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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る
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仄かな明かりの中、『空中庭園』と呼ばれる場所にひとりの少女が降り立った。
ふわりと舞い降りるように音もなく、軽やかに。
少女は無駄のない動きで滑るように移動し、何かを探すように周囲を窺う。
庭園には整然とケヤキの木が植えられ、その枝枝の向こうに高層ビルの並び立つ姿が垣間見えている。
時刻は深夜。
街の毬毬とした喧噪は鳴りを潜め、初秋の緩やかな夜気はもう微睡みを始めている。
人影まばらな繁華街の、その大通りを見下ろせる場所に『空中庭園』はあった。
都会でも緑を満喫できる場所として商業ビルの屋上に造られ、一般に開放されている場所だ。
ただしこの時間はとっくにビルの営業が終了し、誰も立ち入ることはできなくなっている。
少女は軍服のような衣装を身に纏っていた。
軍服をアレンジしたゴシック調のワンピースだ。
黒を基調としたデザインで、胸元のタイやスカートの裾から覗くペチコートなど、随所にアクセントとしてワインレッドが使われている。
また金ボタンやチェーンのあしらいが重厚な印象で、普段着というよりは式典にでも着用する礼服のような雰囲気がある。
その少女は、『魔法少女』であった。
『魔法少女』とは、この世とは法則を異にする力――『魔法』――と呼ばれる能力を持つようになった者たちのことである。
彼女たちは『星石』と呼ばれる不思議な貴石から力を与えられ、この世ならざる『魔法』をこの世に顕現させる。
軍服のようなコスチュームは、その魔法の力が具現化したものだった。
『魔法少女』たちはそれぞれが実に多種多様、個性的な魔法の力を持ち、現代の科学では説明の付かない不可解な現象を引き起こすことができる。
そして、星石がもたらすものは魔法ばかりではない。
魔法少女たちは皆、精神的、肉体的な能力をも向上させる。
奇跡とも思える魔法の行使を可能にするため、その手助けを星石がしてくれるのである。
空中庭園は地上六階ほどの高さにある。
軍服の少女は隣のビルから飛び移ることでその庭園へと侵入していた。
そんな常人離れした行為を可能にする身体能力の高さも、魔法少女ならではのものだった。
軍服の少女が不意に立ち止まり、スカートの裾を翻して辺りの気配を探るようにする。
やがて彼女は、何もないはずの空間に視線を定める。
すると、それまで何の気配もなかったその場所に、ぼんやりとした人の影が浮かび上がった。
すなわちそれが『魔法』の力であった。
見る間にその人影ははっきりとした実体となり、軍服の少女の前に姿を晒す。
『隠形』――姿を消す魔法――によって人の目を欺き、その場に潜んでいたのだ。
魔法を解くまではまるで透明であるかのように、その存在は認識できなかった。
隠形魔法の使い手であるその者もやはり、『魔法少女』であった。
神道の巫女のような装束を身に纏い、顔には狐の意匠を施した面を付けている。
互いの姿を認めると、巫女が狐面を外した。
その顔には、軍服の少女を見て幾分かほっとしたような表情が浮かんでいる。
ふたりはそれぞれ、自分の携帯情報端末に自身の持つ魔力――魔素――を読み取らせて見せ合った。
どうやら魔素によって互いの身分が証立てられるらしく、そうしてようやく軍服の少女の方も微かに笑みを浮かべた。
巫女が緋袴に差し挟んだ袂落としから、携帯型フラッシュメモリを取り出す。
すると、軍服の少女は感謝をするように黙礼した。
