203 / 206
第二百三章
しおりを挟む
第二百三章
同じ時、王都では戦闘が激化していた。
眠りから覚めた帝国の軍勢は死物狂いの突撃を繰り返し、ついに王宮の城門は破られた。王国軍は王宮内に防壁を築いて、侵入してくる闇の軍団を押し返そうと奮戦した。
総指揮官であるカラゲルも今では最前線に出て防壁の守備に死力を尽くしていた。
「ここから一歩も退くな。防壁はこれが最後だぞ!」
黒一色の目をした兵士たちは無表情かつ蒼白な顔で無謀な突撃を仕掛けてきた。
王国軍は槍を連ねてそれを撃退しようとするが、不死の者たちは何度倒しても起き上がって攻撃を再開するのだった。
王国の兵士には多大な犠牲が出ていた。じりじりと退却させられて死者を回収することもできない。
闇の兵士たちは放置された王国兵の死体をむさぼり食らった。
「化物どもめ、死体を食ってやがる!」
「狂ってる。奴ら、みんな狂ってるぞ!」
防具や衣服を剥ぎ取られた死体は恐るべき力で引き裂かれ、黒い目の者たちは獣のように肉片や骨片、臓物に食らいついていた。それを見た王国兵はあまりの惨状に嘔吐し、中には卒倒する者まで出た。
我が身に流れる王の血脈を守るため、ミアレ姫はクランの指示通りミアレの園の地下へと隠れた。
地下墓地は暗く、湿気でじめついていた。兵士たちの鬨の声や怒声、悲鳴などが遠い潮騒のように聞こえてくる。
姫にはシャーマンのアルテ、スナ族のエリイとゼリグが付き添っていた。
アルテがあたりに散らばる木切れや布切れを集めて野営でもするように小さな火を起こした。
エリイとゼリグはスナ族の島から持参した絹布でさながら繭のように小さな天幕を作り、その中に姫を入れた。二人は天幕の入口の左右に座り、中にいる姫を見守った。
アルテもまた天幕のそばに来て、いにしえの言葉を朗唱した。
どれくらい経ったろうか。ミアレ姫が突然全身を痙攣させ卒倒した。
エリイとゼリグは硬直する姫の身体を横たえ、残りの絹布を王の血脈の全身に巻き付けた。
これらのことを指示したのはアルテだった。クランは王都に最後まで残るたった一人のシャーマンであるアルテに全てを託してあった。
その時、頭上で天地が震える雷鳴のような音がして地下墓地の天井から砂と石の破片が降ってきた。
この時、ミアレ姫の魂はクランとともに最後の旅に旅立ったのだ。
それと同時に王宮上空の精霊もまた去った。
精霊の守護を失った城壁の内側へ帝国の龍が侵入してきた。
「龍が城壁を越えたぞ!」
「火が降ってくるぞ。屋根のあるところへ逃げろ!」
龍が吐く火炎は王国の兵士たちを焼き殺した。火だるまとなった兵士は地に倒れてのたうち、断末魔の叫びとともに絶命した。
カラゲルは一時退却を命じた。龍に追われて逃げ惑う兵士たちは恐慌状態に陥り、我先にと建物の中へ駆け込んだ。
守備を失った防壁は帝国兵に突き崩され、王宮の中は黒い潮のような闇の軍団で充満した。
ブルクット族たちは懸命に鷲を呼んだが、鷲もどこかへ去っているようだ。
かろうじて王宮の中心部とミアレの園を囲う城壁だけは死守されていた。しかし、ここを突破されたら、全ては終わりだ。
上空には龍が円を描いて飛び回っていた。王国兵たちは城壁際に身を寄せて龍の火炎を避けつつ、頼りない木製の城門を内側から支えるしかなかった。
王国軍の主だった者たちはひとまず謁見の間に撤退して対策を練ろうとしていたが、そもそも何が起こっているのか把握している者は誰もいなかった。
「ユーグよ、我らは精霊の加護を失ったのか」
カラゲルは最も恐れるべき、この問いを口にした。
