上 下
19 / 38
その女神、乱舞

女神の乱舞(1)

しおりを挟む
 アールネが一歩前に出た。大きな体とその顔つきは本人が思わずとも威圧感を相手に与えてしまう。

「ひぃっ!」

 シャバジは顔を思わず覆い、後ろへ二歩後ずさった。

「大丈夫ですよ、シャバジさん。拷問していただきたいのはこの子です」

 アールネの腕の中から、視線だけを男へ向けたアッシュ。下げた腕の隙間から、薄ら目で相手を見やる。アッシュがアールネの腕から降り立つところだった。またもや、目が離せなくなった。冷たい視線がシャバジに向けられる。蔑むような視線。服従せずにはいられなくなるような。壊したくなるような。

「この方は?」
「私たちの子供です。アッシュ挨拶をなさい」

 クロウに促され、ぺこりと頭を下げた。

「よろしく」

 その一言だけ言うと、アールネに向き直った。

「父さん、抱っこして運んでよ」
「アッシュだめですよ。自分で歩けるのだから」
「ええー。じゃあカーライル呼ぶ」
「だめだぁ。俺が抱っこしてやる」
「だめ、だ」

 そういうと、アールネが再びアッシュを抱き上げた。

「嗚呼、また貴方はそうやってアッシュを甘やかして。まったく」
「クロウ父さん」
「なんです?」
「拷問終わったら、クロウ父さんと一緒に寝てもいい?」

 一瞬クロウの顔がほころんだが、またいつもの顔に戻った。

「仕方ありませんね、いいですよ」
「ふふ、ありがと」

 シャバジは確信した。これがクロウの弱点だ。自分の出世の邪魔をしたクロウ。憎くて憎くてたまらない男。その男の大事なものがすぐ目の前にある。その興奮を隠そうと必死だった。

「それでは行きましょうか。ヒヒッ」

 五人は拷問部屋へ向かった。
 地下にある拷問部屋。何重にも閉じられた部屋の奥には、各国の拷問器具が備え付けられている。

「くせぇな」
「うむ」

 どんなに部屋をきれいに掃除しようが、長年染みついた血の臭いはぬぐえない。
 部屋の壁へ掲げられているオイルランタンに明かりを灯していく。

「部屋もくせぇが、こいつもなんかくせぇ」

 シャバジの背中を敵を見る目でみつめる。視線をひしひしと感じ、動揺する。そんなトリスタンの後頭部を手で軽やかにしばく。

「シャバジさんを怖がらせてどうするんです。さ、私たちは帰りますよ」

 アッシュを壁に鎖でつなぎ、磔にしたクロウは部屋からさっさと出てしまった。それを追いかける二人。
 外に出たあと、トリスタンはクロウに噛みついた。

「おい。いいのかよ」
「何がです?」
「何がじゃねぇよ!あんな信用ならねぇ奴にアッシュを任せられるかよ!おめぇはあいつを信用してるかもしんねぇけど俺はあいつを信用ならねぇ!」

 クロウは一つため息をついた。

「私だって、あの人を信用なんてしていませんよ。大体、敵視されていますしね」
「だったらなおさら……!」
「なおさら、あの人に痛い目に合っていただかなくてはいけませんから」
「なに?」
「アッシュに盛大に暴れていただきましょう。わかっているでしょ?あの子は気に入らないことがあると」
「暴れ、るな」

 クロウはにやりと笑った。だが、トリスタンは不服そうだ。

「俺は気に入らねぇ。てめぇのそういうところは昔っから気に食わねぇ。アッシュまで道具として使いやがって」
「アッシュは分かっているはずですよ?そうでなければあの男に会った時点で動いているでしょ?」
「あい、つ、は。俺の腕の、中で、言った。『あの男、臭い』と。アッシュは、あの人を、いじめる気だ」
「さすが私の娘です」
「それでも俺はやっぱり気に食わねぇ。一発殴らせろ」
「仕方ありませんね。そうしなければ貴方の気が晴れないならどうぞ」
「おう、思いっきり食いしばっとけ」

