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第百八十二章
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第百八十二章
七日後の明け方、カラゲルは旗手の少年を従えて出城へ向かって出発した。ひるがえる旗にはダファネア王国を示す鷲が描かれてあった。馬上のカラゲルの腰に玉座の剣があることは言うまでもない。
カラゲルはいまだ王になるための儀式を経ていない。しかし、集結した王国の部族の民はこの稲妻の刺青の男を胸中、王と仰ぎ、身命を賭する覚悟を決めていた。
その後ろには王国軍主力部隊が続く。平原に馬の蹄が上げる砂塵が舞って朝日にきらめいた。
ミアレ姫、ユーグ、クランの旅の一行の顔が見える。彼らはこの道行が旅の終わりになることを祈願している。
軍師バレルも一人乗り馬車の手綱を握り、道の行く手へ遠目の利く瞳を凝らしていた。
ブルクット族の兵士はさながら近衛兵のようにその周囲を固めていた。族長ウルは王の血脈の斜め後ろにぴたりと馬をつけていた。これはカラゲルが我が父にそのようにするよう頼んだのだった。
王国の軍勢は評議のとおり三軍に分けられ、それぞれの出城へ進軍していた。
進軍する経路に街道はないが、出城を築いて物資を入れた工兵および補給部隊は輸送経路を確立していた。投石機、攻城櫓などはすでに出城へ入れられてある。
その道筋にいくつかの古い道しるべの跡が発見されたのは偶然ではあるまい。王国の部族の民はかつてのダファネアの道を踏んで進みつつある。
道しるべは作り直され、白いナビ教の幟が吹き寄せる風にひるがえっていた。奥歯で噛みしめるミアレの花のおかげで王国の部族の民はその風の中にいにしえの言葉を感じ取ることができた。
カラゲル率いる王国主力軍は道中、野営で二晩を明かし、あくる日の夕暮れ時、出城に到着した。
出城に入ったカラゲルたちは休む間もなく王都の見取り図を広げて戦評議に入った。
「……お前たちが先鋒となって城内へ突撃しようというのか」
カラゲルが尋ねたのはコウモリの巣のかしらヤンゴとココにだった。
下水口に発見されたブンド族の門。その周囲の城壁を崩せば忘れられた城門が出現するはずだ。
最初はそこから軍勢を入れる戦略だったが、城内には死霊兵が充満していることが判明した。城門から行列を作って大軍を入れるのには時間がかかるだろう。兵力が揃わぬうちに先頭から少しずつ削られてしまうのでは犠牲も大きくなる。
斥候隊を務めたヤンゴとココはそれとは別の作戦を提案してきたのだ。
「私の魔法は死霊どもに呼びかける魔法さ。どの部族の民にとっても正真正銘の禁忌だけど、私に限っては知ったこっちゃない。少人数の男どもと下水口から入って死霊兵どもに揺さぶりをかけるのさ」
ココの髪はすでに白髪に成り果てていた。あの斥候の夜、一夜にしてそうなったのだ。しかし、その顔つきは病み上がりのようではなく内側から何者かに突き動かされているような熱を帯びていた。
ヤンゴは大剣の柄頭に手を置いて言った。
「突撃隊の面々が盾となってココを守る。ココが思う存分やれるようにな」
ココの目がさらに熱っぽくなった。
「城壁の中に入ったら死霊どもを私の魔法で蹴散らして、奴らの力を削いでやる。せいぜい派手にやってやるよ。死霊どもをきりきり舞いさせてやるのさ。奴らは操られている。大勢に見えても、元は一つなのさ。蜘蛛の巣にかかった餌食みたいなもの。端の方を揺さぶっただけで網全体が大揺れになる。そうしたら城門の封印も弱まって、どこからだって突入できるようになるはずさ」
