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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る
第2話 ヒンメルブラウの魔法少女 その三
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白音とそらが寄り添って正門へと向かうと、既に佳奈と莉美が到着して待っていた。
下校中の女子高生の中にあって、まったく違う別の学校の制服を着て立つのは、本来なら少し勇気のいる行為であろう。
黎鳳女学院の制服は伝統的なセーラー服のデザインだったが、去年それを一新している。
やはり伝統よりもまずは生徒数の確保、ということなのだろう。
セーラー服をベースにして今時のアレンジが加えられていてなかなか評判がいい。
現在は一年生である白音たちだけが着ているのだが、先輩方からはよく羨ましがられる。
白音もこの制服はとても気に入っていた。
その黎鳳女学院の真正面で、佳奈たちはそれとは別のブレザーの制服、曙台高校のものを着て立っていた。
かなり目立つので、こちらはこちらで近づくのがためらわれて皆が遠巻きにして見ている。
曙台高校も公立とは言えこの少子化の時代、受験生からの人気不人気は死活問題である。
当然制服のデザインがどう思われるか、ということも大事になってくる。
だから彼女たちの制服は、有名なデザイナーに依頼して作られたという、なかなか凝ったデザインのものだった。
白音と佳奈は、よくどっちの制服の方がかわいいのと言い合いをしていた。
それぞれ別の意味で目立っていたふた組が、やがて手を振り合って合流すると、遠巻き女学院全員が「!?」という顔をした。
きっと明日はこの噂で持ちきりになるのだろう。
白音が佳奈と莉美に笑顔で左手を振った。
しかしふたりはそれとは反対側の方、そらとしっかり組まれた右腕の方を凝視していた。
女学院の生徒たちと同様にやはりそこが気になったらしい。
ただ、ふたりは少し意味ありげな視線を白音に送っただけで、特に何も言う気はないようだった。
多分そらがちっちゃくてかわいかったからだと白音は思う。
そんなそらのあんな顔を見たならば、きっと佳奈や莉美だって同じことをしたに違いないと、白音は思うのだ。
◇
少し足を伸ばして、繁華街からは外れたところに行こうと四人で相談した。
先程の騒ぎを見ていて、黎鳳や曙台の子にはあまり出会わない方がいいように思ったからだ。
人目に付きにくいように、表通りには面していない喫茶店を選んで入ってみる。
佇まいも落ち着いた雰囲気で、いわゆる『隠れ家的な』と評されるような店だ。
しかし入ってみると客が白音たちしかいなかった。
店員からの注目を一手に引き受けて、逆に目立ってしまっている気がする。
注文したミルクティに口を付けながら、そらが佳奈たちに注文を付ける。
「白音ちゃんにもう少し、事前に話しておいて欲しかった。危うく痴漢にされるところだったの」
「いやそらちゃん、あれは痴漢だからね?」
少し声を潜めて白音が認識の相違を訂正する。
それを聞いた佳奈と莉美は、「ああ、あれか」という顔をしてそれぞれ自分の胸を見た。
なるほど、既に全員経験済みのようだった。
ふたりのサイズを後でそらに聞いておこう、そう思いながら、白音はコーヒーの香りが際立つカフェラテを口に運んだ。
「ところで、三人って知り合いだったのねぇ?」
白音が口をとがらせて横目で佳奈の方を見た。
「いや、ついこの前の話なんだけどな」
佳奈の表情からすると、「ここのコーヒーは美味しいな」以外の事は考えていないように見える。
「そうそう。むしろあたしは白音ちゃんとそらちゃんが同じクラスだったことの方がビックリだよ」
莉美の飲むシナモンティの、少し鼻腔を刺激するような香りが白音の方にまで届いている。
白音の気持ちは莉美には届いていないらしいが。
「もう!! 三人ともどうやって知り合ったのか教えてよっ!!」
「おお? ああ、そかそか。そこからだよな」
佳奈がコーヒーの香りを十分に堪能してから、やっと話し始めた。