だがそのメモリを受け取ろうと手を伸ばした時、軍服の少女は何者か、第三者に見られている微かな気配に気づいた。
そして少女がその気配に反応する刹那、気配は殺意へと変じ、凶器――金属製の投げナイフ――の姿を取ってふたり目がけて飛来した。
これも魔法、それも高い殺傷力を持った魔法による攻撃だった。
無機質な感触だが、明確に相手を殺そうという意図が、そのナイフには込められている。
咄嗟に軍服の少女が巫女を突き飛ばし、その冷たい凶器から庇う。
しかしその時、ナイフが軍服の少女の腕をかすめた。
そのはずみで受け取ろうとしていたメモリは弾き飛ばされ、庭園に敷かれた石畳のデッキへと転がってしまう。
ナイフはそのまま頑丈な敷石を穿って突き立つ。
尋常の威力ではなさそうだった。
ケヤキの陰に身を隠して軍服の少女が目配せをすると、巫女は隠形の魔法を使って自身の姿を消した。
それを確認して軍服の少女が反撃に飛び出す。
巫女に身を隠させておいて、軍服の少女は独りで戦うつもりのようだった。
何本ものナイフが飛んできたが、軍服の少女は手にしたライフル銃を盾にしてそれらをすべて叩き落とした。
初めは確かにライフルなど持ってはいなかったのだが、いつの間にか手にしている。
高威力のナイフが次々と飛来し、ライフルをあっという間に使い物にならなくしていく。
しかしその間に、少女は転がってしまったメモリの回収に成功していた。
少女はスクラップと化したライフルを捨てると、再び物陰に身を隠す。
少女はナイフの飛来した方向から敵のおおよその位置を見定めると、空中に大量の銃器を出現させた。
『魔法で銃器を創り出す』、それが軍服の少女の魔法だった。
気配のする方へそれらを斉射して弾幕を形成する。
魔法で創り出された銃器は魔力さえ込めれば半自動で射撃し続けることが可能で、相手の動きを封じ込める牽制としては効果的だった。
少女はその隙に首に掛けていたペンダントを取り出し、そこに回収したメモリを差し込む。
そしてそれを左手の指で優しく包み込むようにして魔力を込める。
するとペンダントトップに小さな赤いLEDが点り、点滅を始めた。
ペンダントに魔力を送り続けながら、少女が物陰から辺りの様子を窺う。
巫女の方は上手く隠れおおせているらしく、姿はどこにも見えなかった。
やがてペンダントのLEDが赤から緑に変わる。
その時少女は、腕に重く鈍い痛みを感じて顔をしかめた。
先程ナイフがかすったところだった。
傷が赤黒く変色してしまっている。
通常の毒では魔法少女に対してあまり効果はないのだが、その傷はどうやら悪化し始めているようだった。
魔法で何か悪影響をもたらすもののように見える。
少女は太ももに取り付けたナイフシースから大型の軍用ナイフを抜くと、変色した部分の肉を躊躇無く抉り取った。
声を出さないように歯を食いしばる。
そして手慣れた様子でハンカチを患部にきつく巻き付けて止血を施した。
その間、数分ほどだろうか。
少女の出現させた大量の銃器は、まだ牽制射撃を続けている。
ふと、軍服の少女は自分の吐く息が白くなっていることに気づいた。
まだそんな季節ではない。
しかし急激に周囲の気温が下がってきている。
それは明らかに魔法の作用によるものだった。
少女が警戒してその魔法の使い手を探すが、僅かの間にも霜が降り、石畳のデッキが真っ白になってしまった。
気温の低下をもたらした魔法の使い手は、暗闇に紛れていて気配が掴めない。
軍服の少女がその意図を測りかねていると、真っ白なデッキの上にひと組の足跡がついているのを見つけた。
誰もいないのに足跡だけがのこされ、それがさも歩いているかのようにこちらへゆっくりと近づいて来ている。
少女は、はっとして物陰から飛び出した。
