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第百四十七章
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第百四十七章
黒水晶の龍に乗ったコルウスは空高く舞い上がり、夜空と一つになっていた。
満月の光はカナ族の町を青白く浮かび上がらせていたが、漆黒の龍と漆黒の装束のコルウスとは夜闇に溶け込んで不可視の者と化している。
「鉱山では虫けらどもが大勢死んだこったろうぜ。なあ、龍よ、闇の獣よ、今度はもう少し人間らしいのを殺しに行こうじゃねえか」
コルウスが剣をグイとひねると、龍はまたすさまじい絶叫を上げ、黒水晶の胴体を空中にのたうたせた。
すでに真夜中を過ぎていたが優民街ではまだ眠らずに享楽をむさぼっている者も多かった。鉱山が一日中眠らずに稼働しているかぎりカナ族の町は眠ることを知らなかった。
難民鉱山で何か騒動が持ち上がったらしいという噂は、しだいに人々の間に広まりつつあった。
「騒動だって。おおかた暴動か何かだろう」
「いいえ、私はジルコン様とメル族のリンチ長老が全速力の馬車で逃げ帰ってきたと聞いたわ。ただの暴動ではないんじゃないかしら」
「じゃあ、何か。あの噂の龍が暴れだしたとでも。龍といっても黒水晶の塊に過ぎないらしい。いずれ宮殿の飾り物になると聞いたが」
「冗談じゃない。俺が聞いたところによると龍は生きているというんだ。ただ眠っているだけで」
「宮殿に帝国の龍使いが滞在していると聞いたが、あれは本当なのか」
「ばかばかしい。龍なんてものが本当に生きて存在していると思うのか。龍という名の別の生き物に決まっている」
風聞を根拠としたこの手の虚しい言葉が優民街の街路に飛び交っていた。
鉱山で何が起こっていようと彼らにはさしたる問題ではなかった。
彼らは鉱山によって生きていたが、なるべくそれを考えないようにしていた。それを上品と呼び、優雅と呼ぶのだった。そして、上品とか優雅とかいうことは金貨とまではいかなくても銀貨何枚かくらいの価値はあるのだった。
その頃、彼らの頭上では満月が輝いていた。奇妙なことに満月は天頂にかかったまま動かなかった。しかし、彼らはその奇妙さにも気付いていなかった。
突然、満月の光の中に一点の黒点がにじみ出たかと思うと、それがしだいにある形を取り始めた。黒点はみるみるうちに大きくなっていく。黒水晶の龍とコルウスだ。
月光の中にシルエットとなって現れた龍は、なだれ落ちるように優民街の上空へ飛び来たった。
その背に乗るコルウスが闇の剣の柄をグイと引くと、龍は巨大な顎を開き、鉱山町を壊滅させた黒い炎を吐き出した。
鉱山町などより遥かに密集している街区がまるごと一つ凍りつき、次の瞬間には粉々に砕け散った。その建物の中にいたはずの人間もいっしょに。
まっすぐな通りに沿って飛びながら黒い炎は沿道の建物を次々に破壊していった。破壊の波は津波のように広がった。
一つの通りを破壊し尽くすと、龍は闇をたたえた一つ目をギョロつかせて巨体をひるがえし、また黒い炎で別の街区を一掃していった。
龍とコルウスは縦横無尽に町の上空を駆け巡った。
その容赦ない破壊のさまは、あたかも街路を引き直し、町を根こそぎ作り直そうとしているかのようだった。
優民街はたちまち恐慌に陥った。建物が砕け散る轟音に龍の絶叫が重なり合って、恐ろしい騒音と逃げ惑う人々の悲鳴の他は何も聞こえなくなった。
街路の石畳もことごとく砕け散って通りには濛々と粉塵が舞い上がり、耳ばかりか視界までさえぎられてしまった。あたりには濃い硫黄の臭気がたちこめ、まともに息もできない。
逃げ惑う人々へも黒い炎は襲いかかった。それに全身を包まれた者は苦痛に身をよじって凍りつき、一瞬だけ彫像のような姿をとったが、たちまち砕けて原初の粒子に還元されてしまうのだった。
