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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第3話 魔法少女VS巨大イカ その二

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 さすがにもう異世界から何もやっては来ないだろう。
 軟体生物の無力化には成功した。

 警戒を解いて四人がお互いに名を名乗り、それから佳奈が魔法少女ギルドに、異世界事案が再び発生した旨を連絡した。
 異世界からやって来たと思われる男たちはまだ気絶したままだったが、ギルドから拘束しておくようにと指示があった。
 もしも目を覚まして暴れられた場合、四人も魔法少女がいれば怪我をするのは男たちの方だからだ。

 拘束と言われても……と佳奈は困ったが、すぐにそらが提案をしてくれる。

「ガムテープがいいと思うの」

 それを聞いて一恵がさっと小走りでコンビニに向かってくれた。

「任せて」

 走りながら変身を解いている。
 もうすっかり星石の力を使いこなしている感じだった。

 一恵が買ってきてくれたガムテープで、手分けして男たちを拘束していく。

「いや…………、なんか、これ…………」

 ガムテープでぐるぐる巻かれた男たちが『強盗の被害者』みたいになってしまった。
 さすがに佳奈はちょっと気が咎める。

「ひもで縛る方が痛いのよ? これなら跡も付きにくいし」

 一恵がそう言うと、そらも頷く。
 見た目はちょっと酷いが、そういうところもちゃんと考えてくれていたみたいだった。

「あと、これどうぞ」

 一恵はコンビニで一緒にタオルも買ってきていた。
 佳奈だけコスチュームがぬるぬるのべちょべちょだったので、それを拭くようにと渡してくれる。

「あ、ありがと。センパイ」


 学校にあまり顔を出さない芸能人の先輩、ということで佳奈は勝手にとっつきにくそうな印象を抱いていたと思う。
 しかし実物の一恵は、それとは随分かけ離れて気さくで、世話焼きな人のようだった。

「そのまま変身を解くと、私服までべちょべちょになりそうだしね。あ……でも、『センパイ』はやめて欲しいかな?」

 それを聞いてすかさず莉美が割って入る。

「んじゃ、一恵ちゃん!!」
「はい、莉美ちゃん」


 魔法少女ギルドの事後処理班が到着するまでの間に、宇宙そらミッターマイヤーと神一恵かみひとえに『魔法少女ギルド』や『異世界事案』の事をかいつまんで説明する。
 新人魔法少女であるふたりの疑問に答える形でのレクチャーだったが、佳奈の知っている限りの事は伝えられたと思う。
 そしてそれが終わる頃には本当に佳奈の額のあざは治り、綺麗さっぱり消えてなくなっていた。


 やがて拘束されていた男たちが目を覚ましたので、最初にそらが試そうとしていたようにいろんな言語で話しかけてみる。
 まず佳奈が日本語とフランス語で話しかけてみた。
 次に一恵が英語で、そらがドイツ語で同じ事を試みる。
 さらにそらはイタリア語、ラテン語も試してみたがやはり通じている様子はない。

 結局、困惑や怒りで暴れるばかりの男たちに、何とか身振りや手振りで敵意がないことを理解してもらうだけで精一杯だった。
 彼らの反応や態度を見ていると、どうやら本当に異世界からやって来た人間らしいと感じた。
 だとすれば彼らは間違いなく『異世界事案』である。
 警察の出る幕はないだろう。
 後のことはギルドの事後処理班に任せるしかないと魔法少女たちは判断した。


「ぐう……」

 何故か莉美が佳奈の方を見て唸っている。

「どした莉美?」
「外国語喋れるなんて佳奈ちゃんじゃない……」
「なんだよ、それ……」

 莉美だけ日本語しか喋れないのが悔しかったらしい。

「あ、それよりさ、リーダーのことなんだけど」

 莉美の方から言い出したくせに、そんな事よりも大事な話があると言いたげにさらっと話題を切り替える。
 言いながら莉美は、そらの方を見ている。

 自分たちより幼く見えるが、明らかに頭の回転が速い。
 軟体生物との戦闘中もその後も、常に的確な指示を出してくれていた。
 佳奈にもその言わんとすることは分かる。
 まったくの同意だった。
 ふたりは、自分たちのリーダーになってくれないかとそらに頼んでみた。
 しかし、

「そういうのは頭がいいとかじゃないと思うの。それに私、青色だし」

と、にべもなかった。そらもやはり『リーダーはピンクでしょ』派なのかもしれない。

『世話焼きのお姉さん』たる一恵も、佳奈や莉美よりはよほどリーダーとしての資質があるように見える。
 がしかし、一恵も同じく首を横に振る。

「んー、うまい作戦立てられるとか、よく気が利くとか、リーダーはそういうのじゃないと思うわよ? 私も紫色だし」
「カリスマ性が必要なの」
「そうそう。リーダーって、初めからリーダーよね」

 そらと一恵が何やら通じ合って頷いている。
 共通の求めるリーダー像があるのだろう。
 しかしそうなると、やはり白音を引き込むしかないように思える。
 この四人が全員納得しそうなリーダーなんてそうそういないだろう。