◇
佳奈はずっと、五歳の頃から魔法少女だった。
そんな彼女が、最近ネット上で魔法少女の噂をよく目にするようになったと感じていた。
また、どうやら魔物や魔法が絡んでいると思われる事件も、以前より頻繁に起こっている。
そしてつい先日、親友である莉美もまた魔法少女となった。
これにはきっと何かの意味があるのだろうと、佳奈は運命のようなものを感じていた。
佳奈は幼い頃、父親セブランから星石の伝承をよく聞かされていた。
セブランは南洋、ポリネシアのタヒチ島から日本にやって来た移民である。
星石の伝承はそのタヒチよりもさらに遠いところ、セブランの祖先が住んでいた遙か遠い島国から伝わっているものらしかった。
『星石に選ばれた者は、何かをなすことになるだろう。なさねばならぬことになるだろう』
いろいろ聞かされた気はするが、佳奈がはっきりと覚えているのはこれだけだった。
予言とも脅しとも取れる印象的な一節だった。
莉美も『星石に選ばれた』ということは、きっと佳奈は独りではないのだろう。
仲間と共に何かをなすことになる、佳奈はそう予感している。
とは言え、今の佳奈に何ができるかとなると、莉美と相談することくらいだった。
それでふたりはこれからどうしようか、どうしたら良いだろうかとあれやこれや、考えてみた。
しかしいくら知恵を絞ってみたところでまったくまとまらなかった。
残念ながら思考を前に進める力が、ふたりには圧倒的に足りていなかったのだ。
そこでようやく出した結論が、
「アタシたちにはちゃんと考えてくれるリーダーが必要だよな」
「ピンクの人が必要だよね」
「絶対白音がピンクだよな」
「白音ちゃん、ピンクのコスチューム似合いそう」
となったのである。
それで相談内容が「これからどうしようか」から「どうやって白音を引き込もうか」という話に変わったのだが、やはりなかなか良い考えは浮かばなかった。
近頃の白音は自分の夢があって、学業にバイトにと忙しくしている。
巻き込んでしまっていいものかどうか、という遠慮もあった。
その日も学校帰りにカラオケ店の一室を占拠して、ああでもないこうでもないと前にも後ろにも進まない話し合いをしていた。
白音を仲間に引き込む作戦だが、白音がいないから良いアイディアが出ないのだ。
結局話し合い二割、歌合戦八割ほどのその作戦会議はろくな成果を上げぬまま、すっかり遅い時間となってお開きになってしまった。
そして夜も更けた帰り道、ふたりはそらに出会ったのだ。
近道になっているので、人気のない裏通りにふたりで入って行く。
そんな真っ暗な時間に、莉美独りなら絶対に通らないような場所だ。
しかし佳奈が一緒にいるので不安に思うことはなかった。
佳奈はまったくそういう心配をしない。
変な奴が現れたらぶっ飛ばせばいい。それだけのことだと思っているのだ。
近頃その裏通りでは、古い雑居ビルの解体工事をやっている。
深夜の誰もいない工事現場などとりわけ静かで、いつもより一層不気味な雰囲気になってしまっている。
だがその夜は件の廃ビルの方から言い争うような声と、何か分からない金属のガチャガチャという音が聞こえてきた。
深夜の人目につかない場所で言い争いなどと、およそ見過ごしていい事態ではないだろう。
佳奈と莉美は顔を見合わせると、もうほぼ解体を終えて廃材置き場と化している工事現場の中を覗き込んだ。
すると通りの方からでも見えるような位置に、少女がいた。
薄明かりの中でも綺麗な金髪を腰くらいまで伸ばしているのが分かる。
少し浮き世離れした感のある美少女に、ふたりはそこに妖精がいるのかと思った。
しかしよく見れば、白音と同じ黎鳳女学院の制服を着ている。
年の頃は小学生か中学生くらいだろうか。
それが宇宙ミッターマイヤーだった。
その小さな少女が、金属の鎧――テレビで見た西洋の甲冑のようなもの――を身につけた大柄な四人の男たちに取り囲まれている。
男たちは腰から剣を抜いていた。
彼女は怯えていたが、そのあまりにリアリティの無い光景に、佳奈たちはまず映画の撮影か何かかと考えた。
男たちはそらに向かって強い口調で何か言っている。