 トリスタンはクロウの頬を思いっきり殴った。衝撃でクロウはまさに吹っ飛んだ。

「どうです?気は、晴れましたか?」
「おう、ちょっとはな」
「それはよかったです」
「あとは、呑み屋代をくれりゃ文句ねぇ!」
「この、女たらしの不誠実者。後で幾らかおっしゃいなさい」

 クロウは悪態付きながら起きようとしたが、先ほどの衝撃で脳が揺れたためまともに立って歩けない。

「しょうがねぇやつだなぁ。ほれ」

 クロウの前に背を向けしゃがむ。それに黙っておぶさる。アールネは小さく笑った。
  
「よーし、アッシュが拷問終わったらみんなで呑みに行くぜ!もちろんクロウの奢りでな!」
「仕方ありませんね」
「ディランも、誘う」
「いいですよ、もう好きになさい」

 三人は見習いの頃に戻ったかのように、久々に緊張のほころびを解いて歩いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

彼女の幸福

豆狸
恋愛
私の首は体に繋がっています。今は、まだ。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

スライムからパンを作ろう!〜そのパンは全てポーションだけど、絶品!!〜

櫛田こころ
ファンタジー
僕は、諏方賢斗(すわ けんと)十九歳。 パンの製造員を目指す専門学生……だったんだけど。 車に轢かれそうになった猫ちゃんを助けようとしたら、あっさり事故死。でも、その猫ちゃんが神様の御使と言うことで……復活は出来ないけど、僕を異世界に転生させることは可能だと提案されたので、もちろん承諾。 ただ、ひとつ神様にお願いされたのは……その世界の、回復アイテムを開発してほしいとのこと。パンやお菓子以外だと家庭レベルの調理技術しかない僕で、なんとか出来るのだろうか心配になったが……転生した世界で出会ったスライムのお陰で、それは実現出来ることに!! 相棒のスライムは、パン製造の出来るレアスライム! けど、出来たパンはすべて回復などを実現出来るポーションだった!! パン職人が夢だった青年の異世界のんびりスローライフが始まる!!

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

私はいけにえ

七辻ゆゆ
ファンタジー
「ねえ姉さん、どうせ生贄になって死ぬのに、どうしてご飯なんて食べるの? そんな良いものを食べたってどうせ無駄じゃない。ねえ、どうして食べてるの?」  ねっとりと息苦しくなるような声で妹が言う。  私はそうして、一緒に泣いてくれた妹がもう存在しないことを知ったのだ。 ****リハビリに書いたのですがダークすぎる感じになってしまって、暗いのが好きな方いらっしゃったらどうぞ。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

千年生きた伝説の魔女は生まれ変わる〜今世の目標は孤独死しないことなのじゃっ!〜

君影 ルナ
ファンタジー
伝説の魔女は孤独だった。魔法の才能がありすぎたからだ。 「次の人生は……人に囲まれたいのぅ……」 そう言って死んでいった伝説の魔女が次に目覚めた時には赤ちゃんになっていた!? これは転生なのだと気がついた伝説の魔女の生まれ変わり、レタアちゃんは決めた。今度こそ孤独死しない!と。 魔法の才能がありすぎて孤独になったのだから、今度は出来損ないを演じる必要があると考えたレタアちゃん。しかし、出来損ないを演じすぎて家を追い出されてしまう。 「あれ、またワシひとりぼっちなのか!? それは不味い! どうにかせねば!」 これは魔法の天才が出来損ないを演じながら今世の目標「孤独死しない」を達成するために奮闘するお話。 ── ※なろう、ノベプラ、カクヨムにも重複投稿し始めました。 ※書き溜めているわけでもないので、不定期且つのんびりペースで投稿します。

処理中です...