そして足跡の方へと手を伸ばす。
その手が足跡の主、姿を消していた巫女に触れる。
触れると隠形の魔法が破れて姿が現れたが、そのまま軍服の少女が巫女を抱え込むようにする。
軍服の少女の予想どおり、投げナイフの主は姿の見えない巫女を殺すべく、その足跡を狙っていた。
巫女を庇った軍服の少女の背中に、ナイフが何本も突き刺さる。
少女が苦悶する様子に、巫女は悲痛な声を上げた。
だが、この程度で魔法少女が死ぬことはない。
魔法少女は普通の人間であれば致命となるような重大な傷を負っても、星石がその生命維持を助けてくれる。
さらに星石は肉体の持つ治癒能力そのものを高めることによって、生存の可能性を桁違いに底上げしてくれるのだ。
石畳を穿つような威力のナイフを受けてなお、軍服の少女は巫女を庇い続けていた。
懸命の少女のその姿を見て、巫女も冷静さを取り戻す。
守られている巫女のすべきことは、ただ立ち尽くして足手まといになることではない。
今度は隠形の魔法を軍服の少女にも掛けて、ふたりとも姿を消した。
しかし姿は消えたが、軍服の少女の背中からは大量の血が流れ続けている。
その血だまりが、居場所を教えてしまっていた。
逃れるすべはない。軍服の少女は、隠形のままナイフの飛来する方を向いて仁王立ちとなった。
ただ、巫女は隠形の隙にうまくその場を離れてくれている。
軍服の少女は後背を気にする必要がなくなり、全力で応戦する構えだった。
大量の自動小銃を出現させて、飛来するナイフを撃ち落とし始める。
物量のぶつけ合いでしばらくは拮抗していた。
しかし軍服の少女は、ナイフが刺さったままになっている背中からの出血が止まらない。
加えてやはりナイフには毒のような作用があるのだろう。
痺れるような感覚が全身に回り、その動きが徐々に鈍ってきている。
やがて、限界を迎えた軍服の少女が膝をついた。
同時に、銃撃の火勢も衰えを見せる。とその瞬間、狙い澄ましたようにナイフが銃弾をかいくぐり、真正面から少女の胸を捉えた。
ナイフが刺さると同時に、巫女が掛けた隠形の魔法も完全に解け、傷だらけの軍服の少女の全身が露わになる。
軍服の少女には、もはや抵抗するだけの魔素がのこされていないようだった。
やがて魔法が尽きて銃器が消失すると、ゆっくりと投げナイフの主が暗闇の向こうから現れた。
ナイフ使いもまた、巫女装束を纏っている。
隠形魔法の使い手とまったく同じ格好で、しかし狐面を着けたままのため表情は読めない。
ナイフ使いは、軍服の少女がまだ何かするのではないかと警戒しているようだった。
しかしどうやらもう抵抗の手立てがのこされていないらしいと見て取ると、それでようやく慎重に近づき始めた
軍服の少女は力を振り絞り、這うようにして逃れようとする。
しかしナイフ使いは、それをじわりじわりと追い詰めるようにして距離を詰めていく。
軍服の少女が空中庭園の終端、フェンス際にまで追い詰められると、更にもうひとりの巫女が現れてその逃げ道を完全に塞いだ。
やはり同じ意匠の狐面を付けている。
おそらくは冷気を自在に操っていたのがその巫女なのだろう。
その巫女は隠形魔法の少女を無造作に、引きずるようにして運んでいた。
脚を掴まれて引きずられるがままになっている少女からは、まったく魔力を感じない。
それはもう彼女が死んでいることを意味している。
軍服の少女は悔しそうに顔を歪める。
しかしその直後、彼女は何かを吹っ切ったかのように少し笑みを浮かべた。
空中に再び少女の魔法で銃が出現する。
重機関銃と呼ばれる重火器が二丁、それは軍服の少女の身体にのこる魔素のありったけを絞り出して創り出された。
そして彼女の命を燃やすようにして、大口径の弾丸が発射される。
