地の果ての国 イーグル・アイ・サーガ

オノゴロ

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第百九十二章

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第百九十二章

 謁見の間の天井から光が射してきた。斜めに射し込む光は玉座の残骸をいっそう無残に照らし出した。
 硫黄の臭気も腐臭も消え、ただ砂ぼこりの乾いた臭いがするばかりだ。射し込む光の中には無数の砂塵が舞っていた。
 いまだ死闘の後の虚脱感にとらわれたままの旅の一行の背後で扉が開く大きな音がした。兵士たちが騒ぎ立てる声と足音に一行は振り返った。
 瓦礫の山の向こうをよじ登ってきた兵士たちは、おそるおそるこちらをのぞき込んでいた。
「おお、姫さまも王もご無事だ。それに、ユーグ様とイーグル・アイも」
「闇の王はどうした。ここにいたのだろう」
「あの玉座を見ろ。闇の王はもういない。やっつけたんだ!」
 兵士たちの口から口へ闇の王が倒された知らせが伝わった。謁見の間の外で歓声が上がるのが聞こえた。
 兵士たちはかわるがわる瓦礫の山のてっぺんに現れ、自分の目で闇の王が消え失せたことを確かめたが、まだ恐れているのか、瓦礫を乗り越えてこようとはしない。
「俺たちは闇の王を我が都から追っ払った」
「戦は終わった。家へ帰るんだ」
 やがて護衛隊長が、そして、サンペ族ナンガとナナが姿を見せた。彼らは瓦礫の山を越え、旅の一行のもとへやってきた。
 護衛隊長はがらんとして静まり返っている様子を見て満足げに笑った。
「ついに闇の王をやっつけたか。王都は王国の民の手に戻ってきたんだな」
 ナナは物珍しげに玉座を眺めながら言った。
「ここが地元の連中は武器を捨てて自分の家へ帰るようだぞ。王都もすぐに元通りになるだろう」
 カラゲルは驚き、尋ねた。
「兵の武装を解いたのか。誰がそう命じたのだ」
「命令だと。闇の王との戦は終わった。家へ帰る時ではないか」
 気色ばむカラゲルにナナは戸惑う顔だった。
「いや、まだだ。武装を解くのはまだ早い。兵たちを呼び戻してくれ」
 ナンガがナナに向かって言った。
「俺がそう言ったじゃないか。勝手に兵を帰らせちゃいけないって。クレオンも困っていた。戦が終わったと聞いたら、もう誰も言うことを聞かないんだから。軍隊ってのは最後まで指揮官の命令で動かなくちゃだめさ」
「それはそうだろうが。いったい、これ以上、何があるというのだ。闇の王を倒したのだろう」
 ナナはまだ合点がいかない様子だった。
 ユーグがかぶりを振った。
「倒したのではない。ただ、追い払っただけのことだ」
 護衛隊長も納得がいかないようだ。
「しかし、奴が王都からいなくなったのなら、それでいいんじゃないのか。俺たちは王都を取り戻すために戦ってきたんだ」
 頭の回転が早いナンガは、ハッとした顔になった。
「もしかして王国の他の場所に現れるってことですか。闇の王ってのは神出鬼没ですからね」
 ナナも心配げな表情になった。
「まさか、我ら部族の森にでも鞍替えするのではあるまいな。となると、急いで森へ帰らねばならんぞ」
 カラゲルは今にも部族の土地へ帰ってしまいそうなナナをなだめるように言った。
「いや、闇の王は勢いを失って弱っている。これまでのように王国のあちこちに姿を現すことなどできないだろう。イーグル・アイは各地の聖地を浄化し、精霊を呼び戻した。闇の王はもう王国の中に居場所はない。このまま地の底へ堕ちていくとも考えられるが、それとは別に……」
 その時、背後の瓦礫の上からカラゲルの父ウルの声が響いた。
