建っており、結構な広さがある敷地はアスファルトで舗装されている。
記憶にあるアジトよりも少し草臥れてはいるが、その分ちびマフィアたちはちびではなくなっている。お互い様だろう。
元々は父親が自分の父から、つまり莉美の祖父から譲り受けた工場がここにはあったらしい。
それを父親が継いでからは工場を少し便利な場所に移転して、空いたこの場所に昔はカーマニア(?)が集まってたまり場にしていた。
大きな方の建物の中にはカバーを掛けられた車が並んでいる。
莉美の父親のコレクションだ。
小さい方の建物はカーマニア(?)の憩いの場であったらしく、小上がりで座敷のようになっているスペースや流し台もある。
こちらがちびマフィアのアジトだ。
莉美の父親も、人が頻繁に出入りしてくれれば防犯面での不安が軽減されるので、好きなように使って欲しいと歓迎していたそうだ。
「なぁつかしぃーー!」
三人の気持ちを代表して莉美が感想を漏らした。
まずは昔のように、三人揃って小さい方の建物に入ってみる。
埃まみれのブレーカーを探し当て、アジトに活動エネルギーを充填する。
そして恐る恐るかなり古いタイプのエアコンのスイッチを入れると、ちゃんと動いてくれた。
どうやらファーストミッションはクリアである。
この蒸し暑い季節、これが壊れていたら計画は頓挫するだろう。
さらに奥にはシャワー室も完備されていて、整備作業の汚れを落としたり、往時は寝泊まりをする者もいたのだろう。
綺麗にさえすれば、かなり快適になりそうだとわくわくしてくる。
ただ、その一階のど真ん中に部品取り用の古びた車が鎮座していて、すこぶる邪魔になっていた。
白音は掃除を始めようと思い、持ってきていたエプロンを制服の上に着けていたのだが、隣でいきなり莉美が魔法少女に変身する。
「?!」
「みんなも、早く」
莉美に促されて変身すると、三人で車を持ち上げて隣の倉庫へと移動した。
なるほど、変身もせずに普通の少女にそんなことできるわけがない。
佳奈なら分からないが。
「魔法少女ってべんりー」
「いや、まあ、うん……」
白音は魔法少女の力を、「便利」と言ってのけることに少し抵抗があった。
しかし佳奈の方は莉美のその発想になるほどと思うところがあったようで、積極的に重量物を移動してスペースを確保していってくれた。
このふたりには確実に相乗作用がある。
「冷蔵庫あったよ。どこに置く?」
かなり立派な大きさのものだが、佳奈がひとりで軽々と持ち上げて運んできた。
「動くのかしら。綺麗に拭いとくね」
白音も魔法少女姿で家事をするのが、ちょっと楽しくなってきた。
確かに便利なのだ……。
◇
ひと通りの掃除を終えると、見違えるほど綺麗になった。
とりあえず有りものの家具調度を再配置して、まあまあくつろげる感じにする。
「お!」
莉美が古い机の引き出しから紙束を取り出した。
きらきらと目を輝かせて楽しそうな顔をしている。
「どしたの莉美?」
「いいもの見っけた。昔佳奈が隠した答案用紙」
「待て待て、返せ」
逃げる莉美から、白音が答案をすっと奪って検分する。
そこには、自分たちの年齢くらいの数字がずらりと並んでいた。
「んー、知ってたけど…………。今からでも勉強、一緒にする?」
「やだよ、鬼! 軍曹かよ!」
「ひひ」
莉美がしてやったりという顔をしているが、実はそうでもない。
「いや、あんたもよ。だってこれ半分あんたのじゃない。名前くらい見なさいよ」
「え…………」
「あの頃は遊び倒してたけど、ちょっとは勉強した方が良かったかもねぇ…………。わたしはあなたたちの将来が心配です」
「ママン……」
佳奈と莉美が揃ってすがるような目をする。
白音はもう十年ほど、ふたりの保護者を務めているように思う。
一恵が時間の都合をつけることができると聞いたので、白音、佳奈、莉美、そら、一恵、の五人でSNSのグループチャットをした。