金属の鎧兜に身を包んだ警備兵たちが街路に出て、矢を放ち、槍を突き上げ、剣を振るっていたが、歯が立つわけもない。彼らは鎧兜ごと黒い炎に包まれて虚しく粉塵と化した。
いまや優民街は王都の災厄の日とうりふたつの状況に陥っていた。逃げ惑う部族の民は優民街から脱出しようと街路にひしめき合っていた。上品さも優雅さもかなぐり捨てて押し合いへし合い、しまいには殴り合いまで演じてうろたえきっている。
混乱の余波だろうか町のあちこちでは火の手が上がり始めた。こうなると文字通りの火事場泥棒も跋扈して金持ちの邸宅から金塊や宝石などを盗み出そうとするものが闇から闇へと駆けずり回っていた。
「町が消えていくぞ。富も、命も、何もかもが消えていく!」
「もうおしまいだ。この世の終わりだ!」
龍など迷信だと笑った者も今は龍を信じ、恐れ、地にひれ伏して救いを求めていた。何に救いを求めるべきか知らぬままに。
龍の背に乗ったコルウスの姿は地上からもよく見えた。その男も龍と同じく片目を髪で隠した一つ目であることから、人々はコルウスを龍の化身と見た。
コルウスは龍を思うさま操りながら、残忍な破壊に酔い痴れていた。
「龍よ! 龍よ! 燃やし尽くせ! お前の黒い炎でこの世をあの世にひっくり返せ!」
コルウスは剣の柄を握り締め一つ目を閉じた。脳裏に明暗反転した世界が広がった。
そこでは天頂の満月は黒く闇に沈み、龍が黒い炎で破壊しつつある世界は光に満ちみちていた。
「見ろ、この力を! 俺は闇の旦那だって超えてみせるぜ! イーグル・アイだって目じゃねえ!」
コルウスは明暗反転した視野の中でまるで燃え盛る松明のように光を放っているものに気付いた。それは黒大理石と金とで飾られた宮殿の尖塔だった。そこには族長の間がある。
「龍よ、宮殿の塔へ向かえ。あそこを乗っ取って闇の旦那ごっこといこうぜ!」
空に龍の絶叫が轟き、漆黒の胴体はうねりくねって宮殿へ向かった。
宮殿の族長の間では難民鉱山から逃げてきた長老ジルコンとリンチが大きな窓の下に繰り広げられる光景に呆然としていた。それは壮大な死と破壊の光景だった。
巨大な満月の下でカナ族が誇ってきた漆黒の都は滅亡しつつあった。砕け散る粉塵が夜空に舞い上がってきらめいている。それは無数の星のようにも、また、無数の虫の群れのようにも見えた。尖塔の高みにいても濃厚な硫黄の臭気が風とともに吹き付けてきた。
族長の間の扉が音立てて開き、軍師バレルが転がり込んできた。その後から侍従がおろおろと追ってくる。
侍従が止めるのを振り切ってバレルは長老のすぐ面前に駆け寄った。
「ジルコン様、龍がこちらへ向かっております。どうか、急ぎ退去なさってください」
バレルは町中へ出て警備兵たちを龍に立ち向かわせていたが、すでに、その手勢のほとんどを失っていた。バレル自身も上着は破れ、全身から不吉な硫黄の臭いをさせていた。
ジルコンはその臭気を避けるように長衣の袖口を顔に当て、目を怒らせた。
「退去だと。私にどこへ行けというのだ」
「今のところ、常民街は被害が少ないようです。それも時間の問題でしょうが」
「私に常民街へ行けというのか。私はどこへも行かぬ。私が宮殿を去ったら部族の民はどう思うであろうか」
ジルコンは町を見下ろす大窓の前に立ち、巨大な満月を背負うような姿で左右の長衣の袖を高く振り上げた。
「我が部族を率いているのはこの私だ。カナ族の富と力は、この私の手の内より生まれたのだ!」
その時、背後の窓の外にヌッと現れたものがあった。巨大な満月に成り代わろうとでもするように龍の一つ目が族長の間をのぞき込んでいた。
バレルとリンチは長老の背後の龍に気付いて、ものも言わずに逃げ出した。
「お前たち、どこへ行く。この裏切り者どもめ!」
