地の果ての国 イーグル・アイ・サーガ

オノゴロ

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第百七十章

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《第四部》

 時は来た
 王の血脈と旅の一行
 そして王国の部族の民
 すべてが王都奪還へと集結する
 王国の精霊たちもまた王の血脈を慕って集まりつつある
 
 神々の定めた秩序は闇の王によって破壊されたが
 英雄たちはそれを修復し、ここに復活させることができるであろうか
 
 神々よ、沈黙せる世のことわりよ
 神話はあなたがたを称えるためにだけあるのではない
 それは、すべての者が故郷へ帰るための道しるべ
 そこには、街道もあり、宿駅もある
 荒れ野もあり、闇に沈む森もある
 そして、いにしえの言葉によってしか見いだせぬ
 地の果ての国へと続く秘めやかな道もまた……

第百七十章

 王都奪還のための砦は着々と建設されていた。
 軍師バレルの参加により建設は加速しつつあった。バレルはブルクット族に伝わる砦の建設方法に精通していたからだ。
 一人乗りの馬車で移動し、杖をついて現場を歩き回るバレルの姿は砦のいたるところに見出すことができた。その指示は的確で無駄がなかった。
 ただし、バレルが皆から好かれていたかというと、そうでもなかった。
 バレルは持ち前の目の良さで、ちょっとした石材の積み間違いや、ところどころに見られる雑な仕上げをいちいち指摘してやり直させた。
 資材の山の間でサボっていたりすると、それをずいぶん遠くから見つけて大声で注意したりもした。
 口やかましく神経が細かい面倒な監督というのが、バレルの評判だった。
 しかし、それでよかった。バレルが姿を現すと現場で働く者たちはピリッと引き締まるような思いになって作業がはかどる。
 好かれることはなくても、誰かがこうした役を務めねばならないのだ。
 カラゲルは熱心に働くバレルを完全に信頼していた。いまだにバレルに対して不信感を拭えずにいる者たちには、こう言って聞かせた。
「あいつは自分が何者かを知らなかった。今はそれを知ったのだ。自分が何をすべきかを知って、そこへまっすぐに向かっている」
 もちろん総指揮を取っているのはカラゲルだ。砦もしだいに形を成し、それに伴って作業が多忙を極めると、バレルはカラゲルが詰所へ来たところを捕まえて追加の人員を求めた。
「カラゲルよ、俺ひとりではとても手がまわらない。誰か図面を引ける者を探してきてくれ。きっと鉱山の方に技師がいるはずだ」
「鉱山は鉱山で手一杯だ。なにしろ、カナ族の半数以上があの時に死んでいるんだからな……そうだ、あいつなら……」
 カラゲルが連れてきたのは、ゲッティのところにいた算術の少年だった。
「なんだ、子供じゃないか」
 バレルは不満げに言った。自分の補佐役、それも今、必要としているのは破城槌や攻城櫓、投石機などの設計を助けることのできる者だ。それが、こんな子供とは。
「こいつはただのガキじゃないぞ。なにしろ、セレンとレニの密偵をやっていて、あの抜け目ないゲッティを騙していたのだからな」
 カラゲルの言葉に少年は苦笑いした。
「騙すだなんて人聞きの悪いことを言わないでくださいよ……ええっと、これは……」
 少年はバレルが机の上に広げていた図面に目を落とした。
「……投石機ですか……滑車を使うんですね……」
 バレルは感心した顔で少年の顔をのぞき込んだ。少年は算術ばかりか製図も心得があった。
「そうだ、分かるか。こっちへ来てよく見てみろ」
 二人は図面のあちこちを指差しながら話しだした。その姿は兄弟のようにも、父子のようにも見える。
 カラゲルは二人が面倒そうな数字を並べだしたところで、その場を去った。
 砦は六角形を成し、どこか王都に似ていた。
 ここが王国の部族の民の本拠地となり、王都奪回の軍団の根城となる。
 ただし、いざ進撃となれば、王都の周辺に出城を築く必要があるだろう。そのための物資も別口で集積しておかなくてはならない。
 石造の城壁は鉱山のある山地から切り出した石で作られた。鉱山町を作った技師たちが協力し、鉱夫たちの多くが建設に加わった。瓦礫を取り除き、整地をする必要があったが、いまだに白色の粉塵がたちこめて作業する者たちを難儀させた。
 三つの門を作り、街道からの物資搬入を行った。カナ族のゲッティ、メル族のオットーは物資の交通整理におおわらわだった。
 馬屋、武器庫、食料庫、家畜の柵を作り、小さなものだがナビ教の神殿も作った。
 これは言うまでもなくユーグの希望によるもので、カラゲルとの間にはちょっとした言い合いが起こった。
 ユーグもカラゲルと一緒に砦の内外を駆けずりまわっていた。カラゲルは何事もユーグと相談して決めた。気ままな旅と違い、これは王国の事業だ。カラゲルはいまだ王国の一部族の民に過ぎない。
「神殿など何の役に立つというのだ。砦は戦のためのものだぞ」