一応魔法少女チームの初会合となる。
まだ今のところ全員揃って実際に顔を合わせたことはなく、みんなで集まるにはどこがいいかという話になった。
白音[確かにみんなで顔を合わせられる場所は必要ですね]
そら[カフェとかオープンスペースでは憚られる内容の会議もあると思う]
一恵[すみません、わたしも人目に付くところはご迷惑をおかけしてしまうと思います]
佳奈[都合のいいたまり場ねぇ]
莉美[秘密基地なら丁度いい場所があるじゃない]
ということで昔、白音、佳奈、莉美が秘密基地として利用し、ご近所さんから『ちびマフィアのアジト』と呼ばれていた場所を思い出した。
莉美の父はいわゆる元ヤンでカーマニアである。
車の整備工場を経営しており、工場とは離れた場所に倉庫を持っているのだが、そこに趣味の車をコレクションしている。
寝泊まりもできるようになってるので、秘密基地としてはうってつけの設備が整っている。
昔は莉美の父親が車を手入れしている横で勝手に潜り込んでよく遊んでいたのだが、最近は家業が忙しくてほったらかしになっているという。
莉美[オッケー出たよ。好きに使っていいって]
白音[はやっ]
莉美[自分が使う時は連絡くれるって]
そら[いいお父さんなの]
莉美[その代わり掃除よろしくって]
佳奈[お、おう。さすが莉美パパ、莉美の取り扱い方心得てる]
一恵[お世話になります。お父様にもよろしくお伝え下さい]
第一回魔法少女会議の次の日。
この前とは逆に、白音が曙台高校の前で佳奈たちの帰りを待っていた。
昨晩話していた『秘密基地』の下見に行く予定をしている。
本日は土曜日なのだが、黎鳳学院は午前中授業がある。
一方曙台高校は公立なので休日のはずなのに、佳奈と莉美は揃って補習らしい。
白音よりも帰りが遅くなると連絡があった。
補習は夏休みの前に、成績の悪かった教科を全部受けなければいけないらしい。
つまりはふたりともしばらく、土曜の午前中は補習の予定でめいっぱいとなる。
仲のいいことだ、と思う。
補習やクラブ活動があり、休みでも意外と登校している生徒は多かった。
白音は門柱の影にこっそりと立っていたのだが、余計怪しくて注目されてしまっている。
曙台高校でも黎鳳女学院のセーラー服はよく知られていた。
ふたりが出てくるまでに四度、白音は声をかけられた。
ナンパの男子生徒ふた組と、心配をしてくれた警備員。あとはバイト先のカフェでファンになった、とかいう女子生徒であった。
あそこはそういう店ではないのだが。
精神的にやつれたふたりがとぼとぼと出てくると、別の意味で少し疲れた白音と合流して、ようやく懐かしの秘密基地へと向かった。
今日はいつも忙しくしている一恵と、そらも所用があるとかで残念ながら三人だった。
とりあえず掃除ができればいいかと考えていた。
期せずして久しぶりのアジトへ、ちびマフィアのフルメンバーが帰還する。
莉美の家の倉庫は少し郊外にあるが、曙台からは市内をひと周りする路線バスで行けば十五分ほどだ。
昔はみんな自宅から、自転車の全力立ち漕ぎで現地集合したものだ。
「あんまり人目につかなくて、魔法少女の秘密基地には抜群の物件だと思うんだよね!」
確かに莉美の言うとおりだと思う。小さい頃遊んでいた時も、ちびマフィアたちにとって最高の場所だった。
「まああの頃とやることあんま変わんないし、一緒だよな」
(いや、そこは変わろうよ……、佳奈)
最寄りのバス停で降りて歩き出してみると、倉庫の近隣は少し活気がなくなってしまった印象だった。
廃業して稼働していない工場があちこちに見られる。
あまりいいことではないのだろうが、目立ちたくない白音たちにとってはむしろ都合がいいと言えるだろう。
久しぶりの、本当に久しぶりの帰還だった。
懐かしのアジトは、昔と変わらぬ佇まいでちびマフィア一家を迎えてくれる。