「やっぱ白音だよなあ。あいつ絶対ピンクになるもん」
「だよねぇ。白音ちゃんがピンクでリーダーって、もうそれ以外思いつかないよう」

 佳奈と莉美も頷き合う。
 ふたりにも共通の求める白音像があるのだ。


 そういえばそらと一恵には、一緒に魔法少女チームとしてやってくれるのかどうかの確認すらしていない。
 特に疑問を差し挟むこともなく、こうして一緒にいてくれている。
 何しろ魔法少女に変身した時、誰がどう見ても仲間にしか見えないほど四人はひと揃い、統一されたコスチュームになっていた。
 今更確認する方が変な感じだ。

 佳奈は以前に、魔法少女のコスチュームは本人の思い描いているものが具現化されて形を取るらしいと聞いたことがある。
 この四人は、初めからチームとなることが運命づけられていたのかもしれない。


「白音ってもしかして、名字川さんのこと?」

 そらの口から名字川白音の名前が出てきた。
 確かに同じ黎鳳学院の制服を着ていると思ってはいたのだが、よくよく聞けばそらと白音は同じクラスだという。
 年齢がちょっとおかしいような気もするが、そらによればそうらしい。

 同じクラスながら、ふたりはあまり喋ったことがない。
 しかしそらも「ピンクのリーダーは誰がいい?」と聞かれれば、真っ先に思いつくのは名字川白音だった。
 それはあくまでイメージに過ぎないのだけれども、ふたりの言うとおり、ピンクの魔法少女が誰かと問われれば、やはりそらも白音を思い描いてしまうのだからしょうがない。


 ただし佳奈たちは迷っていた。
 白音の夢の事をそらと一恵にも少し語って聞かせる。

「白音は忙しいし、将来を見据えて忙しくしているから巻き込んでいいのか……」
「そうだよねぇぇぇ……」

 しかし既に魔法少女チームの作戦参謀たり得ているそらが、少し思案顔で見解を述べた。

「名字川さんの成績なら奨学金とか司法試験とか余裕だと思うの。聞く限りでは一番の問題は必要な資金」
「それなら魔物退治をすればギルドから報奨金が出るんだけど」

 佳奈のその言葉は、莉美も初耳だった。

「あれ、言わなかったっけ? 昔からそうだったんだけど、最近は異世界事案が増えてきたから、結構いい額になってるらしいんだ」
「なるほど、その資料が欲しいの」

 計画を練り始めたそらを見ていると、もう参謀役を務めるのも彼女以外にはイメージできそうにない。

「さっき説明した方法でアプリに登録すれば見れるよ」
「分かった。調べる。ギルドからの報奨金を見込めばバイトなどより時間効率が良い、ということが説明できればいいと思うの。その資料を作って私が説得する」

 とても頼もしいそらだが、何故か佳奈や莉美よりも余程ノリノリで白音を巻き込もうとしているように見える。


「その白音って子の事、好きなの?」

 一恵がそらの背後から長い腕を伸ばしてきた。小さな彼女を絡め取るようにして捕獲しようとする。
 しかしそらは、するりとそれをかわし、少し目を逸らした。

「な、名字川さん以外のピンクは想像できない、だけなの…………」

 三人とも、名字川白音という少女が魔法少女の力に目覚めるであろう事を少しも疑っていない。
 それで一恵も、白音に対して俄然興味をそそられたようだった。

「わたしも是非会わせて欲しいわ。あ、でも…………」

 残念ながら一恵は、翌日から仕事で海外へ行く予定になっていた。
 しかし白音を巻き込むなら早いほうがいいということで、一恵不在の間に三人で『白音獲得計画』実行することになった。

 一応佳奈と莉美が白音を魔法少女にすべく考えていた計画がある。親友ならではの乱暴な奴だ。
 異世界事案の現場に連れて行って魔物の前に放り出してみようとか、暗闇で覆面を付けて襲いかかってみようとか、かなり物騒な内容になっている。

 実際のところ、魔法少女に目覚めるプロセス自体ははっきりとは分かっていない。
 だから佳奈たちでなくとも、魔法少女としての適正を確認するには、多少強引な方法にならざるを得ない。
 あとはそらの知恵を借りてもう少しやり方をマイルドにしてもらえばいいだろう。

 話を聞いていた一恵はその計画がちょっと楽しそうで、海外での仕事をさぼりたくなってしまった。

「わたしも参加したいんだけど、魔法でなんとかできないかしら」

 何やら不穏なことを考え始めた。
 普段メディアで見ていたHitoeはクールな印象だったので、そんなことを言うのが意外だった。
 駄々をこねているようにしか見えない。
 ちょっと面白い。

「まあまあ、慌てなくても白音は逃げないから」
「帰ってきたら顔合わせのパーティしよ?」

 佳奈と莉美、白音の親友ふたりがそう言って宥めると、一恵は泣く泣く承服した。



「一恵さんて、あのHitoeなの!?」

 話を聞いて白音は、ファッション雑誌で読んだHitoeのインタビュー記事を思い出していた。
 あまりその手の話は詳しくないというそらも、Hitoeの事は知っていた。
 その時は「テレビで見たことのある綺麗なお姉さんだなぁ」くらいに思っていたらしい。