ジルコンが叫んだ瞬間、黒い炎が族長の間を満たした。
長老ジルコンの肉体は一瞬で凍りつき、砕け散った。それと同時に族長の間も崩壊し、尖塔の上部が瓦礫と化して地に落ちた。かろうじて残った族長の間の床が空中にむき出しになった。
コルウスは龍を操って床の上にとぐろを巻くように着地させた。闇の剣を支えに龍の背中に仁王立ちになったコルウスは、いまやこの地の主のように見えた。
「どうだい、闇の旦那よ。そろそろ、あんたの出番だぜ。この土地はどん底まで堕ちている。聖地らしき場所もあったが、今じゃ、きっと崩れた山の下敷きになっちまってるさ。もしかすると、王の血脈だって……」
闇の王は姿を現さなかった。これまでなら、状況が底の底まで堕ちきって土地の精霊もことごとく離散したかと見える時、闇の王はおぞましい蛇体を現してきた。
それが今は何の音沙汰もない。
「ちぇっ、闇の旦那よ。俺はあんたのために血の涙まで流して暴れてやっているんだぜ。これじゃ骨折り損ってやつだ。見ろよ、俺の足元には龍だっている。この闇をまとった剣、シュメル王の玉座の剣さえしっかり握っときゃあ、この土地は俺のものだ」
闇の剣をグイグイひねると、黒水晶の龍はまたも絶叫し、傷口から漆黒の血のように闇があふれ出た。胴体がのたうって、コルウスはあやうく剣の柄から手を離しかけたが、すぐにしっかりと握り直した。
「この龍さえありゃあ、カナ族の土地どころか王国全土を我が物にすることだってできそうだぜ」
コルウスは胸底にふつふつと湧き上がる力への欲望を抑えることができなかった。まるで、どうしようもなく女が欲しくなった時の浅ましい胸のたぎりのように力への欲望は半ば死せる肉体さえも熱く燃え上がらせた。
コルウスはひそかにつぶやいた。
「……そうか、闇の旦那はこれを恐れていたんじゃねえのか。俺が闇の旦那に成り代わって、この世の王になるってことを」
また、龍が胴体をのたうたせた。コルウスはそれを押さえ込むように仁王立ちの足を踏ん張り、一つ目をギラギラと光らせた。
黒水晶の龍に乗ったコルウスは空高く舞い上がり、夜空と一つになっていた。
満月の光はカナ族の町を青白く浮かび上がらせていたが、漆黒の龍と漆黒の装束のコルウスとは夜闇に溶け込んで不可視の者と化している。
「鉱山では虫けらどもが大勢死んだこったろうぜ。なあ、龍よ、闇の獣よ、今度はもう少し人間らしいのを殺しに行こうじゃねえか」
コルウスが剣をグイとひねると、龍はまたすさまじい絶叫を上げ、黒水晶の胴体を空中にのたうたせた。
すでに真夜中を過ぎていたが優民街ではまだ眠らずに享楽をむさぼっている者も多かった。鉱山が一日中眠らずに稼働しているかぎりカナ族の町は眠ることを知らなかった。
難民鉱山で何か騒動が持ち上がったらしいという噂は、しだいに人々の間に広まりつつあった。
「騒動だって。おおかた暴動か何かだろう」
「いいえ、私はジルコン様とメル族のリンチ長老が全速力の馬車で逃げ帰ってきたと聞いたわ。ただの暴動ではないんじゃないかしら」
「じゃあ、何か。あの噂の龍が暴れだしたとでも。龍といっても黒水晶の塊に過ぎないらしい。いずれ宮殿の飾り物になると聞いたが」
「冗談じゃない。俺が聞いたところによると龍は生きているというんだ。ただ眠っているだけで」
「宮殿に帝国の龍使いが滞在していると聞いたが、あれは本当なのか」
「ばかばかしい。龍なんてものが本当に生きて存在していると思うのか。龍という名の別の生き物に決まっている」
風聞を根拠としたこの手の虚しい言葉が優民街の街路に飛び交っていた。
鉱山で何が起こっていようと彼らにはさしたる問題ではなかった。
彼らは鉱山によって生きていたが、なるべくそれを考えないようにしていた。それを上品と呼び、優雅と呼ぶのだった。そして、上品とか優雅とかいうことは金貨とまではいかなくても銀貨何枚かくらいの価値はあるのだった。
