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その女神、乱舞

女神の遊戯(4)

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 アッシュは暗い意識の中で目覚めた。そこは馴染みのある地下牢の風景だった。彼女は幼い頃のお仕置きのように、両腕を壁の鎖に固定され、床に座っていた。
 静かな暗がりの中には彼女のものか、将又彼女が殺めてきた者たちのものなのか、憎悪、苦悩、苦痛に塗れた気配が漂っている。

「目が覚めた?」

 幼子の声がした。顔を上げるとそこには小さな自分がいた。しゃがみ込み、キラキラした目でじっと顔をのぞき込んでくる。

「何、お前」
「ボクだよ?忘れちゃったの?」
「僕……」

 子供はキャッキャとはしゃいだ。

「そう!ボクだよ!」

 暗がりの中をアッシュの目の前で飛んだり跳ねたり回ったり。何がそんなに楽しいのか、口元を手で抑えてクスクス笑っている。

「何で」
「ん?」
「なんで僕がいるんだ」

 小さな彼女は不思議な顔をした。アッシュの目の前で再びしゃがみこんだ。
 小さな柔らかい手を彼女の頬に伸ばす。

「あーあー、こんなに傷だらけになって」
「触るな」

 それでも頬をペチペチと叩く。

「おっきい僕はボクなんだよ?ボクが僕の中からいなくなるわけ無いでしょ?」
「じゃあ、僕に死ねって?」
「そんなこと言ってないよ。ボクと僕。2人で1人なんだから。今の僕を作ってるのがおっきい傷だらけの僕なんだから」

 頭を優しく抱き、そっとキスを落とす。とても、温かい気持ちになる。

「大丈夫。疲れたらボクに言って。その時はゆっくりおやすみ」

 優しい言葉に一瞬身を委ねてしまってもいいかと思った。しかし、それを振り払う。眠るのが怖い。自分が消えてしまうのではないかという恐怖にとらわれる。

「誰が。余計なお世話だ」
「まぁまぁ、人の気持ちなんてすぐ変わるもん、でしょ?」

 小さなアッシュは向かいの牢へ視線を投げかけた。視線の先には真っ黒な長髪に同じく真っ黒なローブを見にまとった男がいた。病的なまでに肌が白く、切れ長の色素の薄い目が冷たく注がれる。

「今度は何?次から次へと」

 少し苛つき始める。それをなだめる少女。

「ヴァザリのこと忘れちゃったの?」
「ヴァザリ?」

 確かにヴァザリという不死を名乗る者に会ったことはある。しかしそれは、両の手足を拷問により切断されたしわがれた老人。このように若々しいものではなかった。

「僕の知ってるヴァザリとは違うけど」
 
 眉間に皺を寄せ、厳しい視線を向ける。それと同じくらい鋭い眼光で睨み返すヴァザリ。
 今にも衝突しそうな二人の間に割って入る小さなアッシュ。

「待って待って、二人とも!なんでそんなに喧嘩しそうな感じなの!」

 二人は睨み合ったままだ。

「僕はこのヴァザリは認めない」
「私も自分を傷つけ続けるお前を認めない。せっかくやった目も返してほしいくらいだ」

 ヴァザリは牢の鉄格子をすり抜けやってくる。内心驚くが表情には出さない。

「大体なんだそのザマは。これがこの世界を変える者の姿か?解せぬ。これではまるでただの狂人」

 見下すように軽蔑の瞳をアッシュに向ける。

「黙れ。お前に僕の何がわかる」
「ふんっ、わかるさ。哀れな悲劇の主人公気取り死にたがりではないか。いい加減に目を覚ませ!いつまでそうやっているつもりだ?いいか、お前の本質を見失うな!」
「ふたりともぉ、ちょっと落ち着いてよ」

 少女は啀み合う二人の間で小さくうつむき呟いた。小さな呟きは二人に届くはずもなくあたりの空気に溶け込んでいくのみ。

「だいたい、なんで僕はここに縛られてるの」
「お前がいつまででも自分の傷にしがみついているからだろう!」

 二人の言い合いは留まるところを知らない。自分の話を聞いてくれないことに、段々と苛立ちを隠せなくなってきた小さな少女は、ついに怒りの口火を切った。
 まず、ヴァザリの向う脛を力いっぱいけり上げた。そしてめいいっぱい振り上げた拳を勢い良く大きなアッシュの天骨に叩き込んだ。

「いい加減にしてよ!喧嘩はやめて仲良くして!!」

 痛みに悶える二人に、腕組みをして叱りつける。すると、天から声が降ってきた。

『そうよ!お楽しみのところ悪いけど、アタシ力勝負は苦手なのよ。このままじゃこのむさ苦しい男どもに捕まっちゃ……いやっ!ちょっと放しっ……!早く起きなさいよアタシの器!』
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