「まさか、そのようなことが。断じて……断じてそんなことは……」
ユーグは蒼白な顔を左右に振った。
「それなら、なぜ王宮の上へ龍が飛んで来れるのだ。我が部族の鷲も去ってしまったらしい。そうだ、ミアレ姫は無事か。もしや姫の身に何かあったのでは」
カラゲルは姫の身の安全を確かめるため、その場を離れようとした。
その時、謁見の間へ入ってくる者がいた。アルテだ。
「おお、アルテか。姫は無事か」
アルテはうなずいた。
「その身は無事だ。しかし、その魂はひととき、この場を去った。イーグル・アイとともに最後の旅をしなくてはならない」
ひとまず安心したカラゲルだが怪訝そうに尋ねた。
「旅だと。クランはとうの昔にここを出た。いまさら何を言うのだ」
アルテはどこかクランに似た深く沈んだ瞳の色を見せた。
「私は魂の話をしている。いまや精霊もこの場を去っている。ただし、このひとときだけだ。王の血脈とイーグル・アイが帰還するまでは人の力だけで持ちこたえねばならない」
「龍が王宮の中へ入ってくるのはそのせいか。精霊が去り、鷲も去った」
ユーグが腰の剣に手を当てて言った。
「ならば姫の護衛に兵をつけねば。カラゲルよ、兵をいくらか貸してくれ。私もお側に行っていよう」
すぐさまアルテが手で制した。
「兵はいらぬ。ナビ教の徒もいらぬ。ただ、このひとときだけ持ちこたえればよい。スナ族が持参した絹の繭は思いのほか力がある。スナ族の地の精霊がエリイとゼリグにそうと知らせず持たせたものだ。闇の者たちは王の血脈の居場所を知ることはできぬだろう」
謁見の間の天井に開いた穴から龍が吐く火が見えた。空に龍の吠え声が轟き、天井が震えた。
アルテは地下墓地へ戻ろうと振り返りつつ言った。
「信じよ。イーグル・アイは帰ってくる。必ず帰ってくる」
同じ時、王都では戦闘が激化していた。
眠りから覚めた帝国の軍勢は死物狂いの突撃を繰り返し、ついに王宮の城門は破られた。王国軍は王宮内に防壁を築いて、侵入してくる闇の軍団を押し返そうと奮戦した。
総指揮官であるカラゲルも今では最前線に出て防壁の守備に死力を尽くしていた。
「ここから一歩も退くな。防壁はこれが最後だぞ!」
黒一色の目をした兵士たちは無表情かつ蒼白な顔で無謀な突撃を仕掛けてきた。
王国軍は槍を連ねてそれを撃退しようとするが、不死の者たちは何度倒しても起き上がって攻撃を再開するのだった。
王国の兵士には多大な犠牲が出ていた。じりじりと退却させられて死者を回収することもできない。
闇の兵士たちは放置された王国兵の死体をむさぼり食らった。
「化物どもめ、死体を食ってやがる!」
「狂ってる。奴ら、みんな狂ってるぞ!」
防具や衣服を剥ぎ取られた死体は恐るべき力で引き裂かれ、黒い目の者たちは獣のように肉片や骨片、臓物に食らいついていた。それを見た王国兵はあまりの惨状に嘔吐し、中には卒倒する者まで出た。
我が身に流れる王の血脈を守るため、ミアレ姫はクランの指示通りミアレの園の地下へと隠れた。
地下墓地は暗く、湿気でじめついていた。兵士たちの鬨の声や怒声、悲鳴などが遠い潮騒のように聞こえてくる。
姫にはシャーマンのアルテ、スナ族のエリイとゼリグが付き添っていた。
アルテがあたりに散らばる木切れや布切れを集めて野営でもするように小さな火を起こした。
エリイとゼリグはスナ族の島から持参した絹布でさながら繭のように小さな天幕を作り、その中に姫を入れた。二人は天幕の入口の左右に座り、中にいる姫を見守った。
アルテもまた天幕のそばに来て、いにしえの言葉を朗唱した。
どれくらい経ったろうか。ミアレ姫が突然全身を痙攣させ卒倒した。