ナイフ使いは咄嗟にナイフを出現させてその弾丸を止めようとしたが、叶わなかった。
重機関銃のあまりの威力に、すべてのナイフは出現と同時に瞬時に打ち砕かれていく。
そしてそのまま大量の弾丸を全身に浴びたナイフ使いは、爆ぜて肉片となってしまった。
しかしもうひとり、冷気を操る凍結魔法の使い手である巫女は大気を凍てつかせて分厚い氷の盾を作り出し、それですべてを防いで見せた。
大口径、高初速の弾丸の破壊力をさらに上回る堅牢な盾だった。
その上この巫女は、何故か隠形の魔法少女の遺体も傷つかないよう、一緒に氷の盾で守っているように見える。
やがてすべてが尽きた軍服の少女は、身体はナイフ使いののこした毒に支配されて痺れ、魔素は尽き、機関銃も消失した。
もう本当に何もできなくなった。
凍結の巫女が、動けなくなった軍服の少女を押し倒し、上からのしかかる。
そしてもう抵抗する力がのこされていないのを確認するようにゆっくりと、手刀の形にした腕をズブリと軍服の少女の胸に突き立てた。
「くっ!! …………」
魔法少女を殺すのは容易なことではない。
魔法少女を殺すには体内に在る星石を破壊し、その力を止めた上で致命傷を与えるか、星石が回復できないほどの大きなダメージを与える必要がある。
でなければいくら傷を与えたところで、魔法少女は驚くほどの回復力を見せるだろう。
だが、軍服の少女の星石は度重なるダメージを受け、消耗し、限界を迎えつつあった。
刺さったままの凍結巫女の手が、強烈な冷気を発する。
軍服の少女は自分の体温が急速に奪われて行くのを感じた。
その身体が、自分を貫いた腕を中心にして凍り付き始める。
やがて絶対零度近く、1Kにまで冷却された星石は、破壊されぬままにその活動を停止した。
体をぼろぼろにされ、胸を貫かれ、星石の力を失った軍服の少女を待っているものは『速やかな死』以外になかった。
魔法で冷え切った大気に軍服の少女の息が長く、白く吐き出される。
それはまるで、抜けていく彼女の魂が目に見えているようだった。
ふわりと舞い降りるように音もなく、軽やかに。
少女は無駄のない動きで滑るように移動し、何かを探すように周囲を窺う。
庭園には整然とケヤキの木が植えられ、その枝枝の向こうに高層ビルの並び立つ姿が垣間見えている。
時刻は深夜。
街の毬毬とした喧噪は鳴りを潜め、初秋の緩やかな夜気はもう微睡みを始めている。
人影まばらな繁華街の、その大通りを見下ろせる場所に『空中庭園』はあった。
都会でも緑を満喫できる場所として商業ビルの屋上に造られ、一般に開放されている場所だ。
ただしこの時間はとっくにビルの営業が終了し、誰も立ち入ることはできなくなっている。
少女は軍服のような衣装を身に纏っていた。
軍服をアレンジしたゴシック調のワンピースだ。
黒を基調としたデザインで、胸元のタイやスカートの裾から覗くペチコートなど、随所にアクセントとしてワインレッドが使われている。
また金ボタンやチェーンのあしらいが重厚な印象で、普段着というよりは式典にでも着用する礼服のような雰囲気がある。
その少女は、『魔法少女』であった。
『魔法少女』とは、この世とは法則を異にする力――『魔法』――と呼ばれる能力を持つようになった者たちのことである。
彼女たちは『星石』と呼ばれる不思議な貴石から力を与えられ、この世ならざる『魔法』をこの世に顕現させる。
軍服のようなコスチュームは、その魔法の力が具現化したものだった。
『魔法少女』たちはそれぞれが実に多種多様、個性的な魔法の力を持ち、現代の科学では説明の付かない不可解な現象を引き起こすことができる。
そして、星石がもたらすものは魔法ばかりではない。
魔法少女たちは皆、精神的、肉体的な能力をも向上させる。