その頃、彼らの頭上では満月が輝いていた。奇妙なことに満月は天頂にかかったまま動かなかった。しかし、彼らはその奇妙さにも気付いていなかった。
突然、満月の光の中に一点の黒点がにじみ出たかと思うと、それがしだいにある形を取り始めた。黒点はみるみるうちに大きくなっていく。黒水晶の龍とコルウスだ。
月光の中にシルエットとなって現れた龍は、なだれ落ちるように優民街の上空へ飛び来たった。
その背に乗るコルウスが闇の剣の柄をグイと引くと、龍は巨大な顎を開き、鉱山町を壊滅させた黒い炎を吐き出した。
鉱山町などより遥かに密集している街区がまるごと一つ凍りつき、次の瞬間には粉々に砕け散った。その建物の中にいたはずの人間もいっしょに。
まっすぐな通りに沿って飛びながら黒い炎は沿道の建物を次々に破壊していった。破壊の波は津波のように広がった。
一つの通りを破壊し尽くすと、龍は闇をたたえた一つ目をギョロつかせて巨体をひるがえし、また黒い炎で別の街区を一掃していった。
龍とコルウスは縦横無尽に町の上空を駆け巡った。
その容赦ない破壊のさまは、あたかも街路を引き直し、町を根こそぎ作り直そうとしているかのようだった。
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街路の石畳もことごとく砕け散って通りには濛々と粉塵が舞い上がり、耳ばかりか視界までさえぎられてしまった。あたりには濃い硫黄の臭気がたちこめ、まともに息もできない。
逃げ惑う人々へも黒い炎は襲いかかった。それに全身を包まれた者は苦痛に身をよじって凍りつき、一瞬だけ彫像のような姿をとったが、たちまち砕けて原初の粒子に還元されてしまうのだった。
金属の鎧兜に身を包んだ警備兵たちが街路に出て、矢を放ち、槍を突き上げ、剣を振るっていたが、歯が立つわけもない。彼らは鎧兜ごと黒い炎に包まれて虚しく粉塵と化した。
いまや優民街は王都の災厄の日とうりふたつの状況に陥っていた。逃げ惑う部族の民は優民街から脱出しようと街路にひしめき合っていた。上品さも優雅さもかなぐり捨てて押し合いへし合い、しまいには殴り合いまで演じてうろたえきっている。
混乱の余波だろうか町のあちこちでは火の手が上がり始めた。こうなると文字通りの火事場泥棒も跋扈して金持ちの邸宅から金塊や宝石などを盗み出そうとするものが闇から闇へと駆けずり回っていた。
「町が消えていくぞ。富も、命も、何もかもが消えていく!」
「もうおしまいだ。この世の終わりだ!」
龍など迷信だと笑った者も今は龍を信じ、恐れ、地にひれ伏して救いを求めていた。何に救いを求めるべきか知らぬままに。
龍の背に乗ったコルウスの姿は地上からもよく見えた。その男も龍と同じく片目を髪で隠した一つ目であることから、人々はコルウスを龍の化身と見た。
コルウスは龍を思うさま操りながら、残忍な破壊に酔い痴れていた。
「龍よ! 龍よ! 燃やし尽くせ! お前の黒い炎でこの世をあの世にひっくり返せ!」
コルウスは剣の柄を握り締め一つ目を閉じた。脳裏に明暗反転した世界が広がった。
そこでは天頂の満月は黒く闇に沈み、龍が黒い炎で破壊しつつある世界は光に満ちみちていた。
「見ろ、この力を! 俺は闇の旦那だって超えてみせるぜ! イーグル・アイだって目じゃねえ!」
コルウスは明暗反転した視野の中でまるで燃え盛る松明のように光を放っているものに気付いた。それは黒大理石と金とで飾られた宮殿の尖塔だった。そこには族長の間がある。
「龍よ、宮殿の塔へ向かえ。あそこを乗っ取って闇の旦那ごっこといこうぜ!」
空に龍の絶叫が轟き、漆黒の胴体はうねりくねって宮殿へ向かった。
宮殿の族長の間では難民鉱山から逃げてきた長老ジルコンとリンチが大きな窓の下に繰り広げられる光景に呆然としていた。それは壮大な死と破壊の光景だった。