「カラゲルよ、兵の武装を解けと命令を出したのか。まだ、早いぞ。今、城壁の外から攻め込まれたらおしまいだ」
 ウルは瓦礫の山の上に立ち、しきりに外を気にしている様子だ。戦士たちの族長ウルはまだ臨戦態勢を解いてはいなかった。
 警備隊長、ナナ、ナンガは一様に驚きの顔になった。
「外から攻められるだと。いったい誰が攻めてくるっていうんだ」
 警備隊長の問いをいったん手で制しておいて、カラゲルは父へ声をかけた。
「今、そのことを話していた。王都の民は戦は終わったと勝手に家へ戻ってしまったようだ」
「なんということだ。カラゲルよ、命令は作戦の始まる前から終わった後まで考えて出すものだぞ。お前は闇の王を倒した後のことを命じておかなかったな」
 そこへ軍師バレルが瓦礫の山の上に顔を出した。バレルはすでに状況を見てとり、家へ帰ってしまった王都の民を呼び戻すべく手を打ってきたのだ。
「族長よ、カラゲルを責めても仕方ないでしょう。王都の民は久しぶりに城壁を見た時から、もう里心がついてしまっているんです。帰りたい一心で戦っていたのですから」
「うむ、バレルの言うのももっともだ。カラゲルよ、私の言ったことは忘れてくれ。私の一存でブルクット族の部隊を城壁の上へ配置した。城門の修理に人を寄越すように命じてくれ」
 ウルは瓦礫の山を向こうへ越え、足早に去っていった。
 やり取りを聞いていた護衛隊長は言った。
「おい、外から攻めてくるってのは……もしかして……」
 杖を突いたバレルは慎重な足取りで瓦礫の山を降りてきた。
「護衛隊長よ、お前ともあろう者がやっと気付いたのか。言うまでもなかろう、ウラレンシス帝国だ。もちろん、その可能性が大きいというだけのことだが」
 ナナとナンガは顔を見合わせ、絶句した。
 カラゲルはあくまで冷静な口ぶりを保った。
「闇の王は追い払ったが、こちらにも多くの犠牲が出た。我らが突破した城門はいまや我らの弱点となっている。つまり王国は、今いちばん弱っているところなのだ。今、攻め込まれたら全ては無駄になってしまう」
 ミアレ姫はカラゲルに尋ねた。
「帝国へ知らせがいくまでどのくらいかかるのでしょう」
「それは分からん。密偵の足しだいだ。帝国には例の貴公子殿のように野心満々で足の速いのがいくらでもいるだろうからな」
 バレルは言った。
「おそらく、数日から一ヶ月ほどの余裕はあるだろう。砂漠を超えるのは容易なことじゃない」
「連中がその気なら砂漠のどこかに兵を集結させて王国侵攻の態勢を整えているはずだ。いずれにせよ一刻も早く手を打っておくことだ。バレルよ、砦へ伝令を送って人と物資の移動を始めるように命じてくれ。急ぎでな」
「砦から全員をここへ移動させるのか。おおごとだぞ」
「もし王都を包囲されてしまったら、砦を守ることなどできない。一人残らず呼び集めろ」
 バレルはうなずき、せわしなく杖をついて去った。
 護衛隊長およびナナとナンガはカラゲルの命令を受けて、兵を再呼集しに走った。
「バレルが手を打ってあるようだが、兵たちは王都中に散らばってしまっている。もう家に帰ってしまった者は嫌がるだろうが、なんとか集めてくれ」
 砦へ伝令に向かったのはカラゲルについていた旗手の少年だった。少年は道中、出城で馬を乗り換えて休まず砦に向かった。
 カラゲルの命令を受けた砦では、すぐさまゲッティとオットーが物資の搬出の段取りを開始した。すぐ出発できる者は荷物を背負い、徒歩で王都へ移動し始めた。
 荷物を満載した馬車の車列と家畜の群れが街道を埋め尽くした。王都を取り戻しても王国を失っては何にもならない。新たなる危機の予感に部族の民の表情は険しかった。
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