奇跡とも思える魔法の行使を可能にするため、その手助けを星石がしてくれるのである。
空中庭園は地上六階ほどの高さにある。
軍服の少女は隣のビルから飛び移ることでその庭園へと侵入していた。
そんな常人離れした行為を可能にする身体能力の高さも、魔法少女ならではのものだった。
軍服の少女が不意に立ち止まり、スカートの裾を翻して辺りの気配を探るようにする。
やがて彼女は、何もないはずの空間に視線を定める。
すると、それまで何の気配もなかったその場所に、ぼんやりとした人の影が浮かび上がった。
すなわちそれが『魔法』の力であった。
見る間にその人影ははっきりとした実体となり、軍服の少女の前に姿を晒す。
『隠形』――姿を消す魔法――によって人の目を欺き、その場に潜んでいたのだ。
魔法を解くまではまるで透明であるかのように、その存在は認識できなかった。
隠形魔法の使い手であるその者もやはり、『魔法少女』であった。
神道の巫女のような装束を身に纏い、顔には狐の意匠を施した面を付けている。
互いの姿を認めると、巫女が狐面を外した。
その顔には、軍服の少女を見て幾分かほっとしたような表情が浮かんでいる。
ふたりはそれぞれ、自分の携帯情報端末に自身の持つ魔力――魔素――を読み取らせて見せ合った。
どうやら魔素によって互いの身分が証立てられるらしく、そうしてようやく軍服の少女の方も微かに笑みを浮かべた。
巫女が緋袴に差し挟んだ袂落としから、携帯型フラッシュメモリを取り出す。
すると、軍服の少女は感謝をするように黙礼した。
だがそのメモリを受け取ろうと手を伸ばした時、軍服の少女は何者か、第三者に見られている微かな気配に気づいた。
そして少女がその気配に反応する刹那、気配は殺意へと変じ、凶器――金属製の投げナイフ――の姿を取ってふたり目がけて飛来した。
これも魔法、それも高い殺傷力を持った魔法による攻撃だった。
無機質な感触だが、明確に相手を殺そうという意図が、そのナイフには込められている。
咄嗟に軍服の少女が巫女を突き飛ばし、その冷たい凶器から庇う。
しかしその時、ナイフが軍服の少女の腕をかすめた。
そのはずみで受け取ろうとしていたメモリは弾き飛ばされ、庭園に敷かれた石畳のデッキへと転がってしまう。
ナイフはそのまま頑丈な敷石を穿って突き立つ。
尋常の威力ではなさそうだった。
ケヤキの陰に身を隠して軍服の少女が目配せをすると、巫女は隠形の魔法を使って自身の姿を消した。
それを確認して軍服の少女が反撃に飛び出す。
巫女に身を隠させておいて、軍服の少女は独りで戦うつもりのようだった。
何本ものナイフが飛んできたが、軍服の少女は手にしたライフル銃を盾にしてそれらをすべて叩き落とした。
初めは確かにライフルなど持ってはいなかったのだが、いつの間にか手にしている。
高威力のナイフが次々と飛来し、ライフルをあっという間に使い物にならなくしていく。
しかしその間に、少女は転がってしまったメモリの回収に成功していた。
少女はスクラップと化したライフルを捨てると、再び物陰に身を隠す。
少女はナイフの飛来した方向から敵のおおよその位置を見定めると、空中に大量の銃器を出現させた。
『魔法で銃器を創り出す』、それが軍服の少女の魔法だった。
気配のする方へそれらを斉射して弾幕を形成する。
魔法で創り出された銃器は魔力さえ込めれば半自動で射撃し続けることが可能で、相手の動きを封じ込める牽制としては効果的だった。
少女はその隙に首に掛けていたペンダントを取り出し、そこに回収したメモリを差し込む。
そしてそれを左手の指で優しく包み込むようにして魔力を込める。
するとペンダントトップに小さな赤いLEDが点り、点滅を始めた。