しかし何を言っているのかは理解できなかった。
佳奈の父親は母語がフランス語なので、フランス語でないことだけは分かる。
そらは怯えながらも、毅然と何か言葉を返していた。
日本語や、フランス語に切り替えて試しているのが分かる。
他にも佳奈の知らない、いろんな言語で話しかけているようだった。
結局まったく言葉が通じていないようで、いらいらした様子の金属鎧の男がそらを突き飛ばした。
それを見て佳奈と莉美は反射的に飛び出し、彼らの間に割って入ろうとした。
しかしそれよりも速く背の高い女性が現れて、突き飛ばされたそらが転ばぬようその体を支えてくれた。
彼女がいつの間にどこから現れたのか、ふたりにはまったく分からなかった。
女性は佳奈や莉美と同じ曙台高校の制服を着ていた。
佳奈も身長は高い方なのだが、それよりも目線が上の位置にある。
成人男性並みの背丈があるようだった。
驚くべきことに、彼女は変身もせずに魔法を使った。
目には見えなかったが、おそらく刃のようなものを飛ばして男たちの鎧を切り裂き、ばらばらにして武装を解除していく。
そして多分手加減した打撃を的確に急所に与えて、あっという間に四人とも昏倒させてしまった。
佳奈は、そらを庇ったまま速やかに男たちを無力化したその手腕に目を瞠る。
莉美は、目をきらきらと輝かせてその女性に駆け寄った。
明らかに魔法だったと分かるその恐るべき技を目にしておいて、まったく気にする風もない。
少しは警戒しろよと佳奈が苦笑する。
「あなたも魔法少女なんですか?」
「も?」
莉美の言葉に思わずそう問い返した女性の顔を見て、佳奈は思い出した。
「あ、モデルのHitoeさん。うちの高校の先輩ですよね?」
Hitoeと呼ばれたその少女は「ふふっ」と笑った。そらをその長い腕に抱いたままにしている。
Hitoeとはこの背の高い女性、神一恵の芸能界での名義である。
仕事が忙しくあまり授業には顔を出さないが、佳奈たちの学校で知らない者はいない。
金髪の少女のことはこのHitoeが見ていてくれるようだったので、佳奈は先に気絶している男たちをどうにかすべきだろうと考えた。
金属鎧に剣、およそ現代社会には似つかわしくない風体である。
「これは異世界事案だな。莉美、こいつらはギルドに預けるぞ」
そう言って佳奈は、スマホを取り出した。
魔法少女ギルドに直通で連絡できるアプリを起動する。
実は佳奈も『異世界事案』という言葉の意味をしっかりと理解できているわけではない。
わけではないのだが長年魔法少女をやってきた先輩として、莉美より多少は知っていることもある。
魔法の力や不可思議な現象、そういうものが起こるのは異世界との隔たりが緩んだ時なのだそうだ。
だから別の世界からもたらされた現象として、それらは『異世界事案』と総称されている。
ただ今回のように化け物ではなく、コミュニケーションの取れそうな人がやって来るのは初めて見た。
先輩魔法少女の佳奈にとってもこれは手に余る事態だった。
しかしこういう訳の分からないことは、だいたいギルドに相談しておけば何とかしてくれる。
隠密裏に『異世界事案』を処理するプロフェッショナル集団が『魔法少女ギルド』なのだ。
少なくとも佳奈はそう認識している。
佳奈がギルドに事後処理の要請をしているのを一恵は大人しく見ていた。
しかし通話を終えると、猛然と質問を始める。
「『も』っていうことはあなたたち魔法少女なの? 魔法が使えるの? 異世界事案って何? ギルドって何かの組合?」
一恵には何か引っかかるところがあったらしく、そらを腕に抱いたまま矢継ぎ早に質問をする。
佳奈にしても、このHitoeが使った魔法について聞きたいことがあるのだが、その暇を与えてもらえない……。
一恵が魔法少女に対して並々ならぬ興味を抱いていることだけは分かった。
それとそらを捕獲したまま放す気がなさそうなことも。
少し待てばギルドの人が事案処理に来てくれるだろう。
一恵の魔法のことは、もう少し落ち着いてからゆっくり聞けばいいかと佳奈は思った。
小さな少女を優しく保護してくれているあたり、けして悪い人ではないのだろう。