「前に話したことあるよね。曙台うちにいるって」

 莉美は芸能関係、特にアイドルが好きだったので、入学早々に熱心に話してくれていたのを覚えている。

「やっぱ驚くよな」

 佳奈は多分『有名芸能人』という部分はあまり気に留めていない。
『同じ学校の先輩が魔法少女になった』ということを言っているのだろう。


 Hitoeこと神一恵かみひとえは曙台高校に籍を置き、佳奈と莉美のひとつ上の先輩、高校二年生であるとふたりからは聞かされていた。
 ファッションモデル兼タレントとして活躍する芸能人であり、歌手として歌も出している。
 高身長、抜群のスタイルに、凜とした顔立ちで知られている。

 口を開けばちょっと常人には理解できないような斜めにねじれた発言が多く、予測不能な行動も一風変わっている。
 ただそれが超然とした雰囲気と相まって『異世界エルフ』とあだ名されて人気がある。
 日本、ひいては世界各地を飛び回るタレント業に忙しく、学校を休むことも多い。
 その正体は『異世界エルフ』ではなくて『魔法少女』だったらしい。


「あ、そういえばすっかり忘れてたんだけど一恵ちゃんが、白音ちゃんが魔法少女になったら是非写真送ってねって言ってた」

 莉美はそうやってよく『すっかり』忘れる。
 白音としては自分の写真を送られるのはいささか恥ずかしいが、結果がどうなったのか一恵も気にしてくれているのだろう。
 魔法少女ギルドに登録すれば、アプリを使って魔法少女の写真や動画も送れる。
 当然それ以外の手段では、異世界事案の存在を証明してしまうようなものは送れない。
 即座に消去となってしまう。


「魔法少女姿の白音ちゃんの写真、送ってもいい?」
「ん、まあいいけど、どこで撮影する?」

 しかし莉美はしれっと、写真なら既に持っていると言い放った。
 いつの間に撮ったのか知らないが、魔法少女に変身しているところや、光の剣イセリアルブレードを手にして戦っているシーン、スライムに食べられかけているところ等が、しっかり記録されている。
 アングルがなんだか隠し撮りみたいでストーカーっぽい。

 その写真はそらも「見ていないので欲しい」と希望した。
 この時は夜遅くに決行された『白音獲得計画』だったので、まだ十三歳のそらにも不承不承ながらに先に帰ってもらったのだという。

 写真をふたりに送ると、一恵の方は送られた瞬間に既読になった。

「はやっ!!」

 一恵のいる所は今何時なのだろう。
 しかし既読はすぐについたが、返事はなかなか来なかった。

「仕事が忙しいんだよ、きっと」

 佳奈が白音のスマホを覗き込む。
 莉美が撮っていた写真は、いいタイミングを捉えている。
 なんというか、あんな騒ぎの中でよく撮れるもんだと感心する。

「そりゃまあ、忙しいわよね」

 相手は多忙な有名タレントだから、都合の合う時に話ができればいいかと思う。
 それより、と白音は思う。
 佳奈にはこの際洗いざらい、ではなくてしっかり全部持っている情報を話しておいてもらいたい。

「佳奈はギルドの事よく知ってるの? 小さい頃から入ってたんでしょ?」
「いやぁ、アタシあんまり関わってこなかったんだよねぇ。ただ、ものすごい親切な人たちだった。分からない事や困った事があればすぐに相談に乗ってくれるし、ちょっとやり過ぎたりした時も全力で誤魔化してくれてた」
「誤魔化すって…………」
「ああ、これこれ」

 佳奈が自分のスマホのアプリを見せる。

「これタップすればすぐにギルドに繋がって話ができるんだ。多分アタシが小さかったから、わざわざこんなもの作ってくれたんだろうね。今も入れてるけど、直通アプリ」

 アイコンが赤い魔法少女になっている。
 そういえば、何度機種変してもずっと変なアプリ入れてるなと思って白音も見た覚えがある。
 アイコンからして多分佳奈専用に作られているんだろう。
 ギルドの人が佳奈に手を焼いていた感じが伝わって泣けてくる。


「アタシがあんまり乗り気じゃなかったのと、まだ小さかったから、向こうももう少し大きくなるの待とうかって雰囲気だったな」

 まあそれはそうだろうなと思う。
 それに佳奈も自分も、素直に人に従うような幼児ではなかったという自覚はある。
 そんな時に大人が無理に介入してきたら、かえって反発していただろう。
 ギルドは佳奈の扱いをよく心得ている。

「あとは、ちゃんと訓練すればもっと能力伸ばせるよって、お手伝いしましょうかって言われたこともある。悪い人たちだとは思わないよ?」
「悪い人じゃない、かぁ」

 白音は佳奈のそういう野生の勘みたいなものは、確信めいて受け容れている。
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