ペンダントに魔力を送り続けながら、少女が物陰から辺りの様子を窺う。
巫女の方は上手く隠れおおせているらしく、姿はどこにも見えなかった。
やがてペンダントのLEDが赤から緑に変わる。
その時少女は、腕に重く鈍い痛みを感じて顔をしかめた。
先程ナイフがかすったところだった。
傷が赤黒く変色してしまっている。
通常の毒では魔法少女に対してあまり効果はないのだが、その傷はどうやら悪化し始めているようだった。
魔法で何か悪影響をもたらすもののように見える。
少女は太ももに取り付けたナイフシースから大型の軍用ナイフを抜くと、変色した部分の肉を躊躇無く抉り取った。
声を出さないように歯を食いしばる。
そして手慣れた様子でハンカチを患部にきつく巻き付けて止血を施した。
その間、数分ほどだろうか。
少女の出現させた大量の銃器は、まだ牽制射撃を続けている。
ふと、軍服の少女は自分の吐く息が白くなっていることに気づいた。
まだそんな季節ではない。
しかし急激に周囲の気温が下がってきている。
それは明らかに魔法の作用によるものだった。
少女が警戒してその魔法の使い手を探すが、僅かの間にも霜が降り、石畳のデッキが真っ白になってしまった。
気温の低下をもたらした魔法の使い手は、暗闇に紛れていて気配が掴めない。
軍服の少女がその意図を測りかねていると、真っ白なデッキの上にひと組の足跡がついているのを見つけた。
誰もいないのに足跡だけがのこされ、それがさも歩いているかのようにこちらへゆっくりと近づいて来ている。
少女は、はっとして物陰から飛び出した。
そして足跡の方へと手を伸ばす。
その手が足跡の主、姿を消していた巫女に触れる。
触れると隠形の魔法が破れて姿が現れたが、そのまま軍服の少女が巫女を抱え込むようにする。
軍服の少女の予想どおり、投げナイフの主は姿の見えない巫女を殺すべく、その足跡を狙っていた。
巫女を庇った軍服の少女の背中に、ナイフが何本も突き刺さる。
少女が苦悶する様子に、巫女は悲痛な声を上げた。
だが、この程度で魔法少女が死ぬことはない。
魔法少女は普通の人間であれば致命となるような重大な傷を負っても、星石がその生命維持を助けてくれる。
さらに星石は肉体の持つ治癒能力そのものを高めることによって、生存の可能性を桁違いに底上げしてくれるのだ。
石畳を穿つような威力のナイフを受けてなお、軍服の少女は巫女を庇い続けていた。
懸命の少女のその姿を見て、巫女も冷静さを取り戻す。
守られている巫女のすべきことは、ただ立ち尽くして足手まといになることではない。
今度は隠形の魔法を軍服の少女にも掛けて、ふたりとも姿を消した。
しかし姿は消えたが、軍服の少女の背中からは大量の血が流れ続けている。
その血だまりが、居場所を教えてしまっていた。
逃れるすべはない。軍服の少女は、隠形のままナイフの飛来する方を向いて仁王立ちとなった。
ただ、巫女は隠形の隙にうまくその場を離れてくれている。
軍服の少女は後背を気にする必要がなくなり、全力で応戦する構えだった。
大量の自動小銃を出現させて、飛来するナイフを撃ち落とし始める。
物量のぶつけ合いでしばらくは拮抗していた。
しかし軍服の少女は、ナイフが刺さったままになっている背中からの出血が止まらない。
加えてやはりナイフには毒のような作用があるのだろう。
痺れるような感覚が全身に回り、その動きが徐々に鈍ってきている。
やがて、限界を迎えた軍服の少女が膝をついた。
同時に、銃撃の火勢も衰えを見せる。とその瞬間、狙い澄ましたようにナイフが銃弾をかいくぐり、真正面から少女の胸を捉えた。
ナイフが刺さると同時に、巫女が掛けた隠形の魔法も完全に解け、傷だらけの軍服の少女の全身が露わになる。