佳奈は張り詰めていた気を少し緩めて、ひと息つこうとした。
しかしその時、異世界の壁がもう一度破れる気配がした。
「は?」
下校中の女子高生の中にあって、まったく違う別の学校の制服を着て立つのは、本来なら少し勇気のいる行為であろう。
黎鳳女学院の制服は伝統的なセーラー服のデザインだったが、去年それを一新している。
やはり伝統よりもまずは生徒数の確保、ということなのだろう。
セーラー服をベースにして今時のアレンジが加えられていてなかなか評判がいい。
現在は一年生である白音たちだけが着ているのだが、先輩方からはよく羨ましがられる。
白音もこの制服はとても気に入っていた。
その黎鳳女学院の真正面で、佳奈たちはそれとは別のブレザーの制服、曙台高校のものを着て立っていた。
かなり目立つので、こちらはこちらで近づくのがためらわれて皆が遠巻きにして見ている。
曙台高校も公立とは言えこの少子化の時代、受験生からの人気不人気は死活問題である。
当然制服のデザインがどう思われるか、ということも大事になってくる。
だから彼女たちの制服は、有名なデザイナーに依頼して作られたという、なかなか凝ったデザインのものだった。
白音と佳奈は、よくどっちの制服の方がかわいいのと言い合いをしていた。
それぞれ別の意味で目立っていたふた組が、やがて手を振り合って合流すると、遠巻き女学院全員が「!?」という顔をした。
きっと明日はこの噂で持ちきりになるのだろう。
白音が佳奈と莉美に笑顔で左手を振った。
しかしふたりはそれとは反対側の方、そらとしっかり組まれた右腕の方を凝視していた。
女学院の生徒たちと同様にやはりそこが気になったらしい。
ただ、ふたりは少し意味ありげな視線を白音に送っただけで、特に何も言う気はないようだった。
多分そらがちっちゃくてかわいかったからだと白音は思う。
そんなそらのあんな顔を見たならば、きっと佳奈や莉美だって同じことをしたに違いないと、白音は思うのだ。
◇
少し足を伸ばして、繁華街からは外れたところに行こうと四人で相談した。
先程の騒ぎを見ていて、黎鳳や曙台の子にはあまり出会わない方がいいように思ったからだ。
人目に付きにくいように、表通りには面していない喫茶店を選んで入ってみる。
佇まいも落ち着いた雰囲気で、いわゆる『隠れ家的な』と評されるような店だ。
しかし入ってみると客が白音たちしかいなかった。
店員からの注目を一手に引き受けて、逆に目立ってしまっている気がする。
注文したミルクティに口を付けながら、そらが佳奈たちに注文を付ける。
「白音ちゃんにもう少し、事前に話しておいて欲しかった。危うく痴漢にされるところだったの」
「いやそらちゃん、あれは痴漢だからね?」
少し声を潜めて白音が認識の相違を訂正する。
それを聞いた佳奈と莉美は、「ああ、あれか」という顔をしてそれぞれ自分の胸を見た。
なるほど、既に全員経験済みのようだった。
ふたりのサイズを後でそらに聞いておこう、そう思いながら、白音はコーヒーの香りが際立つカフェラテを口に運んだ。
「ところで、三人って知り合いだったのねぇ?」
白音が口をとがらせて横目で佳奈の方を見た。
「いや、ついこの前の話なんだけどな」
佳奈の表情からすると、「ここのコーヒーは美味しいな」以外の事は考えていないように見える。
「そうそう。むしろあたしは白音ちゃんとそらちゃんが同じクラスだったことの方がビックリだよ」
莉美の飲むシナモンティの、少し鼻腔を刺激するような香りが白音の方にまで届いている。
白音の気持ちは莉美には届いていないらしいが。
「もう!! 三人ともどうやって知り合ったのか教えてよっ!!」
「おお? ああ、そかそか。そこからだよな」
佳奈がコーヒーの香りを十分に堪能してから、やっと話し始めた。
◇
佳奈はずっと、五歳の頃から魔法少女だった。
そんな彼女が、最近ネット上で魔法少女の噂をよく目にするようになったと感じていた。
また、どうやら魔物や魔法が絡んでいると思われる事件も、以前より頻繁に起こっている。
そしてつい先日、親友である莉美もまた魔法少女となった。