建物がふた棟建っており、結構な広さがある敷地はアスファルトで舗装されている。
記憶にあるアジトよりも少し草臥れてはいるが、その分ちびマフィアたちはちびではなくなっている。お互い様だろう。
元々は父親が自分の父から、つまり莉美の祖父から譲り受けた工場がここにはあったらしい。
それを父親が継いでからは工場を少し便利な場所に移転して、空いたこの場所に昔はカーマニア(?)が集まってたまり場にしていた。
大きな方の建物の中にはカバーを掛けられた車が並んでいる。
莉美の父親のコレクションだ。
小さい方の建物はカーマニア(?)の憩いの場であったらしく、小上がりで座敷のようになっているスペースや流し台もある。
こちらがちびマフィアのアジトだ。
莉美の父親も、人が頻繁に出入りしてくれれば防犯面での不安が軽減されるので、好きなように使って欲しいと歓迎していたそうだ。
「なぁつかしぃーー!」
三人の気持ちを代表して莉美が感想を漏らした。
まずは昔のように、三人揃って小さい方の建物に入ってみる。
埃まみれのブレーカーを探し当て、アジトに活動エネルギーを充填する。
そして恐る恐るかなり古いタイプのエアコンのスイッチを入れると、ちゃんと動いてくれた。
どうやらファーストミッションはクリアである。
この蒸し暑い季節、これが壊れていたら計画は頓挫するだろう。
さらに奥にはシャワー室も完備されていて、整備作業の汚れを落としたり、往時は寝泊まりをする者もいたのだろう。
綺麗にさえすれば、かなり快適になりそうだとわくわくしてくる。
ただ、その一階のど真ん中に部品取り用の古びた車が鎮座していて、すこぶる邪魔になっていた。
白音は掃除を始めようと思い、持ってきていたエプロンを制服の上に着けていたのだが、隣でいきなり莉美が魔法少女に変身する。
「?!」
「みんなも、早く」
莉美に促されて変身すると、三人で車を持ち上げて隣の倉庫へと移動した。
なるほど、変身もせずに普通の少女にそんなことできるわけがない。
佳奈なら分からないが。
「魔法少女ってべんりー」
「いや、まあ、うん……」
白音は魔法少女の力を、「便利」と言ってのけることに少し抵抗があった。
しかし佳奈の方は莉美のその発想になるほどと思うところがあったようで、積極的に重量物を移動してスペースを確保していってくれた。
このふたりには確実に相乗作用がある。
「冷蔵庫あったよ。どこに置く?」
かなり立派な大きさのものだが、佳奈がひとりで軽々と持ち上げて運んできた。
「動くのかしら。綺麗に拭いとくね」
白音も魔法少女姿で家事をするのが、ちょっと楽しくなってきた。
確かに便利なのだ……。
◇
ひと通りの掃除を終えると、見違えるほど綺麗になった。
とりあえず有りものの家具調度を再配置して、まあまあくつろげる感じにする。
「お!」
莉美が古い机の引き出しから紙束を取り出した。
きらきらと目を輝かせて楽しそうな顔をしている。
「どしたの莉美?」
「いいもの見っけた。昔佳奈が隠した答案用紙」
「待て待て、返せ」
逃げる莉美から、白音が答案をすっと奪って検分する。
そこには、自分たちの年齢くらいの数字がずらりと並んでいた。
「んー、知ってたけど…………。今からでも勉強、一緒にする?」
「やだよ、鬼! 軍曹かよ!」
「ひひ」
莉美がしてやったりという顔をしているが、実はそうでもない。
「いや、あんたもよ。だってこれ半分あんたのじゃない。名前くらい見なさいよ」
「え…………」
「あの頃は遊び倒してたけど、ちょっとは勉強した方が良かったかもねぇ…………。わたしはあなたたちの将来が心配です」
「ママン……」
佳奈と莉美が揃ってすがるような目をする。
白音はもう十年ほど、ふたりの保護者を務めているように思う。
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