「その戦のために王国中から部族の民が集まってくる。各部族の心を一つにするのは、いったい何だ。それは建国の英雄ダファネアの名であり、それを祀るナビ教の神殿だ。ナビ教を信ずる者がすなわちダファネア王国の民なのだからな」
 ユーグに言われずとも、そんなことは百も承知のカラゲルだった。カラゲルが疑問に思っているのは信仰に神殿がどうしても必要なのかということだった。
「ユーグよ、王国の祭司よ。俺は前から思っているのだが、神々や精霊に祈るだけなら神殿などなくてもいいんじゃないのか。どこでも好きなところで自分の思いのままに祈ればいいだろう」
 ユーグはかぶりを振った。悲しむような残念がるような色がその目元にある。
「信仰が堅固なものならそれでよかろう。しかし、ナビ教はすっかり廃れてしまって、これから再起を図ろうというところだ。神殿や神像があれば祈る心も確かなものになるだろう」
 意外なことを聞いたという顔でカラゲルが尋ねた。
「神像だって。そんなものがどこにあるのだ」
「お前は工人のミケルを覚えているか。元は王都の民だが、我が故郷の島で会っただろう。旅立つ時、絹の衣装を餞別にくれた」
「ああ、あのお調子ものか。最初、俺は王都の祭りの日にあいつに会ったんだぞ。あいつ、どうしているかな」
「あの者に姫さまの名で手紙を出した。今頃はこちらへ向かっているはずだ」
 カラゲルは驚いて言った。
「あんな遠くから来るというのか。それで、神像を作らせようと」
 ユーグはうなずき、次にかぶりを振った。
「神像を作らせるだけではない。あの者はきっと役に立つ。王都の中のことをよく知っているのはもちろんだが、城壁の構造なども分かっているはずだ。島で話をした時に、そんなことを言っていたからな」
 神殿は今のところ空っぽだったが、いずれ、そこにダファネア神像が納められることだろう。そのモデルは誰が務めるのか。今のところ不明だ。
 ユーグの希望により神殿は鍛冶場の近くに設けられた。そこで鍛えられる品々に神々と精霊との加護があるようにということだ。
 金属製錬と鍛冶はカナ族の得意とするところだった。いずれ、ブルクット族の鍛冶屋が合流すれば、彼らの技術も合流し、より強力な武器を作る方法が知られることだろう。今は部族伝来の技術を秘しておくべき時ではない。
 もちろん、兵舎もあり、その前庭は練兵場にしてあった。警備隊長はたいていここにいて、白の騎士たちと行動を共にしていた。
 しかし、まだ兵の数は少ない。部族の民の到着を待たねばならない。宿舎も多く作って、王国の各部族の到来に備えている。
 カナ族の町はあらかた破壊し尽くされていたが、常民街には破壊をまぬがれた建物も多い。また、鉱山も健在なものは盛んに稼働中だ。
 族長セレンとレニは相変わらず例の酒場にいたが、毎日、カラゲルのもとに顔を出した。二人は鉱山と砦の間を取り持つ役目を果たしていた。今のところ人員は限られている。その配分は重要課題だ。
 男たちだけでなく、ミアレ姫も砦のあちこちに姿を見せた。
 姿を見せるどころか建設の手助けをすることもあり、時には荷馬車の手綱を取ることさえあった。長旅ですでに馬を御すことはお手の物だった。
 一度などは物資輸送経路の街道に豹が出没すると聞いて、カラゲルやユーグに内緒で豹狩りの部隊を編成し、火球魔法で獲物を仕留めたこともあった。
 意気揚々と凱旋したミアレ姫を部族の民は喝采とともに迎えたが、ユーグは大変な剣幕でかつての教え子を叱り、むやみに魔法を使わぬよう約束させた。
 ダファネアへの信仰とならんで、王の血脈が体現する王家の威信は、いずれカラゲルが統率する決戦の大いなる裏付けとなるだろう。
 すなわち大義だ。大義なくして人は命を捨てることはできない。
 旅の一行の最後の一人、クランはすでにあの六角形の聖地から出てきていた。
 何を思うか、クランは砦の中はもちろん、城壁のほとり、さらには鉱山や街道にまで姿を見せた。まったく神出鬼没といったところで、そこへ赴いた理由を語ることもなかった。
 ある夕暮れ時、カラゲルが西の商館から街道をたどって帰ってきた時のこと。クランが突然、街道を外れた荒れ野からハルにまたがって現れて、カラゲルを驚かせた。
 夕日に銀灰色の髪が透き通るようで、それが風になびく様子は頭上に光を頂いているかと見えた。
 髪ばかりでなく、顔色も白く透き通るようになっていた。唇までもが白く青ざめている。その中で青い瞳だけは深みを増して深淵をのぞき込むようだ。
 部族の民はクランをイーグル・アイとして敬っているが、同時に怖れる気持ちもあった。その愛馬のハルや時に腕に据えている鷲のオローまでも、なにやらただならぬものと見えた。
 あらゆる場に出没しつつ、クランは絶え間なくいにしえの言葉を朗唱し続けていた。低く、極めて低く。
 クランは砦とその周囲、また街道や鉱山に至るまで、そこへ集まって来つつある王国の精霊に呼びかけていたのだった。
 いかに堅牢な砦があろうと鍛え上げた武器があろうと、また堅固なナビ教の信仰や王の血脈の威信があろうと、精霊の加護がない限り、闇の王を退け、王都を取り戻すことはできないのだ。
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