これにはきっと何かの意味があるのだろうと、佳奈は運命のようなものを感じていた。
佳奈は幼い頃、父親セブランから星石の伝承をよく聞かされていた。
セブランは南洋、ポリネシアのタヒチ島から日本にやって来た移民である。
星石の伝承はそのタヒチよりもさらに遠いところ、セブランの祖先が住んでいた遙か遠い島国から伝わっているものらしかった。
『星石に選ばれた者は、何かをなすことになるだろう。なさねばならぬことになるだろう』
いろいろ聞かされた気はするが、佳奈がはっきりと覚えているのはこれだけだった。
予言とも脅しとも取れる印象的な一節だった。
莉美も『星石に選ばれた』ということは、きっと佳奈は独りではないのだろう。
仲間と共に何かをなすことになる、佳奈はそう予感している。
とは言え、今の佳奈に何ができるかとなると、莉美と相談することくらいだった。
それでふたりはこれからどうしようか、どうしたら良いだろうかとあれやこれや、考えてみた。
しかしいくら知恵を絞ってみたところでまったくまとまらなかった。
残念ながら思考を前に進める力が、ふたりには圧倒的に足りていなかったのだ。
そこでようやく出した結論が、
「アタシたちにはちゃんと考えてくれるリーダーが必要だよな」
「ピンクの人が必要だよね」
「絶対白音がピンクだよな」
「白音ちゃん、ピンクのコスチューム似合いそう」
となったのである。
それで相談内容が「これからどうしようか」から「どうやって白音を引き込もうか」という話に変わったのだが、やはりなかなか良い考えは浮かばなかった。
近頃の白音は自分の夢があって、学業にバイトにと忙しくしている。
巻き込んでしまっていいものかどうか、という遠慮もあった。
その日も学校帰りにカラオケ店の一室を占拠して、ああでもないこうでもないと前にも後ろにも進まない話し合いをしていた。
白音を仲間に引き込む作戦だが、白音がいないから良いアイディアが出ないのだ。
結局話し合い二割、歌合戦八割ほどのその作戦会議はろくな成果を上げぬまま、すっかり遅い時間となってお開きになってしまった。
そして夜も更けた帰り道、ふたりはそらに出会ったのだ。
近道になっているので、人気のない裏通りにふたりで入って行く。
そんな真っ暗な時間に、莉美独りなら絶対に通らないような場所だ。
しかし佳奈が一緒にいるので不安に思うことはなかった。
佳奈はまったくそういう心配をしない。
変な奴が現れたらぶっ飛ばせばいい。それだけのことだと思っているのだ。
近頃その裏通りでは、古い雑居ビルの解体工事をやっている。
深夜の誰もいない工事現場などとりわけ静かで、いつもより一層不気味な雰囲気になってしまっている。
だがその夜は件の廃ビルの方から言い争うような声と、何か分からない金属のガチャガチャという音が聞こえてきた。
深夜の人目につかない場所で言い争いなどと、およそ見過ごしていい事態ではないだろう。
佳奈と莉美は顔を見合わせると、もうほぼ解体を終えて廃材置き場と化している工事現場の中を覗き込んだ。
すると通りの方からでも見えるような位置に、少女がいた。
薄明かりの中でも綺麗な金髪を腰くらいまで伸ばしているのが分かる。
少し浮き世離れした感のある美少女に、ふたりはそこに妖精がいるのかと思った。
しかしよく見れば、白音と同じ黎鳳女学院の制服を着ている。
年の頃は小学生か中学生くらいだろうか。
それが宇宙ミッターマイヤーだった。
その小さな少女が、金属の鎧――テレビで見た西洋の甲冑のようなもの――を身につけた大柄な四人の男たちに取り囲まれている。
男たちは腰から剣を抜いていた。
彼女は怯えていたが、そのあまりにリアリティの無い光景に、佳奈たちはまず映画の撮影か何かかと考えた。
男たちはそらに向かって強い口調で何か言っている。
しかし何を言っているのかは理解できなかった。
佳奈の父親は母語がフランス語なので、フランス語でないことだけは分かる。
そらは怯えながらも、毅然と何か言葉を返していた。
日本語や、フランス語に切り替えて試しているのが分かる。
他にも佳奈の知らない、いろんな言語で話しかけているようだった。