エリイとゼリグは硬直する姫の身体を横たえ、残りの絹布を王の血脈の全身に巻き付けた。
これらのことを指示したのはアルテだった。クランは王都に最後まで残るたった一人のシャーマンであるアルテに全てを託してあった。
その時、頭上で天地が震える雷鳴のような音がして地下墓地の天井から砂と石の破片が降ってきた。
この時、ミアレ姫の魂はクランとともに最後の旅に旅立ったのだ。
それと同時に王宮上空の精霊もまた去った。
精霊の守護を失った城壁の内側へ帝国の龍が侵入してきた。
「龍が城壁を越えたぞ!」
「火が降ってくるぞ。屋根のあるところへ逃げろ!」
龍が吐く火炎は王国の兵士たちを焼き殺した。火だるまとなった兵士は地に倒れてのたうち、断末魔の叫びとともに絶命した。
カラゲルは一時退却を命じた。龍に追われて逃げ惑う兵士たちは恐慌状態に陥り、我先にと建物の中へ駆け込んだ。
守備を失った防壁は帝国兵に突き崩され、王宮の中は黒い潮のような闇の軍団で充満した。
ブルクット族たちは懸命に鷲を呼んだが、鷲もどこかへ去っているようだ。
かろうじて王宮の中心部とミアレの園を囲う城壁だけは死守されていた。しかし、ここを突破されたら、全ては終わりだ。
上空には龍が円を描いて飛び回っていた。王国兵たちは城壁際に身を寄せて龍の火炎を避けつつ、頼りない木製の城門を内側から支えるしかなかった。
王国軍の主だった者たちはひとまず謁見の間に撤退して対策を練ろうとしていたが、そもそも何が起こっているのか把握している者は誰もいなかった。
「ユーグよ、我らは精霊の加護を失ったのか」
カラゲルは最も恐れるべき、この問いを口にした。
「まさか、そのようなことが。断じて……断じてそんなことは……」
ユーグは蒼白な顔を左右に振った。
「それなら、なぜ王宮の上へ龍が飛んで来れるのだ。我が部族の鷲も去ってしまったらしい。そうだ、ミアレ姫は無事か。もしや姫の身に何かあったのでは」
カラゲルは姫の身の安全を確かめるため、その場を離れようとした。
その時、謁見の間へ入ってくる者がいた。アルテだ。
「おお、アルテか。姫は無事か」
アルテはうなずいた。
「その身は無事だ。しかし、その魂はひととき、この場を去った。イーグル・アイとともに最後の旅をしなくてはならない」
ひとまず安心したカラゲルだが怪訝そうに尋ねた。
「旅だと。クランはとうの昔にここを出た。いまさら何を言うのだ」
アルテはどこかクランに似た深く沈んだ瞳の色を見せた。
「私は魂の話をしている。いまや精霊もこの場を去っている。ただし、このひとときだけだ。王の血脈とイーグル・アイが帰還するまでは人の力だけで持ちこたえねばならない」
「龍が王宮の中へ入ってくるのはそのせいか。精霊が去り、鷲も去った」
ユーグが腰の剣に手を当てて言った。
「ならば姫の護衛に兵をつけねば。カラゲルよ、兵をいくらか貸してくれ。私もお側に行っていよう」
すぐさまアルテが手で制した。
「兵はいらぬ。ナビ教の徒もいらぬ。ただ、このひとときだけ持ちこたえればよい。スナ族が持参した絹の繭は思いのほか力がある。スナ族の地の精霊がエリイとゼリグにそうと知らせず持たせたものだ。闇の者たちは王の血脈の居場所を知ることはできぬだろう」
謁見の間の天井に開いた穴から龍が吐く火が見えた。空に龍の吠え声が轟き、天井が震えた。
アルテは地下墓地へ戻ろうと振り返りつつ言った。
「信じよ。イーグル・アイは帰ってくる。必ず帰ってくる」
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる