地の果ての国 イーグル・アイ・サーガ

オノゴロ

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第百十一章

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第百十一章

 カラゲルとクランが小屋へ入ると、レオとルノーは立ち上がって迎えた。
「飛んだ目に会ったね。ひどいことはされなかったかい」
 ルノーが尋ねると、カラゲルはかぶりを振って笑った。
「いいや、そんなことはまったくない。むしろ、丁重極まるもてなしだったよ」
 すでにルノーとレオは館であったことを知っていた。
 レオは苦笑いを浮かべた。
「この島の者は噂話が好きでな。どこで何があろうと筒抜けなのだ。まあ、事によって良し悪しだが……」
 館へ押しかけたというルノーはすっかり憤慨していた。
「こんな時にシャールが生きていれば、漁師仲間と一緒に宮殿へ押しかけるところだ。道理に合わないことがあったら正すのがおさの役目でもあるんだから」
 カラゲルはルノーが淹れてくれた茶をすすった。
「しかし、マラヤのあの目。正気ではありえない。話して分かるという目つきではなかったぞ」
「父親と旦那を亡くしておかしくなったのかもしれないね。息子のエリイを無理やり族長にしたのもマラヤだし。それにしても、ユーグはどういうつもりなんだろう。姫さまをお守りしなくてはいけないはずなのに」
「ユーグは魔法を使わなかった。俺たちにも剣をしまえと言った」
 クランが言った。
「使うべき時でないと見たのだろう。マラヤは悪人でもなく、闇の力に操られているわけでもなかろう。手段は強引だが、息子のエリイとミアレ姫を結婚させたいだけなのだから」
 その時、レオがおずおずと口をはさんだ。
「しかしなあ、エリイには恋人がいるんだぞ。ルノー、お前には黙っていたが、エリイはあれでなかなかの色男でな。カラゲル、お前も覚えているだろう」
 レオは森の中ののぞき見の共犯者であるカラゲルへ妙な目配せをして見せた。
「うむ、あれはそうとう熱を上げているようだったな」
 ルノーは男たちのニヤニヤ笑いへ険しい目を向けた。
「何だって、エリイに恋人が。そんなことは島の噂にも聞いたことがない。どうして兄さんはそれを知っているの」
「そりゃあ、あの年頃の子たちは自分の恋について言いふらしたりはしない。森の中でこっそり会うのさ」
「それをこっそりのぞいていたのかい。兄さん、それにカラゲル、あんたもかい。まったく呆れたもんだ」
 二人はユーグもその場にいたと言いたかったが、ルノーの怒りに油を注ぐことになりそうだと黙っていた。
 レオはたいしたことじゃないという顔をした。
「のぞきとは人聞きの悪いことを言いなさんな。島の民にとって森はどこもかしこも恋人たちの小道だ。森へ行けばわずらわしい島の噂から逃れることができるのだからな。そういうのにはしょっちゅう出くわしている」
「なんのかんの言って、やっぱりのぞいていたんじゃないか。それで相手は誰なんだい」
「アンジュさ。蚕飼いのおさの娘なら族長の嫁に不足はないはずだがな」
 漁師のおさと蚕飼いのおさは他の部族なら長老と呼ばれる地位に相当する。
 蚕飼いのおさは島の養蚕はもちろん、絹の織物、染め物の工房を司っていた。
 そのおさの娘アンジュは父母に溺愛といっていいいほど可愛がられていた。特に母のジュノはアンジュを我が心の真珠と呼んで、めったな男には嫁にやれぬと島の民に公言していた。
 ルノーはエリイもアンジュもよく知っていた。レオの言うとおり不足はないどころか似合いの夫婦になるだろうと思えた。
「マラヤはそれを知っているのかい」
「知っていたら二人は森で密会などせんだろう。きっと親に内緒でつきあっているのだ。エリイもまさかこんなに早く自分が族長になるとは思っていなかっただろうし」
「マラヤが正気なら何の問題もないけれどね。そうかい、あの二人がねえ。でも、エリイもアンジュもまだ鈴をつけた子供だから……」
 レオは髭面を左右に振った。
「二人を子供扱いはできないだろう。もう来年あたりは成人の儀式を受けてもおかしくない歳だぞ。それに初恋ってものは人生にとって重大事件だ。結末しだいでは人生が変わってしまう。その道筋も考え方までな」
 ルノーは呆れ顔で兄をせせら笑った。
「独り者のくせして恋の何を知っているっていうんだい」
「知っているとも。なにもかも。私はな、ユーグの初恋の相手だって知っているぞ」
「あの子の初恋の相手だって。いったい誰なんだい」
 レオは勝ち誇ったような顔で言った。
「お前は母のくせに知らないのか。そうだと思った。聞いて驚くなよ。マラヤさ。マラヤがだいぶ歳を取るまで結婚しなかったのは、もしかすると、ユーグのことがあったからかも知れないな」
 さすがのルノーも驚いた顔になった。ユーグがマラヤと結婚していたらという想像が一瞬、脳裏を駆け抜けた。
 明け方頃、カラゲルとクランはレオの案内で森の奥へ向かった。めざすはレオが女王蟻を追いかけていたあの野原だ。
 まだ追っ手がかかっている様子はなかった。館の者は真っ先に小屋へやって来るだろうが、その時はルノーが追い返してくれるはずだ。
 カラゲルとクランは馬に載せてきた旅用の小さな天幕を背負っていた。これで野原に野営しようというわけだった。食物はレオが運んでくれるという。
 野原に到着した時、レオは落胆の声を上げた。
「見ろ、少しは残っていたミアレの花がみんな枯れてしまっている」
 以前はあちこちにあった黄色い色彩が今はすべて失われていた。レオは野原を駆けまわり、両手を空へ差し上げ嘆いた。長衣の裾で鈴がせわしなく鳴った。
 カラゲルもこの間の時とは違って、どこか乾いた空気を感じていた。
「五十年、百年の話ではなくなっているということか。クランよ、どう思う」
 天幕の荷を下ろしたクランは低くいにしえの言葉の朗唱を始めたが、すぐに声を引き取った。
「我らはもうこれ以上、森の奥へ行けない。精霊の気配が霞のように薄いからだ」
 カラゲルは野原の向こうの森を見た。木立の下は暗く沈んでいて奥を見通すことはできなかった。
「まるでブンド族のようなことを言うじゃないか。それに、これ以上、奥へ行こうなんて思っていない」
「行くつもりがあろうがなかろうが、それは問題ではない。我らは拒まれているのだ」
「拒まれているだと。森の奥に何があるというのだ」
 クランは考え込むような顔になった。
「これは森がそうさせているのか……それとも闇の力か……」
 クランの青い瞳が野原を取り巻く鬱蒼とした木立を見つめた。濃い緑の樹木がわらわらとこちらへ迫ってくるようだった。
 それとともにクランは地の底から湧き上がる何かの気配を感じていた。泡立つような波立つような気配。しかし、クランにはそれが何であるのか、まだ見当がつかなかった。
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