巨大な満月の下でカナ族が誇ってきた漆黒の都は滅亡しつつあった。砕け散る粉塵が夜空に舞い上がってきらめいている。それは無数の星のようにも、また、無数の虫の群れのようにも見えた。尖塔の高みにいても濃厚な硫黄の臭気が風とともに吹き付けてきた。
族長の間の扉が音立てて開き、軍師バレルが転がり込んできた。その後から侍従がおろおろと追ってくる。
侍従が止めるのを振り切ってバレルは長老のすぐ面前に駆け寄った。
「ジルコン様、龍がこちらへ向かっております。どうか、急ぎ退去なさってください」
バレルは町中へ出て警備兵たちを龍に立ち向かわせていたが、すでに、その手勢のほとんどを失っていた。バレル自身も上着は破れ、全身から不吉な硫黄の臭いをさせていた。
ジルコンはその臭気を避けるように長衣の袖口を顔に当て、目を怒らせた。
「退去だと。私にどこへ行けというのだ」
「今のところ、常民街は被害が少ないようです。それも時間の問題でしょうが」
「私に常民街へ行けというのか。私はどこへも行かぬ。私が宮殿を去ったら部族の民はどう思うであろうか」
ジルコンは町を見下ろす大窓の前に立ち、巨大な満月を背負うような姿で左右の長衣の袖を高く振り上げた。
「我が部族を率いているのはこの私だ。カナ族の富と力は、この私の手の内より生まれたのだ!」
その時、背後の窓の外にヌッと現れたものがあった。巨大な満月に成り代わろうとでもするように龍の一つ目が族長の間をのぞき込んでいた。
バレルとリンチは長老の背後の龍に気付いて、ものも言わずに逃げ出した。
「お前たち、どこへ行く。この裏切り者どもめ!」
ジルコンが叫んだ瞬間、黒い炎が族長の間を満たした。
長老ジルコンの肉体は一瞬で凍りつき、砕け散った。それと同時に族長の間も崩壊し、尖塔の上部が瓦礫と化して地に落ちた。かろうじて残った族長の間の床が空中にむき出しになった。
コルウスは龍を操って床の上にとぐろを巻くように着地させた。闇の剣を支えに龍の背中に仁王立ちになったコルウスは、いまやこの地の主のように見えた。
「どうだい、闇の旦那よ。そろそろ、あんたの出番だぜ。この土地はどん底まで堕ちている。聖地らしき場所もあったが、今じゃ、きっと崩れた山の下敷きになっちまってるさ。もしかすると、王の血脈だって……」
闇の王は姿を現さなかった。これまでなら、状況が底の底まで堕ちきって土地の精霊もことごとく離散したかと見える時、闇の王はおぞましい蛇体を現してきた。
それが今は何の音沙汰もない。
「ちぇっ、闇の旦那よ。俺はあんたのために血の涙まで流して暴れてやっているんだぜ。これじゃ骨折り損ってやつだ。見ろよ、俺の足元には龍だっている。この闇をまとった剣、シュメル王の玉座の剣さえしっかり握っときゃあ、この土地は俺のものだ」
闇の剣をグイグイひねると、黒水晶の龍はまたも絶叫し、傷口から漆黒の血のように闇があふれ出た。胴体がのたうって、コルウスはあやうく剣の柄から手を離しかけたが、すぐにしっかりと握り直した。
「この龍さえありゃあ、カナ族の土地どころか王国全土を我が物にすることだってできそうだぜ」
コルウスは胸底にふつふつと湧き上がる力への欲望を抑えることができなかった。まるで、どうしようもなく女が欲しくなった時の浅ましい胸のたぎりのように力への欲望は半ば死せる肉体さえも熱く燃え上がらせた。
コルウスはひそかにつぶやいた。
「……そうか、闇の旦那はこれを恐れていたんじゃねえのか。俺が闇の旦那に成り代わって、この世の王になるってことを」
また、龍が胴体をのたうたせた。コルウスはそれを押さえ込むように仁王立ちの足を踏ん張り、一つ目をギラギラと光らせた。
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