カラゲルはクランに目で尋ねた。クランは口をつぐんだままだった。
ユーグへ目配せすると、ユーグは苦い顔でうなずいた。
「ココの言うのは本当だ。死霊の群れへ死霊魔法を打ち込めば効果は増幅される。死霊どもをぐらつかせれば、城門の封印もゆるむことだろう。しかし、それは……」
思案する様子のユーグの脇からバレルが口をはさんだ。
「悪くない考えだな。城壁の内と外から同時に攻撃を加えるというわけだ。死霊には死霊をぶつけていくという……いや、ココ、あんたが死霊だと言っているんじゃないよ」
ココは軍師に向かって薄く笑って見せた。乾いた口元はひび割れて、少し血がにじんでいた。
「じゃあ、決まりでいいね。何を気にすることがあるんだい。やりゃあいいじゃないか。ブンド族の門はミケルに頼んで開けてもらうことだね。あそこから真っ先に精霊が入ってくるはずさ」
カラゲルはヤンゴに尋ねた。
「各隊が城門を突破できたら、お前たちの部隊はどうする」
「どこかの隊と合流するさ」
「非常に危険な作戦だ。犠牲者が多く出るぞ」
ヤンゴは柄頭を強く握りしめた。その大剣は決戦のために新しく作られたもののようだった。
「そんなことは承知のうえだ。それから、突撃隊にブルクット族の鍛冶屋連中も加わりたいと言っている」
「我が部族の鍛冶屋だと。どういうわけだ。お前たちはよく殴り合いをやらかしていたと聞いたぞ。あの砦の酒場で」
カラゲルは呆れ顔で言った。カラゲルはコウモリの巣と鍛冶屋たちの関係をよく知らないままだったのだ。
「俺達は兄弟の契りを結んだ仲だ。義兄弟になったからと言って殴り合っていけないわけがあるかよ。生死を共にすると決めたからこそ、思う存分、殴り合えるんだぜ。そら、この剣を見てくれ。これはあいつらに作ってもらったんだ。この剣は命を託すことのできる剣だ」
総指揮官カラゲルはこの作戦を承認した。
七日後の明け方、カラゲルは旗手の少年を従えて出城へ向かって出発した。ひるがえる旗にはダファネア王国を示す鷲が描かれてあった。馬上のカラゲルの腰に玉座の剣があることは言うまでもない。
カラゲルはいまだ王になるための儀式を経ていない。しかし、集結した王国の部族の民はこの稲妻の刺青の男を胸中、王と仰ぎ、身命を賭する覚悟を決めていた。
その後ろには王国軍主力部隊が続く。平原に馬の蹄が上げる砂塵が舞って朝日にきらめいた。
ミアレ姫、ユーグ、クランの旅の一行の顔が見える。彼らはこの道行が旅の終わりになることを祈願している。
軍師バレルも一人乗り馬車の手綱を握り、道の行く手へ遠目の利く瞳を凝らしていた。
ブルクット族の兵士はさながら近衛兵のようにその周囲を固めていた。族長ウルは王の血脈の斜め後ろにぴたりと馬をつけていた。これはカラゲルが我が父にそのようにするよう頼んだのだった。
王国の軍勢は評議のとおり三軍に分けられ、それぞれの出城へ進軍していた。
進軍する経路に街道はないが、出城を築いて物資を入れた工兵および補給部隊は輸送経路を確立していた。投石機、攻城櫓などはすでに出城へ入れられてある。
その道筋にいくつかの古い道しるべの跡が発見されたのは偶然ではあるまい。王国の部族の民はかつてのダファネアの道を踏んで進みつつある。
道しるべは作り直され、白いナビ教の幟が吹き寄せる風にひるがえっていた。奥歯で噛みしめるミアレの花のおかげで王国の部族の民はその風の中にいにしえの言葉を感じ取ることができた。
カラゲル率いる王国主力軍は道中、野営で二晩を明かし、あくる日の夕暮れ時、出城に到着した。
出城に入ったカラゲルたちは休む間もなく王都の見取り図を広げて戦評議に入った。
「……お前たちが先鋒となって城内へ突撃しようというのか」
カラゲルが尋ねたのはコウモリの巣のかしらヤンゴとココにだった。
下水口に発見されたブンド族の門。その周囲の城壁を崩せば忘れられた城門が出現するはずだ。
最初はそこから軍勢を入れる戦略だったが、城内には死霊兵が充満していることが判明した。城門から行列を作って大軍を入れるのには時間がかかるだろう。兵力が揃わぬうちに先頭から少しずつ削られてしまうのでは犠牲も大きくなる。
斥候隊を務めたヤンゴとココはそれとは別の作戦を提案してきたのだ。
「私の魔法は死霊どもに呼びかける魔法さ。どの部族の民にとっても正真正銘の禁忌だけど、私に限っては知ったこっちゃない。少人数の男どもと下水口から入って死霊兵どもに揺さぶりをかけるのさ」
ココの髪はすでに白髪に成り果てていた。あの斥候の夜、一夜にしてそうなったのだ。しかし、その顔つきは病み上がりのようではなく内側から何者かに突き動かされているような熱を帯びていた。
ヤンゴは大剣の柄頭に手を置いて言った。
「突撃隊の面々が盾となってココを守る。ココが思う存分やれるようにな」
ココの目がさらに熱っぽくなった。
「城壁の中に入ったら死霊どもを私の魔法で蹴散らして、奴らの力を削いでやる。せいぜい派手にやってやるよ。死霊どもをきりきり舞いさせてやるのさ。奴らは操られている。大勢に見えても、元は一つなのさ。蜘蛛の巣にかかった餌食みたいなもの。端の方を揺さぶっただけで網全体が大揺れになる。そうしたら城門の封印も弱まって、どこからだって突入できるようになるはずさ」
カラゲルはクランに目で尋ねた。クランは口をつぐんだままだった。
ユーグへ目配せすると、ユーグは苦い顔でうなずいた。
「ココの言うのは本当だ。死霊の群れへ死霊魔法を打ち込めば効果は増幅される。死霊どもをぐらつかせれば、城門の封印もゆるむことだろう。しかし、それは……」
思案する様子のユーグの脇からバレルが口をはさんだ。
「悪くない考えだな。城壁の内と外から同時に攻撃を加えるというわけだ。死霊には死霊をぶつけていくという……いや、ココ、あんたが死霊だと言っているんじゃないよ」
ココは軍師に向かって薄く笑って見せた。乾いた口元はひび割れて、少し血がにじんでいた。
「じゃあ、決まりでいいね。何を気にすることがあるんだい。やりゃあいいじゃないか。ブンド族の門はミケルに頼んで開けてもらうことだね。あそこから真っ先に精霊が入ってくるはずさ」
カラゲルはヤンゴに尋ねた。
「各隊が城門を突破できたら、お前たちの部隊はどうする」
「どこかの隊と合流するさ」
「非常に危険な作戦だ。犠牲者が多く出るぞ」
ヤンゴは柄頭を強く握りしめた。その大剣は決戦のために新しく作られたもののようだった。
「そんなことは承知のうえだ。それから、突撃隊にブルクット族の鍛冶屋連中も加わりたいと言っている」
「我が部族の鍛冶屋だと。どういうわけだ。お前たちはよく殴り合いをやらかしていたと聞いたぞ。あの砦の酒場で」
カラゲルは呆れ顔で言った。カラゲルはコウモリの巣と鍛冶屋たちの関係をよく知らないままだったのだ。
「俺達は兄弟の契りを結んだ仲だ。義兄弟になったからと言って殴り合っていけないわけがあるかよ。生死を共にすると決めたからこそ、思う存分、殴り合えるんだぜ。そら、この剣を見てくれ。これはあいつらに作ってもらったんだ。この剣は命を託すことのできる剣だ」
総指揮官カラゲルはこの作戦を承認した。
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