結局まったく言葉が通じていないようで、いらいらした様子の金属鎧の男がそらを突き飛ばした。
それを見て佳奈と莉美は反射的に飛び出し、彼らの間に割って入ろうとした。
しかしそれよりも速く背の高い女性が現れて、突き飛ばされたそらが転ばぬようその体を支えてくれた。
彼女がいつの間にどこから現れたのか、ふたりにはまったく分からなかった。
女性は佳奈や莉美と同じ曙台高校の制服を着ていた。
佳奈も身長は高い方なのだが、それよりも目線が上の位置にある。
成人男性並みの背丈があるようだった。
驚くべきことに、彼女は変身もせずに魔法を使った。
目には見えなかったが、おそらく刃のようなものを飛ばして男たちの鎧を切り裂き、ばらばらにして武装を解除していく。
そして多分手加減した打撃を的確に急所に与えて、あっという間に四人とも昏倒させてしまった。
佳奈は、そらを庇ったまま速やかに男たちを無力化したその手腕に目を瞠る。
莉美は、目をきらきらと輝かせてその女性に駆け寄った。
明らかに魔法だったと分かるその恐るべき技を目にしておいて、まったく気にする風もない。
少しは警戒しろよと佳奈が苦笑する。
「あなたも魔法少女なんですか?」
「も?」
莉美の言葉に思わずそう問い返した女性の顔を見て、佳奈は思い出した。
「あ、モデルのHitoeさん。うちの高校の先輩ですよね?」
Hitoeと呼ばれたその少女は「ふふっ」と笑った。そらをその長い腕に抱いたままにしている。
Hitoeとはこの背の高い女性、神一恵の芸能界での名義である。
仕事が忙しくあまり授業には顔を出さないが、佳奈たちの学校で知らない者はいない。
金髪の少女のことはこのHitoeが見ていてくれるようだったので、佳奈は先に気絶している男たちをどうにかすべきだろうと考えた。
金属鎧に剣、およそ現代社会には似つかわしくない風体である。
「これは異世界事案だな。莉美、こいつらはギルドに預けるぞ」
そう言って佳奈は、スマホを取り出した。
魔法少女ギルドに直通で連絡できるアプリを起動する。
実は佳奈も『異世界事案』という言葉の意味をしっかりと理解できているわけではない。
わけではないのだが長年魔法少女をやってきた先輩として、莉美より多少は知っていることもある。
魔法の力や不可思議な現象、そういうものが起こるのは異世界との隔たりが緩んだ時なのだそうだ。
だから別の世界からもたらされた現象として、それらは『異世界事案』と総称されている。
ただ今回のように化け物ではなく、コミュニケーションの取れそうな人がやって来るのは初めて見た。
先輩魔法少女の佳奈にとってもこれは手に余る事態だった。
しかしこういう訳の分からないことは、だいたいギルドに相談しておけば何とかしてくれる。
隠密裏に『異世界事案』を処理するプロフェッショナル集団が『魔法少女ギルド』なのだ。
少なくとも佳奈はそう認識している。
佳奈がギルドに事後処理の要請をしているのを一恵は大人しく見ていた。
しかし通話を終えると、猛然と質問を始める。
「『も』っていうことはあなたたち魔法少女なの? 魔法が使えるの? 異世界事案って何? ギルドって何かの組合?」
一恵には何か引っかかるところがあったらしく、そらを腕に抱いたまま矢継ぎ早に質問をする。
佳奈にしても、このHitoeが使った魔法について聞きたいことがあるのだが、その暇を与えてもらえない……。
一恵が魔法少女に対して並々ならぬ興味を抱いていることだけは分かった。
それとそらを捕獲したまま放す気がなさそうなことも。
少し待てばギルドの人が事案処理に来てくれるだろう。
一恵の魔法のことは、もう少し落ち着いてからゆっくり聞けばいいかと佳奈は思った。
小さな少女を優しく保護してくれているあたり、けして悪い人ではないのだろう。
佳奈は張り詰めていた気を少し緩めて、ひと息つこうとした。
しかしその時、異世界の壁がもう一度破れる気配がした。
「は?」
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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