軍服の少女には、もはや抵抗するだけの魔素がのこされていないようだった。
やがて魔法が尽きて銃器が消失すると、ゆっくりと投げナイフの主が暗闇の向こうから現れた。
ナイフ使いもまた、巫女装束を纏っている。
隠形魔法の使い手とまったく同じ格好で、しかし狐面を着けたままのため表情は読めない。
ナイフ使いは、軍服の少女がまだ何かするのではないかと警戒しているようだった。
しかしどうやらもう抵抗の手立てがのこされていないらしいと見て取ると、それでようやく慎重に近づき始めた
軍服の少女は力を振り絞り、這うようにして逃れようとする。
しかしナイフ使いは、それをじわりじわりと追い詰めるようにして距離を詰めていく。
軍服の少女が空中庭園の終端、フェンス際にまで追い詰められると、更にもうひとりの巫女が現れてその逃げ道を完全に塞いだ。
やはり同じ意匠の狐面を付けている。
おそらくは冷気を自在に操っていたのがその巫女なのだろう。
その巫女は隠形魔法の少女を無造作に、引きずるようにして運んでいた。
脚を掴まれて引きずられるがままになっている少女からは、まったく魔力を感じない。
それはもう彼女が死んでいることを意味している。
軍服の少女は悔しそうに顔を歪める。
しかしその直後、彼女は何かを吹っ切ったかのように少し笑みを浮かべた。
空中に再び少女の魔法で銃が出現する。
重機関銃と呼ばれる重火器が二丁、それは軍服の少女の身体にのこる魔素のありったけを絞り出して創り出された。
そして彼女の命を燃やすようにして、大口径の弾丸が発射される。
ナイフ使いは咄嗟にナイフを出現させてその弾丸を止めようとしたが、叶わなかった。
重機関銃のあまりの威力に、すべてのナイフは出現と同時に瞬時に打ち砕かれていく。
そしてそのまま大量の弾丸を全身に浴びたナイフ使いは、爆ぜて肉片となってしまった。
しかしもうひとり、冷気を操る凍結魔法の使い手である巫女は大気を凍てつかせて分厚い氷の盾を作り出し、それですべてを防いで見せた。
大口径、高初速の弾丸の破壊力をさらに上回る堅牢な盾だった。
その上この巫女は、何故か隠形の魔法少女の遺体も傷つかないよう、一緒に氷の盾で守っているように見える。
やがてすべてが尽きた軍服の少女は、身体はナイフ使いののこした毒に支配されて痺れ、魔素は尽き、機関銃も消失した。
もう本当に何もできなくなった。
凍結の巫女が、動けなくなった軍服の少女を押し倒し、上からのしかかる。
そしてもう抵抗する力がのこされていないのを確認するようにゆっくりと、手刀の形にした腕をズブリと軍服の少女の胸に突き立てた。
「くっ!! …………」
魔法少女を殺すのは容易なことではない。
魔法少女を殺すには体内に在る星石を破壊し、その力を止めた上で致命傷を与えるか、星石が回復できないほどの大きなダメージを与える必要がある。
でなければいくら傷を与えたところで、魔法少女は驚くほどの回復力を見せるだろう。
だが、軍服の少女の星石は度重なるダメージを受け、消耗し、限界を迎えつつあった。
刺さったままの凍結巫女の手が、強烈な冷気を発する。
軍服の少女は自分の体温が急速に奪われて行くのを感じた。
その身体が、自分を貫いた腕を中心にして凍り付き始める。
やがて絶対零度近く、1Kにまで冷却された星石は、破壊されぬままにその活動を停止した。
体をぼろぼろにされ、胸を貫かれ、星石の力を失った軍服の少女を待っているものは『速やかな死』以外になかった。
魔法で冷え切った大気に軍服の少女の息が長く、白く吐き出される。
それはまるで、抜けていく彼女の魂が目に見えているようだった。
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